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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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九章:長月の君へ エピローグ






あれから17年が経った。






 俺が24歳の時、つまり神代として境内に入って一年後に”次の長月”が生まれた。

次の世代が生まれたら『わかる』と言われていた。当時は『はぁ?』と思っていたが、わかる・・・!わかるとはこう言うことなのか!本当になんて言って良いかわからないだろうがわかるのである。


 その時に生まれた彼がもう17歳の高校2年生。

女の子で言うならセブンティーンだ。・・・男の子でも一緒か。なぜだかこの響きが良いらしく、女性向けの雑誌の名前にもなっている。青春真っ只中だし、これから大学卒業までとても楽しい時間が続く。


 しかし、次の長月くんは、俺の予想をしていた子ではなかったようだ。


「あの、高校を卒業したら、神代になろうと考えてます」


声変わりはしているものの、まだ若干幼さの残る声だ。しかし彼ははっきりと自分の意志を言った。


「大学は行かないの?」


「はい、行きません」

「そう?多分、自分でも考えただろうし、親御さんとも話しをしただろうから、俺がとやかく言うことじゃないんだけどね。ほら、大学って勉強も遊びも自分のペースと配分でできるから、『自由を自分で決められる』とても楽しい期間だと思っててね」

「はい、自分もそう思います」

「でも、早く神代になりたいって思ったんだ?」

「・・・はい」

「じゃぁ良いんじゃない?高校卒業して、19歳の年に境内に入ればいい」

「え?良いんですか?」

「え?むしろなんで?」


「だって、俺が境内に入ると言うことは、長月さんは、ここから出なくちゃいけないって聞きました」

「あぁ、だから俺のことを気にしてわざわざ聞きに来てくれたの?」

「はい。追い出すことになると思って」

「追い出すなんて誰がそんな言い方したの、全く」

「社長です」

「マジか」


「俺は、どのみち23歳には境内に入ります。でも、それまでは学校に行っても行かなくても良いです。むしろ、大体の人が最近は23歳で境内に入ると聞いてました。逆に、あと5年ですが、長月さんが5年は境内で暮らしたいって計画をしていたとして、俺がいきなり再来年入るって言ったら、色々大変だろうなって思ったんです」

「ふーん」

「俺は、一応後5年間好きに生きても、その後はしばらくここで平穏に暮らせるっていう保証があるから・・・」


 彼は、今を含めて先5年間の本当に自由な時間と、その先の保証された安全な生活があるから、あと数年でここから出る俺のそれまでの楽しみなどを奪ってしまうのではないかという心配をしていると言うことか・・・。

「そこまで気にしなくていいよ。神代は境内から出る時も神部に頼めば色々手配をしてくれるし、お世話係がいなくてももう自分の身の回りの事はできるから。まぁ、俺が独身だって聞いて心配してくれたのかもしれないけど。大丈夫だよ、ずっと神部がついてくれてるから。あぁ、神部が何もしてくれなくても、俺は他に収入源もあるし、なんとかなるからね。」

「そうですか・・・」


「じゃぁ、今回は、とりあえず、高校卒業したら境内に入るかもってことで良いかな?俺も、早くて再来年には隠居するかもと思っていれば大丈夫ってことでしょ?もしその間に君が大学や専門学校や、もしかしたら22歳まで社会勉強としてアルバイトしたいとか、高卒で正社員で働きたいって思ったらそうすればいいし。ね」


「はい!ありがとうございます!」


「でも、珍しいね。大体の人は境内に入るのをギリギリまで粘るんだけどね。よっぽどの理由がない限り」












 梅雨の時期に一度境内に来た彼が、再び来たのは真夏で境内が賑やかすぎる時期だった。



「じゃじゃ馬!母家に寄るな!!!」

「ちょっとくらい良いじゃないですかー!」



 事の発端は一切話されていないが、お世話係のお手伝いという名目で女の子がアルバイトに来てた。

 毎日双葉が大変そうにしている。正直あんなに飄々としていた双葉が女の子一人に手を焼いてるのを見るのが、こちらとしては結構楽しかったりする。





「俺、色々わかったつもりでいたんです。というか、”神代”っていう自覚を持たなくちゃいけないって思ってて。でも、神代の自覚なんてわからなくて。だって、周りには神代なんていないから。それに、小学校六年の時に神代だって言われて、それから境内に入るまでに好きな事を全部するって決めたんですけど、なんか全然やり切れてないような気がして。結局、やりたいことってなんなのかわからなくて」


 六月の時点では、目もしっかりしていて、腹が決まったように思えていたが、この短い時間に何が合ったのだろうか。ひどく悩んでいるのが会って直ぐにわかるほどだった。




「うん」

「わからないなら、もうわからないでいいやって思ったんです。境内に入ったら二度と出れないわけじゃない。平日だって休日だって好きにできるって聞きました。なんなら、別に働かないでも大丈夫って聞きました」

「まぁ、神代金だけで相当な金額だからね」

「だから、境内に入ってからだってやりたいことを見つけたっていい。俺の次の代なんていつ生まれるかわからないけど、世代交代してからやりたいことをやったっていい・・・年齢制限がないものに限られちゃうけど、でも・・!」

「ん。大丈夫。君はまだ、迷ってたり考えている最中なんだよ。焦らなくていい」

「でも、もう時間が・・・」


「ご家族と色々話し合ってきたんだろう?って前も聞いただろうから、俺が何か言うのは本当に野暮なんだけど、

周りの事、周りの人の目を気にし過ぎないでいいよ。もうちょっとのんびりすることに注力した方が良い。きっと、君は真面目だから沢山考え過ぎてきたんだよ」

「・・・そんなこと」


「こだわらなくて良いよ。なんとかなるから、俺たち神代っていうのは、守られてるから」

「・・・何に、でしょうか」

「裏切らない限り、全部から」





 話しをしたら、彼の顔から少し不安が取り除けたように思えた。人とは不思議なものだ。来たときは瞳に靄がかかったように見えていたのに、話をしただけで少し輝きを取り戻している。




「俺、『明日境内から出て行って下さい』って言われたって大丈夫だから。毎日楽しく暮らしてたからこそ、いつ出て行っても大丈夫。寂しくないわけじゃないよ?でも駄々こねて居座ることなんてしないから。逆に、入ってから今もなお楽しいから多分いつまでだってここに居れるから。

 だから、大学でも専門学校でもいけば良いし、好きな事すればいい。ご実家の経済状況が原因で、進学出来ないなら、神部に言えばいい。出さない理由なんか一ミリもないから」

「でも・・・」

「神代の給料ならすぐに返せるよ。もちろん、ご実家に出してもらったってすぐに学費を返すどころか数年経ったら学費と同じくらいの仕送りだってできるから。ここ二、三年の事じゃなくてさ、先は長いんだから、もっといろんな考えをして良いんだよ。大体、現役である俺が、次の君にそれを約束してるんだ。いつ出て行ったっていいし、逆にいつまでも居てあげるよ。だって肉体労働じゃないから、居るだけで良いんだからね。あ!でも一回はちゃんと境内に入って本殿でちゃんと神代になった方が良いからね!更に次の長月が早く生まれて成人を迎えたとしても!!」

「え?あ、はい」


「つまり、一回でも神代の務めを果たせば良いんだから。・・・うまーくやって、一般企業に務めたって良いよ?」


「え?!」


「みんなさ、境内に入ったまま一般企業に勤めると、一ヶ月丸々空くから割とそれって不可能じゃん?年に一回休むって、仕事の引き継ぎとか難しいし、同じ会社の人にだってよく思われないだろうからさ。でも、俺があと二十年境内にいて、その間現役を続けるとする。そうすれば、君は大学に入って四年、就職して十六年は一般人と同じ生活を送れるわけだよ。三十年後は俺・・・やばい、年は考えたくない・・・」




「そんなのずるくないですか?!」

「俺が良いって言ってるんだから気にしないの!昔は昔、今は今だし、この話は、あくまでも”俺と君との話”でしょ?だから、この相談だって神部だけで終わらせないで、”俺と話せ”って事。つまり、俺と君とで決めて良いんだって。もちろん、他の神代ではそうはいかないこともあるだろう。

 何かしらの事情で、境内を少しでも早く出たいっていう神代がいたかもしれない。だから早く次の世代に入って欲しかった事があったかもしれない。それを拒んだ神代がいたかもしれない。でも、俺が良いって言ってるんだ。それに何か状況や気が変わったらちゃんと君に相談するし、神部にもどうにかしてもらう!」

「・・・他力」

「本願で良いんだよ。だって、俺たちはそれほどまでに自分達の力だけじゃどうしようもない事を背負ってるんだ。人の力を借りないでどうする、神部の金を借りないでどうするって事だよ」


「・・・なんか、俺、結構真面目に考え過ぎてたんですかね」

「うん、真面目すぎるよ。境内(ここ)にもね、睦月っていう真面目を擬人化したような子がいるんだけど多分気が合うんじゃないかな」




 彼の顔つきが更に変わった。まるで憑き物が落ちたかのように顔色が明るい。

みんな本当に真面目だよね。大体、神部の後ろ盾がなくても明るく振る舞って気楽にしてれば大体どうにかなるんだってば。




「ありがとうございました。進学を考えてみたいと思います。あと、長月さんが良いなら、一般企業に就職も考えてみます」

「一般企業で働くとストレス溜まるらしいからさ、耐えられなくなったら直ぐに辞めて境内入っちゃえば良いんだから」

「楽観の権化ですね」

帰る頃には年相応の可愛い顔でケラケラと笑っていた。

そうそう、今はそうやって、同じ年頃の文月の息子たちと同じように笑ってれば良いんだよ。



 そうして、彼の境内入りの先延ばしが決まった。






 しかし、先延ばしにしたのは俺のエゴでもある。

今、境内から出て行ってしまったら、神部とのつながりが薄くなる。完全に切れるわけじゃないけど、そうすると、意中の彼女との繋がりが持てなくなることが大問題なのである。


 いやぁ・・・。俺もね、良い年なんだけど、良い年なのに本気になるって、結構凄い事だと思うんだよ。この気持ちは妥協やじゃない、余力でもない、本気。この年で本気になるなんて思ってもなかった。





 その後、境内はアルバイトの女の子の話で双葉たちは忙しそうだ。電話で彼女に送った連絡の返信が来たかどうか全く話してくれない。


 一週間経ってもない。


俺も、大人だ。双葉の三十六歳とて良い大人だろうが、年下が忙しそうにしていたら私情で邪魔はしたくない。けれど・・・っ!俺はあと少しで本殿に入るんだ!珍しく縁側でゆっくりしている双葉を見かけたらチャンスだとばかりに口が先に動いていた。



一度目のアタックは失敗。

二度目のアタックは八重にバレた。

それから音沙汰がない。



本殿に入る二日前。まだ返信がない。なんか、双葉に呼ばれて、如月も皐月もいて真剣な顔で話しているけど、俺は双葉の電話を見せてもらって再度確認したら、そもそも送信ができていない。なんてついていないんだ!

でも、返事が来てないわけじゃないんだ。だって送ってない事になってるんだから。あぁ、俺も明後日には本殿なのに。




 九月三十日 22時37分



ついに諦めて本殿に入ることにした。別に23時までに入れば良いから、まだ待ってたって良いけど、ここでこの子たちを待たすのもどうかと思い、携帯電話を結ちゃんに託した。



そうだなぁ、出てきたら、まず電話の確認をして、次の作戦を練らなくちゃいけない。

これは、長期戦だな。とにかく、さっさと入って仕舞えば一ヶ月すぎるわけだ。じゃあ早く入って済ませてしまおう。出来ればその間に彼女が連絡をしてくれますように。



 はー、もう次に目覚めたら彼女が境内にいてくれないかね?!どうにかならんもんですか!



ちょっと自棄になりかけたが、気持ちを落ち着かせる。入ってしまえばすぐに過ぎる。確かに一ヶ月が無いのは非常に大きな損失だろう。しかし、逆に考えれば、一ヶ月飛ばせるわけだ。それならばプラスに捉えて有効活用するしかないだろう。飛ばした分の一ヶ月分、我々神代の肉体時間は、良くも悪くも時間は過ぎていない。つまり、俺はすでに一年半くらいは人よりも時間が止まっている。若く見られるわけだ。多分。

それを最大限に活かして、出てきたら彼女にアタックをしよう。そうと心が決まればいざっ!!




「我は、《長月》の神代(かみしろ)。ひと月を捧げに参りました」

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