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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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十章:神在月の君へ 三話


 十月十三日




 本日は、母屋の縁側で座布団を干しておりました。現在は夕方なので座布団を取り込み中です。そして、工房の材料の納品日です。そして、陽朔さんが来てくれるかな?って思って、昨日は頑張ってスコーンを作ったのです!最近では、社長も縁側にいらっしゃる回数が増えておりますので、甘くないお菓子を作る事にしたんです。紅茶も、昨日珍しい茶葉がスーパーの期間限定のポップアップショップで売られてたから買ったのに・・・!!なのに!!




「うわっ・・・!界星!ちゃんと結ちゃんの顔見えてる?!ひどい顔だよ?!もう話しかけない方が良いんじゃない?」

「あ、双葉。そうなんだよ。俺が来たから嬉しがってくれるかなって思ったんだけどな。俺宛にって差し入れくれたんだよ?結ちゃんからくれたんだよ?だから、心配かけちゃったなって反省して、これだけ元気になってすぐに此処に来たんだけど、結ちゃんのこの虚無の顔。境内でなんかあった?」

「多分、今日来たのが陽朔じゃなかったからじゃない?」

「なんでここで陽朔?陽朔なら資材持ってもう入ってくると思うけど?」

「いらっしゃるんですか?!」


 今日から神崎さんに戻ってしまったのかと思ってた矢先に、突然の朗報!!


「ちょっ!!なんで陽朔だとそんなに嬉しがるの?!おかしくない?!」

「なんだよ、結ちゃんやっぱり年下が好きなのかな?ちょっとそこだけ読めないんだけど」

「もっとちゃんと真剣にそこだけは読んで!!」



 なんか会話をしておりますが、放っておいて私は陽朔さんのところへと資材をとりに出迎えに参ります!


「陽朔さん!」

「・・・宮守さん!こんにちは」


 どうしよう!天使!!


「神崎さん、体調良くなられたんですね。今日いらしたので、陽朔さんはもう来ないと思ってたんです!」

「あ、そうなんです。もう兄も体調が良くなったので、私が来る必要がなくなってしまうのでコレを宮守さんに渡したくて今日は来ました」

「・・・なんでしょう?」

小さな紙袋に入っており、頂いたのはなんと細かく長いチェーンのついた指輪でした。



「お守りです。宮守さん、ご自身が危なくても境内から離れたくないと言ってたので。どうぞ、肌身離さず持てるお守りです。指にするとお仕事の邪魔だと思ったのでネックレスにしてもらったんですけど・・・」


 感動!!!!!


「兄には内緒でお願いしますね。きっと嫉妬されますから」

「もちろんです!ありがとうございます!嬉しいです!」

「良かったです」


 神崎さんと似たお顔で微笑まれました。でも、似てるだけでやっぱり違いますね!

 好きな人からプレゼントを頂きました!なんて嬉しい・・・




 好きな人?




 ん?




 いや、違う、間違えましたね、コレは『推しへの愛』ですね。はい、そうです。そうです。




 自分の心に蓋をしましょうね。


 ・・・蓋をしましょうって何?それって、何かを見て見ぬふり・・・?

ちょっと待った、ちょっと待った。違う、違わない、違う、違わない!!えっと、コレってつまりその・・・



「陽朔!!結ちゃんにちょっかい出すとはどういう事だ?!」

神崎さんがすっ飛んできました。私の頭はまだショート中です。

「兄さん・・・ちょっかいだなんて人聞きの悪い・・・。宮守さんは納品とかにきた俺にお茶だしてくれて話し相手になってくれただけだって。俺、第一高校生だし。相手にされないって」


そうよ!結!相手は高校生!コレはきっと弟が可愛くて仕方ない衝動と一緒!!だって7つも年下だもの!


「相手にされてるされてないも重要だけど!陽朔はどう思ってるんだ!お兄ちゃんはそんな大人に育てた覚えはないぞ!!」

「どうしたんだよ、こんなに面倒になるのか・・・宮守さん、普段この状態なら本当にすみません。いつもはもっと聞き分けの良い別人みたいに穏やかな人なんですけど」

「っへ?!いや、あの、大丈夫です。あまり気にしてないので・・・」



「いくら隣家が遠いからと門前で騒ぐな。何やってる?兄弟喧嘩は家でやれ」



 門で騒いでいたら、社長が離れから出て来ました。

「「す、すみません」」







「それは、喧嘩になる事柄なのか?」


「十分になります。むしろ原因供給過多レベルだって。ならない理由がないでしょ??社長はなんで結婚しないの?社長は結ちゃんみたいな子はタイプじゃないわけ?」

「あ、陽朔さん、どうぞ、スコーン焼いたんです」

「ありがとうございます。手作りのお菓子なんてなかなか貰えないから嬉しいです」



 一旦離れに集まり、重要な会議があるのかと思いきや、話題は変わらずです。



「なんで陽朔が結ちゃんのスコーンを貰ってるのかな?お兄ちゃんが貰ってないのに?」

「・・・今日も、俺が来ると思ってたみたいだから?」

「陽朔の為にスコーンを作ったの?!なんでスコーンなの?!」

「え?!スコーンにしたのは、甘いものがお好きでない社長もお召し上がりになれるかなって・・・」



「俺?」



普段、一人称が『私』の方は、ふとした時に『俺』に変わる事がある。社長も、境内に来た日は非常にお疲れだったこともあり、言葉遣いもぶっきらぼうになっていた。その後、私なんかにも丁寧に接して頂いており、最近では話すお時間が増えてきて、気を許してもらえたのか砕けた話し方をされる事も増えてきた。

そして、今も意表を突かれたのか、一人称が『俺』になった。なんか社長の素を垣間見た気がして嬉しいです。


「・・・それって、元々は社長の為に作ったって事?!」

「え?!いえ、その・・・社長は最近縁側でお茶をされてますし、陽朔さんも今日納品だからいらっしゃるかなって思って、お二人にお出ししようって思ってたんです!なので、食べ物の好みがある社長に合わせて作りました・・・ってコレってなんの尋問なんですか?」


「なんだよ、社長の為とか、だから社長相手だとか叶うわけないじゃんか、もう辞めてくれない?社長早く誰かと結婚しちゃってくださいって」

「兄さん、迷惑かけてるから大事な話を早くして帰ろうよ?」

「陽朔、お前は良いよな。なぜか結ちゃんに良く思われて。なんでお前が・・・アッ!まさかっ!」



グワッグワッグワッ


グワッグワッグワッ



鴨の鳴き声のような音がした。


「ごめん、俺の電話だ」

 双葉さんがその場で電話に出た。すごく可愛い着信音だ。



「社長、結ちゃんみたいな子好きそうだよね。家庭的でさ。ちょっと、違うなら戦線離脱宣言してもらえない?」

「陽朔、コイツどうにかしろ。自分が好意を持ってる女性の事を、周りの男性もみんな好きなんじゃないかって思い込むタイプだ」

「いや!今回はみんなそれなりに怪しい!あの双葉でさえ、年齢さえ近かったら結ちゃんに」



「皆、ちょっと緊急。周辺警備が今、卯月らしき人間が境内方面に急いで向かってる所を見たって連絡入った」








 一転して、私たちを取り囲む空気は重く冷たく張り詰めたものとなり、双葉さんと社長と神崎さんが素早くその場から駆け出した。私と陽朔さんは、ゆっくりと門に向かう。


「急でびっくりしました。ずっと、今月入ってから良いことばっかりだし、雰囲気も本当に良かったので」

「・・・宮守さん、大丈夫ですよ。神在月は特に加護が強い月です。何もないようにって神在月(ありつき)さんだってそう願って入ってるはずです。なので、大したことなく終えますよ。もしくは、一見不穏そうに感じても、実はコレでも最低限に抑えられてたり、のちに良い事につながったり、その良いことの前触れだったりという可能性だってあります」


「だといいんですけど」

「さあ、さっき渡したネックレス、つけてくださいね。作ったのは別の神社の腕利きの職人ですが、祈祷は私がしました。『他の神社に頼むな!』って昔から個人的に嫌われてるので文句言われちゃいましたけど、腕は確かです。その小さい指輪に、ちゃんと符も入ってます」

「芸が細かい!」

 そう言って、陽朔さんが着けてくださいました。そっか、前に皐月さんの件の時に神崎さんが言っていた『弟は別の力というか使命を持ってます』は、祈祷とかそういった力の事なのかもしれない!それならすごく利益がありそうだ。



「これで、大丈夫ですから」



 こんな事態なのに嬉しいが勝つ私はイケナイ人なのかも知れない。







「卯月、門からこちらにはまだ入るな」

「ハァッ!!ハァッ!!・・・!長月を・・!長月を出せ!!!」


 私が門に着いた時、ちょうど卯月さんが境内についたようでした。

 そして、かなり急いで来たのがわかる程に息が上がっており、更には長月さんを呼ばれてます。


「静かにしろ。落ち着け」

「落ち着いてられるか!就業時間が終わるまではちゃんと業務をしていた!十分だろう!?長月を出せ!!!」


 双葉さんが宥めるも聞かず、卯月さんはヒートアップする一方である。久々に卯月さんを見ましたが、全然変わってない様子です。見た目も・・・そして、おそらく中身もです。



「・・・なんで長月?」

「お前、次の長月の話しを聞いたのか?」

「そうだ!おかしいだろう!なんて勝手な事を言ったんだ長月は!卑怯だ!不平等だ!!あれが許されるなら俺はなんだったんだ!!」

社長だけが話がわかる様子だった。これ以上騒がれたら良くないと判断されたのか、社長が離れに向かうように一行に指示を出し、私たちはまた戻っていく。



・・・本来の主人が戻ったこの離れ。しかし、家の雰囲気は良くはない。まるで、家が主人を拒絶しているかの如く空気が悪い。




「楓も知っているのか?!長月が次の長月に、卒業してもすぐにうぐっ!!」

社長が卯月さんの口を塞いだ。

「双葉、卯月を取り押さえろ」


社長の絶対命令の冷たい声色に反応してか、双葉さんが床に卯月さんをねじ伏せた。

あまりにもスムーズに行われた、普段目にすることのないその光景に、少々恐怖を感じた。


「卯月、質問にだけ答えろ」


 そう、恐ろしく言い放った社長は、卯月さんの口から手をどかした。そして、その手は白い手袋をはめて、卯月さんの服を突然触り始めた。



「何をするっ!!」


「黙れ、まだ質問してない」



 そう言い、ジャケットの襟、袖、ポケットを触った。その後はジャケットを剥ぎ、裏返してさらに何かを探しているように触り込む。



「今日、ここへは本社から直接来たのか?」

「・・・そうだ」

「タクシーか?」

「電車だ・・・」

「電車から降りてから誰かにぶつかったか?」

「人とはぶつからないようにしている!なんの話だ?!」


そう言った卯月さんの、ベストの胸元を掴み、社長が自分に引き寄せた。



「質問にだけ、答えろ」



 見ているだけで恐怖するほどの空間。流石の卯月さんも黙り、社長はそのまま卯月さんのベストを触る。

双葉さんはいつもと同じ顔して卯月さんを押さえ込んだまま。神崎さんは真顔で椅子に座ってこの異質な光景を見ている。陽朔さんは、何も起こっていないかのような爽やかな顔でこの光景を見ている。特におかしいものなど見ていませんと取れる顔だ。まだ高校生だろうに怖く感じないのでしょうか?なぜ・・・。私だけ、怖くて直立不動です。




「・・・」

「・・・」


 社長と双葉さんがアイコンタクをした。そして、双葉さんは卯月さんから離れて、近くの機械に近寄り何かスイッチを入れた。



「入れた。もう大丈夫」

「あぁ。・・なぁ卯月、誰と会ってから此処に来た?」

「誰にも会ってない!会社から直接きた!」

「こんなもの付けられてか?」

「なんだそれは。今朝着た時にはそんなものついて無かった!!」




 社長の手には小型の何かがついている。あまりにも小さいが

「盗聴器だ。双葉、これ後でサチエに本社に持って行かせてくれ」

「はいよ」




「手荒な事をして悪かった。さぁ卯月、会社を出てから電車に乗って降りるまで、人と接触をしたか?」

「電車は混んでるし、接触というか、満員電車だった・・」

「そうか。会社を出て、誰にも会わず、満員電車に乗り、駅で降りて誰とも接触せずに来たと」

「・・・」

「電車で盗聴器を付けられたんだよ。普段の帰り道と違う方向に・・・境内の方面の電車に乗るお前に。おそらく、今日長月の話しを聞いて、今日突然境内に来る事を決めただろうに、今日、盗聴器を付けられたんだよ。

 

つまりは、卯月。君は日頃から神部ではない誰かに監視されてるって事だよ」



 衝撃を受けた卯月さんの顔が酷く記憶に残った。







 十月十四日





 卯月さんは、あの後は自宅に帰らず、ホテルに一泊してもらう事になりました。普段卯月さんが行っている娘さんのお迎えは奥様に頼まれたそうです。

 そして、その間に盗聴器の模造品を即席で神部の方が用意して、盗聴器を付けられたのと同じ場所につける。そして普段通りの生活をしてもらうという事で現在はおかえりになっているようですが・・・。





「・・・怖い?」

「盗聴器なんて出てきたら。それは怖いです」

「だから言ったのに。怖い思いするなら結婚しちゃって早く引退しちゃった方がいいよって」

「でも、私の他に今お世話係さんは・・・茉里ちゃんも、すぐ別の仕事に就いたみたいですし・・・。いえ!そもそも私はお世話係ですから!私は狙われる対象ではないです!ただの家政婦みたいなものですから!」

「でも怖い思いしてまでいる理由ってなくない?」

「そうやって惑わすのずるいです!!」


 あれから神崎さんは毎日境内に来ております。

そりゃ、一人でいる時間が多いより、人がいて下さった方がありがたいですけど!!!




「そういえば、卯月があんだけ怒って境内に来た『長月』の話しはなんだったの?」

「私もその話しは知らないです」

「そうなると・・・」


 縁側で話している今、それは最近の常連様の社長もいらっしゃいます。神崎さんと私は二人揃って社長を見ました。



「・・・目で訴えるなって」

「教えて」

「・・・長月が、次の長月が大学を卒業した後もまだ境内に入らなくて良いって言ったんだ。なんなら『一回でも本殿に入れば良いんだから、当面の間好きにすれば良い』みたいな事を言ったらしい。就職して働く事も可能だと」

「へー、太っ腹だね」

「そんなこと許されるんですか?」

「長月の言ったとおり、一回でも入れば良いんだろ?」

「まぁ、そうだね。一回でも入れば満足するんじゃない?」

「だが、そういう神代はほとんど居ない。長月の年齢では、結婚して子供がいる場合が圧倒的に多い。むしろあの年齢まで独身だった神代は居ないんじゃないか。子供がいて、なお大きくなってあの年にあると、どちらかというと神代は境内を出たがる」


文月さんがそうだ。もちろん、全員が全員同理由でないにしろ、近い理由を持っているだろう。一ヶ月丸々無い生活から、家族と過ごせる時間が増えるなら、次代が育てば早く境内から出ていきたいだろう。


「結婚してないと、境内の暮らしは楽しいだろうからね。一ヶ月少ないけど」


「噂はあくまで噂だが、調査班によると、卯月は前から通っていた所があったらしい。やりたい仕事でもあったんだろう。それが神代になることで諦めざるを得なかったなら、長月の今回の話しが耳に入ったらそれは激怒だろうな」



 調 査 班 と は。神部の規模の大きさと、公にされていない『調査班』が気になります。



「先代が捧げ納めしちゃったからねー。それに、前の卯月さんは早く境内を出たかったんでしょう?逆に、今の卯月が大学卒業するまでよく待ってくれた方だと思うけどな」

「そういう事をアイツは知らない。聞きもしないから。自分の願いが叶わないと聞く耳を持たない。その話の中に、先のチャンスや、自分がいままでどれほど恵まれていたかという大事な話しがあったっていうのに」



 神代も、本殿での”儀式”が何よりも大事だけれど、ご結婚されたからには、奥様のご家族の事だって抱えて生きて行かなければなりません。

 記録に残っている数件だけですが、奥様のご実家が神社でない事もあり、家業をどうしても継がなければならない事もあります。


 神部が手配や手伝いを申し出ても断られる事もあります。


その場合、先方の意を尊重して、なるべく早く神代の世代交代をして、奥様側の家業を継いだという事もあったようです。



 つまり、今回の長月さんの様に、独身且つ、まだ境内に居ても良いと言って、次代に自由を捧げる神代は非常に希少なのです。





「で?盗聴器の出どころの検討はもうつきそうなんでしょ?」

「今、指紋の照合をしている」

「神部って本当に怖いね。敵なしだね!」

「そう仕向けたのはそっちだろう」

「こんなに大きい会社になってもらえて、俺は大変嬉しいです。あとは結ちゃんをお嫁さんに頂けましたらもう言う事は」

「ムカつくからやらない」

「サチエさんの時は『俺は親じゃない』って言ってたのになんで!!さては!みんなやっぱり結ちゃんを狙ってるんだな!陽朔も最近おかしいんだよ!あ!そうだ・・!!神在月(ありつき)!!どこだ!!聞きたいことが!!」

神在月(ありつき)は今本殿だろう。血迷ったか」




いつも思いますが、この話題を出された時、私はどんな態度でいるのが正解なのでしょうか。

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