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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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七章:文月の君へ 七話



「じゃぁ、お昼には揃ってお子さん達にも紹介しますので・・・まずはお昼ごはんの準備からしましょう」


「はーい!」



 私は、守堂さんと一緒にお昼ごはんの準備を致します。

 さっきの話し合いは、あの後双葉さんが一旦話を止めて、とりあえずすぐに仕事に入るようにって言われました。 私も守堂さんも台所に来た次第です。

 一回り以上年が上の方と、アルバイト初日にあれだけ話して、彼女はそれでもルンルンで楽しそうにしている。え?メンタル鋼・・・過ぎませんか?現役高校生の無敵モードとは現在これほどまで恐れを感じないのでしょうか。



「今はお子さんたちは、読書感想文の宿題をやるために居間とその隣の部屋で集まってます。本を読んで、感想文を書き始める。どのようにして書いたらいいかなどの説明です」

「私も読書感想文の宿題あるんですよー良いなー!一緒にやりたいなぁー!休憩時間に誰かと話ししようっと!」

「あ、そうですか」


だめだ、私ちょっとついていけないかもしれない。






「結ちゃん、ちょっと」


 沢山一人で喋って、伝えた野菜の切り方と全然違う切り方を何度もされましたが、それでもなんとかお昼ごはんを作って今は全員でお昼休みです。あれ?なんか、一人でやる時よりもすごく疲れてる?

 休もうと思った矢先に双葉さんに呼ばれて、着いていった先は離れでした。


「どうしました?」

「環ちゃんの話」

「あぁ、朝のあの謎の会話ですね。双葉さん予め何か聞いてる事あったんですか?」

「俺も知らない。だから、ちょっと探るように言ったらボロボロ話してくれたからそこから推測。でも、結ちゃんもあの時うっかり『私は正統なお世話係だから、恋心は抱きませんので』とか言わなくて良かったよ。相手からしたらそれはもう言質だからね」



 ・・・この人、全部人の顔見て憶測だけでカマかけまくって吐かせたという事ですね。



「彼女、多分、境内か神代に関する何か”物的証拠”を持ってるんだ。それを初めから取引材料に神部に交渉したんだよ」

「なんですか物的証拠って!」

「や、それはわからないけど、会話を思い出してもらえるとわかると思うんだけど・・・」

「流石に覚えてないです」

「じゃぁ簡単に言うね。でも憶測だからね?」


「私にわかりますかね・・・」



「なぜ神部でもお世話係の直系でもない彼女が知ることが出来たのかと言うのが、問題点だ。

それは彼女が言っていた、『私が受け継いだものを使っただけでなんでそんな風に言うんですか』が答え。

何か神部や境内にとって都合の悪い”物的証拠”みたいなものを受け継いで持っていたところが始まり。確定事項として、彼女は自分の意志で境内に来ることを希望したこと。神部から頼んだわけじゃないってこと。”物的証拠”みたいなものから”神代”と言う存在と”お世話係”と言う存在がここに住んでいることを知った。

普通に考えたら、神代の事を偶然で知ってしまったのなら彼女は境内(ココ)に近づけるべきではない存在だ。近づけたくないのにわざわざ境内に寄越す?寄越さないよね。”証拠”を神部に渡す事を引き換えに境内にくる事を取り付けたか・・・。」

「すみません、よくわかりません」

「機械の返事みたいだね」



「うーーーん・・・そうだなぁーー・・・。

 簡単に言うと、『境内に秘密があるって事をバラされたくなければ、私をお世話係として入れて』って神部に交渉したようなものかな」

「それが通るくらいの交渉材料を持ってるって事ですか?」

「俺の勝手な妄想ね?読み取れたのは、『ここに男性が沢山いて楽しそう〜!』だったから」

「女の子って何考えてるか見た目から想像つかないですね」


 私も、色々考えたが大変難しい。とりあえず、本殿に関する事は口に出さなければいいんですよね。


「この間話した彼女の箇条書き的なので、『儀式の件は一切口にしないこと』って書かれてたから、儀式に関しては無知なんじゃない?だから、『儀式』って単語も出すなって事だよね」

「儀式自体は会話で出ちゃうんじゃないですか?詳細は知らなくてもお子さんも知ってる事ですから」

「いや神代には言ってあるし」

「あ、いや、お子さんがもし聞かれたら・・・」

「だって接点無いし。休憩中も客間から出ない約束でしょ?」

「なんですかそれ?彼女、休憩時間は自分も夏休みの読書感想文の宿題をやりたいから誰かに話しかけようって言ってましたけど」


 双葉さんの顔つきが変わった。

そして、私の隣から高速で離れを飛び出して行きました。私も追いかけていくものの、双葉さんは足が長いから速くて追い付かない!!

追いついた頃には、境内の庭にいた文月さんの家の長男くんと次男くんに話しかけていたところを双葉さんに取り押さえられておりました。


「ッチ、現行犯逮捕だ」

「なんでですかー!!」



 ・・・これ、一ヶ月も続くの?







七月三十一日


 あれから彼女は元気なまま境内でアルバイトをしては休憩時間に大人しくはせず、双葉さんから逃げては捕まってを繰り返しております。

 神部の方が組んで下さったスケジュール。多分守堂さんがいなければ計画通りにスムーズに進んでいたと思う。なぜだろう、人数が増えたから計画よりもっと楽になるはずだったのに、むしろ準備などが押している。

 見かねた睦月さんや水無月さん、果てにはこう言うことに無関心だった如月さんと皐月さんまでもが夏休みプログラムの事前準備を手伝って下さる始末。本当に感謝しかありません。




 そして本日は月末。神代が入れ替わりの日です。

 念には念を入れて、念の為本日は守堂さんにはアルバイトをお休みにしてもらいました。




 正午前、今月も先月同様に双葉さんと本殿の廊下を掃除しています。


「あのさ、ちょっとあまりにもあの子酷いんだけど?理由も言わないであんなの押し付けるってどう言うつもりよ?言えないのは百歩譲って良いよ。でもね?せめて理由知ってるやつが一人来るべきじゃない?そんで来た奴が監視してろって。おかしいだろう」


 廊下を雑巾掛けしている私の近くで、窓の上の方を拭いている双葉さん。大層機嫌悪くお電話をされております。

はい、そうです。神部にクレームを入れております。


「言うこと全く聞かないんだけど。本当に休憩時間は指定された部屋から出ないって書類読ませてサインさせたのかよ。目離すと脱走するんだけど?お陰様で俺が休憩時間に部屋の扉の前でずっと監視だよ。どうしてくれんの?」







「なんか、私が入っている間に随分と状況が変わったみたいだね?」


「文月さん!お疲れ様です!」

 一ヶ月振りのダンディを味わいました。クツクツと微笑みながら本殿の扉を開けてコチラを見ています。癒されますね・・・。

「あ!文月。お帰り。あ、ちょっと出てきた文月に状況説明するから切るよ?本当マジで今日中に誰か寄越せ絶 対 に な」


「いやぁ、一気に夏だね。蝉の声もする。今年は何日に梅雨明けしたんだい?」

「・・・いつでしたっけ?」

「ごめん、忙しすぎて覚えてない」

「二人ともそんなに大変だったのかい?珍しい解答だね。顔もちょっと疲れてる」

「今から全部話すよ。・・あ、でも今日はいないから後でもいっか。掃除もあるし」

「いえ!気にしないで下さい、私は」

「大丈夫じゃないでしょ。結ちゃんが一番疲れてるんだから。今日は子供のプログラムも15時までだけど、掃除もあるから晩ご飯は出前にしよう。決めた、俺が決定権だ。俺が君主だからね」



 何を言っているかわからないくらい双葉さんが壊れ始めました。これは、疲れているというよりストレスですね。



「じゃぁ、お言葉に甘えて、出前でお願いします」

 正直月末は忙しいのでこの提案、楽ができてかなり嬉しかったりします。



「では、私は着替えてきますね。結ちゃん、一ヶ月間ありがとうございました」

「あ!とんでもないです!あの、七月に入ってから色々と新しく決まって、お子さんの夏休みプログラムという、境内で色々沢山の体験と勉強時間を設ける事をしました!今日もやってます!親御さんも好きな時に見学したり一緒に体験してる方もいます!」

「ほぅ、また面白いものを始めたんだね。私も楽しみだ」

「この間は、体験と自由研究の宿題にも出来るようにって工房で紙垂や小さい注連縄(しめなわ)を作る職業体験をしたりをお庭で理科の実験も親子でやりました。お奥様も、息子さんたちと楽しんで下さってました!あとは、双葉さんから説明があると思いますので」

「そんな楽しそうなことしてくれたんだね。ありがとうございます」

「いえいえいえ!私はちょっと手伝っただけで、場の雰囲気とかは全部双葉さんが見てくださってますから!」

「あぁ、だからこんなに疲れてるのかい?」

「それはね、別件で爆弾を抱えてるんだよ。とりあえず、どうぞ着替えてきて」

「では、行ってきますね」



 お願いされていた奥様の件に関しては、イベントであるプログラムにご参加いただけて楽しそうにしている姿を見れたので良かったかなって自分では思います。もちろん、それが本心かどうかは奥様にしかわかりませんが、お子さんと遊べる場所と機会を提供出来ただけでも良かったのではないかななんて思います。

 まぁ、全部双葉さんの考案があってこそなんですけど。



「さぁ結ちゃん、今日このあとあのじゃじゃ馬娘の監視を神部から要請したよ。掃除だけ頑張って明日からはソイツに押し付ければいいから今日は頑張ろうね。でもその前にちょっと水飲ませて」

 イライラと疲れが顔と言葉に滲み出ております。それでも、ご自身の休息だけでなく私の事も気遣って、こうやって掃除を手伝ってくださってます。優しいな。


「・・・今日の夜の出前は結ちゃんの好きなものにしようか」

「じゃぁ、お蕎麦屋さんのカツ丼が良いです!」


 双葉さんと文月さんが揃って母家に向かい始めた。

 色々・・・本当に色々ありましたけど、今月も平和でした。



「お疲れ様でございます。神代のひと月を有難く頂戴致しました」









「葉月さん、どうぞ!」

「ありがとう!」


 お子さんたちが、勉強の合間のおやつのお時間に葉月さんが斎服を取りにいらっしゃいました。

「結ちゃん、本当にありがとうね。子供たち、すごく夏休みが楽しいみたいで、毎日毎日『今日はあれやった!この宿題がもう終わった!』って喜んでるよ」

「それは良かったです!」

「ほら、俺八月居ないからさ、ちゃんと見てあげられなくて子供の夏休みの宿題が九月までかかることもあったからさ・・・あ、次男の話ね。長男は自分の宿題をとりあえず終わらせてから次男のを見てくれてたんだけど、それももうかわいそうだし。だから、本当に助かってます。妻もすごく楽だって!」

「良かったです!でも、私大して何もしてないんですよね。そのお言葉は双葉さんとか長月さんにお伝えしますね」

「なんか、アルバイトの女の子が随分大変だって聞いたよ?」

「え・・あ、はい。大変です・・・。」


 でも、それも私より双葉さんの方が大変かもしれない。



「これで、安心して本殿に入れるよ!凄く嬉しい!」

こういう事を素直に表現できる方は素敵だなぁ。

「そんな風に言ってもらえて私の方こそ嬉しいですよ」




 通常なら仕事終わりの神代ですが、現在は夕飯のカツ丼が届くまでの間、皆さん明日のプログラムの準備をしてくださってます。なんせ、明日は





「宮守さん!」

「え?櫻さん?!どうしたんですか?!・・・まさか!!」

「双葉の要請できました。守堂 環さんの監視・・・じゃなくて指導係や責任者として一ヶ月境内にお世話になります」

「・・・秘書課って本当になんでもするんですね」


 割と多くの荷物を持った櫻さんが境内に現れました。

「よう、きたな。看守」

「それは彼女に失礼だよ」

「弱み握られて交換条件として境内に侵入されたくせによく言うよ」

「・・・不可抗力だ」

「やっぱりな。今夜は洗いざら話してもらおう・・・だがその前に明日は”八朔”だ!櫻!お前も米を量れ!!そして明日の朝飯を担当してもらおう!!俺と結ちゃんは朝飯できるまで寝かせてもらう」

「相当怒ってるなぁ・・・宮守さん、そんなにあの子酷かったです?確かにちょっと面倒だったけど」

「双葉さんがやってる事を櫻さんがやるんだなって思ったら、なんか私が謝りたくなります」

「・・・スーツじゃない方が良いかな?」

「スーツがかわいそうなのでジャージにしてください」





22時20分


「あははは!櫻がくるとは思わなかったなぁ!でも、あの双葉が手を焼いてたからな」

氷の入ったグラスをカラカラと音を立てて、中のお酒を大きな一口で飲みながら神在月さんが言った。

「あぁ、俺は関わりないけどアルバイトの子でしょ?凄いよね。葉月の次男と同じ周波数で元気だよ。櫻は優しいからなぁ、大丈夫かね?」

「・・・」

皐月さんの言葉に櫻さんがゴクリ・・・と唾を飲んだ。



夕飯も終わり、現在は居間に独身勢の神代と櫻さん、そして、これから本殿に入る葉月さんがいらっしゃいます。



「うちの次男、あのアルバイトの女の子と同じくらいの歳になってもあんなに元気だったらどうしよう・・・」

「それ遠回しに女の子の事悪く言ってるよ」

「長月はまたそうやってぇー・・・違うよ!女の子は女の子で別にいいよ!それによその子だし!でも、うちの次男はもう少し大人しくなって欲しいなぁ。長男にあれだけ面倒見てもらって、『オレもニイチャンみたいになりたい!』とか思わないのかなぁ・・・」

「よくさ、上がしっかり者だと、下はそれを見て『あぁ、助かるけど大変なことばっかりだな』って学習してさ、美味しとこ取りするような要領の良い子になるって言うよね。反面教師的になったりとかさ」

「ヒエェっ!!」


「・・・うちの弟・・・ずっと変わらなくて、反抗的だった・・・多分今も」

「そうなんですか?うちの弟は中学校に入ったら別人みたいに静かになっちゃいましたよ?」

水無月さんと睦月さんが弟さんの話しをされております。お二人とも弟さんが居たなんて初耳でした。



「人に迷惑をかけないなら、元気でいる事が一番だよ」



弥生さんがにっこりと笑いました。

あ・・・すごい説得力があります。皆さんも黙ってしまいました。


「そうだね、親が大変なくらいいっか!周りに迷惑かけなければね!ね!そういえば、櫻はその女の子がいる八月末までいるんでしょ?!」

「あ、あぁ、うん。いるよ」

「じゃぁ、出てくる日に会おうね!」








「双葉、櫻と喧嘩してるの?」

「まさか、子供じゃあるまいし」

「でも、櫻が申し訳ない顔ずっとしてたよ」

「俺相手だと大体みんなそんな顔する。読まれてるって思ってるから」

「あー!そっか!忘れてた!」

「葉月も裏表がなくていいね。一緒に居て楽」



本殿に向かいながら、台所で待っていた双葉さんと葉月さんが合流して話しております。



「じゃぁ俺が今何を考えてるかー」

「だから、一人要請したの。万全な状態にするために」

「・・・質問言い終わってないのに」


「みんな心のどっかで卯月の奥さんの事まだちゃんと覚えてて心配でしょ。それに加えて理由も話されない女の子が来たと。神部に不信感を持ち始めても仕方ない。あのじゃじゃ馬はじゃじゃ馬でちゃんと首根っこ掴んでおいて、それとは別で卯月の奥さんの対策としての俺が手を空けておかなければ意味がない。ピンとこないかもしれないけど、俺なりの境内の全員が安心する方法を考えたつもりだよ」

「凄い、ありがとうだね!」

「だから、子供と夏休みを過ごせなくて残念だけど、安心して入ってきて。映像は結ちゃんが・・・携帯電話がちゃんと撮ってるから」

本当、携帯電話と三脚に感謝です。



「不安も、今までで一番ある年だけど、それでも、安心感も一番ある年だな。良かった、双葉も櫻もきて貰えて本当に助かるよ」

「何も心配事がないのが一番だけどね」

「じゃぁ、行ってきます。結ちゃんも、よろしくお願いします!」

「はい!こちらこそよろしくお願いいたします!」




 本殿の扉を閉め、施錠する。


ーーガチャン・・・


 本当、重苦しい音だなぁと思った。





神代(かみしろ)の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」





 言い終わった時、頭にぽんっと手が乗せらて撫でられました。



「結ちゃんも本当にお疲れ様。明日からはほとんどを櫻に任せていいからね。今日は本当にゆっくり寝るんだよ」

「・・・そんな、双葉さんの方がずっと大変そうでしたよ。私が守堂さんを取り押さえられたら良かったのに」


 足が遅いので追いつきません。



「へー、運動できそうなのにね?」

「ちょっと、読まないで下さい・・・」



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