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二章:如月の君へ 一話

”一年が十一ヶ月しかない”人たちがいる。

彼らは一年の内、決められた一ヶ月間を神に捧げている。


それは、この惑星(ホシ)のため、この日本(クニ)ため。家族のため。

何もせず、意識も特にはっきりとしない、ただただ、一ヶ月間ある部屋でただ”存在”し続けるのである。


そんな”一ヶ月”少ない一年を過ごす彼らと、その家族のお世話をする”世話係”とのどこにでもありそうなどこにもないお話。


【誓約書】


神宮家の神代(かみしろ)と婚姻を結ぶにあたり、神宮家の情報の一切を外部に漏洩しないこと。

また、神代の特別業務に関して質問の一切を禁じる。無断で本殿に出入りした際は、以下の罰則に従う。

①即座に婚姻関係の解消を行う

②子どもの親権は神宮側に属す

③婚姻後の給与を含む全所得の半額を、会社へと返納する。

(※婚姻後からの所得の半額を一括で返せない場合、分割も可能であるが、必ず返納する事)

④情報漏洩防止の為、日常生活に監視を付ける、または、指定した場所と職場で勤務をする

⑤今後、神宮家との関わりの一切を禁じる










一月三十一日


ー22:15ー



如月(きさらぎ)さん!準備できましたよ!いつでもOKです!」

私は元気に母家のコタツで寛いでいる斎服を着た如月さんに言った。

「ん」



コタツには如月さんだけではなく、初めての儀式を終えた睦月(むつき)さんを含む独身の神代が全員揃っていた。一ヶ月振りに揃い、お酒を飲んでいる。


あと少しで如月さんが本殿へ行く為、今は独身神代勢が揃っている希少な時間です。如月さんの次は三月の弥生(やよい)さんの担当月。あぁ、私の癒しの弥生さんが、一ヶ月も・・・。なので、本当に貴重な時間なのです。

まぁ、来月も同じようにこうやって直前にお酒とか飲んでるかも知れないけど。





「本当に、あっという間で驚きました。一ヶ月も時間が経った感覚なんて微塵も無くて・・・」

「でも〜、一ヶ月も意識あったままあの場にいると思うと凄く苦痛でしょ?!俺だったらゾッとしちゃうよ〜、だって動けもしないんだから!ろくに意識がない状態で逆にありがたいよ〜」

皐月(さつき)さんが話す。確かに動けないのに一ヶ月も意識があったら暇過ぎて仕方ないだろうな。特に皐月(この人)さんみたいな人は。



「今年は二月は何日までだっけ?」

長月(ながつき)さんが質問した。この人はあまりカレンダーとか見ないで生きてそう。

「今年は閏年だよ。29日まである」

弥生さんが答えた。

「じゃぁ、いつもより一日多く如月に会うのが遅くなるのか〜つまんないな〜」

また皐月さんは如月さんをからかい始める。そして如月さんが反撃を始めた。

「そう思うと儀式中に意識がないのが残念だな」

「え?なんで?!たった今話して”意識無くて良かったね!”で落ち着いたじゃん!」

「お前の声が聞こえねぇ貴重な一ヶ月が一瞬で終わるんだぞ、だったら俺は暇だろうが一ヶ月間意識があった方がマシだ」

「何それ?!絶対そんなの三日も経ったら寂しくなるに決まってるんだから!」

「お前の声が聞こえない時間を味わえるなら俺は二ヶ月間儀式をやってても構わねぇ」

「嘘でしょ?!そんなに俺の事嫌いな訳!?」

「皐月は如月の事大好きゆえに揶揄いすぎるからね。嫌ってる訳じゃないけど鬱陶しいんでしょ」

「長月もしれっと”鬱陶しい”とか酷いこと言わないで!」

「事実だ」

「如月酷い!」

こんな賑やかな空間が、如月さんが儀式の間は無いのかな。もしくはターゲットが変更になるのか・・・。

みんなでお酒を飲みながら楽しく話していたが、時間は止まらない。そう、もう如月さんが本殿に向かわなくてはならない時間だ。


「如月さん、そろそろ」

「あぁ」

言って、彼は自分の持っていた盃に入ったお酒を一気飲みした。


「あぁ!そんなに一気飲みして!?」

「言っただろ、別に体の状態は儀式に影響はねぇって」

「儀式への影響の話じゃないです!普通に一気飲みなんていけません!」

貴方が飲んでるの泡盛なんだからね。

「結ちゃん、まぁまぁ落ち着いて。如月はそこまで飲んでなかったし、お酒は強い方だから」

弥生さんに宥められてしまいました。素直におとなしくなります。


「じゃぁ、如月さん。行きましょう!」

私が先に立ち上がり、如月さんが後から立ち上がりついてくる。

「皆さん、お見送り行ってきますね」

「行ってらっしゃーい!如月も、次は閏日にねー!」

お酒を飲んで上機嫌な皐月さんが言った。如月さんが儀式に入るためか、"寂しい"が顔から少し出ている様気がした。

そんな彼に、如月さんは振り返って声を掛けた。



「精々、寂しがって泣いてろ」



如月さんの初めての表情を見た。ここに来てから10ヶ月目にして初めての顔だった。

仏頂面をしていることが多い彼が、凄く楽しそうに、いたずらっ子のように笑った。

そして、前を向いた彼はまたいつもの無表情に戻ってた。


「あ?どした」

「あ、いえ。行きましょう」





綺麗に掃除をした本殿にたどり着いた。今は22時40分。遅くても22時50分までには皆さん本殿に入ります。少し早いですが、遅れるよりは良い。


「では、如月さん、行ってらっしゃい」

先月、初めてだった睦月さんと違い、他の皆さんは何回か経験済みである。その為、事前に確認事項を言う事はない。家主のいない家屋も、管理として私が出入りして換気などをする事はみんなもう知っている。合鍵も持っている。如月さんに関しては、家の冷蔵庫は元々大して使ってないらしいし、何か賞味期限の近そうなものは「食え」と、昨日預けられた。


送り出しの言葉を言ったら如月さんが振り返った。あれ?”あぁ”とか一言だけ返事してすぐに本殿に入りそうなのになんだろうと思っていたら、彼が口を開いた。



「・・・皐月の事、頼んだぞ」


嫌ってはいないが、面倒だという雰囲気をあれほど出していたのにここにきて皐月さんの心配をしたことに私は驚いた。あれか、私が知らないだけで、二人の絆的な何かはすごい強かったのだろうか。なんだ、宜しくって

「ぐ・・・!具体的には何を?!」

声が裏返った。それほど驚いたのである。その私の驚いた事に、如月さんも驚いた。


「何をって、俺がいねぇ間のあいつの事は見たことも聞いたこともないからわからねぇよ。だから、頼んでんだよ」

「そ!そういうことですね!如月さんのいない間の皐月さんですね!?え?!気にかけてるんですか?!」

「だから言ってんだろうよ」

「なんで?!」

「アイツ、寂しがりだろ」

「なんで?!」

「寂しいから、ああやっていつも騒いだり喋ってんじゃねぇのか?知らねぇけど」

「なんで?!」

「少なくとも俺はそう感じとっただけだ。実際は違うかも知れねぇし。だから頼んだって言ってんだろうが」

「なんで?!」

「何がだ?!」

「なんで如月さんが、”皆”ではなく、”皐月さん”のことだけを別に、あえて、私に頼むんですか?!」

「・・・」

「お答えをどうぞ!!?」

「・・・説明するにはもう時間がねぇよ、今何時だと思ってんだ」

「簡潔にどうぞ!」

ここにきて理由を聞かずして引き受けられない!なんか個人的にも気になっちゃうし、頼まれるって、何を頼まれてるのかわからない状態って意味がない。


「・・・一回だけ長月に言われたんだよ。アイツがここに来た時て最初の二月の話だけど。”如月がいないと、皐月は別人だね”だと。その時の長月の顔が、笑ってたり揶揄う顔なら気にしねぇんだけど、安心した顔って言うか、なんか疲れたような顔っていうか、なんつーか、皐月が俺がいないことで人に迷惑か心配をかけてるんだって取れる感じだったから」

「それ、皐月さん本人には」

「聞いてもはぐらかすに決まってんだろ。いつものあいつの調子をみれば」

「確かに・・・」

「特に詮索とかしなくていい、時間だから入るぞ」

「あ!!はい!行ってらっしゃいませ!!」


ためらいもなく、本殿の扉を開け、戸惑いもなく、余韻とかなんかそういったものは何もなく、ただ玄関の扉を閉めるようにして如月さんは本殿へ入った。





神代が本殿に入る時は、なんか今まではこうしんみりしたり、落ち着いたり、少し寂しかったりなどあったが、今回はまさかの想像もしていない頼まれごとに驚いている間に終わってしまった。


「あ、いけない。忘れるところだった」



一歩下がり、目を瞑り唱える。



神代(かみしろ)の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」












二月一日



昨晩、如月さんが本殿に入った後に母屋に戻ったら、みんな飲み会の片付けを初めていた。

気になって一瞬皐月さんを盗み見たが、特にいつもと変わらない風に見える。笑顔のままだ。ニコニコしている。逆に如月さんが入ってすぐに態度が豹変したらそれはそれで少し怖い。

紳士な弥生さんが最後まで片付けの手伝いをしてくれた。その間、弥生さんになら聞いても良いかなぁー・・・なんて、如月さんがいない間の皐月さんの事を聞こうかなとちょっとだけ。うん、5回くらい思ったけど、如月さんの”詮索はしなくていい”の言葉が思い出されて結局聞けずじまい。



とりあえず、数日は様子を見よう。で、これは報告すべきことなので毎日記録をとろう。だって頼まれた訳だし。



朝6時に起床して、私は朝食を作り始めた。

今日はじゃがいもと玉ねぎの味噌汁。おかずは焼き鮭、大根の漬物。そこまでは決めていたけど、あとは未定のままだった。他にもまだおかずが二品は欲しいところ。冷蔵庫を見ると牛蒡とにんじんがある。うーん、ちょっと大変になるけどきんぴらごぼうを今から作るか。じゃあ、あと一品は直ぐに作れるものにしよう。アボカドがある。早く食べないといけないから、サラダにしよう。決まればさっさと作業に取り掛からないと間に合わなくなる。


一番大変なのは牛蒡をきんぴらサイズにする事。これは、スライサーを使ってなるべく早くする。

にんじんも一緒に切ってしまおう。でもその前に、お味噌汁のじゃがいもの皮を剥いて切って、水に入れてから火をかけておく。鮭もグリルに入れる。ここまですればあとはひたすら牛蒡を切るだけだ。


台所にいい香りが充満してきた頃、母屋にやってきた神代が一人。

「結ちゃん、おはよう」

「あ!睦月さん!おはようございます。早いですね」

「なんか、儀式は本当に”何もなく”終わったんだけど、”何もなかった”のに、体験した後の方がなんか興奮しちゃってなかなか寝付けなかったし早く起きちゃったしで」

「たまにありますよね。開始前より終わった後の方が興奮覚めやらぬってやつ」

「そう、本当子供みたいで笑っちゃうよ」

神宮(かみや)家以外の人が体験することはまずないですからね、なかなか共感を得られないと思いますが、それだけ貴重な体験です。その気持ちを大事にしてください」

「うん、ありがとう。あ、これ向こうに運べばいい?」

「そんな!大丈夫ですよ!出来るまでコタツでゆっくりしててください!」

「いやいや、まだ気持ちが昂ってるからかなんかしたいんだよね」

「じゃぁお願いします・・あ!そうだ、睦月さんに渡すものがあったんです。」

「何?」

「これ、大したものじゃないんですけど、気が向いたら読んでみてください。で、読みになったらお手数ですが私にまた渡して頂けますと幸いです」

「?」

「時間ができた時にでも見てください。楽しんでもらえると良いんですけどね」

その後、二人で朝食の準備をした。





7時を過ぎて、母屋に神代が集まってきた。

「あ、きんぴらごぼうがある」

「弥生さん、おはようございます」

「おはよう、結ちゃん。朝からきんぴら作ったの?凄いね。俺、好きなんだ」

「そうなんですか?良かったです。朝食で食べ切っちゃうくらいの量なので、またすぐに作りますね」

「あ〜!結ちゃん弥生をご贔屓だ〜!好きなんでしょ〜」

皐月さんがいつもと同じように私に軽く絡んでくる。


「好きだなんて何いってるんですか?あれです、言わば推しです!」

「推しねぇ〜本当かな〜?」

ニヤニヤしながら私の方を見てくる。

「冗談言ってないで早く食べたほうがいいですよ皐月さん。もう8時すぎてますからね」

「え?!マジか本当だ。いつも如月が起きてくる前に食べ始めれば間に合うって思ってたから」

「あと28日しないと会えませんよ」

「・・・そうだね」

皐月さんはちょっとだけ寂しそうな顔をした。







さて、新しい月になったと言うことは、前の月に関する数字ものは全部確定したと言うことです。

本日は、これから一月の経費などを計算致します。日頃から少しずつ打っておけば一気にやることないんだよね。って毎月思ってます。思ってるんですけど、食事の仕込みに思ったより時間をとられたり、イレギュラーな事が多々起こると、この"日頃の打ち込み作業"をまず犠牲にしてしまっているので仕方がない。一応こうやって月初にちゃんと時間をとっているだけ自分を褒めよう。



パチパチとキーボードを打ち、前月の経費をある程度まとめた。9時から開始してもう10時。一旦切り上げて洗い物して昼ごはんをもう作り始めなくては。お昼は味噌煮込みうどんの予定だったな。私は立ち上がって作業部屋から出た。

居間に行ったらちょうど玄関側の扉から皐月さんと神在月(ありつき)さんが入ってきた。

寒くて休憩に母屋にきたらしい。

「お茶飲みますか?それともコーヒーにしますか?」

「俺コーヒーっていうか牛乳たっぷりのカフェオレで〜!」

「悪いな、俺もコーヒーよろしく」

「はい、ちょっと待ってくださいね」

台所についてとりあえずヤカンを火にかけた。そして、なぜか皐月さんが台所にまでついてきている。

「火を使うとはいえ、台所より居間の方があったかいですよ?」

「うん、温度はね」

「はい?」

「如月がいると、こうやって休憩に来ることもないからさ」

「はぁ・・・」

この人はよほど如月さんが好きなのだろう。朝から如月さんのことばっかりだ。

と、思っていたら皐月さんが後ろから私に抱きついてきた。

「どうしたんです?」

「・・・俺さ、如月いないと不安なんだよね」


マジか。これか。如月さんの予想的中すぎる。


「・・・今まで如月さんがいない時は、みんなにこうしてたんですか?茉里(まり)ちゃんにもしました?」

「男には抱きつかないよ。茉里ちゃんにやろうとしたら抱きつく直前に気付かれて本気で顔引っ叩かれた」

「そりゃそうだろう(私の従姉妹がすみません)」

「え?」

「あ、間違えました。私の従姉妹がすみません」

「今建前と本音間違えたでしょ」

「なので、”間違えました”と」

「はっきり言うねぇー結ちゃんも」

抱きつきながら言う。この人身長180cm超えてるから重いんだよなぁ。


「でも、多分茉里ちゃんくらいなんじゃないですか?皐月さんの事引っ叩くなんて」

「そうなんだよ〜俺初めて女の子に引っ叩かれてさ〜」

「女の子に人気がありそうなお顔立ちですもんね。むしろ他の女性は喜ぶのでは?」

「そうなんだよ〜!」

話しながら私は簡単ドリップコーヒーの注ぎ口を破く。皐月さんはコーヒーが好きというわけでないので味は薄くて良いらしい。神在月さんのカップをメインに注ぎ、皐月さんのカップは薄めにする。なので、ドリップは一つだけ開ける。私は紅茶を頂く。


「で、その話の続きは聞いて良いんですか?」

「女の子たちさ、喜んでくれるから俺も気分よくなっちゃってさ。ついリップサービスが増えちゃってさぁ〜」

「そっちの話じゃないですよ。”如月さんがいないと不安”の方です」

「・・・ごめん、まだ言えない」

「時間の問題ですか?ご自身の気持ち的にですか?」

「俺が人に言う踏ん切りがつかない」

「わかりました」

「え?」

「え?」

背中の重みが消えて、距離が出来たので振り返った。納得したのに、意外そうな顔をされました。


「気にならない?」

「なるに決まってるじゃないですか」

「でも、聞かないの?」

「”如月さんがいないと不安”と言う行動の理由が聞けたので、とりあえずはいいです。この抱きつきの理由は”不安”からなんですよね?じゃぁ、あとは別に急いで聞く理由もないです。それとも尋問されたかったんですか?」

「いや・・・違う」

「言えるようになって、なおかつ言いたくなったらでいいです」

「そっか・・・ありがとう」

「とりあえず、お湯が沸いたのでカフェオレ作りますよ」

「あ!俺砂糖は自分で入れるね!」

「大さじ二杯までにしてください」




好きにさせるととんでもない量の砂糖を入れるんだよこの人。

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