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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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八章:葉月の君へ 四話


 母家にはまだお子さんたちを含む多くの人がいる。

先ほど、私と櫻さんが客間に向かう前の空気では、ストーカーの話を双葉さん茶化して下さったこともあり、特に問題のない状態でした。


 その雰囲気を壊さないように、私と如月さんは表に出て、母家から離れた境内の奥まで来ました。



「あの、ストーカーそんなに深刻なんですか?」

「多分」

「それなら警察に届けた方が・・・」

「今の状態なら取り扱ってもらえない。実害が出てない。双葉と櫻が気にしてるのは、ストーカーであって、ストーカーじゃない」

「どう言うことですか?」




「・・・嬢ちゃん本人が目当てじゃなく、ある目的のために付けられている可能性がある。多分、ストーカーの目的は境内か神部。その可能性があるから今調べに掛かってるってことだ」

「でも、それは単に彼女のことを好みで追っているだけでも」

「それはそれで問題だが、制服を着ている訳でもない、髪型もよく変わるあの年頃の子供の顔を覚えられるか?日によって鞄を変えてたとしたら尚更だ。それに、最初はここの最寄り駅で見かけてただけだったが、ついに電車も一緒に乗ってきた。しかも、男より嬢ちゃんの方が先に降りてるなら自宅の最寄り駅が割れてる。下手したら今日は最寄り駅で待ってるかもしれない」

「怖い!」

「だからだ。目的が嬢ちゃんであれ、境内や神部にしろどれでも厄介だ。兎に角、他の奴には言わなくていい。余計な心配をこれ以上かけるな」

「でも、注意喚起としおいた方がいいんじゃ・・・」


 今は夏休みだ。夏休みプロジェクトは自由参加だし、何も毎日朝から晩までやってる訳じゃない。

 学校で開放しているプールに行く子も、友達と出かける事だってある。


「境内の子供を狙うならとっくに狙ってる。だから、目的と目的への手段は”境内の子供”じゃねぇだろ。”あの嬢ちゃん”か、”境内そのもの”か”神部”か」

「あの、なんで神部だって思うんですか?」

「こっちが聞きたい。神部が何も言わずにあの嬢ちゃんを送ってきたんだろ?何か”言えない理由がある”から何も言わないんだろ?言わない理由を欲しがってる奴がいるかもな。だから逆に神部を選択肢から外すことが出来ないだけだ」



 だとしたらなんなのだろう。心当たりがあるのは彼女の持ってるご先祖の日記だ。でも、日記の存在は公にしてないだろうからこそ神部に取引材料として持って行って交渉したのだ。


 交渉を・・・一回で?


 あれ、もし何度も彼女が神部の本社に行っていたとしたらどうだろう。見た目にも高校生の女の子が神部程の会社を何度も訪問していたら、それは異質な光景ではないだろうか?そう、つまり目立つのだ。


 でも、神部の本社に通ったとて、それと境内が繋がるだろうか?あれ?

そういえば彼女、


『知らない人なんですけど、でもどこかで見かけた気がする顔だなって思ったんですよ』


それが、神部の本社に行っていた時に見かけていたとしたら?その時から既に付けられていたとしたら・・・。

「怖っ!やっぱりストーカーじゃないですか!」

「だからストーカーはストーカーだけど、嬢ちゃんが目的かどうかは・・・」




「如月、結ちゃん、ちょっとこっちで話そう」

 双葉さんが母家の客間から出てきて、ご自身が使っている離れに呼ばれました。








 離れには、皐月さんもいた。離れのダイニングにある椅子に既に腰をかけていた。


「あれ、守堂さんと櫻さんは来ないんですか?」

「うん、櫻と客間に待機させてる。あの子には聞かせなくて良いよ。まずは俺たちだけで話をしよう」

 双葉さんがいささか眉間に皺を寄せた表情をした。夏休みが始まる前まではいつも飄々とした表情しかしてませんでしたが、最近は怒ったり疲れた顔をしていたり、沢山の表情をされています。多分、それだけ大変なんだろうな。



「まず、さっきの話を聞いて行う対処から説明するね」

「はい」

「彼女、環ちゃんにはこのままアルバイトを続けてもらう。送り迎えは時々櫻が車で行う」

「え?!」

 このまま継続はまずいのでは?


「まぁ、結ちゃん一旦全部聞こうよ」

 皐月さんが私を止めてくださました。そうですね。一回全部聞きましょう。


「で、彼女の最寄り駅付近には警備員を配置。これで、もしかしたらストーカーに割れてしまっているかもしれない自宅も家族も一旦大丈夫。事が落ち着くまで配置しておくからって。

それから、境内の防犯カメラを再チェックしてもらってる。まぁそもそも不審者が近くにいたら見ている本社の社員が気づくだろうからこの近辺のうろつきはないだろうけど。あと、最寄り駅と駅付近の防犯カメラのチェックを今依頼してもらってる。ここ最近の映像を確認して、尚且つ彼女が先日電車で一緒になったと言ってた男も割り出してもらう。でも、多分数時間で確認は流石に無理だからね」


 無理でしょうともそんなこと!


「それと、彼女がこのままアルバイトを継続するのは、今ここでアルバイトを辞めたら、ストーカー男に”気づいた事に気づかれる可能性”がある。そうすると、別の手を考えてまた何かされる可能性がある。だから、一旦このままを続けることにした。これが対処についてね。


で、ここからは憶測に入るけどいい?」


「この段階じゃあな」

「どうぞ」

「はい」



「目的は彼女じゃないね。誰かが神部と境内と嗅ぎ回ってる」

「で?得意の分析は?」



「分析は得意じゃないよ、対面してる人の考えがちょっと読めるくらいだから。そんな俺の憶測は、卯月の奥さん絡みじゃないかなって思ってる」

「え?!ここで奥さんが出てきますか?!」

「結ちゃん、憶測ね。確定じゃないから」

「あ、すみません。熱くなりました」



 でも、まさかここにきてその名前を聞くとは思いませんでした。でも、何がどうなって・・・あ、だからこれは双葉さんの憶測ですね。


「確証ないからね。本当に憶測だから。境内、特に本殿に興味のある奥さんだ。それなのに自分は出入り禁止になった。なんでそんなに本殿にこだわるのかわからないけど、どうにかして何か知りたいか調べたいんだろうね。境内に入れないなら神部の周りを嗅ぎ回ってはどうだと考えたとしよう。まぁ、繋がりがあるとしたら神部と神崎くらいだからね。それで、神部の周りを張っていたら、高校生くらいの女の子の出入りが何度かあった。

 そう思ってつけているうちに、今度は境内へと出入りするようになった」


 では、神部からつけているのならば、彼女の自宅はとっくにバレているのでは?


「それは、彼女がここでアルバイトをする話しが俺の所に届いた日、あの日に神部から境内に直接きたとしたら?神部のビルから出た子が境内に入っていった。これはもう棚ぼたでしょ。たまたまついて行った日が境内に初めてくる日だったら、自宅を知らないで、今になって一緒の電車に乗ってついて行ったのも説明がつくから」


なるほど、そういう事ですか。


「そ、まぁ憶測だけどこれが俺が考えた、あり得そうな事態の推測だよ」


男性を雇ってストーカーさせてるって事か!


「そうそう、そんな感じ。だから捕まえたらとことん吐かせちゃわないとね」


そんな物騒な


「怖い思いするのは嫌でしょ?だからそれくらいしないとね」


でも、そもそも守堂さんを付け回してどうするつもりなんでしょう?


「何か境内や本殿に関する事をもし知っていたら吐かせるためじゃない?自分だって知りたいのに、知れないからあれだけ問題起こしたんだからさ。あとは、一般人の子を拉致して、神部に取引材料として脅しかけてくるか」


「・・・結ちゃんは一言も喋らないで見つめ合って会話が成立しちゃうのなんか面白くないよね」

「全然!全然通じてません!何ひとつ私の思ってた事に対しての返答はなかったです!!」

 咄嗟に面倒回避のために嘘をつきました。ここにきて皐月さんが面倒なモードに入りました!


「今はその話しはいいじゃねぇか、それより、これはここにいる俺たちと後客間の二人にも口外禁止だ。あとは神部に任せて、俺たちは自衛をするしかねぇな」

「自衛って、何すればいいですか?!護身術習えばいいですか?!」

「「結ちゃんは大人しくしてて」」








八月十五日




 現在はお盆です。

 お盆期間は、葉月さんと師走さんのご家族が奥様のご実家に帰られてます。独身勢も数名ご実家に帰省中です。

文月さんと霜月さんのご家族は境内にいらっしゃいます。






「わ!初めての車で随分大きいのにされたんですね!」

「おやおや、まさか!これは私が乗るのだよ」

「あれ?」

「今まで乗っていた車を長男の好きにさせるんです。それなら本人も気が楽でしょう。そのため、私が新しい車に乗るのです」

「なるほど!そうか!」


 本日は、文月さん御一家が新しい車をお迎えになりました!単純に、息子さんが車に乗るからその車を買うのかと思ってた!そっか、今まで乗ってた車を運転する方が、なんとなく大きさもわかりやすいかも知れない。


「いいですね、これで兄弟でお出かけされたりするんですねー!」

「最初の内は、私を乗せて運転してもらうよ。慣れてから一人だったり弟を乗せて遊びに行けば良いのです」

「最初は心配ですよね」

「もう、それはもちろんだよ」




 ストーカー発覚から数日経ちました。

 防犯カメラからの割り出しはまだ出来ておらず、特に進展もない。守堂さんは、今まで通り電車で帰ったり、たまに櫻さんに送ってもらったりしている。


 そして当の本人は・・・



「えええ!!今日はシャボン玉やるんですかー!私もやりたーい!」

「はい、守堂さんはこっちで他の準備をしますよ」

「ふぇーん」


 本当にストーカーに狙われているのかと疑いたくなるほど元気です。

 でも、落ち込まれたり怖がらなくてよかったですし、双葉さんや櫻さんは大変そうで、たまにピリピリした雰囲気が出てしまうことがありますが、守堂さんの賑やかさで場の空気が保たれてます。再び感謝です。

 彼女が面倒ごと、問題を持ってきたと双葉さんは言ってましたが、私はどちらかというと、彼女が巻き込まれたと感じてます。





「へぇ、だからシャボン玉ってあんなに大きくなるんだ」

「子供の遊ぶものって思ってたけど、化学的な説明聞いたらなんか遊ぶの楽しくなってきたね」

「でも、なんか恥ずかしい気持ちはあるから庭がデカくて良かったぜ、人にはあまり見られたくねぇもんだ」


「よくわかんないけどスゲェ楽しい!」

「俺とどっちがでっかいシャボン玉作れるか競争しようぜ」

「オレ負けないからーーー!!」


男の子ばかりなので、シャボン玉はいかがなものか・・・。と心配しましたが、なんとただ遊ぶだけでなく、シャボン玉を作ることと、なぜあのように大きくなるのかという科学の話になりました。そうしたら、高校生の男の子でもシャボン玉に興味を持ち、楽しそうにしています。洗濯糊を使って強度を上げて大きいシャボン玉を作りました。余った洗濯糊でスライムも作りました。現役小学生以外は皆さん懐かしがっております。私もすごく懐かしくて楽しかったです。

懐かしさのツボを抑えるなど恐ろしい、夏休みプロジェクトの制作者様・・・!


そんな楽しそうな様子を見て、大人たちも何人か集まり、いまでは皆んなでシャボン玉を楽しんでいます。


「わ!大きの出来た!」

「・・・!睦月・・凄い・・!」


「なぁ、これ針金ハンガーででっかい輪を作ったら水無月くらいはシャボン玉の中入れるんじゃねぇか?」

「神在月・・・!それ、やって欲しい・・!」

「え、冗談だったけど・・・ちょっと探してくるわ」


 水無月さんのキラキラとした好奇心溢れる顔に、神在月さんがハンガーを探しに自宅である離れに入って行きました。案外大人の方が純粋に楽しんでます。




 ・・・。そういえば私、何か忘れてないだろうか。何か大事なことを忘れて・・・あ!!




 母家に駆け込んで一冊のノートとCD-ROMを手にとってまた庭に向かって走る。

「文月さん!」

「おや、どうしたんだい?そんなに慌てて」

「こちら、どうぞ!」


私は持ってきたものを文月さんに押し付けるように渡した。

「これ、七月の間のプロジェクトの写真とか映像です!お子さんが参加してくださった日のものをまとめました!是非見てください!」

「・・・ありがとう。忙しかっただろうに」

「はい!なのでこんなに遅くになってしまいました!でも私が好きで始めた事なので!あ、で、こちらのノートは読んだら返却して頂けますと幸いです。また翌年の事を書きますので」

「こっちは七月の初めからの記録だね。凄いね。ありがたいです。感謝します」

「境内の記録は持ち出し禁止で神部の所有になるので、差し上げられないんですけど、本殿にいる間に何があったかは気になるところかなと思いまして。独身勢は母家で話しているのかもしれませんが、ご家庭のある皆さんはなかなかそういった時間は取れないかなって思ったので」

「お心遣い、ありがとうございます」

「喜んでいただけましたら何よりです!」








 シャボン玉講義も終わり、ただの遊びの時間と化した今、双葉さんも気を抜いているのか縁側に座っております。

「・・・毎日お疲れ様です」

「ん?あぁ、ちょっとだけね」

「いえいえ、毎日状況の確認とか色んな手配とか、この先どうするかとか考え直しているんですよね。お疲れになるはずです」

「でも、楽だよ」


 楽・・・とは何を言ってるんでしょうこの人は。この状況を楽?


「そんな変人見る目しないでって。確かにやることも考えることもあるけど、ここにいる時は感情をそのまま出してるからその分すごく楽だよ。俺が騒いだところでみんなそんなに関心ないみたいだから迷惑もかけてないみたいだし」


 感情を出してる分だけ楽・・・というのは、守堂さんの自由奔放さに怒ったり、疲れた時や怒った時に眉間に皺を寄せたりしているあの表情の事を言っているのでしょうか。


「そうそう、ほら、仕事で商談とか、神部相手にしてる時もそうだけど、もう仮面貼り付けてる感じで生きてるからさ。表に出さないように感情操作してるから疲れるんだよ。それに比べたら思ったことを隠す必要のない境内は本当に楽だね」

「そうですか。ご負担が少ないならまだ良かったです」

 それでも楽だって思うのはやっぱり

「変とか思わないの」

 感情や思ってることが全面的に出てしまうのも大変なんだぞ!!

「あー面白い」

 双葉さんがくすくすと笑った。しばらく守堂さんの子守りをしていた双葉さん。私で遊ぶことを忘れていたかのようでしたが、ここでまた復活しそうです。ならば、守堂さんにまた双葉さんを引きつけてもらわなければ・・・。





 そんな事を考えながら、ふと落ち着いたこの一時(ひととき)を存分に味わいたくなった。

 今日もまた良い天気で、太陽は燦々としている。勿論とても暑いが、蝉の鳴き声がいかにも夏って思える。一ヶ月半前では、『早く梅雨が明けないかな』ってずっと思ってました。でも、明けたら明けたでやはり暑い。


 でも、最近では暑い暑いと気温の暑さは体感しているが、『夏』をしっかりと感じることはなかった。緑が多く、暑く、蝉の鳴声も認識はしているが、『ゆっくり味わう』事はしていない。それは、今は守堂さんが言ったストーカーらしき人物の事が頭の片隅にあるからだ。



ちょっとだけ、まだ問題は他にもあるけど、今だけは少し夏を感じさせてもらおう。



 庭で遊ぶ子供たちと神代。

 晴天。

 風に靡く境内の草木とその音。

 湿度を伴った微風。

 微風に吹かれて揺れて響く風鈴。



 双葉さんが境内に来た日、こんな感じの光景を見て『平和の象徴だね』と言った。本当にそうだと思う。去年は去年でお世話係初めての年で全く余裕がなくて、今年は企画と問題で一杯一杯だけど、少し夏を感じられた。そんな夏もあと半月。問題事があることも嫌だし、だからと言ってそのまま動かないのもそれはそれでストレスに感じる。でも、何回かはこうやってまたゆっくり季節を感じることができれば良いな。






「双葉」




 物思いに耽っていたら、すごく重みのある声が聞こえてきた。

 声のする方を向くと、そこには長月さんがいた。



「・・・あ、悪りぃ、返事きてた」

「そうでしょう?!なんか忙しそうだったから声かけなかったけど、俺すごく辛抱強く待ってたんですよ」

メイドさんへ送った連絡の返信の件ですね。




「オッサンの本気は怖いなぁ」

「早く電話寄越せ、おじさんの真の本気はもっと怖いぞ」


 真の本気とはなんでしょう。

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