九章:長月の君へ 三話
「訳を話しなさいよ、訳を!」
「いやぁ、ここにいるはずのない人間を見るとびっくりするもんだねー!」
「お前何しに来たの?!」
「俺が境内に来たって良いだろ。なんでそんなに噛み付くんだどいつもこいつも」
三者三様である。そして、この言われよう、この方は本当に社長なのだろうか。
私の勝手なイメージですが、大企業の社長に対する態度ではない気がします・・・が、そうでした、神部の方たちは年が同じだとか。兄弟のようなものだとも言ってましたね。
そう言って社長は、改めて私の方を向いた。
「名乗りもせずに失礼しました。神部の代表を務めております、【神部 楓】と申します。日頃より、境内を受け持って頂きましてありがとうございます」
深々とお辞儀をされた。
「いやいややや!!改めまして、お世話係の宮守 結と申します!社長と知らずに出過ぎた真似を致しまして大変失礼致しましたぁ!!」
「結ちゃん、楓になんか言ったの?」
「いえ、その、お菓子出したり、ハーブティー出したり、勝手にプログラマーだと思い込んでお話しをしてしまったり・・・なんか全部です」
「何も問題ないわ」
「で?訳は?」
八重さんの圧がすごいです。
「今日から境内にしばらく住む」
「ぶっ飛ばすわよあんた」
社長に暴言!!
「決算の後処理も全部終わっただろう」
「今後の全部入ってるスケジュールはどうするのよ、商談だってあるわ」
「あれは全部ダミーだ。問題無い。でも消すな、あのままにしておけ」
「なんだとっ!!」
美人、憤慨する。
「・・・楓さ、ちょっと寝なよ。思考がぶっ飛びすぎてる。同時に物事を考えすぎてるよ。脳みそ勝手に動いちゃってる感じ。働きすぎなんじゃない?」
社長の様子を見た双葉さんが顔色を変えた。どうやら体調が良く合いのは当たりだったようです。
「・・・確かに、異様に詰め込んでたわね、最近。どうせ三日位寝てないんでしょ?」
「仮眠は取ってる」
「黙らっしゃい。仕方ないからちょっと寝かせてあげる。そしたらちゃんと訳を話しなさいよ。とりあえず会社はこっちでどうにかしておくから」
「あぁ、当たり前だ」
「腹立つわねっ!!」
一旦、社長は双葉さんが使っている離れで寝てもらうことになり、八重さん、神崎さんはお帰りになります。門まで双葉さんとお見送りにきました。
「あの調子じゃ多分丸々一日寝てるわね。明後日に桔梗と櫻も連れてくるわ」
「はいよ、それにしてもなんでいきなり来たんだか。てか、誰が楓の面倒見るの?」
「それは双葉でしょう?結ちゃんは社長の面倒見なくて大丈夫だからね?」
三人がやんや言っていると、こちらに向かって女性が一人やってきました。
ネイビーのワンピースに、白いエプロン。丸いめがねに、キリッとした猫目。どっからどう見てもメイドの格好である。なんでメイドさんがココに?ん?メイド?もしや・・・!!
「サチエ!!どうしたの!」
八重さんがとても嬉しそうにそのメイドさんに近づく!
「八重さん、いらしたんですね。社長から荷物をこちらに持ってくるように言われてまして」
「荷物?あぁ?!着替えとかってこと!あいつ抜かりないわね・・・ほら、双葉。楓の荷物持ってって頂戴」
「うわ、サチエじゃん!久々!」
「双葉さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「サチエさんだー、こんにちは」
「神崎さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
そうだ・・・。この方絶対、長月さんの思い人です。長月さんが”機械みたいな”とメイドさんの事を言ったのが今なら良くわかります。
「私が敷地に入って良かったのでしょうか?」
「サチエは良いよ、神部の生まれじゃなくても20年も務めてるんだから。秘書課の新人をココに置いとくより比べ物にならないくらい安心感あるし」
「では、失礼致します」
「サチエ!この女性が、ここ境内でのメイドさんみたいなものだから!宮守 結ちゃんよ!」
「は!初めまして!!宮守です!」
「初めまして。私は【秋 幸枝】と申します。神部の屋敷に長らく努めておりますので、秘密保持は得意です。しかし、ここ"境内"での秘密は流石に私は聞かない方が良いと言われております。こちらも詮索しませんのでご安心ください」
なんというか、メイドさんらしくとても清楚な格好で、特に飾り気はございませんが、味が出ていると言うのでしょうか。美人だとか、可愛い系だとか、もうそんな次元ではなく、内面に興味そそられる感じの女性です。ミステリアスな雰囲気だと私は感じました。
「じゃぁ、楓の事はサチエに見てもらいましょう。とりあえず、今日は寝たら起きない感じではあったから、明後日に桔梗と櫻と一緒に来るわ。それまで一旦お願いしていいかしら?悪いわね。こんなこと頼んじゃって」
「大丈夫です、その間の給与交渉は済んでおります」
「抜かりない!!やはり金の為!」
「それ以外に何がございますと?」
・・・以前双葉さんがおっしゃってた事は本当のようでした。
「私は基本母家にいます。なので、何かありましたら勝手に入ってきて下さって大丈夫です!入っちゃいけないところは現在は施錠されてますので、間違って入ってしまわれることもないと思います。あ、あとゴミ袋や、消耗品も母家にありますので、お好きなもの持って行ってください!」
「消耗品もこんなに種類多くこちらから持っていけるのですね。これは境内に暮らしている方は幸せですね。至れり尽くせりとはこう言うことですね。備品を管理するのも大変でしょうに。昨年こちらにいらしたと聞きました。しっかりなさってるのですね」
さっきは社長に褒められ、今度は神部に長年努めているメイドさんに褒められた。凄い、今日はとても良い日だ!九月九日の重陽の節句・・・恐るべし!
「では、ありがたくこちらから頂戴致します。社長と双葉さんのお食事は私が離れで受け持ちます。その方が、宮守さんは今まで通りの仕事量でいられますよね?」
「あ、双葉さんの食事はこちらでも・・・」
私が作ると双葉さんは今まで通り、母家で食事をすることになる。
このままメイドのサチエさんにお願いして、社長と双葉さんの食事を離れで作ってもらうとすれば、そのまま離れで食事をするだろう。そしたら、境内の食事が以前の面子で以前の雰囲気になる・・・つまり、皐月さんが今まで通り元気になると言うことではないだろうか?
最近元気を封印されているので、例え一日二日でも解放してあげたほうが良いのではないだろうか。
「・・・そうですね、双葉さんも、食べ慣れたお味の方が良いかもしれませんね。それに社長と食事される方が一人でも多い方が良いですもんね」
「社長の食事は楽しむと言うより栄養摂取の作業みたいなものですから、そこまでお気にされなくて大丈夫ですよ。普段から大して笑いもしない人ですので」
「そうなんですか?でもさっきお話しさせて頂いた時は結構笑ってたかと・・・」
「では、それほど貴方が心を許せる存在ということです」
「いえ!今日初めてお会いしたのでそれはないかと!」
「では、疲れすぎて頭がバグを起こしたのでしょうね。すみません、バグを起こした社長と、どこぞのメイドと面倒な建築士がご面倒をおかけ致します」
「ととと!とんでもございません!こちらこそ不束者ですがよろしくお願い致します!」
サチエさんは、その後食材を買いに行くとスーパーへ行かれました。
・・・メイド服のままお出かけされました。良いのでしょうか?
「いやぁ、まさか社長が直接境内にくるとはねー、聞いてなかったなぁ」
「・・・神崎さん、まだいらしたんですか?」
「うん、本当は社長が居るならこのまま俺も境内に泊まろうかと思ったんだけど」
社長にメイドさんまできて、私はびっくりしているのに神崎さんまで泊まるなんてもう辞めてください!
「メイドが一緒の離れに泊まるなら流石にねぇ・・と思って」
「あ、そうですよ、メイドさん!一緒の離れで寝泊まりなんてまずいですよね?!」
「俺たちは十何年も一緒なんだ、今更だよ。誰も気にしないし、それに、長月がいないだけ本当に良かったよ」
双葉さんが離れから母家に戻られました。
「・・・確かに、九月で良かったですね」
「逆に、九月だからサチエも来るのを了承したのかもね。長月がいないって自分で連絡してたんでしょ?」
「長月さんが居て、離れに三人で寝泊まりするなんて知ったらどうなることか・・・ですね」
「今更間違いなんて起きやしないっての。さて、じゃぁ結ちゃん。俺は工房に行って神代たちに社長が来た事伝えてくるよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「じゃぁ、結ちゃん、社長は今日は起きなさそうって話だから、俺も今日は帰るね。明日来ます」
「神崎さんは明日いらして下さらなくても良いのでは・・・?」
「君に会いに来るんだよ」
「はい、勤務時間中はラブコメ禁止ねー」
「重陽の節句だな!菊酒は綺麗だな。花が入ってるだけなのに。風情がある」
夕食で母家についてすぐに神在月さんが気づいてくださいました。
「長月が喜びそうなもてなしなのに、本人は担当月だからいないけどね」
優しそうに、困った笑い顔をして推しの弥生さんが言います。そのお顔が素敵です。
「結ちゃん、話聞いたよ・・・会ったんでしょ?」
睦月さんです!私の近くに寄ってきて話しかけて下さりました。
「ついに私もお目に掛かることが出来ました・・・!」
「こういう時に限って、長月さん本殿なんだもんなぁ・・・。来月までいるかどうかわからないんだよね?」
「そうなんです!とりあえず、明後日には神部の方達がここに来て話し合いをするみたいですけど、その後は
いらっしゃるかどうか・・・」
睦月さんと、長月さんの恋の行方のお話しです!結局のところ、外野の私たちは、何をいうわけでも、何をするわけでもありません。ただただ、長月さんの恋を応援するだけなのです。なので、せめて十月まではいてくださると、長月さんにもチャンスがあるのですが・・・。
「ちょっとー!何睦月とコソコソしてるの?!」
凄い。今日明日は双葉さんは離れに居ると決まったら、皐月さんが元通りになりました。私の思った通りです。とってもニコニコしております。
「あ。いえ、メイドさんって本当にいるんだねって話をしてたんです」
「あぁ、八重のお気に入りって言う噂のメイドさんね。俺も会うことあるかな?」
「何かあったら母家にいらしてくださいって伝えてますので、もしかしたら会えるかもしれませんね」
「じゃぁ、ずっと母家にいれば良いのか」
「あ、いえ、ご飯以外はお帰り下さい」
「久々の辛辣!!」
九月と言えど、まだ日中は暑く、夜も気温が下がりきりません。真夏に比べたら幾分マシ、程度の夜です。
明日の朝に、境内の出すゴミを先に表に出しておこうと外に出ました。すると、普段嗅がない匂いがする。なんだろう、木々や花の香りでは全くなく、焦げに似たような・・・?
「あれ、結ちゃん何してるのこんな時間に?」
「双葉さんこそ!・・・あ、お煙草吸われるんですね」
咥えタバコでお仕事とかされるのでしょうか。なんか想像がつきます。
「そうそう、普段はね。ここに来てからはいつも離れの換気扇の下で吸ってたんだけど、今日から楓とサチエが居るもんだからって外に出てきたわけ。あぁ、俺ってなんて家族思いなんでしょう」
本当の兄弟ではありませんが、兄弟と同じように育った方と、数十年連れ添ったメイドさんを”家族”称する事に、関係のない私がなぜか嬉しくなりました。『他人は他人、自分は自分』と何かと切り離して考える事が増えてきたように感じるこの時代に、多くのものを抱き込んで身内と称するのはなかなか出来ることじゃないと思います。
「多分、見てないから想像つかないと思うけど、思ってるよりずっと一緒だったからね。親より一緒に居る時間が長かったからさ。でもそれでも、俺は神部に就職してないから時間は短いほうだよ。八重と桔梗と櫻なんて本当にずっと楓と一緒だったから」
「そうなんですか。なんか、たくさんの同い年の方と一緒の家って楽しそうですよね」
「まぁ、何かしようとしたら、誰かしらは付き合ってくれるからその辺は良かったかもね。親が居ない事は日常茶飯事だったけど、”誰もいない”って事はなかったからね」
「それって凄く幸せな事ですよね」
「今になってそう思うよ」
「・・・そういえば、結局お見合いのお話しは」
「ダメだって、口に出すんじゃない」
本日の八重さんのお電話は、社長が行方不明だという連絡だったらしい。八重さんは移動しながら双葉さんに連絡をして、双葉さんに社長が行きそうな場所で心当たりはないかとずっと相談していたようです。そうしたら社長がまさかの境内に来ていたという流れだったそうです。
「でも、八重さんがもう組まれてるって仰ってましたよね?」
「本当、会ってすぐに結婚しましょうなんて俺には無理だけどね!」
「すぐって言っても、そこから何回か会って話をすれば仲良くなって結婚しようって気になるかもしれませんよ?」
「あーあ、結ちゃんがあと五年早く生まれてたらな!」
「・・・生まれてたらなんですか?」
「本気で口説きに掛かったのに!!流石に一回り違うとね、いや、20歳差の夫婦もいるから悪いって言ってるんじゃないよ?でも、”俺は”一回り差にはかなり壁を感じると言うかね」
「ちょっと、突然何言い出すんですか!もうこれ以上のなんかそういうのは辞めてください!」
「お取り込みの最中に申し訳ございませんが、社長が一旦起きられました。お伝えする事はございますか?」
「サチエ、大丈夫。取り込んでないから。取り込めないよ、12歳も下だもん。干支同じなんだよ?」
「年齢は気にしなくていいと思いますよ。年齢に恋してるなら仕方ありませんが、そうではないでしょう。今の双葉さんの年齢からして、顔も性格もご自身の好みのかけらもないいわゆる超絶ブスの7歳年下の29歳と、めちゃくちゃ好みで可愛くて性格も良い夢のような想像を具現化したような一回り下の女性のどちらかと結婚しなければ存在を消されるとして、それでも超絶ブスを選ばれるんですか?」
「サチエッ!!極端すぎるぞ!!」
強者のメイドさんだ・・・。
「どう?多少はスッキリした?」
「・・・全く」
「楓さん、とりあえず水分摂ってください」
離れに入ると、ソファに社長が座っていらっしゃいました。目が虚です。
「考えすぎなんだよ、一度に4個も5個も物事を考えるんじゃないっての。2個までにしなさい」
「・・・6つだ」
「だったら余計にな」
社長はサチエさんから手渡されたスポーツ飲料の500mlのペットボトルを一気飲みした。
なぜか私も連れてこられました。気まずいのですが。
「1、卯月と伴侶の件。2、長月の件を卯月に悟らせない件。3、探偵の依頼主。4、皐月の件。5、神崎の件。
6、会社・・・
あぁ、あとお前の見合いの件もあったな」
「みんなクドイよ、俺のお見合いは忘れて。あと比重がおかしい。会社の件を一括りにするなよ」
「会社の方は、普段通り進めば数ヶ月放っておいても問題ないはずだ。桔梗が抜けなければな」
「・・・っていうか、皐月くんの件って何?結ちゃんの事を好きな事?」
「ちょっ!双葉さんなんて事っ?!」
「ああ。そうだ」
そう言って答えた社長は、寝起きだからか、夕方の時のようにしっかりとした人という印象はなく、”休日”感が滲み出ている。なんか、こう、気が抜けた感じで夕方と比べて非常にギャップがある。
「サチエ」
「はい、私は2階の一番奥のお部屋をお借りしますね」
そう言って、サチエさんは名前を呼ばれただけで察した様で2階に行かれました。
すごい・・・!これが、勤続年数二十年のベテランメイドっ・・・!!
「・・・皐月が君の事をとても気に入って・・・好意を持っていると聞いている。これは桔梗から聞いた話だ」
皐月さんが本殿に入る前に、桔梗さんに言った時の事ですね。まさかこんな末端の話が社長のお耳に入るとは。
「あの、その件なのですが、多分皐月さんが勘違いと言うか、ご自身の感情をよくわかっていないだけみたいです。おそらく好意と言っても、なんか動物とかペットに対しての好意と変わらないと思います。なんせ神代なので絶対にありえな」
「皐月が、”他の神代とは違う”としたら、絶対ではなくなってしまうとは思わないか?」




