十章:神在月の君へ 一話
【離れ】
本殿と母家を囲うように十二の戸がある。
離れには名称があり、北側から時計と同じ順に、【子】、【丑】、【寅】、【卯】、【辰】、【巳】・・・と干支が名づけられている。
コスモスや彼岸花がちらほらと咲き始めた十月。
先月までの慌しい日々が夢だったかのように、十月は始まった。
十月一日
「なんか、一ヶ月ない無いこと差し引いても早いよねー・・・あれ?一ヶ月ないことを引く?これ合ってる?よくわかんなくなってきた!」
朝食に出した海苔をそのままパリパリと食べながら皐月さんが言った。
「・・・月末、ハロウィン・・・。二ヶ月したら、クリスマス・・・そしたらすぐ・・・」
「年越しちゃうね。参ったね。年々早くなってくね」
深刻そうな水無月さんと軽やかに言ってみせる弥生さん。温度差のある空気感で会話をしている。
「そっかぁー!ハロウィンもクリスマスももうすぐなのかぁー」
一人、先の行事をもの凄く楽しみにしている方がいらっしゃいます。それが、境内での年長者である昨日本殿から出てきた長月さん。もう幸せオーラが出ております。
あれだけ本殿に入るのを拒むほどに気にかけていた女性が、出てきた目の前にいらっしゃったんです。もうご満悦もいいところです。関係性は全く進展はしておりませんが。でも、とても嬉しそうにしていらっしゃるので、こちらとしては何よりです。
さて、月初なので、今日はこれから数字の締め作業に取り掛かります。
毎度おなじみの作業の事前準備も早くなり、これなら事務作業をやってからお昼ごはんの仕込みをやっても間に合いそうです!
現金の取り扱いがないので、居間にパソコンを持ってきて行います。秋らしくなってきましたが、それでもまだ少し気温が高いので、アイスを食べながらやりましょう。効率の良い順番を自分で発見してからは、逆にこの作業がちょっとだけ楽しくなってきたり。そうか、みんな会社勤めの人もこうやって自分が入社時と比べて成長したって実感するんだろうなぁ・・・。そうやって、先輩に褒められたり、部下から憧れられたりするんだろうな。私は一人だからそんな現象起こりませんが。
「そんなことないじゃん。頑張ってるってみんな知ってるから」
いやいや、言っても、私の事ずっと見てる人はいませんからね。神代は工房で仕事ですし、同僚がいるわけではありませんから。
「ほら、この間まで桔梗がずっと一緒にいたじゃん」
あぁ、確かにそうですね!でも、知ってるのは桔梗さんだけでしょうし、そもそも私のその前後をご存じないでしょうから、成長も何もないですよ・・・ちょっと悲しい。
「でも、凄く頑張ってるって事を知っててくれる人がいるっていいと思うけどなぁ。俺は本当に事務所で一人作業だからマジでないからね。クライアントからは、成長した、精度の高い完成品を持ってくるのが当たり前だと思われてるからね」
あれ?待って、私さっきから誰と___
「俺だよ。別に”会話”はしてないけどね」
「・・・双葉さんまたそうやって・・・。先日のお見合いはどうだったんですか?もぬけの殻みたいだったじゃないですか」
お見合い後からは心ここに在らずの状態だった双葉さん。
もしかして結婚が決まってしまっ
「縁起でもないこと思わないで!今盛大に断ってる所だから!」
「えー!そんなに嫌がるなんて、お相手の方が気になりますね」
「もうこれなら、自分の信念を曲げようと、周りから何を言われようと、お世話係と結婚しますって言い切っておけばよかった」
「信念曲げるほどってどれくらいの事態なんですか」
「結ちゃんと結婚って話しは、流石に嘘でも聞き捨てならないなぁ」
双葉さんに続き、神崎さんが入ってきた。
「真剣に、半分本気で考えたくらいだ」
「真剣に半分本気ってもう意味わからないよ」
「皐月、元気だったでしょ?」
結局、居間にて三人でお話しをしながら事務作業をします。数字を間違えないように打たないと・・・。
「え?あ、はい!まぁ、私たちにはそう見せてるだけかもしれないですけど。でも、普段とそんなんい変わらないようには見えます」
「神在月も本殿に入ってるからね」
「それにしても、”皐月”が二人いる理由がそんな人智を超えたもんだったとはなぁ・・・元々超えてるけどな」
お見合いにて、あの場にいなかった双葉さんには神崎さんから説明をしてもらいました。
「あとさ、それ以外で気になる事って言ったら、結ちゃんが言ってた、『皐月くんは如月がいないと不安がる』とかなんとかは?あれも界星説明できるの?」
「あぁ、あれも一緒。・・・もう言っても良いか。不具合っていうか不和っていうか。”如月”ってさ、”鬼”なんだよ」
「「唐突な悪口」」
私と双葉さんが揃って口にしました。いや、だって、鬼だなんて言うもんですから。
「今、パソコン使ってるし、そもそも結ちゃんならわかると思うんだけど、”きさらぎ”って打って漢字に変換すると、二月の意味の”如月”と”鬼”の漢字が出てくるでしょ?」
「・・・あ!そういえば!出てきます出てきます!!」
「二月は節分があるでしょ?節分と言ったら・・・」
「「鬼は外!!」」
「・・・うん、そうだね。と言うことで、二月の事と”如月”の他に”鬼”の字の方も同じく”きさらぎ”と呼ぶんだ。で、それだけじゃなくて、神代の中での”鬼”としたんだよ」
鬼・・・神代なのに鬼なのですか。
「神在月が、神代の中で一番ご利益がありそうと言われてるのと同じような感じだよ。二月の如月は鬼として、まぁ言わば番人みたいな立ち位置なんだ。そうだなぁ。神在月が、先頭で神代を引っ張って行く存在であるとしたら、如月は、一番後ろから見守っている感じ?」
「あぁ、番人が本殿に入りっきりだと不安に感じる『バグ』が起きてるって事か」
「そうそう、そう言うこと。何か特別な事をしてるわけじゃないけど、”警備員さん”って存在がいるだけで安心するでしょ?だから、警備員さんがお休みだと心細いなって思う感覚。例えがあまりにも幼稚すぎるかもしれないけど」
だから、二月はいつも様子がおかしいと言う事だったのですか。
「・・・それ、もしかして境内にいる奴にもなんか影響あるか?じゃじゃ馬娘がストーカー騒ぎを言った時、俺が話しをさせようにもアイツ茶化してたけど、如月が聞いたらすぐ答えたんだ」
「あぁ・・・境内に足を踏み入れたり籍入れをした人に対して、”如月”が不審や疑問、苛立ちを覚えて相手に接したらそうなるかもね。卯月の奥さんは、やっぱりどうにしたって”神代”の奥さんだから、面倒だなーくらいだろうけど、アルバイトの彼女に関しては、突然寄越されたから『不穏分子』と認定したらそうなるかもね。でも、単に如月くんの顔が怖かったんじゃない?」
そんな事をあっけらかんと言って、爽やかに笑っております。
なるほど。ですが、碌に話した事もない成人男性に、強面で『話してくれ』って言われたらまぁ話すと思いますけど。でも、確かにあの時の空気がピリッとした事は今でも覚えています。
「あれ?でも、皐月さんは境内に入る前も二月は不安だったのでしょうか?」
「それはわからないけど、多分特に何もなかったと思う。ほら、携帯電話も持ち始めたら、使って便利さがわかって手放せなくなる。忘れたり失くしたら不安にもなる。でも子供の時とか、初めて携帯電話持つまでは別になくても不安にはならないでしょ?境内に入って初めてそう思うんだよ。境内に入る事自体がきっかけになるんだ」
「「なるほど、携帯電話・・!」」
「君たちさっきから息ぴったりでちょっと、俺、嫉妬してるんだけど」
そっか。皐月さんが、如月さんがいない間”不安”だと言っていた謎も解けました。正直忘れてましたけど、思い出して謎が解けるとこんなにもスッキリするものなんですね。
「でも、それ本人に言わないわけ?」
「言っても、如月くんが入ってる間の対処法がないから下手なこと言えないかな」
「それもそうか」
「あとさ、多分皐月は神代じゃなかったら結ちゃんの事好きになってたと思うよ。その感情がさ、中途半端に消されて、中途半端に自覚できて、”如月”が居ないと不安を感じちゃうとか、正直不憫だよね。あ、でも俺がこんな事言ったって社長が知ったら首根っこ掴まれてぶん回されるだろうから言わないでね」
「大事の切り札に取っておきます!」
「あー!結ちゃんはそんな事言って!」
スッキリしたら、なんか楽しくなってやる気も出てきました!残りもパパッとやってしまって、早くお昼ごはんの準備にかかりましょう!
十月六日
「・・・平和だ。平和すぎるっ!!」
良いことなのです。平和が一番です。しかしながら、先月までのバタバタが嘘だと思い込んでしまうほどには平和です。これが、”神在月”の威力・・・というのか、恩恵なのでしょうか?!
本当に、問題が起こらないのです。それは、小さな事にも影響があるようです。
まず、境内の雰囲気がとても良い。先月には、ストーカー探偵さんの件で、黒幕が卯月さんの奥様のご実家かもしれないという話しまで出たのに、その話がなかったかのような穏やかな雰囲気。
次に、社長が日増しに元気になられています。境内にいらした時のような、太陽の光を浴びていないような不健康さは現在は見受けられません。いえ、ただの良い事なのですが。
そして、長月さんとサチエさんの仲に何もないのです。何もです。長月さんは、サチエさんが境内にいらっしゃることが夢のようで、それだけで非常にご満足されている様子。
サチエさんもサチエさんで、『頂いた連絡から想像するに、相当な面倒を覚悟いたしましたが、杞憂だったみたいで良かったです。顔も合わせませんし給金も上がっておりますので、私としては快適ですね』と仰ってました。長月さんの事なので、休憩と称し、サチエさんに会いにくるかと思いきや、至って真面目に仕事をして、普段通りの生活をしているみたいです。今の所ですが。
去年はどうだったか忙しくて思い出せもしませんが、今年は先月までのギャップがあるため余計にそう感じます。
そう、信じられない程に平和なのです。
境内の中 だ け は
外に出て大問題が起きるわけじゃないんです。それは普段と変わらず、ずっと信号に引っかかるとか、歩いていて買い物した長いネギが落ちてしまったりとか、それなりに普段通り何かはあります。境内の中だけが非常に、物凄く、穏やかなのです。
「宮守さん、私、買い物に出かけてきます」
「あ!サチエさん!買い出しでしたら私も行くので車出しますか?」
あれ?でも、今はメイド服ではありません。
「いえ、本日は、今から夕方まで私は休憩のようなものです。なので、個人的な買い物です。つまり、遊びに行って参ります」
そう言ってサチエさんは、スチャ・・・と、人差し指と中指に挟んだクレジットカードを私に見せてくださいました。これは・・・?
「ッハ!”ブラックカード”!!成功者が持つと言われているクレジットカードの一つ・・・!?」
「社長のです。これで遊んでこいと」
「カードをそのまま渡すとは・・・!レベルが違いますっ!」
「本日は、会計にこのカードを出した時の店員さんの反応を楽しみに出かけて参ります」
「触っても良いですか?!」
「もちろんです。どうぞ」
「初めて触りましたっ!!」
カードを持ち、ニヤリと微笑まれたサチエさんは、そのままお買い物へお出かけになりました。
と、言うことは・・・?
「結ちゃん、ご飯二人分追加って頼める?」
「なるほど、サチエさんをお出かけに出されたのは良いが、お昼ご飯を頼むのを忘れてしまったと言う事でしょうか」
「察しが良くなってきたね!もしかして俺に」
「似ません」
「いやぁ、出前でも良いんじゃないかって言ったんだけど、社長が結ちゃんのご飯が良いって言うからさー」
「一般人のご飯は物珍しいと感じるんでしょうね。大丈夫です。追加できますから。あとで届けますね」
言って、すぐに追加に取り掛かった。
しばらくしてインターホンが鳴りました。誰だろうか?納品の神崎さんなら無断で入るし、宅配も頼んでいないし、神代にも言われていない。
「はい」
「神崎です」
はて?今更インターホンを押して納品?!どう言う事でしょう。神在月の加護はこんな所まで治してくれ・・・あれちょっと待って?!
「神崎さんじゃない!」
「?いえ、神崎です?」
「弟さん・・・そっくりですね・・・」
「良く言われます。間違えたまま話しを進められた事もありました」
なんと、本日は神崎さんの弟さんが納品にいらしてくださいました!!・・・あれ?高校生って言ってませんでしたっけ?あ、でも三年生だって言ってましたから、文月さんのお子さんと同じようにもう免許を取られたんですね!なるほど!
「兄が今朝、熱を出しましてね。代わりに私が来ました。家の事で学校を休むのは前からありましたから」
「そうだったんですね・・・。あ!もしお時間あるなら少しお茶飲まれませんか?!」
「・・・では、お言葉に甘えて」
本当に高校生なのだろうか・・・。疑問が浮かぶようになってきました。これはご家庭の教育方針の賜物なのでしょうか。屈託のない爽やかな笑顔・・・そして、話しをしていても不快に思わない受け答え・・・は神崎さん(兄)もそうですが、それにしても年相応ではない落ち着きと若さゆえの輝きが眩しいです!!
神崎さん(兄)は昨日まで凄く元気そうでした。突然熱だなんて・・・あれ?これはまさに”問題が起こらない”神在月のお陰なのではないでしょうか?!と言うことは、神崎さん(兄)は問題認定されていると言うことなのでしょうか?!
「今月は、神在月さんでしたね。これはまたいつもより明るい事で・・・」
お茶を持っていったら、縁側に座っていると思っていた神崎さん(弟)は腕を組みながら庭から本殿の方向を見ています。
明るいと言えば、今日も明るいですが、昨日とそんなに変わらな・・・あ!!
「もしかして、弟さんも見えるんですか!?」
「・・・あ、兄から聞きました?」
「聞くも何も!一回?見せて頂きました!!」
あれは忘れません!光がこちら目掛けて降ってきたんですから!!
「そうですか・・・すみません。驚きましたでしょう?普段から兄が、迷惑をかけていると聞きます」
「迷惑・・・?あ、あぁ・・あれ?の事ですか?」
プロポーズからのお世話係を辞めてもらいたいの話しでしょうか?
「今回、お世話係さんの件では、迷惑やわがままを言わないようにと私からも言ってはいます。が、恐らく兄は今までそういった事を人に言ってきた事がない人間です。なので、尊重したい気もするのですが、お世話係さんに負担になるようなことも感じてもらいたくないですからね」
はぁ、兄という問題が境内出入り禁止となりまして、代わりに弟さんと言う天使がやってきました。これは神在月の威力が凄まじい事を認めざるを得ないですね。
「・・・陽朔か」
「あ、楓さん。こんにちは。お久しぶりです。」
「お前、怪我もう大丈夫なのか?」
「もうすっかりですよ。ありがとうございます」
社長がいらっしゃいました。社長とも面識があるようで、少し前にでもされたのでしょうか?お怪我の話しをされております。あ、そういえば!
「『ようさく』さんと仰るんですね!」
「あっ!すみません、神崎としか言ってなかったですもんね」
「私も名乗ってなかったです!すみません!宮守 結です!」
「神崎 陽朔です。よろしくお願いします」
神崎 陽朔さんとの出会いがあまりにも嬉しくて、おやつどきに休憩をしてにきた睦月さん、弥生さん、水無月さんについつい話をしてしました。
「もう!本当に天使か?!って思っちゃいました!凄く良い人だったんです!」
「へぇ、結ちゃんがそんなになるなんて珍しいね」
「あの神崎さんの弟さん!僕も会ってみたかったなぁ!」
「・・・陽朔も、スライムみたいだから」
「いいえ、彼は天使です」




