十一章:霜月の君へ 五話
「そうか・・・」
私の話しを聞いた社長は、一言そう仰いました。
夜、双葉さんを通して、社長にお声掛けして頂き、先程の件を報告をさせて貰っております。
「すごい、混沌としてる。こういう感じは今まで見たことない。本人が自覚がないっていうのとはまた違う。気持ち悪いか、不思議で・・・なんか不愉快そうだね。大丈夫?」
「・・・気づいたり自覚しちゃうと、なんか・・・。でも皐月さんの言ってた事はよくわかるようになりました。『好きになる”はず”』って言ってたの」
双葉さんはまるで医師の診察のように、私の顔や眼を真剣に覗きこんでおります。
「ねぇ、結ちゃんと皐月くんがくっつくのはそんなに都合が悪いの?いくらなんでもイタズラが過ぎるんじゃない?」
「・・・俺が決めたんじゃない。俺に言うな。そもそも神代とお世話係が一緒になることが都合悪いからその感情が生まれないようになってたんだろう」
「なら、今回もそうなれば良かったのに?ん?違うな、それじゃ意味がないな。好きになるだろうって本人同士が気付くような状態になった訳でしょ?一方通行じゃなくてちゃんと両思いでさ?え?じゃぁもう良くない?むしろ何が問題なのって感じ?」
「でも好きじゃないんだ。確証がないと双方が言っている」
社長が頭を抱えております。なんか、明日から大変なのにこんな話をして申し訳ないと思ったのですが、イレギュラーはすぐに報告した方が良いと思ってしまいました。あとは、正直私自身が気持ちのやり場が分からなくなってしまって人に話したくなってしまったのです。
しかし、『好きという気持ちがある”はず”』という話しを誰にしたら良いか考えた時、皐月さんに話しても仕方がなく、神崎さんが私の事を本当に好きなら、この話を神崎さんにするのはあまりにも心遣いが足りないだろう。そして考えた結果八重さんでもなく、元々、桔梗さんは皐月さんに直接言われており、その桔梗さんから注意を頼まれていた双葉さんに相談しました。
相談も何も、伺った時の私の顔を見て、すぐに読み取ってくださいましたが。
「宮守さんが、恐らく界星を気遣って言わなかったのだろうとは思う。それには私も納得だし賛成だ。しかし、神代とお世話係の件で、神崎は知っておく権利と、私には報告の義務がある。こちらから報告をする。これは神主と管理者の話しで、事象に対しての対策を考える為だ。界星個人の感情は全くもって気にしなくて良い」
「それはそれで酷いよね」
「そこまで考えたら、宮守さんが手一杯になる。私にはわからないが、当事者はさぞ気持ちの整理がつかないだろう。恐らくだが、『1+1=2』と他の人間が簡単に出せる答えだとしても、皐月と宮守さんは2という概念を頭から消されてるようなものだ」
「あ、気持ちが凄くわかった気がする。それ信じられないくらい気持ち悪いね」
あぁ、皐月さんの冷蔵庫の例えを社長が表すとそうなるんですね。
社長が改めて姿勢を正して、私に向かった。
「本当に、申し訳御座いません。感情の操作のような事をされるなど、それほど苦しい事はないと思います。今後、宮守さんが望むものを神部ができる限り叶えます。手助けが欲しいなら全力で。今後、お世話係を辞めたいと言うなら、次のお世話係を説得します。今後の全ての補償が必要なら喜んで。今度一切の関係を断ちたいのなら仰せのままに。貴方の人生が、これ以上貴方以外の誰にも邪魔されないように」
90度のお辞儀をされた。双葉さんも、そんな社長を見たことがないのか目を見張っております。
「いえ・・いえいえ!よしてください!えっと、あの!あ!お顔を上げてください!!結局、好きになる『はず』なだけなんです!好きなのに一緒になれないとかそう言うんじゃないですから!」
「自分の気持ちを”自覚もできなくされてる”事の方がよっぽど問題だ」
「でも、そもそも社長は何も悪くないですから!」
「悪い悪くないの話しではないんだ。この場合、境内で起こったことの全ての責任が私にある」
社長が、自分の事を『私』と言う時、それは、身内や親しい人たちに向けているのではなく、仕事として、自身を責任者として自覚して、事態を重く受け止めている時だ。そこまでの事を私は望んでおりません。
「結ちゃんも、そこまで大げさにされたら困るってさ」
「だから、全て仰せのままにだ。必要ないなら、押しつけはしない。だが、何か必要な時には直ぐにでも助けになります」
「ありがとう御座います。今は特に何もないので、そのお気持ちだけありがたく頂戴いたします」
「結ちゃんは本当に純真で無欲だなー。俺だったらまずタワマンの好きな部屋貰うけどね」
双葉さんと一緒に外に出ました。玄関を出て、私と少し距離をとり、紙タバコに火を点けました。
「・・・弥生は”推し”だって自覚してるのにね」
「恋愛感情じゃないからだと思います」
「本当にただの推しだったんだね」
「疑ってたんですか?」
「だって皐月くんは結ちゃんの事好き好きオーラが出てるし凄く嫉妬もしてたし」
「・・・ありがとうございました。前日にこんな話しをしてしまって。でも、本当に気持ち悪くて自分ではどうしようもなかったんです」
双葉さんは、俯いて歩く私の前にきてしゃがんだ。
「神部がこんなに沢山近くに居るってのに、苦しまれて何も相談もされず何も知らないままだなんて、こちら側からしたらそんな恥な事無いよ。良かったんだよこれで」
これは、精一杯の優しさの言葉。でも、確かに言われた通り、これだけ何人もの方がいて話さないのも神部側からしたら信頼や信用が足りなかったのかと思わざるを得ない。額面通り素直に受け取ろう。
「そうしてくれると嬉しいよ。居た甲斐がある」
「・・・ありがとうございます」
十一月二十八日
本日から祭りが開催される。
朝から賑わっており、雰囲気もとても良い。言い方は悪いが、お祭りに来ているお客さんは浮ついた様子が隠せていない。
「始まったな」
私はいつも通りの仕事をしております。朝食を作り、皆さんと食べて、片付けをして、掃除をした。今は歩いて買い出しに行って、お祭りの様子を見て帰ってきた所です。神在月さんが話しかけて下さいました。
「・・・楽しそうですね」
「まぁ、楽しそうな事を考えて沢山人に来てもらわないと困るからな、先方としては。お、来たぞ」
神在月さんの視線の先を追うと、桔梗さんと櫻さんが来て下さいました。
「こんにちは。お世話になります」
「到着が遅くなりました」
やっぱり、このお二方来てくださると安心するなぁ。強いみたいだし・・・ん?
その後に数台大きな車が入ってきて、駐車場でも一番門の近くの壁沿いに駐車されました。そして、出てくる出てくる武装した方達・・・!20人くらいでしょうか・・?
桔梗さんが着くなり説明をしてくれました。
「本日から三日間、ここを守ってくださるガードマンです。全員信用を置ける者です」
「まぁ、境内の外を守ってもらうんだったらこのくらいの人数がちょうど良いかもね。相手が何人で来るかはわからないけど」
「え・・・!もしかして、三日間ずっと此処で?!」
「宮守さん、もちろん交代制ですよ。でも、交代で三日間ずっとここに立っていて頂きます」
「えっと!ご飯とか!休憩場所とか?!」
「大丈夫です。何も心配いりません」
確かにもう暑くは無いが、それにしたってここにずっと立ってるなんて・・・
「結、全部神部がやってくれるだろうよ。な?気にしなくて良いんだろう?」
神在月さんが桔梗さんを見て言った。
「もちろん。宮守さんはご自身の安全だけ考えて下さいね?」
「・・・ありがとうございます」
警備の方達が到着し、既に準備をされている。そして、境内の人たちの纏う空気も少し鋭く冷たい気がする。遠くで聞こえる楽しそうなお祭りの音が、心地よく聞こえません。
「・・・皆さん、スーツなんですね」
夕飯を離れに持って行った際、男性陣は皆さんスーツを着用しておりました。
「突入されたとして、外部からの人は一応”お客さん”だからね。正装でお出迎えしないと」
一人、背広を着ていない、ベスト姿の双葉さんがご飯を食べながら返事を下さいました。ちなみに、双葉さんだけが沢山食べております。他の方は軽くつまむ程度でした。
「まぁ、今日来るとは限らないけれどね。祭りが終わった時に来るだろうっていうのはあくまで私たちの予想だから。でも、深夜だけは本当に勘弁してもらいたいわ。悪いけど、私は寝させてもらうわ」
凄い。この状態でも八重さんは絶対に寝るんですね。私はどうしよう。とても気になってしまう。それに不安だとあまり寝付けなかもしれません。
「女王様の仰せのままにー・・・ちゃんと結ちゃんも一緒に寝るんだよ。心配なのはわかるけど、俺たちの事は気にしないで。どっかで仮眠とるからさ」
「・・・はい、ありがとうございます」
この人読んだな?!でも、こうやって皆さんの前で言ってくださる事で、私がもし爆睡したとしても良い状況を作って下さっているんですね。
現在は19時半。もし、今日が突撃される日だとして、読みが当たれば後一時間後には来るかもしれない。凄く緊張してきた。これ、皆さんは20時半になったら、来るか、来るか・・・ってずっと気を張ってるんだ・・・。そんなの緊張でどうにかなっちゃいそうな気がします。
もし来るのが最終日だったら、その間ろくに寝ないでずっと待っている訳ですよね。皆さん、大丈夫でしょうか。あまりにも心配です。
「結ちゃん、そんな心配そうな顔しないで?外に警備の人は沢山いるし、まぁ中は俺達しかいないけど。明日の深夜には陽朔も加勢出来そうだし。そもそも俺以外は皆んな強いからさ」
私に気を遣うあまり、神崎さんの方が心配そうな顔をしております。いけない、皆さんが大変なのに、私の事を心配させてしまうなんて余計な事を増やしてはいけません。出来る限り笑った顔で返事をした。
「ありがとうございます」
・・・。
空気が冷たく、着ているパジャマの生地の厚さに感謝をしながら清々しい朝を迎えました。信じられません。ぐっすり寝たんですけど。
起きて『あぁ、昨日は何も起こらなかったんだな』って安心しました。ですが、私本当にこの状況で寝たの?しかもぐっすり?逆に大丈夫?
「ふわぁー・・・結ちゃん、おはよう・早いのね・・・」
八重さんが起きられました。この方も大分ぐっすり寝た様です。
窓の外を見ると男性陣が数人既に庭にいらっしゃいます。
「まぁ、型とか特にどうでも良いよ。こういう時は、自分と身内が守れれば。でも、注意しなくちゃいけないのは、長いからこそ感覚がわからずに身内や自分に当たってしまう事。まずは、棒の長さを認識して。それで・・・、こう構える」
「やっぱり桔梗さん凄い・・・」
「なぁ、逆に桔梗は何が出来ないの?」
最初に目に入ったのは、桔梗さんと睦月さんと神在月さんだった。お二人で薙刀を持っていらっしゃいます。全員の薙刀の刃が、倉庫で発見した時とは違い輝いております。
先日、神代たちが出掛けた際に買ってきたものは『砥石』でした。神在月さんと如月さんが全て研いで下さった様です。
「逆に、なんでこんなに綺麗に刃物研げるの?神在月、あまり料理しないよね?」
「俺ほら!庭の木の剪定とかやってて刃物取り扱うし!?」
「でも、やっぱりハサミとは違うと思うけどな。随分上手だね?」
「ほら!俺じゃなくて睦月の相手してやってくれよ!こんな時だけど、久々に桔梗に会えて、一番弟子は嬉しいだろう!」
門の近くでは、櫻さんが警備の方達に指示を出しています。交代でしょうか。そして、社長も近くにいらっしゃいます。社長はスーツの上にコートの着ています。現在は肌寒い程度です。もしかして、陽が昇る前から立っていたのではないでしょうか。
「結ちゃん、大丈夫よ。アイツら本当にタフだから。仮眠取れば一週間くらい余裕な人間たちなの。だから、そんなに気負いしないでね。代わりに、消化に良くて食べやすくて、でも栄養のあるものでも作ってあげて?」
「はい・・・。・・・それってどんな料理ですか?!」
「お豆腐出しておけば十分よー」
境内全体が緊張しきっているわけではないが、隠し切れるわけでもありません。
寝不足は眠くなるだけでなく、時に緊張や集中が高じるとより目が冴えるというか活性化と言いますか・・・とりあえず、血気盛んに見える方が増えてきました。
「今日の準備ももう完了か?」
「もちろん、大丈夫」
「本殿の施錠を増やしてきた」
「祭りに来た人に気づかれたらまずいから、昨日から警報器は切ってある。発報もしないようにしたよ」
神部の男性陣たちが本日も夕方に差し迫った今、最終確認をしている。神代達も、母屋の縁側で集合して待機をしている。
「・・・双葉は今日来るって踏んでるのよね。私は三日間の内の中日はないんじゃないかと思ってたけど。あの双葉がそう思うなら確率は高いでしょうね。結ちゃん、祭りが終わる時間になったら卯の離れの二階に行きましょう。一番門に近くて様子も観れるから」
「はい・・・でも、様子見てるだけじゃ・・・」
「大丈夫よ!皆んな無線とかスピーカーとか色々装着してるから!だからスーツなのよ!隠しポケットいっぱいあって便利よね。でも、こんな事の為に作りたかったわけじゃないんだけど」
八重さんは眉を少し寄せて、僅かに寂しそうな顔をされました。
20時を過ぎた辺りからまたドキドキしてきました。本当に来るのだろうか。問題は解決せずになってしまうが、皆さんの読みが外れて、サチエさんが言った通りに笑われてしまえば良い。事が起こる方がとても怖い。
しかし、私のそんな思いを裏切るかのように、舗装されていない道から境内に向かって車のライトが向かって来た。
・・・サァーーー・・・
『やっぱり今日だったか。連絡を入れておけ。合図したら始めるぞ』
『了解。皆様皆様、お相手がなんと本日おいで下さいました』
社長からの声掛けに、双葉さんが伝達をした。
『了解』
『承知致しました』
『神代側も全員了解』
『オッケー!』
八重さん、ガードマンの代表や神代の皆さんなどが返事をする。思っていたよりも声がはっきりと聞こえる。
境内の駐車場には線が書かれている。その線を無視する様に乱雑に停めた先頭の黒塗りの高級車。そこから一人の男性が降りてきた。体格が良く、黒髪のオールバックにスーツで威圧的だ。
『いやいや、まさか皆様総出でいらっしゃるとは』
『・・・』
『あぁ、すみません。自己紹介もせずに喋り出してしまいましたね。ワタクシは、【西園寺】という家の者でして、現在は代表を務めております』
『西園寺財閥の事は知っている。今更礼儀も何もないだろう。土地もやらない。何も話す事は無い。帰れ、この場だけは穏便に済ませてやる』
『神部の代表は愛想はなくても礼儀は欠かないと聞いていたのですが・・・はて?誰がそんな事実と違う噂を流したのでしょうか?』
『話が通じない奴だな』
社長と先方のやりとりです。わかってはいましたが、非常に険悪を通り越した険悪です・・・。
「西園寺の方が昔から良い噂聞かないのよ。裏で好き勝手やってるの。隠してるつもりでも、うちには隠し通せないわ。でも、今回は隠すつもりもなく、むしろウチをぶっ叩いて埃を出そうって訳よ」
「もし、本殿になんて乗り込まれたら・・・」
「本殿に乗り込まれる事自体は・・・まぁダメだけど、別にバレたくらいじゃそこまで問題じゃないんだけど・・・いや、問題なんだけど・・・」
確かに”開けてはいけない”とは言われているが、神代の話からするに儀式は”何も起こっていない”訳なので、見られたところですぐに何かあるとは気付けないだろう。その時だけならば、むしろ、あぁ、ずっとこうやって祈りを捧げているのか。としか思われない。それが一ヶ月微動だにしないと知れると流石にまずいですが。一見しただけでは特に問題がないはずです。一般の方にはあの光も見えませんし。
『おや、話しが通じないと?では、ここで何を言っても無駄ですね。早々に始めましょうか。ほら、貴方がたも出てきてくださいよ?』
その財閥の男性が誰かを呼んだ。高級車に続いて乗用車が数台待機している。そこから二人降りてきた。
『早々に始める?ちょっと待った。まずは、今きたそちらの方々に挨拶させて貰おう。そうでしょう?よくもノコノコといらっしゃいましたね。そちら側にいるということは”そういうこと”で良いんですよね?』
門の前にいる社長の両隣で、向かってきた人物を見て桔梗さんと櫻さんが身構えた。
『残念ですよ。まさかこんな間柄になるとはーーー』
「だから私は猛反対したのよ!」
社長の無線を聴きながら窓の外を見た八重さんが大きな声で言った。
『ーーー卯月の奥様?』
対立するように立たれた奥様が、私には悪魔に見えた。




