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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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九章:長月の君へ 二話


九月九日




 先日、待たせに待たせ過ぎてしまった皐月さんとのデートが終わりました。

・・・あれ?終わったと言っても、ちゃんと俺のこと見てほしいって・・・これからもデートに誘われる可能性が0になったわけでは無いのでは・・・?しまった、油断してしまった!


 そう考えながら、仕入れた菊の花を綺麗に洗っております。

 そう、本日は九月九日、【重陽の節句】です。



 重陽の節句とは、縁起の良い『9』の数字が重なる九月九日の節句であり、家族の健康や長寿、子孫繁栄を願う日だそうです。三月三日の雛祭り、五月五日の端午の節句、七月七日の七夕と違って、殆ど浸透していないのです。

 菊の花を飾ったり、食用の菊は綺麗に洗ってお酒に浮かべたりします。食べ物は、秋が旬の食材を使った料理です。


 今日は、冷凍物にはなっちゃいますが、栗を使った料理をしたいと思います!九月の頭だと、実際栗ってまだスーパーに出てないんですよね。なので冷凍ものです。


 9が重なる日というのは良い日と言われているようです。つまり縁起が良い!良いこと起こるかなぁ、楽しみだなぁと思ってはいるものの、本日の私の予定はいつも通りで境内でご飯と掃除です。







「よし!こんなもんかな!」


 夜のご飯の仕込み昼過ぎにやってしまいました。

 そうしたら、午後はかなり余裕ができる。そろそろ庭の枝を剪定しておかないといけないので、どの枝を切るか目安をつける為、庭を回る時間を確保したかったのです。


 他には、雑草も抜かなければいけません。コレは私のポリシーなのですが、除草剤は使いません。近くの植物が枯れちゃったら嫌なので。あと、神聖なこの場所になるべく薬品を撒きたくないのが正直な所です。えぇ、実家の庭とかなら別に使いますけど。


 台所の大掃除も一回やっておきたいし、あぁ、家事っていうのは本当に終わりがない!

・・・じゃぁ、ちょっと休憩しちゃうおかな。


 冷凍庫を開いてアイスを出す。如月さんから大量に頂いたアイスは、夏を迎える前には完食。現在、冷凍庫に入っているアイスは先日大量に買い足したものです。今日はどうしようかな、チョコレートパフェのアイスにしよう!


 久々に、誰も母家に来ないで、ゆっくりとアイスを食べる時間が出来た。


 なんだかんだ毎月何かしらあって、内容の濃い日々だったなぁと改めて思う。ここにきて落ち着いた感じがするのは、きっと先月まで境内にアルバイトに来ていた元気溢れ過ぎていた彼女のせいだろう。状況としては特に変わってはいないのだけれど、静寂がそう思わせてくる。


 本社で働いている卯月さんや、奥さんのその後とかどうなんだろうか。

 預かりはしたけど、長月さんの携帯電話は電源を切ってしまった。メイドさんから返事は来ているのだろうか。

 そういえば、最近水無月さんはお見合いした方とうまく行っているのでしょうか。

 皐月さんと神崎さん、どちらも諦めてくれないかなぁ。

 あ、六月頃に一度話題に上がった、”神代”にならなかった人のその後って、結局どうなったんだろう・・・。

 あれ?この間、八重さんが双葉さんのお見合いがなんとかって言ってたような・・・



「最後の要らない。思い出さないで、そういうのフラグになるから」


「うぇえ?!双葉さんいつからいたんですか?!」

「『皐月さんと神崎さん、どちらも早く諦めて欲しいな』あたりから」

「内容としてはあってるのがすごくムカつきますね」

「今すぐ忘れよう、思い出すとか縁起悪いから」

「今日は九月九日ですよ!すごく縁起が良いです!むしろ今日話がまた出たらコレは良いご縁ですって!」

「なんでそんなに楽しんでんの?」



ヴヴヴヴンーーーー



「あぁあああ!!八重から電話だよ!結ちゃんなんか操作してる?!それともなんか持ってるの?!そういうの?!」

「そういうのってなんですか。八重さんの電話がお見合いとは限りませんよ?」

「本当面倒・・・もう結ちゃんのこと巻き込んじゃおう」

「辞めてください!何する気ですか!これ以上面倒な事しないでください!」



『双葉?私だけど』

「お見合いの件なら俺受けないから!結ちゃんと付き合う事になったから!

『お見合いの話で電話したんじゃないしあんたの馬鹿げた嘘を信じるわけないでしょ』

「あ、そうですか。良かったです」


 そう言って、双葉さんは母家の中を歩きながら電話を始めました。



 では、私もアイスの後片付けをしてから庭の掃除を始めますか。








 ピンポーン・・・ーーー






 庭に出ようと準備をしていたら来客です。

 今日は届け物もないはずです。工房の資材納品は遅くなると言っていたし、そもそも神崎さんはインターホンを押すことを三か月前に忘れているので、最近は滅多に聞かなくなりました。



「はい」


「神部の者です。突然の訪問で失礼します」


「神部の方ですか・・・今向かいます」


 男性だった。”神部の者”と仰ってました。双葉さんに聞いたほうが良いかな。でも、八重さんと電話してましたし。お見合いの話ではないなら、もしかしたらこの間の雇われ探偵の件で何か報告かもしれない。そんな大事な電話なら話の腰を折るわけにはいかない。それに、カメラ越しに見た時に、八重さんや桔梗さん、櫻さんがつけていた神部の会社のバッジをつけていたような気がする。それなら同じ秘書課の方かもしれない。




「すみません、お待たせました!」



「こちらこそ、突然押しかけまして申し訳ございません。間違いなく、神部の者です。お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 なんと、ちょっと威圧感と言うか雰囲気のある方がいらっしゃいました。

 如月さんのように少々ぶっきらぼうに思われそうだけれども、しかし、態度はきちんとしている。それに、人望がありそうな雰囲気を感じ取れる。さらに言うと人徳者だ。私の勘がそう言っている。根拠はない。加えて、最近の境内の状況を知っているんだなという気遣いが取れる話し方。詐欺や怪しい者ではなく、”間違いなく”とご自身の事を言ってました。言いながら、やはり神部の社章を見せてくださいました。初めてちゃんと見た、凄い・・・、金で出来てるし宝石みたいなの光ってる!純金かな・・・お金かかり過ぎでは?



「コーヒーと紅茶と緑茶・・・ハーブティーはノンカフェインもあります。何になさいますか?」



 とりあえず客間に案内をして、飲み物を出そうとしました。しかし、顔色が悪い気がする。初めてお会いするので元の顔色は知りません。でも、普段からのこ顔色ならちょっと心配する程です。目の下のクマもあり少々体調がすぐれないように見えた。そのため、ハーブティーやノンカフェインを提案したのだけれど・・・


「・・・そんな顔に見えるのか。気を遣わせて申し訳ない。ではハーブティーを頂けますか?」

「はい、お待ちください!あ、甘いものは召し上がりますか・・・?」

「普段は食べないが、今日はまだ何も口にしていないから頂こう」

 今日は何もって・・・そろそろ夕方ですけど。とりあえず食べ物を持ってこよう。

「はい、少々お待ちください!」



 そう言って台所へと走った。

「結ちゃん、配達?」

「あ!お客様です!お茶出ししてきます!」

「頑張ってー」

 双葉さんが居間で電話の途中にのんびりと話しかけてきた。

「ありがとうございますー!」



 双葉さんの横でお茶の準備をする。

 こういう時はカモミールティーにしましょう。そして、甘いもの・・・ハーブティーに羊羹は合わないだろう。ハーブティーにしたなら和菓子じゃなくて洋菓子の方が良い。あ、マドレーヌがあった!あとマカロンもある!乾物万歳!良かった。


 お菓子をお皿に盛り、カモミールティーをポットに作る。

 双葉さんはまだ電話をしております。神部の方がいらした事を伝えようとしましたが、電話の受け答えが「あー・・・」や「うーん・・・」と、双葉さんらしくない返答だったので、結構深刻な話題なのかもしれません。それは、あの守堂さんの件じゃなければ良いのですが。

 とりあえず、双葉さんは後でまた様子を見て呼べばいいですね。まずはお客様にお茶をお出ししないとです。



 それにしても、さっきの人あまりにも顔色が悪かったな。なんか、ずっとパソコンに向かってる仕事とかしてる人なのかな。もしかして、システムエンジニアとかプログラマーとかだったりして。それなら、なんかわかるかも。でも、エンジニアとかの方ってあんな雰囲気なのかな。まぁ中にはそういう人もいるかもしれない。





「大変お待たせしてすみません。どうぞ、まずはお召し上がりください」

「・・・いや、良いんだ。手厚くして頂いてすまない」

 戻ると、客間のソファーにのけぞるようにしていた。もしかしたら寝ていたのかもしれない。大丈夫だろうかこの人、飲んでる最中に寝ちゃったりしないだろうかと心配になる。




 しかしながら、それは杞憂に終わった。それどころか・・・


 非常に、これほどまでに静かに、美しく、そしてスマートにお茶とお菓子を食べる人を私は見た事がない!!



所作でいえば、普段の人柄は別として、桔梗さん、櫻さん、双葉さんなど、育ちの良い方達をここ最近は見てきました。その方達を凌ぐほどの所作の綺麗さ!!この方、神部は神部でも、神部に勤めた一般家庭の方じゃなくて、絶対生まれも育ちも神部の方だ!!




「こちらのお子さん達へ宛てた、夏休みの学習プログラムはいかがでしたか?」

所作に感心していたら突然聞かれた。


「あ!とても好評でした!普段夏休みの宿題をあまりやらない子も、自主的に行うくらいでした!勉強も、体験も全部楽しんで頂けました!お子さんだけじゃなくて、親御さんにもとても評判が良かったんです!」


「そうですか、それは良かった」


 ふと優しそうに笑った。ここにきて初めてこの方の硬くない表情を見た。すごい、全っ然懐かなかった猫がやっと擦り寄ってきてくれた感じ。あれ待って?それを聞いてくるという事は


「・・・もしかして、あのプログラムを考えて下さった方ですか・・・?」


「あ、・・・ええ、まぁ」


「わぁああ!そうだったんですね!あ、すみません、自己紹介もまだでしたね!失礼しました!私は宮守 結と申します。あのプログラム本当にすごくて感心してたんです!仕事の指南書みたいに、すごくわかりやすいし、何にでも応用として効きそうだって思ってたんです!緻密だし、それにお子さんたちをやる気にさせる文言まで書かれてあって!」

 あの夏休みプロジェクトを作った方だったなんて!お会いできてなんと光栄な事でしょう!

「全員があのプロジェクトを楽しんでました!私もです!本当にあんなに素晴らしいものを作って頂いてありがとうございました!」


「・・・喜んで頂けたなら何より」


「本当にすごいプログラムでしたよ!スケジュール管理とかすごいですね!やっぱり秘書課の方って本当に皆さん素晴らしいですね!あれ?それともプログラマーさんでしたか?目の下のクマが凄かったので、寝不足だったり、眼を酷使されているのかと思ったのですが・・・」

「まぁ、そんなようなもんです。プログラムも、スケジュールの管理もやります。まぁ大体なんでもやります」

「秘書課の方って本当になんでもできるんですね!桔梗さんはここで料理作ってくださったんです!櫻さんもですけど!双葉さんは綺麗にヘアメイクして下さったり・・・男性陣の能力が計り知れないですね!」


「・・・ははは!そうかっ。そうだなぁ」



 初めて砕けたように笑ってくださいました。



「でも、あのプログラムが評判良かったとしたら、それはきっとココ、”境内”で行われる日頃の行事が楽しいからみんなが受けれてくれたんだと私は思います。言ったって、プログラムの半分は勉強です。もちろん、学校ではなく、子供の年齢層も幅広い境内の子供が集まって勉強をすると言う事は今までなかったと思います。だからこそ、新鮮さはあったとは思いますが、それすら”楽しい”と思う・・・いや、錯覚したのは、きっと普段から境内(ココ)

行われる行事が楽しいからでしょう。つまり、貴方の日頃の仕事ぶりが素晴らしかったから、今回も成功をしたと言うことです」


「そんな、買い被り過ぎですよ・・・!」


 でも、会った事もなかった人に褒められると、なんかちょっと・・・いえ、大分嬉しいです。





 そして、楽しくなった私はプログラムの他にも話もしてしまい、こちらの神部さんが何をしに境内に来たのか聞くのを忘れていました。





「すみません!私ったら話に夢中で・・・!今日こちらにいらして下さったのはどのようなご用件だったのでしょうか?双葉さんなら電話してたんですけど流石にもう終わったと思うので今から呼んで・・・」

「結ちゃーん!納品でーす!あと、この間のお菓子持ってきたよー!」

 玄関から神崎さんの楽しそうな声がしました。あぁ、そうだ、今日は納品が夕方になるって言ってた!サインしなくちゃ!



 しかし、神崎さんが勝手に玄関に入ってきて客間を覗く方が早かった模様。

「客間が開いてる?結ちゃん今日は客間の掃除かな?はいこれ、この間メッセージで送った噂の銀座のクッキー・・・・ぇぇえええええーー!!!」




「界星、静かにしろ。頭に響く」




「まじかー・・・」

 神崎さんが大声を上げて凄く驚いてる。この方は神部の中でもレアキャラなのだろうか。


「何、界星来てるの?大声出すなんて珍しいね」

 双葉さんがこちらに向かっているそうで声がします。

「あ、そうそう結ちゃんお客様だなんて言ってたけど、普通に考えてここに客が来るなんてないんだから神部か少なくとも神宮の人間・・・はぁあああああーーーーーあ?!なんで居んの?!」


 客間を見た双葉さんも驚いたご様子。

 こんなに驚いた双葉さんや神崎さんを見るのは初めてです。


 そうか、この方はレアキャラなのだな。きっと、神部で有名な凄腕プログラマー的な感じで表には出ないタイプの方だ!


 そう思っていたら、更に声が聞こえた



「あらあら、どっっっこにも居ないし連絡もつかないし誰も行方を知らないし?まさか?と思って境内に来てみたら本っっっ当にいるなんてね」


 なんと、八重さんのお出ましでございます!



「八重さん!」

「結ちゃんごめんね?突然訪問して。びっくりしたでしょこんな人来て」

「え?いや、別に私は大丈夫です。ちゃんと『神部の者です』ってご挨拶もしてくださいましたし」

「あら?結ちゃんこの人知らない?」

「私はお会いしたことないです。プログラマーで秘書課の方なんですよね?お話させて頂いてました」

「まぁ、そういった事を自分でする時もあるわね。で?境内に来てどうするおつもりですか?




 ーーーーーー社長?」





 社長?





「社長ーーーーーー?!!」




 私の間抜けな声が母家に響き渡った。

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