八章:葉月の君へ 一話
【神代は自分の名前の月には産まれない】
神代は、自分の名前である担当月に産まれない。担当月以外に産まれる。
八月一日
「何も言わずに待ってる俺って凄く健気だと思うんだよ」
「・・・なんか、あったの?」
「なんなら手伝ってるのよ、俺」
「・・・ん?うん?」
現在、朝食前です。この早い時間からめずらしく皐月さんが居間にいらっしゃいます。話のお相手は水無月さんです。双葉さんには『朝飯は櫻に作らせればいいからね』とは言われたものの、そんなわけにはいかずに、一緒に朝ごはんを作っております。
あぁ、今日も守堂さんが出勤してくるのか。彼女は週5日出勤してくる。時間もフルタイム働きます。
でも、彼女に関しては、櫻さんがずっとついていてくれる事になったので、多分大丈夫・・・。多分。
見かけた神代には隙あらば片っ端から声をかけ雑談を持ちかけます。本殿や儀式の話しをしないだけまだ良いのですが、なんかヒヤヒヤします。彼女の元気と勢いに押されて、皆さんもどう接して良いかわからない雰囲気を感じ取れる時があります。理由も話されないで突然着た女の子がやたら話しかけてくるんですもん。皆さん不審すぎて仕方ないですよね。双葉さんは昨日櫻さんから話しを聞いたのでしょうか。
「きっと忘れちゃってるんだろうなー。でも、大変そうだから催促とかしたくないし」
「・・そう?・・でも、皐月が拗ねちゃったり我慢できなくなる前には・・・言ったほうがいいと思う・・相手が大事なんだろうけど・・・自分の気持ちも」
「はーーー、水無月が尊いよーーー」
「皐月さん、元気ないですね。困りごとですか?」
居間に皆さんのフォークを持って行った際に少々顔が浮かない皐月さんに声をかけました。
「うん、困りごとっていうか・・・悩み事?」
「皐月さんが悩み事?!どうしたんですか?!」
「いやぁ、デートの予定をすっぽかされてね」
「・・・」
あれ?
「ああーーーーー!!週末とっくに過ぎてる!!」
確か、七月の二十日過ぎに『今週末』と出かける約束をした!しました!でも、まさかの守堂さんの破天荒ぶりに何もかも予定が押してすっかり・・・
「わ、忘れてました。すみません・・・」
「忙しそうだったもんね。まぁ、今もだけど」
「申し訳ないです。皆さんにもあれだけお子さんの体験用の準備をしてもらったのに・・・!」
「でも、櫻がきたからもう大丈夫でしょ?」
嫌とは言えないです。
「そう・・ですね」
「え?!もしかして結ちゃんちょっと嫌がってるでしょ!」
「嫌がってはないです。ちょっと反応に困ってるだけで」
「・・・わかる。こういうのっ!・・・気まずいよね・・・!」
「水無月もはっきり気まずいとか言わないで」
「さ!今日は八月一日!一日は”朔日”とも書きます。八月の朔日で略して”八朔”と言います!農作物、稲ね。その、稲の豊穣を願う行事です!ちゃんと実れー、豊かになれーってね。今日は八朔の事を先に説明して、その後、八月一日に食べられてた”尾花粥”というのを作りますよー!」
「アチーのにお粥かよー!ウケる!」
久々に長く寝れたのか、割と元気そうな双葉さんと長月さんが今日もお子さんたちを導いて下さってます。
今日はお子さんたちが自分たちでお粥を作ります。・・・真夏ですが熱々のお粥です。そして、さすがにお粥だけではお昼ご飯も寂しいので、私は台所でおかずを作ります。熱いお粥を食べるので、冷汁と棒棒鶏を作ります。全部冷たいものです。
そして、現在噂の彼女はというと・・・
「肌焼けちゃうー!櫻さーん!日焼け止め塗ってもいいですかー?」
「守堂さん、もう準備を急がないと間に合わなくな」
「焼けちゃったら可愛くなくなっちゃうじゃないですかー!そうしたら誰が責任とってお嫁に貰ってくれるんですかー!」
私がおかず作りをしているので、お子さんたちがお粥を作る場所がありません。そのため、庭にBBQに使うテントを張り、そこで調理実習をしてもらいます。テントはそのまま出しっぱなしにして、後日やるBBQなどに有効活用します・・・が、今はそのテント張りですら滞っております。
絶対に櫻さん一人でやったら5分くらいで終わりそうなのに。教えながらやるって本当に大変ですね。
「じゃぁ、すぐに塗ってきて下さい。塗ったら真面目に取り組んで下さいね」
「はーい!あ、でも後ろとか塗れないところはどうすればいいですか?」
「・・・塗らなくていいんじゃないですかね、塗れない所は」
そんな櫻さんの回答を聞かずして、彼女は縁側から母家に入ってきた・・・瞬間に双葉さんに捕まった。
「ここから入ったら遠回りでしょ。玄関の隣が客間なんだからあっちから行きなさい。不用意に勉強会に顔を出さない。君は勉強会のための”サポート要員”なだけだからね。ちゃんと弁えて。あと櫻!塗ってきて下さいじゃなくて、お前が着 い て い く の!!」
「ちょっとくらいみんなの顔見たって良いじゃないですかー!私が役に立ってるのかな?って確認するためですよ!」
「安心しろ、顔を見せないことが君の一番の務めだ。役に立ちたいなら君の姿を我々の視界に映さない事。ほら、櫻と一緒に玄関から行きなさい」
「双葉さんって、いっつも私の事ばっかり見てるんですね!」
「櫻!早く連れてけっ!!」
お子さんたちが外で調理実習をしている時、私は引き続き昼食を作り、合間を見て暑い中料理を作っているみんなに冷たい差し入れをする。その間、櫻さんと守堂さんは離れた所で明日のプログラムの準備をしている。明日は運動と理科の勉強を兼ねており、庭に大きなビニールプールを作ってもらっています。
「家庭用でこんなに大きいプールあるんですねー!すごーい!私も入りたいんですけど水着持ってき」
「ダメです。プールに行きたい時はプライベートで行って下さ」
「じゃぁ私と一緒に行ってく」
「年の近い方と行きなさ」
「じゃぁ!ここの高校生の男の子を今度誘」
「ダメですってば」
話し終わる前に被せすぎですね。
「へぇー、あの子が噂の?ちょっとクセ強すぎない?手強そうだけどなんとかならなかったのかな」
「神崎さん?!」
「はい、そうです。そろそろ下の名前で読んでくれると嬉しいなぁ、納品ですよ」
しまった。守堂さんからちょうど見える位置だ、早く門まで戻ってもらってさっさとサインして帰ってもらわないと・・・!
「あー!初めての人だー!こんにちはー!」
見つかった。
「はい、こんにちは。ここに住んでる人じゃないけどね」
走ってこっちに寄ってきた。
「そうなんですねー!私、守堂 環って言います!お兄さんの名前と年齢教えて下さい!」
勢いが凄い。
「名前は教えられないかなぁ、年齢だけなら良いですよ。29歳です」
「えー!名前ダメなんですか?29歳かぁ、一回り上だなぁ、あ、でも最近では一回り以上でも結婚したアイドルが」
ーーーガシッ
と双葉さんが守堂さんの頭を掴みました。
「おーまーえー!!」
「きゃー!!」
嬉しそうに叫んでます。
「櫻!首輪つけとけ!!」
「ちょっ倫理的に」
「じゃぁお前と手錠で繋いどけ!大体お前はな、面倒見がいいくせにキツく言うことは昔から・・・」
一瞬守堂さんを捕まえた双葉さんでしたが、櫻さんに矛先が向かい、守堂さんの捕獲指導が始まりました。と、言うことで彼女は野放しになりました。神崎さんに話したい放題です。
「ここの方じゃないんですね?!じゃぁ今日は何しにきたんですか?!私はここでアルバイトしてるんです!高校二年生です!」
「君のことは少しだけ聞いてますよ」
「え?誰からですか?」
「神部の人から」
「そーなんですかー。なんて聞いてるんですか?」
「元気な女の子って聞いてます」
「やったー!」
「元気なのはいいね。でも・・・ここに来たのは失敗だったね」
「え?」
失敗?どう言うことだろう。
「なんで失敗なんですか?何を聞いたんですか?やり方が悪かったんですか?」
「違うよ。やり方とか理由とかは俺には関係ない。君の幸せはここにはないのに来ちゃったから、失敗だったねって言ったんだ。大事な高校二年生の夏休みを、ここに費やすのは勿体無いよ?でも、まだ今からでも間に合うよ?アルバイト大変な事ばかりでしょ?辞めても良いんだよ?」
「そういう意味ですか!それなら大丈夫です!ここ楽しいですから失敗じゃないです!お兄さんとも出会えましたし」
「そう、プラス思考なんだね」
「そうなんでーす!」
「早く戻って来い!じゃじゃ馬!!」
「せめて”娘”まで言って下さいよ〜!」
そう言って彼女は呼ばれた双葉さんと櫻さんの元に戻っていきました。
さっき神崎さんが言った『失敗』がなんか気になるなぁ。
「それはそうと、昨日、神代が本殿に入るのちょっと早かったね?いつもみんな23時前が多いのに」
「あ、そういえば早かったですね!・・・え?なんで知ってるんですか?!カメラでも付いてるんですか?!」
「・・・あれ?言ってなかったっけ?」
「本当にカメラ付いているんですか?!」
嘘でしょ?!夜中とか母家の中たまにお風呂上がりタオルだけで歩いている時あるのに!!そもそもなんで神崎さんが?!
「違うよ、見えるんだって」
「見える?!え?!遠隔透視って事ですか?!」
「ちょっと・・・結ちゃん面白すぎるんだけどっ。そっか、知らなかったのか・・くく・・」
「神崎さん!笑ってないでちゃんと答えて下さいよ!私からしたら大事なんです!母家の中服着てないで歩くことあるんですから!!」
「透視ができるならもうどこに居たってそんなの見放題だよ・・くく・・・!」
「確かに!!」
「結ちゃーん!このラムネもらっていいのー!?」
「はーい!どうぞー!」
お子さんたちが飲み物を飲みながらお粥が煮えるのを待ち、櫻さんと守堂さんがビニールプールを作っている。その間に私と神崎さんがいる。両方とても賑やかだ。
だから、私たちの会話は他の人には聞こえていない。
まだお昼前の為、太陽は真上から少しズレた所にある。
緑が多い茂った木の下の木陰で、私と神崎さんは話し始めた。
「ずっと、”光”が見えてるんだ」
「光・・・ですか?」
「そう、神代自身にも見えてない、加護である”光”が今も見えてるんだよ」
そう言って、神崎さんは本殿を一度見て、その後は本殿の屋根と空中を見た。
私には何も見えていない。ただの青空だ。
「毎月月末に、神代が入れ替わるでしょ?」
「はい」
「正午には神代が出てくる。その時に、空から降ってる”光”が止むんだ。そうしたら、一ヶ月本殿にいた神代が務めを終えて意識が戻る。その夜、次の担当の神代が本殿に入って意識が薄れると、空から”光”がまた降ってくるんだ」
「どんな光なんですか?」
「そうだね、空から本殿に向かって、縦に一本の筋が光ってるんだ。俺の家からも見えるよ。そっか、随分前に言ったと思ってた、茉里ちゃんにだったのかな?あれ?それともこれって言っちゃいけなかったんだっけ?時々忘れて言っちゃいけないこと言っちゃう時あるんだよねー」
「・・・ちょっとびっくりしました」
夏の、温度と湿度の高い柔らかい風が吹いた。
基本的に、儀式の間も何もなく、周りでも何かが起こっている訳でもない。
何もないと思っていたのは見えないからだからだろうか。なんだ、神代にも見えない、神部の人にも見えないから”本当に儀式なんて意味があるの?”なんて少し前に話しをしましたが、ちゃんと加護を視認出来るなら本当で本物
だ。いや、疑ってた訳じゃないですけど。
風を受けながら色々考えた。
「・・・え?!言っちゃいけない事だったかもしれないんですか?!私聞いちゃいましたけど!」
「じゃぁ共犯だね。秘密の共有って親密になる第一歩だよね」
「全然嬉しくないんですけど」
ちなみにこの間の”お世話係を辞めてほしい”話しもあるので秘密だらけになりそうで嫌なんですけど。
「神社の兄ちゃんも食べようぜ!なぁ!」
またも神崎さんが人気です。
「お兄さん、お話ししましょう!」
例に漏れず守堂さんからも人気です。
「いや、今日は遠慮するよ。結ちゃん、納品も終わったし、今日は帰」
「いーーーや、界星。ちょっと俺と話そうか。結ちゃんも。櫻!娘をちゃんと見ておけよ!!」
「はぁあああー。疲れるあの娘。はい、界星くんからどうぞ」
「俺に聞くの?神部が口割らなかったのに俺が言っちゃダメじゃない?」
「関係あるか。櫻は結局肝心なことは口を割らないんだよ!顔も伏せてるし!結ちゃんも気になるでしょ?」
「私が気になるのは、彼女と言うより、神崎さんが言った『失敗だったね』の方が」
「何?環ちゃん何か失敗したの?大体失敗してるけど?」
神崎さんが少し困ったような顔をした。それは、双葉さんの質問にだろうか。それとも私の質問に対して
だろうか。困った顔させちゃって
「悪いなんて思わなくて良いよ、俺の質問にも結ちゃんの質問にもちゃんと答えてもらいましょう。大丈夫、困ってる”顔”だけだから。内心は”面倒くさいなー”くらいしか思ってないから」
「言っちゃダメだよー、折角結ちゃんが俺の事気に掛けてくれたのに」
出した冷麦を一口飲んでから、神崎さんは話し始めた。
「櫻とか八重ちゃんを怒っちゃだめだよ?」
「はぁあ?!ばあさんの日記だぁ?!」
「声大きいよー」
「・・・書き物や記録は持ち出し禁止だったんですけどね。その当時は特に言われてなかったんでしょうか?」
「ずっと付けてた日記が見当たらないって事が発覚して、その『お世話係の記録持ち出し禁止令』がより厳しくなったんじゃないかな?」
なんと、大分昔に話しは遡り、守堂さんのご先祖のお世話係さんが書いた【日記】が、継がれに継がれ、環さんの手に渡ったのだと言う。ちなみに、そのお世話係から環さんまでは見事にずっと男性が生まれてきて、日記を受け取るも男性は特に女性の日記に興味はないのか誰も開かなかったらしい。
それが、今の時代で環さんの手に渡った。大昔のお祖母さんの日記・・・女の子の中にはロマンスを感じてウキウキで見る子もいるでしょう。私だって、大昔のお世話係のお祖母さんの日記があるものなら見たいものです。
しかし、境内や神代に関する事を書いた書物を自分の手元に残すのは禁止とされています。基本は本社の金庫にしまってあると言われていますし、保管されてもなおボロボロの物しか見たことありませんが。
「それを読んで、神部に目星をつけて”こりゃなんじゃ!バラされたくなければ境内に行かせろ!”って交渉しに行ったってわけか。日記!物的証拠が日記!あー日記!」
双葉さんが項垂れております。お疲れ様です。
「まぁ、神部は基本みんな優しいからさ。俺も考えてさ、もう彼女の記憶をどうにか無くせないかなって思ったんだけどまぁ少し様子見ようかって。結果、境内に夏休みの間アルバイトとして一ヶ月通わせて貰うことを条件に、黙っていることと、持っている日記は神部に渡すって話しになったんだ」
「馬鹿馬鹿しい。なんかもっと他にやり方あっただろう。買い取って一筆書かせるとか。そもそもアルバイトってなんだよ!邪魔しかしてないし情報が漏れるデメリットだらけの状態で労働賃金渡すとか!だめだ、あの娘に社会の厳しさをわからせないと・・・」
「ま!ま!双葉さん!きっとここで厳しくしなくても、彼女の考え方が変わらないならきっといつか大変な思いをします!その時に、境内での出来事を思い出して、『あんなに面倒見てくれる人もいたんだな』って彼女のこれからの原動力になれば良いじゃないですか!」
「いや、それじゃ周りの人間がかわいそう過ぎる!」
とにかく、彼女・・・守堂さんの境内に来た経緯が知れました。
「で、話はまだ続くんだけど?」
「「まだ何か?!」」
一度前に体を乗り出した双葉さんが、椅子にどかっと座り直した。
「まだ何かあんのかあの娘!」
「むしろ、人によってはここからが問題だったり?」
「俺が怒らない内容にしてくれ」
「また難しいことを言うねー」
神崎さんが冷麦をもう一度口にした。グラスは汗をかいており、飲んでいる側から水滴が垂れた。
今日は気温も高く、夏日もいいところだ。子供たちはちゃんと休憩をとっている。大人も休憩を取ってはいるが、この暑さは堪える。暑いことが余計にイライラする原因の一つにもなってしまう。
どうか、双葉さんの機嫌がこれ以上損なわれませんように。
「これはさ、神部の社長以外には言ってないんだけど、彼女、例の”お世話係の血筋ではない”養女の卑属なんだよね」
それは、四月に皐月さんに説明をした”神の悪戯の話しである。




