十一章:霜月の君へ 三話
十一月三日
「ゲーム機と、携帯電話とその充電器・・・。制服とちょっとの着替え・・・。えっ?それだけ?」
神代のご家族のお引っ越しが始まります。暫く皆さんは指定された場所での暮らしになります。どれくらいになるかはわかりません。すぐに済むかもしれませんし、長引くかもしれない。
寂しいですが、皆さんの安全を考えると仕方ないです。
「うん、あと学校のカバンで十分。この中に入ってない教科書は学校に置いてきてるし」
「置き勉ねー!俺も中学の時は鞄ごと置いて帰ってきたことあるよ!」
「双葉さんってなんか、神部の人っぽくないっすよね」
「なんで?!」
引っ越しと言っても、大体がホテル暮らしです。なので、生活に困るものは借りれるし、私物を持って行きたい人は持っていけば良いのですが、頼めば全て神部が支給。こちらの文月さんの三男くんのように、ゲーム機だけあればという方はお荷物が本当に少ないです。
念には念をで、自家用車の使用は無し。表通りに面した駐車場のため、既にナンバーを控えられている可能性があるからです。27年前のように、家族を人質に取られないようにと細心の注意を払っています。現在も境内の周りは警備が数名いるみたいですが、そもそもホテルで暮らすことを悟られないように、荷物も最小限。出かけるときは神部から足を出して貰える。必要ならお出かけには送迎が付く。
つまり、本当に全て神部からの援助です。
「じゃぁ、結ちゃん。よろしくお願いします!」
「我が家も、頼みますね」
「はい、二日に一回、全ての窓を開けて換気をしますね」
葉月さんと文月さんから、離れの鍵を預かりました。境内には残らずにホテルに行かれるのです。
「パパは十二月末になったらホテルに来てくれるの?」
「その予定だよ」
「父さん、待ってるね。年越しそばは一緒に食べよう」
「そうだね。でも、それまでに皆がここに戻ってこれるといいね」
「貴方、気をつけてね」
「もちろん。私がいない間は、結ちゃんに家を任せます」
「はい!お預かりします!」
師走さんは、来月本殿に入られるので、お一人で境内に残ります。
「なんだよ!!よくわかんないけど大変なんでしょ?!なんで父ちゃんまだ帰ってこないの?!そんなに大事なの?!」
「ワガママ言うなよ、仕方ないだろ。カンベの人たちができないってことは、だいたい誰にもできないんだよ」
霜月さんのお子さんです。どんな説明を各ご家庭でお子さんにされたのは私は知りません。ですが、子供とはいえ、何かしら感じることはあるでしょう。いえ、むしろ子供だからこそ感覚が鋭く、何かはわからないけど不穏を大人よりも強く感じてるかもしれません。
そんな状況で自分の父親がまだ帰ってこないのです。こんな事態でも、その儀式とやらを続けなければいけないのかと思う気持ちもわかります。
私も、神崎さんから光を見せて頂かなければ同じように思った事でしょう。
そんなお子さんが騒ぐ姿を見て、双葉さんが彼らの元へ行こうとした。
「申し訳ない。君たちのお父さんは、本当は今、君たちと一緒に行きたいだろう。しかし、我々の頼みを聞いて、仕事をしてくれてるんだ。君のお父さんの代わりがいないんだ。探しても居なくて誰にも出来ない事なんだ。寂しく辛いと思うが、それは君のお父さんも一緒だ。君たちのお父さんは、君たちをとても心配していた。だからこそ、お父さんが仕事を終えて君たちの所に戻った時に、大丈夫だったと元気な姿を見せてあげて欲しい。ずっと寂しく泣いていたら、きっとお父さんを悲しませてしまう」
「・・・シャチョーが、言うならっ。しょーがないな!!」
少し涙目で下のお子さんが答えた。
「十二月には、帰ってくるんだよね?いつも通り」
上のお子さんが社長に聞いた。
「来月には、必ず」
「大丈夫よ!来月はうちのパパって決まってるから、十一月までよ!」
師走さんの娘さんが近寄ってきて、子供たちに話しかけてくれました。
それにしても、社長が自らお子さんに話しかけるなんて驚きました。双葉さんが近寄ってきていたので、てっきりいつもの通りお子さんの気持ちを汲み取って宥めてくれるだろうと思ってました。
「子供相手に話すにしては随分硬い喋り方だったよ」
「俺からすると話し方は問題ではなく『責任者が面と向かって謝罪をする』と言う事が何より大事で」
「あーはいはい、次はもうちょっと柔らかく言えるように勉強した方がいいよー」
苛ついているのがよくわかるお顔を社長がされてます。
ご家族が順番に境内を出て行きます。
明日からは、お子さんの登校時の姿を見られないと思うと寂しいですね。そして・・・
「じゃあ、結ちゃん・・・うちの鍵もよろしくお願いします」
「はい、水無月さん。お預かりします。二日に一回、換気をしますね」
「・・・うん。ごめんね。きっと結ちゃんだって、境内から出たいかもしれないのに・・・でも、俺、多分結ちゃんみたいに役に立たないから・・・」
「役に立つ立たないじゃないだろう。別に残らなくちゃいけない理由もないんだ。俺にとっては出る理由がなかっただけだし。これを機にお見合い子ちゃんと沢山遊んでくればいいだろう?」
神在月さんが話しに入って下さいました。
「そんな・・・!みんなが境内に残って大変だって言う時に・・・!」
「独身だからって、水無月が楽しんじゃいけない理由にはならない。境内に残るものは・・・まぁ、担当月だから仕方なくって奴もいるけど、そうでない奴だっている。でも、自分で残るって決めたんだ。それだけだ。自分の好きにしたらいいんだ。自分の選択に自信と責任を持て。あと、遊んでこい」
「・・・神在月・・・神在月は、いつも優しいよね・・・ありがとう」
そして、避難をする方は全員車で境内を後にした。
「さて、ここに残った者には、今一度説明をしようか」
近くで行われるお祭りの期間中に、境内に乗り込まれる可能性があることを社長から改めて話しをしました。
「なるほどねー」
最初の納得したのは皐月さんだった。しかし、今回の説明は皐月さんが二人いることは伏せている。つまり、神代の中で、皐月さんが二人いると知っている本人だけが、合点が行くのが早いのです。なんせ自分が生まれたきっかけが組み込まれているからである。
「まぁ、襲撃されても本殿を覗かれなければいいんだろ?」
「どうせもう対策はある程度立ててるんだろう?で、俺たちゃその時はどうすりゃいいんだ?加勢か?邪魔せず家にいた方がいいのか?」
神在月さんと如月さんが要点を絞り込んだ。
「・・・本来なら、門から内へは入らせないつもりだ。こちらも厳戒態勢で臨む。しかし、万が一突破されるような事があった場合は、そうだな。君たちを危険に晒す訳には行かないから逃げ」
「逃げてなんて言うとでも思ってるわけ?戦いなさいよ。本殿を守りなさい。絶対に扉を開けさせないようになさい。これは命令よ」
「「八重っ!!」」
双葉さんと皐月さんが声を揃えて驚きました。
「お待たせ!ちょっと遅くなっちゃったわね?で、何?危なくなったら逃すっていうの?だったら最初から神代全員ホテルに監禁しておけばいいじゃない。でも、それも許さないわ。守りなさい」
「横暴ー」
「女王様感が増したね・・・」
「長月、弥生、なんか言った?」
「「いえ、何も」」
「特に、残ってもらってる結ちゃんに何かあったらただじゃおかないから。まぁ、結ちゃんは私が守りますけどね」
「・・・ってことは、八重さんもしかして・・・」
「睦月!そうよ!Xデーと言われる日までここにいるからよろしくね!」
「敵はもう目の前にいる、境内に既に侵入している!!」
「皐月、あんた後で母家に集合ね」
一旦話しは済み、八重さんが荷物を運ぼうとした。
「八重さん、持ちます」
「サチエありがとうー!会いたかったー!家帰ってもいないんだもん寂しかったー!」
離れから出てきたサチエさんを見つけて、長月さんがいつもと違い勢いよく向かって行きました。
「待って、サチエちゃんはどうするの?!そのXデーまでいるつもり?!危なくない?!」
「その前には屋敷に一旦戻ります」
「待って!そこは『私もここに残ります!』じゃないの?!」
「私がいると、皆さんお話しできない事がありますでしょう。そんなに空気読めない訳ではありません」
「何?あんたはサチエを危険に晒したいわけ?」
「いや・・・安全な所にいてもらいたいけど、残るって言ってもらえると一緒にいる時間が増えるかなとか・・・」
長月さん、正直すぎます。
「ふぅ・・・」
一旦気持ちを落ち着かせるために、お茶を飲みます。こう言う時はやっぱりハーブティーがいいですよね。お菓子も食べちゃおう。折角だし、洋菓子がいいかな。
「本日はハーブティーでしたか」
「サチエさん?」
「お茶菓子の差し入れです。駅の近くの商店街は、和菓子屋さんが多いのですね。老舗だらけでした。あ、安心して下さい。洋菓子もありますので」
商店街で使われているビニール袋を沢山両手に抱えていらっしゃいます。
「あ、最近商店街のお店で沢山買われたんですね」
「はい、情報収集を兼ねております」
「情報収集・・・?」
あれ、この方はメイドさんではなかっただろうか?情報収集とは・・・?
「私は詳細は知りませんが、境内から住民が避難しているこの一件。先日発覚した商店街を含む駅前で今度行われるお祭りの存在が明らかになってすぐに行動に移されてます。主催元を調べろだとか耳にしますし。なので、商店街で頻繁に買い物をして、情報収集です。催し物のリストに載っていない事でも、商店街の方は何か知っているかもしれないと思い、聞き回っているのです。得た情報を社長にお渡ししております。その情報が使い物になるかならないかは私にはわかりませんが、とりあえず収集をしております」
「それは最早メイドの域を超えているのでは・・・?」
「大丈夫です、例のクレジットカードまだは私の手の中にありますので」
買収されてます。
「その為に沢山買われてたんですね・・・」
「本日から八重さんと神崎さんもこちらに寝泊まりするようなので、まだ行くお店が増やせます。楽しみですね」
「情報も収集できて、準備も楽ができるし、良い事だら・・・今、神崎さんって言いました?」
「はい。言いました。本日から八重さんと神崎さんもこちらに寝泊まりします。ご存じありませんでしたか?」
「初耳っ!!!」
十一月十三日
境内から多くの方が移られたあの日から十日経ちました。
人数が多い為、離れではなく母家の客間で話すことが増えてきました。本日も、既に遅い時間ですが、客間の大きいテーブルに資料などを並べて、神部の皆さんと神崎さんでまだ話しをしております。
私は時折入って、お茶のおかわりを入れております。その時でした。
「はー、ただいま」
「双葉さん!おかえりなさい!遅かったですね!」
これはまた良いスーツを着こなしている双葉さんがお帰りになりました。しかし、今日はKAMBEのスーツではありません。珍しいですね。
「会長に呼ばれた件である会合に行ってきた」
「なんだ、見合いの続きじゃないのか」
「俺も一瞬その話かと思ったけど違った。誰か会長に言った?今回の件」
「桔梗が軽く話してたわ」
「それで、会長が今回その政治家との繋がりの場をくれたよ」
「はぁ?このタイミングでか?バレるだろ?」
「この近辺でまた、再開発の話しが出たんだと。それで、施設の設計に建築士を探しているって情報を仕入れたみたいで、別口から俺に潜り込めってさ。・・・何その顔!大丈夫だって、名刺も新しく作り直して、ちゃんと母親の旧姓使ったから神部だってことはバレてないから!」
「で?続きは?」
八重さんが催促をした。
「もう境内に乗り込むこと確定!あの場のほとんどが神部を目の敵にしている奴らばっかり!例の大地主や財閥もいたよ。よくベラベラ話してくれたよ。俺が神部と関係のない赤の他人だって思ってるから喋るわ喋るわ。でも、財閥のトップは爺さんじゃなかった。ありゃ孫だな」
「何喋ってた?」
社長の目が鋭い。
「政治家の方が、『神部の土地に住んでいる、神宮という一族がいる。そこは怪しい集団だ。探っていたら、自分の実家の工場に興味を示す神宮がいて、将来は工場を任せる代わりに娘と結婚させたと。そうしたら、働いている給料の他にも金をもらっていると。どうにも怪しい金だ。怪しい儀式も行っているらしい。これを暴けば神部を落とせるのではないか。神部の信用を落とせれば、財閥が再興できる』と、いけしゃあしゃあとね」
「出席してた人数と顔は?」
「顔なんて大体みんな一緒、でも、ほら。名刺は全員分ちゃんともらってきたからコレどーぞ」
そう言って、双葉さんはテーブルに十数枚の名刺の束をを乱暴に置いた。
そしてそれを神崎さんが手に取った。
「うわー人数こんなに?!こんなにーうわーうわー。ありがたくありませんが頂戴しますー」
「実家の工場・・・はぁ、卯月が宇宙事業の下請け会社にそこまで興味があったとはな・・・」
「PCの壁紙、ISSの画像だったわよ。まんまと興味を餌にされたわね」
つまり・・・卯月さんの興味を餌に、工場に呼び寄せて・・・娘さんと結婚させて、神部や神宮、境内の情報を探る役目をさせられてるって事・・・ですよね。あれ?
「え・・・じゃぁ、卯月さんの奥さんって・・・被害者じゃないですか。実の父に良いように使われて・・・!」
「嘘でしょ?!結ちゃんその思考になるの?!」
「だって、そうですよね?いくらそれをして何か欲しいものが得られるとしても、結婚ですよ!?好きになれないかもしれない人と早々に結婚して、その相手の家の大事な秘密を根掘り葉掘り暴いて行くって・・・誓約書まで書いて、罰則があるのに・・・?!それって被害者じゃないんですか?!もし断れなかったとしたら・・・!」
「ちょっと、誰かこちらの思考回路天使の子を落ち着かせてきて頂戴。私は悪魔みたいな人間だから多分無理よ」
「だから、特に仲良い感じがしなかったんですね・・・!好き同士でもなんでも無いから・・・!」
「界星!あんたどうにかしなさいよ?!」
「女王知ってるかい?多分この場に対応できる心の清い者は誰一人いないんだよ・・・」
「もうあんた神主降りなさいよ!!陽朔連れてきなさい!!」
「・・・大丈夫だ。少なくとも神代と結婚をしたんだ。それまでが最悪な事続きだったとしても、それからは加護がある。現に、給料は他の一般企業で働く男性と一緒になるよりかは遥かに高い額だ。苦労をしている訳じゃない」
「でも私!奥さんに喧嘩売られたと思って、すごくキツイ言い方とか言い返ししてしまって・・!」
ケーキとか、お蕎麦の件とか、全部、全部、本当は奥さんが言いたくもなかったとしたら・・・!
「結ちゃん、大丈夫だって。敵の心を理解してる訳じゃないけど、境内とか、本殿の事を知りたいなら他にだってやり方はあるよ。それなのに、そういう態度しか取ってこなかったのは相手の問題だから。いくら操られてるだとか、断れなかったとか色々理由があったとしても、そもそもが境内のことを暴いてやろうって考えで入ってきてるんだからね?そこまで気を遣うことないんだよ?」
「でも・・・!」
双葉さんが私の罪悪感を軽減させてくださっている。それでも、何か他にも言い方があったのではないのだろうか。頑固ゆえ一度思い込んだり腹を立てたらそのまま相手に食ってかかってしまった自分に後悔をしている。
「・・・なんでこんなに純粋かなぁっ!そろそろ俺でもキツイ!!」
「俺たちは、境内の中を守ることだけを考えている。確かに、宮守さんが言うように、卯月の奥さんも被害者だったのかもしれない。でも、我々はそこまで守れないんだ。結婚して今は神宮の人間だと言っても、実家側について、サインした誓約書を破ろうとしている人間まで守ることはできない。我々は、我々が守るべき人間を守る事で精一杯だ。歯向かってくる者の背景まで考慮して擁護することはできない。・・・それは、我々が未熟ゆえだからだろう。みんな君ほど器用でも、優しくも、心美しくもないんだ」
「器用だとか、優しいとか、そんなんじゃないんです・・・私はいつだって、自分の視点でしか考えられてないんです」
「とにかく!結ちゃんが気に病むことは一切ないから!全く気にしないで!マジで?!そんなこと気にするなら、俺本当今日心配で寝れないから!」
「んなぁっ?!俺だって結ちゃんが心配でこの間の月末の件からあまり寝れてません!!」
「馬鹿な張り合いは辞めて頂戴」




