八章:葉月の君へ 六話
「参ったよね。こう書かれちゃ、ファンタジー好きの彼女の興味を誘っちゃうからさ」
「え、何出来るんですか?」
「それはたとえ結ちゃんにでも言えないよ。結婚してくれたら教えるけど、あ、でも無理やり教えちゃえば結婚せざるを得ないかな・・・。え?じゃぁ言っちゃおうかな」
「やっぱりなしです!卑怯です辞めてください!」
「光が見えることとー」
「・・・それならもう聞いたから良いです」
「後は、神の手先って言われてるのは・・・」
「あー!あー!あーーーーーーー!」
両耳を手で塞いで声を出す!聞きたくない時の常套手段です!
なので、その時に神崎さんの口が動いていたのですが、それが冗談を言ってたのか、どうでも良いことなのか、大事な秘密なのかはわかりませんでした。
八月二十九日
「ストーカー・・・基、探偵の件は、このまま神部で尾行する。探偵が依頼主に報告をする為に会う所までちゃんと突き止めるから。なので、ストーカーではないにしろ、誰かが何かの目的で神部または境内に近づこうとしているのは確か。今はここまでです」
夏休みも終わりに近づいた今日、お子さんは学校の宿題が全部終わったかの確認、また新学期の初日に持っていくものを各家で準備していたりします。午後は、夏休みの感想や反省会です。
守堂さんは櫻さんと、夏休みに使った境内の備品を庭で洗ったり片付けたりしています。
なので、母家の居間には、双葉さんと、ストーカー発覚の時に話しを聞いてくださった如月さんと皐月さん。そして、ご自身の恋の行方を気にして、たまたまその場に居て話しを聞いてしまった長月さんに報告です。
三人とも、真剣な顔つきです。
「探偵だったとはなぁ、まぁ真の変態じゃなくてよかったけどさ」
「狙いは嬢ちゃんでも境内の子供でもねぇなら、俺は十中八九”境内自体”が狙いだと思うが。やっぱり卯月の嫁さん絡みか」
「ちょっと双葉、携帯もう一回見せて。未送信になってないか確認したいんだけど」
一名、全く関係無い事を言っています。
「とまぁ、とりあえず境内の子供が狙いじゃないっていうのが判れば、俺たちの気も少しは楽になる訳だし。話しの続きが起こったらその時はまた呼んで話をするよ。それとも、特にこの先の話は不要かな?」
「いや、聞く」
「お願いします」
「早く、俺明後日には本殿なんだから」
じゃあそういうことで。と解散をし、双葉さんは携帯電話を長月さんへと渡した。
「・・・あ!やっぱり!送信完了してなかったんじゃん!なんで?!」
送れていなかった事に、喜びと悲しみの両方の表情を浮かべております。
早く送りたいと言ってたのに送れてなかった。でも、もし送れてたとしたら、純粋に連絡が来ないだけ。うん、複雑ですね。
「送ってすぐ、八重さんから電話があったのって関係ありますか?」
「電波モノはわからないけど可能性あるかも!でも、再送したから、これでO Kでしょ?!」
「でも、すぐに連絡が来るとは限らないんじゃ無いですか?九月は諸事情で一ヶ月連絡取れないのでって念の為送っておいた方が良くないですか?」
「確かに!結ちゃんナイスアシストだよ!よし、追加でもう一通」
「良いけど早く俺の電話返して」
八月三十一日
「夏休みプロジェクト楽しかった人ー!!」
「「はーーーい!!!」」
小学生組が元気に返事をしてくれました。
「双葉さん、色々ありがとございました」
「俺たち、沢山いろんなことしてもらって嬉しかったです」
「私も!お盆の時のシャボン玉やりたかったなぁー!あと、守堂さんとはあまり話せなかったけど、見てて楽しい人だった!」
「弟の事、沢山見てくださってありがとうございました」
みんなそれぞれ感想を双葉さんに届けてます。
「お兄さん、来月もいるの?ほら、桔梗さんは二ヶ月だったじゃ無いすか?あと、櫻さんも今日まで?」
文月さんの三男くんが質問しました。
そうです、櫻さんは守堂さんの子守り要員で境内にきました。あと、双葉さんは特に何も言われていないので来月も継続なのでしょうか?私も気になるっ・・・!
「櫻は一旦今日まででーす!でも、俺は来月も居るよ」
「じゃぁ、俺、父ちゃんと一緒に今度設計図書いてる所見てみたい。建築士って聞いたから」
「良いよ。休みの日に離れにおいで」
そういえば、文月さんが本殿に入る前に言ってましたね。出てきたら双葉さんと話をしたいと。でも、まさか事態でそんな時間が全くありませんでした。お子さんも揃って話せるならそれは良いですよね!
そんな光景を見ながら、私は掃除用具を持って本殿の廊下へと向かう。
「これが噂の雑巾掛け?」
勢いよく廊下を拭いていたら、後ろから声をかけられました。びっくりするんだから!!
「かん・・!!!・・・界星さんこんにちは・・・」
「・・・うわっ破壊力っ!」
神崎さんがものすごく驚いた顔をされました。呼ぶなら下の名前だって言われたから呼んだのにそんな顔されるとなんか恥ずかしいんですけど!!
「じゃぁもう呼びません!!」
「違うって!嬉しかっただけだって!」
「もう良いです、決めたので、大丈夫です」
「ごめんて、で、アルバイトの彼女は今日休ませなかったの?先月末日は休ませたんだよね?」
そうです。本日、神代の入れ替わりの日ですが、守堂さんが出勤しております。
契約上の最終日だから絶対に来たいとどうしても言う事を聞かなかったようです。
「もしかしたら来るかなって思って、心配できちゃったんだ。何かあっても良いように」
「何かって・・・ストーカーというか探偵の件はとりあえずは今のところ害はまた出そうも無いから大丈夫だって言ってましたよ?」
「違うよ。彼女があの日、自分の知ってる全てを話した保証はないからね。知っててまだ言ってないことを最終日に爆弾として仕掛けてくる可能性だってある訳だよ。何か質問されたら結ちゃんだって困るでしょ?俺が側にいれば適当に答えるから」
「それはありがたいですが・・・」
「・・・ねぇ、皐月の事、正直に言って。どう思ってる?」
「藪から棒に!え!全然考えてませんでした。なんの感情も浮かばないです。他の神代と一緒です。強いていえば、弥生さんが推しなくらいです」
「弥生かぁ・・・」
「でも、全然恋愛感情とかじゃないですから!神崎さんもそんなに気に」
「違うでしょ?」
「・・・界星さんも」
「っつ!!」
「そんなになるなら言わせないでくださいよ」
言わせておいて顔を背ける。そんな反応されると、私の方が恥ずかしい!神代は皆んな”神宮”だから仕方なしに下の名前を呼んでますけど、神崎さんを下の名前え呼ぶ必要は本来なら微塵も無いのですから!
「あ、葉月の儀式が終わるね」
「え?でも、まだあと何分かは・・・」
「”光”が、薄れてきてる。あ、消えたよ」
そうして、正午と同時に葉月さんが出て来られました。
「やー!もう二十年近く経つけど本当によくわからないねー!!」
「葉月さん!お疲れ様です!ありがとうございました!」
「お疲れ様」
入った時と変わらない葉月さんが出てきました。
「一ヶ月間どうだった?みんな元気?」
「はい、元気ですよ!お子さんたちは居間に集まってますから、是非お顔見せてあげてください」
「はーい!じゃぁ結ちゃん、あとは宜しくお願いしますね!」
少しして、居間に着いたであろう葉月さんを迎える沢山の声が聞こえてきた。一番楽しそうに、嬉しそうにしているのは次男くん。葉月さん御一家は、夏休みに家族みんなでの思い出があまり無い。でも八月三十一日の午後からはみんな一緒に入れます。八月三十一日が、とても貴重で大切な日ですね。
「お疲れ様でございます。神代のひと月を有難く頂戴致しました」
「やだー!夏休み終わってもバイトするー!」
「できませんね」
「だめだ」
間も無く夕方です。夏休みプロジェクトも終わり、明日からは学校も始まり、いわゆる《いつもの日常》が始まります。お子さんたちもお昼ご飯をみんなで食べた後は各家庭に戻ってます。
現在、客間で帰り支度をしている守堂さんがゴネております。
「だって楽しかったんですー!それでお金も貰えるなら続けたいに決まってるじゃ無いですか!」
「そりゃ本来、一人でやる仕事を他の人の手を借りながらゆっくり時間も気にしないでやってんだから楽しいだろうよ?!一人分の仕事しないで一人分の給料貰ってんだから良いもんだ!世の中なぁ、働いた対価に見合わない金額もらってたら何処かで不満が出るんだよ!」
「私不満なんてありません!」
「お前じゃなくて俺だよ!!」
テンポの良い漫才かのような会話が続きます。双葉さんも、高校生を相手に随分と辛辣な事を言うなぁ。今は知らなくて当然、これから覚えていけば良いんだ。
「だあって、ここにいると、大人の人はちゃんと私の事見て構ってくれるから」
いつも元気な彼女が少ししょんぼりとした。
「学校に仲の良い友人はいないんですか?」
「あんだけうるさきゃ相手にもされなくなるだろ」
「もっとうるさい子いるもん!」
「お前の学校は動物園か」
「あー!!今そう言うこと言っちゃいけないんですよー!」
「動物を馬鹿にしてんのか?動物に謝れ!」
櫻さんが少し考えている顔をしている。私も、これだけ元気な子に友達が少ないとは考えにくいなとは思いましたが、学校生活というのは、ほんの少しのすれ違いで不和が生まれやすい。しかも、卒業まで響いてしまうことだってあるのだ。
「まさか、イジメとかじゃないですよね?」
「イジメなら”いじめら歴”が長い、スーパーエリートが神部にいるから紹介するぞ」
「イジメじゃないもん!!」
突然守堂さんが今まで以上に大きい声を張った。流石の双葉さんも櫻さんも驚いた。でもきっと私が一番驚いてる。
心臓がバクバクしながらも、彼女に話しかけた。
「ここの人は、守堂さんに敵意を持ってる人はいないから、落ち着いて?」
「っあ、ごめんなさい。・・・確かに、意地悪されたり、なんか嫌がらせはされるけど、”イジメ”じゃないからっ・・・!イジメられるほど、私、弱くないからっ!気持ちちゃんと保ってるし」
イジメというのは、”イジメだと思った”時点でイジメである。
定義は知らないが、意地悪も嫌がらせも、イジメの一種だろう。でも、どんなことをされてもイジメにならない場合があると私は思う。それが、受けてる本人が”イジメ”と思わない場合だ。
イジメられる事を=弱い。と彼女は考えているのかもしれない。だから、『私、弱くないから』という言葉が出て来たのかもしれない。
櫻さんがぽつりと話し始めました。
「君のような年齢は、自分の意思も意見も気持ちもしっかりあるのに気付けない。そして、知識と人の立場に立って考える経験が足りない、殆どが経験不足からくるただのすれ違いだ」
座っている守堂さんの前にしゃがみ込み、しっかり彼女と顔を合わせて話す。
「きっと、誰が悪いとかそういう事じゃないと思うんだ。でも、上手く自分も、相手も気持ちの折り合いの付け方を知らないんだ。でもこの経験は、きっとこの先君の糧になる。社会に出て、社会で生きていく大変さと、人間関係の複雑さと面倒を一遍に経験して疲弊するより、今先に経験しておけば、この先は少し楽ができる。
それに、きっといつか、君がしてきたことも、言ってきた事も、言われた事も、言った人の事も、全部理解できる日が来るから。辛さは今後に生かすといい、君が生きやすくなるための武器にするんだよ。辛い思いだけして捨て置いたら、ずっと我慢した昨日までの君が報われない。自分に失礼な事をしないようにね」
「ーーーっ!!」
ボロボロと守堂さんが泣き始めた。
「誰もっ・・!誰も、そんなこと言ってくれる人っ・・・いなかった!何言ってるか・・・半分わかんなかったけど!」
「まぁ、経験ない事は、実感沸かないから言われても意味不明だわな。だから、それもいつかわかるって。はい、結ちゃんもなんか慰めてやって」
「えっ!?えっと・・・もし、今がすごく辛いなら、それはたまたま守堂さんに合わない環境だっただけだと思います。きっと、この先進学とか就職して、どこか楽しい居場所が見つかりますよ」
「ここが良い〜〜〜っ!!」
「それは駄目だ」
泣いた守堂さんが落ち着くまで客間でゆっくりして、彼女は境内での最終日を終えて自宅まで車で送られました。
今日で最後でしたが、最後までバタバタだった為、何か労うことも選別も準備できなかった。境内にはもう来ることは許されませんが、どこかで会えたら良いですね。
境内から出ていく車が一時停止した際のテールランプをぼーっと見ていました。
「同じ東京に住んでるからね。すれ違うかもね」
「本当、双葉さんは悪い人ですね」
「マジでまだ本殿入りたくないっ!!せめて返事が来てから入るっ!」
「長月さん、お気持ちはわかりますがそれはできません」
「携帯持って入れば?どうせ見れないけど」
「本殿に機械を持ち込むのはおすすめできないな。多分壊れるよ」
「「「え?!ウソ!!」」」
22時35分
月末のこの時間は普段なら神代が本殿に向かう時間です。
すでに本殿の前に、次の月の担当者の長月さんが居るには居ますが、入るのを渋っております。
「壊れたら困る・・・返事貰えたのに壊れてわからないとかシャレになんないから」
「貰える前提なら安心して入れ」
「いやぁ、その、うーーーーんんん」
「いやいや、携帯電話が壊れる方にそんなに興味ないんですか?!」
「どうせ見えもしない理由もわからない現象なんだから考えるだけ無駄かなって」
長月さんは携帯電話が壊れることより、返事を貰いたい事しか考えてないようです。確かに、不思議現象なら、もう今更ですよね。
そのまま5分待っても返信はなく、長月さんは渋々双葉さんに電話を渡しました。
「仕方ない。来月末俺が出てくる時に持って来て。あと、はいコレ充電器ね。月末の朝に充電してくれれば良いから。よろしく」
「さ、入った入った!」
双葉さんに背中を押されて、本殿に入られました。
ガチャンーーー・・・
すぐに施錠をします。
今年の初めまでは本殿に施錠をしていなかった。それからもう半年以上も経って、今では施錠をすることに慣れしまいました。最初こそ、本当に監禁だなんだと思ってましたが、逆に今では施錠が安心材料になるほどになりました。
「さて、結ちゃん。夏休み本当にお疲れ様でした。色々ありがとうね」
「そんな!結局双葉さんが一番大変だったじゃないですか!私はいつも通りご飯の準備とちょっとの手伝いをしただけですから・・・」
「うん、ご飯美味しかったよ」
「・・・界星もずっと引っ張り出せば良かったかな。よし、戻ろうか」
今月も、色々ありましたが、皆さん無事でした。それでは、いつものいきましょう。
「神代の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」
「あ、きたきた」
神崎さんが言って、廊下の窓から本殿の上空を見ながら私を手招いた。
あれですか、神代が入っている時に見えると言う光の事でしょうか。そんなもの、呼ばれたとて私には見えま
ーーーぽんっーー
と神崎さんが私の肩に手を触れました。その瞬間
「えぇえええええぇええーー!!」
上空からけたたましい量の光が本殿に降り注ぐというかもう私を目掛けて落ちてきました!!
何?!落雷?!大丈夫なの!?境内爆発しない?!
そう思ったのも束の間、神崎さんの手が私から離れると、光は一切見えなくなり、普段の神代が境内に入った後の光景でした。
「・・・何したんですかぁー!!!」
「大きな声出したらみんなびっくりしちゃうでしょ?」
「な、な、何者なんですかっ・・・!」
「・・・俺のこと怖い?」
「現象が怖いです!」
「そうっ!じゃぁ良かった。じゃ、もう遅いから帰るね」
「どうしたのさ二人共?」
なんてものを見せてくれたんだ!!!




