十章:神在月の君へ 五話
十月二十八日
母が来た日、その後から社長が神代に、順に『境内からの避難』の説明をしてくださいました。
最初は何か私も手伝えることはないかなと思いましたが、これは、手伝うべき事ではないだろうと考え直し、事が済むまで私は自分の出来ることを行いました。つまり、普段通りです。
「絶対何かが邪魔してるんだよなー」
今日も今日とてお菓子を作っています。甘くないお菓子とはなかなか難しく、結局ただただ甘さ控え目な抹茶味のクッキーとこの間も作ったチーズクッキー、そして、新しく白ゴマの”セサミクッキー”を作りました。
「別に、話しかけられたりして物理的に妨害されるわけじゃないから、邪魔してるって言うとちょっと違うけど」
でも、本日のお茶でもし社長が緑茶をお選びになったら、チーズクッキーをお出しします。緑茶のお供が抹茶クッキーだなんて笑っちゃう・・・
「ちょっと、なんでそんなに笑ってるの。おじさんの恋路がそんなに面白い?」
「あ、すみません、緑茶のお供に抹茶クッキー出したらもうお茶がしつこいなって思って」
「つまりは、おじさんの恋バナは初めから聞いてなかったって事ね」
「いえ!途中ちょっとだけ聞いてました!」
「雑・・・っ!!」
長月さんが、同じ場所に住んでいるのに、サチエさんと今月一回も顔を合わせてない事に落ち込んでおります。
「きっとたまたまですよ、そのうち会えますって」
「本当にまだ境内に住んでる?」
「あ、でも私もここ数日見てませんけど・・・」
「俺午前中に出かけて行く所見たよ。昨日も一昨日も見たよ」
「なんで界星がそんなにサチエちゃんに会うの。しかも、なんで界星毎日境内にいるの?」
「まぁ、もう社長から話があったと思うけど、事は始まってるんだよ。俺としては純粋に境内と本殿が心配でね」
「なになに、何かあったらすんごい技とか使えるの?小説のネタにしていい?」
「残念ながら、すんごい技は持ってないんだなぁ。ただの心配だよ。あ、でもなんかあった時は、結ちゃんの盾に位はなれたらいいなぁとは思ってる」
「そちらさんは順調に愛を育んでいていいですねー」
「そう見える?嬉しいなぁ。あ、ねぇ聞いていい?長月は避難の話しはもうされた?どうするの?境内に残」
「るに決まってるでしょ?君たち二人して話聞いてなかった?サチエちゃんがいるのに俺が避難するとか意味わからないと思わない?」
「「あぁ、確かに」」
社長が神代全員に話しをしてくださいました。ご家族は頃合いを見て避難して頂くことは全家庭ご了承をいただきました。しかし、神代ご本人がどうするかはまだ返事をもらっていません。と言っても、来月の担当の霜月さんはこのまま残って頂きますし、一旦避難したとしても師走さんは儀式があるので十二月は戻ってきて頂くことになりますが。
「ウッス」
「あら。如月どこ行ってたの?おかえり」
「お帰りなさい、如月さん」
「おかえり、如月くん」
「・・・また菓子作ってんのか。あぁ、あれか、月末用か?」
「月末?」
・・・?
「ハロウィン?!?!」
「違うのか?」
「これはさ、甘いものが苦手な社長用なんだって。よっぽど縁側が気に入ったのかしょっちゅうお茶のみに来るんだよ。なんか御隠居みたいな生活してるよね」
いけない!いけない!忘れてました!ハロウィンです!!そうだ、いつ皆さんが境内から一時避難するかわからないとはいえ多分今月は今の所なさそうな雰囲気・・・やらなくちゃ!楽しい思い出を少しでも皆んなと作りたいので!
「ハロウィンやりましょう!!お菓子とか、かぼちゃのシチューとか!パンプキンパイも食べましょう!!」
「お邪魔します。いいですね。楽しそうですね。私もお手伝いします」
「サチエさん!!」
「えっ!ちょまっ・・?!」
「お米を買って持って帰ってきてたら、如月さんとお会いして持って頂いたんです。お礼にコチラを持って参りました。地方の銘酒です。双葉さんのですけど、どうせ社長がいたら流石に飲まないので。それではお酒がかわいそうなのでどうぞ」
「おぉ、悪いな。逆に気をつかわせて」
「いえ、助かりました。筋トレとは言え流石に15kgはちょっとだけ重かったので」
突然のサチエさんの登場に、心の準備が出来ていなかった長月さんは声を掛けられず。そして、如月さんは、サチエさんの方が年上なのですが、それを知らずか大層気軽に話しております。
「宮守さん、明日買い出しに行きましょう。ではまた」
「はい!!よろしくお願いします!」
「じゃぁサチエさんまた明日ー」
「ごっそさん」
「ちょっ!!?えっ?!」
十月二十九日
明日の買い物を本日行い、明日はハロウィンのメニューを沢山作り、ハロウィン当日は本殿のお掃除・・・。
私、ハロウィンみんなと楽しめないじゃん・・・。
イベントを忘れていた挙句、思い出して計画を立てて周知した挙句、自分は月末には本殿の掃除があることを忘れており、思い出した今撃沈しておりました。こんにちは、私はしがないお世話係です。
「・・・大丈夫だって。俺も掃除手伝うから、みんなと一緒に食べよう?」
「本当ですか?!」
今日だけは神崎さんがとてもキラキラ輝いて見えます!ありがとうございます!神崎様!!
「事情を知ってる人なら入ったって問題ないからさ。双葉にも手伝ってもらおうよ。なんならせっかくだし社長にも掃除してもらおうよ。色々知れるいい機会だよ」
大企業の社長に掃除させるとかすごい事言い出しました。
「まぁ、掃除はさせないにしても、本殿の状態を見てもらおうよ。建て替えをそろそろ検討しないとね。だいぶ傷んできてるでしょ。特に廊下とか日焼けの跡がすごいもんね。まぁガラスだけで太陽光を遮るものがないから仕方ないけど」
「でもそれじゃぁ・・・」
「でもじゃないでしょ?せっかく、みんなが境内を離れる前に楽しい事しようって考えてくれてたんでしょ?作ってくれた結ちゃんがいないとみんなも申し訳なくて楽しめないって」
「そう・・・だと良いです」
朝晩は流石に気温が下がり、『冷える』と言う表現が出始めた十月末。紅葉はまだ先ですが、少しずつ秋の香りが漂うようになりました。秋といえば、そう、先日の運動会に続き、高校生は学園祭があったようです。懐かしいなぁ、学園祭。屋台とか、他のクラスの出し物見に行ったりして。他の学校の子がきたりとかもしてたなぁ。あ、そういえば・・・
「神崎さんって、霜月さんとは高校の同級生だったんですよね?」
「うん、そうだよ?」
「高校生の霜月さんかぁー、多分、変わらないんだろうなぁ」
「あのままだね。当時、霜月は自分が神代って既に知ってたから話し掛けたんだけどさ。それが凄い驚かれちゃってね」
「どんな声の掛け方したんですか・・・」
「ちゃんと誰もいない所を狙ったんだよ?『君が、神代の神宮 霜月君?』って。そしたら、神代の情報が漏れてるのかと思ったみたいで凄く驚いてた。ほら、神代は神部から説明を受けるけど、神崎を知るのは大体境内に入った後の方が多いらしいからさ。そもそも他のクラスだったし、俺の事全く知らなかったみたいだし」
「そりゃ怖いですよ・・・人に言っちゃいけないって言われてて、自分は何も言ってないのに『神代?』なんて突然同級生から聞かれたらもう生きた心地しませんって・・・」
私だって、境内に関する事を一切外でうっかりでも言わないようにって凄く気をつけていたんです。まぁ、実際境内に入ってしまえば、今度は外と接する事が少ないので気が緩んでしまうのですが。なので、友達と会う時は名称の言い方にとても気をつけています。・・・合コンの時とかもそうでしたけど。
「結ちゃんの制服姿はそれはそれは可愛いんだろうなぁー。写真とかないの?」
「ございません。全て実家です」
「どんな制服だったか教えてよ」
「私は高校はブレザーでしたよ。でも、夏服がセーラー服みたいに襟が大きくて可愛かったんです!神崎さんはどんな制服ですか?まさか学ラン・・・?!」
「俺はね、ちょっと変わったデザインで、ブレザーの丈が長いんだよね。最早あれはコートだね」
「全く想像つかないんですけど」
「あぁそうだ!陽朔と一緒だよ」
「陽朔さんの制服姿は見た事ないです!では、是非今度制服でいらして下さるようにお伝えください!」
「・・・なんでそんなに嬉しそうなの」
「はいはい、いつまでやってんのそれ!話しかけようとしたのに、全っ然!話途切れないんだから!」
双葉さんの登場でお話しが強制終了致しました。
「先ほど、神部の社員に届けてもらった。これが調査結果だ」
社長の居る離れに集まって話しが始まった。
「結論から。まず、盗聴器の指紋から出てきたのは、卯月の奥さんの実家の会社の従業員たちのものだ。奥さんの父親も含む。そして、女子高生のストーカー探偵の件もやっと現場を抑えた。これだ」
数十枚にも渡る写真をテーブルにドサっと置いた。神崎さんと双葉さんがそれを手に取ってまじまじと見ている。
「あぁ。この人ね」
「ご存知なんですか?卯月さんの奥さんのお父様」
「話に出たことあると思うけど、政治家だから。検索すれば顔写真も出てくるし、話が前に出た時に何度も見ておいた。間違いないね。この人だよ。参ったなぁ、人を雇ってじゃじゃ馬を本社近くから張ってたり、卯月に盗聴器つけたり。こりゃ完全に狙いは境内だね」
「卯月の奥さんも、本殿に入りたがってたみたいだからね。どこで何で興味を持ったかなー・・・」
机に突っ伏すような体勢で、神崎さんが写真を眺めて顔を顰めた。
「仮説がある」
「マジか」
「どう言うこと?」
社長の言葉にこの場は驚いた。
「これは、”神崎”に動いてもらわないといけないんだが・・・先代の”皐月”さんが、情報漏洩をした事があっただろう。その漏洩先の更にその先が、卯月の奥さんの父親だったとしたら・・・だ。ただ、」
「可能性は低いと思うけどなぁ・・・その時に対処してるはずだし。まぁ皐月が生まれた時って言ったら、27年前でしょ?俺たちの前の世代の話だからなぁ」
「今更その前の皐月さんに聞けるの?」
「覚えてればね」
「当時の記録とか、なんでもいい。神部も当時の調書を探す。もし、先代の皐月さんが情報をこぼしたのが卯月の奥さんの父親なら、話の辻褄は合うが非常にまずい流れだ。話を又聞きした可能性だってある。あの政治家はウチを目の敵にしている企業と大層親しい。”神代”に関する事を今以上知られたら、どんな形であれ、利用されないなんてことはまずないと思った方がいい」
「・・・おじさん、もう拘束しちゃえば?」
「情報未確定の証拠不十分でそれができるならな。何か拘束できる理由になることを神崎から仕掛けろ。神部からは人は出せない」
「神主と大企業の代表の会話とは思えないね」
「笑顔で言ってる所が更に怖いですよね」
「結局、卯月につけたダミーの盗聴器も、自宅にスーツを置いている間になくなっていたそうだ。奥さんが回収したんだろう。まぁ、奥さんは父親の言いなりになるなんて思えないから、あの親子はあの親子間で何かしら取り引きをしてるんだろうな」
そこまで聞いて疑問が浮かぶ。
「あの・・・、確かに、神部の弱みとかそう言ったのを握れれば、自分に有利だとか優位だとか思う事もあるかもしれません。でも、そのために、子供まで作る必要あったんでしょうか」
今年の春に、八重さんからイエローカードを出された奥さんが、境内の台所まで入ってきた時、お子さんの腕を勢いよく引っ張った。櫻さんが注意してましたが。いくら自分が欲しいものがあったとして、親から言われた好きでもない相手と結婚して子供まで作るだろうか。神代のように、ある程度現在は自由だが、『限られた人としか結婚できない』わけではないのだ。それなのに・・・
「・・・あー・・・んー・・・調べてないし、予測であまり滅多な事は言いたくないんだけど・・・」
双葉さんが、本当に言いたくなさそうな顔をしている。珍しい。
「いや、双葉、それはやめておこうよ」
「やめておけ、綺麗な思考しかない人間に、わざわざ汚いものを見聞きさせる必要はない」
「じゃぁなんて答えてあげれば良いと思う?」
なんだか、私の質問の答えを皆さんがとっっっても気を遣ってくださってます。
「そうだな・・・『事実は小説よりも奇なり』かな」
社長が考えてくださった答えがそれだった。そんなに複雑な理由があるのだろうか。
「まあ、俺の考えが二人の考えと近いだろうし、この場の答えとしては当たらずとも遠からずかな」
「とりあえず、結ちゃんはそういう人たちの考えを理解しようとしなくて良いんだよ。そもそもの思考回路が違うから、理解しようとして、無理やり思考回路を捻じ曲げたり、不要な情報を取り入れなくて良いんだよ。そのままの結ちゃんでいてね」
「はい、ラブコメ禁止ー、社長の前ですよー!」
十月三十一日
「サチエさん!本当に助かりました!ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。ありがとうございます。でも、本番はこれからですからね。なんでか社長が少し楽しみな顔をしてましたよ。本当に謎ですが」
「あれ?お子さん苦手そうだったのに?」
ハロウィン当日。
現在はまだ午前中です。しかし!しかし!もう夜のハロウィンパーティーの食事の仕込みが完了致しました!!サチエさんには昨日の夕方から色々お手伝い頂きました!本当に感謝です!
「私と致しましては、買い物の時点で既に楽しかったですね。まさか、カボチャ買うだけであんな顔を店員さんにされるとは思いませんでした」
「私もです!」
境内の全員分の食事を作ることはたまにありますが、今回は、食事からデザートまで全てカボチャを使っております。その為、買うカボチャの量がとんでもなく多いのです。もちろん、スーパーのカゴにもカボチャをいっぱい入れてお会計をしました。あの時の店員さんの顔は忘れられません。
「この時間にここまで仕込めれば、あとは夕方に仕上げをするだけですから。他、何かお手伝い出来ることありますか?」
「いえいえ!もう十分すぎるほどして頂きました!本殿のお掃除は神崎さんや双葉さんもお手伝いしてくださるので大丈夫です!」
「なら、社長も呼びましょう」
「なぜ皆さん社長を雑用に?!」
正午まであと少し。まずは廊下の掃除をしていた時でした。
「よし!」
神崎さんが何かを手に持っております。
「なんですか?折り紙?」
「特性の神で作った、簡易的なミニ神代。少しでも加護をもらえるようにね。ほら、神在月が正午に出てきてから、霜月が入る23時前までは本殿がガラ空きでしょ?」
「まぁ、そうですね」
「神代の代わりに居てもらおうって事」
折り紙で言う所の、やっこさんを持っております。
「ねね?見ておきなよ。神在月は威力が本当に凄いんだから」
そう言って、神崎さんは私の肩に手を触れた。その後、廊下の窓から外が見えるように体を傾けられた。
「ぅうわっ!!!眩しい!!!」
現在は日中で、しかも快晴なのでそもそも明るいのに、更に明るく本殿に向かって空から光が流れております。これは、以前見させて頂いた時よりもっと明るいです!前は夜だったので確かに明るさは違いますが、それにしても眩しい!神崎さんはこれが見えているのか!そうだ!陽朔さんも明るいって確か言ってたような・・・
・・・ーーー
「今月は、神在月さんでしたね。これはまたいつもより明るい事で・・・」
・・・ーーー
そんな軽く言える感じじゃないのですが!私だけもっと強く見えているんでしょうか?!
「ごめん、ごめん、そんなに眩しかった?やっぱり結ちゃんには強く感じるのかな?」
「え?神崎さんこれが大丈夫なんですか?」
「まぁ、耐性みたいなもんじゃない?さ、そろそろ神在月が出てくるから廊下の掃除だけでもやっちゃおうか!」
「はい、よろしくお願いします!」
十月の間は本当に今までの不安が嘘かのように、別の言い方をすると、まるで時間が止まっているかのように、穏やかで心配ごとは本当に少なかったです。しかし、神在月さんの言葉通りなら、十一月からは動き出すと・・・。
「来月は、何か起こるんでしょうか・・・」
私の声が聞こえなかったのか、神崎さんは返事をしませんでした。




