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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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九章:長月の君へ 六話


「ただいまお茶をっ・・・!話す場所は客間の方が宜しいですよね?!コーヒーと紅茶とノンカフェインどれが宜しいでしょうか?!お茶菓子は甘くないものだとチーズクッキーしかないのですが?!」


 なんてこった!こんなに溶けるようにダラけてしまっている最中に社長がいらっしゃるなんてぇえー!!



「・・・客間ではなくてココ・・・縁側で良い」

「え、でも、お話しって・・・」

「今、双葉とサチエは出かけているが、神代は誰か母家にいるのだろうか?」

「いえ、今はどなたもいらしてません。あと、お飲み物は」

「じゃぁ、縁側(ココ)にしよう。そうだな。せっかくだしお茶を頂こうかな。」


 離れとは距離があるので、大声では話たりしない限りは、在宅している神代の奥さんやお子さんたちにも聞かれる心配は確かにない。大した話しではないのでしょうか?あと、まさかの緑茶を選択されたのですが、果たしてチーズクッキーは合うのでしょうか。








 木製の器に、チーズクッキーと念のためのおかきを入れました。

コーヒーか紅茶って感じだったので、念の為と甘くないチーズクッキーを準備おきましたが、緑茶だったとは・・・。


「休憩中に申し訳ない。少し聞きたいことがあって」

先日の皐月さんの続きだろうか。

「長月がサチエに好意を持っているというのは本当だろうか?」

デートに行ったことは言うべきかどうか。

「先ほど出かける前に、サチエが突然そのようなことを言って、十月も自分を境内に居させるなら給料を上げるか、他のメイドを寄越すようにと捨て台詞のように吐いて出かけたんだ」

あ、違うといえば、本殿に入ってる時に食べ物持って入ったら、その食べ物は時間経過するかしないかとか言い始めた事もあったな。そんな突拍子もない事言い出すのも皐月さんくらいだなぁ。

「どうやら、今月境内に来ることを引き受けたのも、私が秘書課にどうせ数日で連れ戻されるだろうと踏んでだったらしい」

でも、携帯電話持って入ったら、電話壊れるとか神崎さん言ってたな・・・。忘れてたけど、それって物凄く怖いんですけど!!

「だから、十月までいるとしたら、長月が出てくるとサチエからしたら都合が悪いというか、面倒らしいが・・・もしかしてこの話題は君の一切耳に入っていなかっただろうか?」


「・・・え?!長月さんとサチエさんの話ですか?!」


斜め上からの狙撃を受けた感覚だ!さっきの今でまさかもうその話をサチエさんがされてたとは!!

「聞いていなかったかな?」

「知ってます!」

あれ?これ言って良かったっけ?でも、サチエさんが社長に言ってしまったのだからもう良いよね?


「長月は、本当にサチエに好意を寄せているのだろうか?」

「はい、一目惚れって仰ってました」

「そうか・・・参ったな」


そう言いながら、、KAMBEのものであろう上質なボタンの開いた薄い藤色のワイシャツと、スラックスで縁側に座っている社長。足を組まれ、湯呑みを持ちお茶を飲むその姿は、格好良いなどを通り越してもはや美しいと形容するべきだろう。


「本当に、金を積んでサチエが満足するならいくらでも出すんだが」

凄い、社長が言うとその言葉の重さというか、逆に軽さと申しますか。

「実際、多くの金額を貰ったって、満足いかない事だってある。でも、それはサチエにしかわからない。長月がサチエに対してどのくらいの熱量なのかは私は知らない。サチエが、長月がいる生活を”これくらいだろう”と考えていた想像を遥かえに超える負担だったら申し訳ないからな」

「一日二日、様子見て、もしサチエさんが負担に思われるようだったら他の方に代わって貰えば良いのではないでしょうか?」

「サチエは、受けた仕事は自分の感情の為にで頓挫させることはまずない。あれはあれですごく頑固だからな」

神部の方、皆様頑固疑惑が出て参りました。

「全部最初から決めるのではなくて、途中から計画変更をすることを念頭に置いて・・・」


私!何言ってるの?!大企業の社長に提案とか何してるの?!そんなこと100どころか1億も承知の上でしょう?!いけない!何を私ごときが・・・!


「っく・・・はははははっ!!ちょっと結ちゃんその顔傑作なんだけどっ!!」

「なんだ、お前帰ってくるの早いな」

「煙草を買いに行ってただけだから!帰ってきたら縁側で面白い光景が見えたからさ、近づいてみたらもう結ちゃんの顔がっ・・・!」

「勝手に読むなよ」

「いやいや、悪いけど本当に面白いんだって!良いんだよ、結ちゃん、話しをしにきたのは楓の方なんだし」

「・・・ちなみになんと?」

「喋ってる途中で、『大企業の社長に提案とか何してるの?!』って・・・っ!一瞬顔も青ざめてたしっ!」

喋ったな!社長がいる手前いつものように文句は今は言わないでおこう。

「別にいつも通り文句言っても良いのにっ!」

あぁああ!!!

「文句・・・双葉お前文句言われるような事いつもしてるのか?」

「文句っていうか!その!!」

「いや、勝手に読む方が悪いだろう。君を責めるつもりはないから大丈夫だ」


 そんな話しをしながら、三人で長月さんとサチエさんの双方に良い環境はあるかどうかを話し始めた。


今まで馬鹿みたいに笑っていた双葉さんが、何をどうみてどう思ったのか、とても嬉しそうな優しい顔をして社長の事を見ていました。










九月二十七日



「で?なんで私なの?」



 離れにおりますは、社長、双葉さん、八重さん、神崎さんそして私です。

「そんなの言わなくて良いじゃない。言うなら楓か界星が言いなさいよ。そもそも、結ちゃんが皐月を好きで両思いだって言うなら別だけど、結ちゃんが皐月の事を毛程も男として()()()()()()()()んだから放っておけば良いでしょう?結ちゃんに彼氏出来たり、結婚すれば流石に諦めるでしょ?だったら放っておけばなんとかなるのよ!そもそも成立しないものなんだから、わざわざ『貴方は他の神代と違います』なんて報告いるわけ?神代って別に本殿に入ってちゃんと一ヶ月そこに居れば良いでしょ?他と違うとか関係あるわけ?」



 ご立腹です。



「ちなみに、結ちゃんの結婚相手の候補としては俺が」

「あんた、私に許してもらえると思ってるわけ?」

物凄く真剣な雰囲気のところに神崎さんが場を和ます為なのか言った。案の定一蹴された。




「俺も、わざわざ言わなくていいと思うけどなぁ。特に結ちゃんに関しては。彼が、他の神代と”違う”事が原因で、今までの生活に支障が出てくる事が確実になった段階で言えばいいと思うけど?」

 話し合いには参加していますが、座らずに壁に寄りかかったままでいる双葉さんが言った。

「私もそう思うわ。皐月の性格からして考え込むことはないにしても、不要な不安や心配をかける必要はないと思うけど?私からしたら、サチエにちょっかい出してる長月がもう出てくるからそっちの方が問題なんですけど?他のメイドに変えて頂戴」

「それはしないことにした。金額はちゃんと上げる。それに、もしかしたら二人がうまくいく可能性だって捨てきれない」

「まぁ・・・。長月の方はね。知っている上で結ちゃんがサチエに対して何も思わないのも適性がある証拠だろうけど」



 そう、神代である長月さんは、サチエさんと一緒になる可能性がある。

しかし、神代である皐月さんには、お世話係である私が好意を抱くことはないのである。


「界星から言う事はないのか?」

社長が聞く。

「・・・俺はなぁ、この件に関しては彼が諦めてくれれば、結ちゃんを狙う男が減るわけでしょ?そうしたら敵が減るわけだから助かるけどなぁ」

「神主の意見を聞いてんのよ」

「とまぁ、私情は一旦置いておいて・・・さて、彼が他の神代とは”違う”詳細、聞く?」

「遠慮するわ」


「・・・まぁいい。あ、双葉、文月を呼んできてくれないか?」

「文月?あ。来月のね。はいはい」

それだけで双葉さんはまた何かを察して何も言わずに工房に向かいました。



「来月、どうしても行かなくちゃいけない催し物があるんだけど、まぁ見ての通り神部の男性陣の顔がみんなアレでしょ?」

アレとは。

「威厳がないわけじゃないけど、ほら、年齢にそぐわない顔つきなもんで、前にも言ったけど、文月を連れて行くのよ。ビジュアル担当で」

「なんだよビジュアル担当って」

「神部の渋さ担当よ」






 いらした文月さんに、八重さんが書類を渡した。

「おや、今度はまただいぶ久々の企業が執り行うんだね。最近また盛り返してきてるところだね?」

「そう、で、神部もその祝賀会なんだかよくわからないのに呼ばれたわけ。で、文月にきて欲しいと」

「他の社員を連れて行ってあげれば良いのに」

「人当たりの良さで文月に勝る人を見たことが無いわ。申し訳ないけど来月お願いできるかしら?」

「息子たちの行事もないから、お引き受けしますよ」

「そうこなくっちゃ!」

「すまないな、文月」


「それで、ここではなんの話し合いをしていたんだい?聞かないほうが良いかな?」


すごい、まさか文月さんがそんなことを聞いてくるとは思わなかった。

「家族に影響するようなことは、この間の話し合いからは増えてないよ」

文月さんの不安を汲み取ったのか、双葉さんが即答した。

「そうか、それなら良かった。・・・ところで、最近気になっていることがあるんだが・・・これは誰に聞けば良いのだろうか。皐月の事なんだけど」



まさか、文月さん話しを聞いていたんじゃないか?ってくらいのタイミングである。でも、双葉さんが呼びに行ったし、盗み聞きしてたなんてことないと思うのだけれど。



「・・・ここでいい。話してみてくれ」

「良いのかい?」


文月さんの目線は、私や双葉さんに注がれた。つまり、私たちが知り得ないだろうと思っている事だ。



「先日、新しく車を納車したんだ。息子が免許を取得したからね。その時、皐月が言ったんだ。『俺も誕生日迎えると同時に取ったよ』と言うような事を。暑くて暑くてとは言ってたんだけど、彼、冬の生まれのはずなんだよね?」



「・・・皐月は夏の生まれよ」



「そんなはずはないんだけどなぁ。私が昔、神代の話しをされた時、二日間ここに居た事があったんだ。冬だったよ。その、私がお世話になった二日目の時に”今の皐月”が生まれたんだ。先代の皐月さんが言ったんだ『生まれた』と」



「・・・どう言うことよ。神代が次世代生まれを勘違いしたなんて話し聞いた事ないわ」

八重さんが睨みながら神崎さんを見た。が、話したのは社長の方だった。


「文月がその場にいた時に”皐月”が生まれたのは本当だ。そして、夏に生まれたのも”皐月”だ。文月、この事は他の人や神代には?」


「はぁ?!何言ってんの?!同じ年に同じ月の名前になる神代が生まれるわけないでしょ?!」

 怒った八重さんを宥めるように神崎さんが立ち上がった。


「言ってはいないよ。気付いたのは車の話が出たごく最近だからね」


「・・・ここまで話が出ちゃったし、このタイミングで出たのも何かあるんだよ」

八重さんの肩をぽんと叩き、神崎さんが喋り出した。



「双葉はもうわかってそうだけど、そう・・・。27歳の皐月が《()()()()》んだ」












「双葉さんは、気にならないんですか?」

「あまり」

「えーーー!」

「結ちゃんはそんなに気になるの?」

「なりますよ?!もしかして、他にまたなんか読んだりして知ってるんじゃ・・!」

「いや、新しい情報はなかった」



 現在は、母家の台所におります。お昼ごはんの支度です。ですが、先ほどあんな話を聞いて私は頭が混乱しております。皐月さんが二人居る?!しかも、もう一人の皐月さんは、生後半年後に突然意識がなくなり、今の今もずっとなんだとか。もう怖いんですけど!しかも、話しはそこで終了。

冬生まれの皐月さんを知っていた文月さん。そして、神代のデータが頭に入っていて夏生まれの皐月さんを知っている八重さんと私達。人の誕生日が違うなんてそんなおかしい話はない。そのため、二人居た事を神崎さんが認めた。もちろん社長もご存じだった様でした。

 つまり、冬生まれ皐月さん①と、夏生まれ皐月さん②がいらして、私達が一緒に境内で暮らしているのが皐月さん②の方・・・!


認めたは良いけど、それを知って私はどうすれば・・・!


「だから、どうも出来ないでしょ?出来ないことは、考えなくていいの。出来そうな楓とか界星が考えて頑張ってくれれば良いわけ。てが必要になったら俺たちのこと呼ぶでしょ。現に、皐月に話そうって方向になったから八重を呼んだんだし」

「でも、なんで八重さんだったんでしょ?」

「それも、また考えた結果じゃない?だから、俺たちは、いつもと同じように仕事をしてればいいの。そんなこと考えててご飯が出来ませんでしたって言ったら、独身勢の神代は食いっぱぐれちゃうわけだからね。いつも通りにしてることが、一番だよ」

「・・・意外と大人なんですね。私はまだそんなにすっぱりと割り切れないです」

「意外と?!」








 九月二十九日




「馬鹿じゃないの?!当日に言う奴がいますか?!」

「先月から言ってただろう」

「あるのは知ってたけど日付とか聞いてないから!!馬鹿なの?!」


 朝から社長に暴言を吐いているのは双葉さんです。





 母家で朝食後すぐにサチエさんがいらっしゃいました。

「宮守さん、おはようございます。もしよろしければですが、裁縫道具をお借りできますか?」

「あ!サチエさん!おはようございます!裁縫道具ですか?私のでよければですが・・・え?もしかしてKAMBEの物を直されるんでしたら私の持ってる糸じゃちょっと申し訳が・・・」

「KAMBEのスーツではありますが、大丈夫です。問題ありません。本日の双葉さんのお見合いのスーツを少し手直ししたくてですね」

「お見合いって今日なんですか?!」



と言うことで、居間にいらっしゃいますは、文句を言いながらスーツの微調整をサチエさんにして頂いている双葉さんと、縁側に社長がいらっしゃいます。社長はスーツよりも境内の景色を眺めております。



 朝晩は秋らしい涼しさとなりました。人によっては少し肌寒く思える程。

そして、夏には水分をしっかり含んだ青々とした葉が少しずつ色を変え始めました。

境内の木々も例に漏れず、秋の装いを始めております。


 ギャーギャー双葉さんが騒いで、それをサチエさんが嗜め・・・宥めております。

社長は、そんな光景と喧騒はまるで起こっていないかのように景色を眺めております。最近はこのようにして母屋にいらっしゃることが増えてきたように感じます。



「どうぞ、イチョウのお茶です」

「ありがとう。朝から気を遣わせてすまない」

「とんでもないです!多分朝食は召し上がられたんですよね?直後だと思ってお菓子は控えたのですが」

「ここにきて、朝食なんていうものを久々に頂いているよ。これが、一般的な生活なんだな」



 社長はここにいらっしゃる前に、仕事をとても前倒しにして詰め込んでいたと言ってた。多分、境内の安心と安全の為なのだろう。



「色々、ここで見ておきたかったり、やることがあるのは確かなんだ。だが、私情が無いと言ったら嘘になる」

 突然話しが始まりました!これ、私が聞いて良いのでしょうか?!後ろを振り返り、部屋の双葉さんとサチエさんを見たのですが、お二方ともお忙しそうでした。


「ちょっ!サチエ!直してくれるのはいいけど針刺さないでよ?!」

「誰に言ってるんですか。あんなに破いた双葉さんの学生服を新品同様に治したのをお忘れですか?」

「それって別に、着ながら縫ってたわけじゃ無いじゃん!!」


 どんな生活したら学生服縫わなくちゃいけないほど破くんですか。学生服は生地も厚めでしっかりとした作りになってる物だというのに。



「・・・桔梗が、境内に二か月居て本社に戻ってきた時に、顔つきが変わってたんだ。私はそれが羨ましかったんだと思う」



「・・・」



 羨ましい?!





・・・ーーー


「桔梗も楽しかっただろうね。仕事外れて心配な面もあっただろうけどさ。こんなに自然の多いところでこんなに平和な日常を味わえて。こうやって、ゆっくり出来る事なんてないからね、俺たちは」


・・・ーーー



 あ。双葉さんが、一日前倒しで来てくださった時に言ってた。

そうか、毎日忙しくて、時間や見えない何かに追われているんだろう。でも、それは、何日も、何年も続けていたら、追われている事に慣れて”当たり前”になってしまう。


 きっと、境内に来て、境内の問題を抱えていただろうけど、それはずっと感じてきた事からは一時的でも解放された。ここで生活できる事を”楽しい”とか”幸せ”とか”平和”だと感じてくれたのだ。




「・・・可能な限り、ごゆっくりされてくださいね」

「あぁ、恩に着ーー」



「ぁああっ!!刺した!サチエ今刺したよっ?!」

「ッチ!無駄に足が長いからいけないんです」

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