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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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七章:文月の君へ 六話



 神崎神社は、私が思っている以上に神部や神代と関わりが深いのかもしれない・・・。



 朝、速達で木札が送られてきた。

木札には『守堂 環』と書かれてある。アルバイトをする予定の彼女の名前。その木札を、みなさんが起きてくる前に本殿に掛ける。こんな近々にお世話係が期間限定とは言え、二人になるなんて思ってもいなかった。なんとなく、本当に深い意味もなくなんとなくですが、私の真隣ではなく一つ分空けて木札を下げた。






現在、沢山のお茶とお菓子の用意をしております。

数が多い。一人で黙々と行っております。




「可愛い浴衣だったねー」



「KAMBEのでしょー?」



「だーれと行ったんだかー」



 隣では皐月さんが喋ってます。どうやら、先日のお祭りの帰りに見られた模様です。忙しいので少しくらい無視しても良いかな。



「あっ!カタログに載ってた!へー、この間の結ちゃんの着物、18万円だって。たっか」

「18万円?!」

「なんだ、やっぱり聞こえてたんじゃん」

「あ・・・」




七月二十日




「はーい!みんなー楽しい楽しい夏休みの始まりだよー!」



 お子さん全員が夏休みに入って一日目。双葉さんが取り仕切って下さっております。

 そう、お子様に向けた夏休みプロジェクト。お子様は楽しめて、平日の昼間は親御さんは今まで通り働きにも出れる、言わば学童保育みたいなものです。


 勤めていない奥様もいらっしゃいますが、毎日家事は大変です!イベントはほとんどが境内の中で出来る事なので、目も届くので安心でしょう。今思えばすごく画期的な企画だ。


 八月の半ばはどのご家庭もご実家に帰省するようで、その間はお休み。私たち大人もお休みです。



「今日は何すんの!」

「今日は、これから夏休みの間、いつどんなことをするか”予定表”を見るんだよ」





 予定表の確認をして、更には、個人の『夏休みの目標』なる記入欄もある。本当に学校みたいだなぁ。でも、そんな時間に縛られるわけでも、強制されるわけでもなくみんなしっかりとやってる。たまに面倒そうにしている子もいるけど。


 中学生以上の子たちはかなり真剣に取り組んでます。受験を控えた子もいるし、このような目標立てと実行スケジュールなどは学校でやり慣れているのでしょう。


 そして、今日は親御さんもご一緒です。初日ですし、今までこのような長い期間の企画はなかったので親御さんも興味があるみたいで集まられてます。ちょっと授業参観みたいになってて楽しい光景です。神部の方の指導なので、そこまで心配ではないのでしょうが、多分”子供が集まってちゃんと言われたことが出来るのか?”とか、”自分で考えて行動をできるのか?”など、見てみたいものですよね。

文月さんの奥様ももちろんいらっしゃってます。他の奥様ともお話しをしていたり、三人のお子さんを見守ったりしていてとても楽しそうです。

文月さん、奥様楽しそうですよ。ぜひこの光景を見て頂きたい!・・・あ、写真撮れば良いのか。そうだ、ついでにこれを記録にしっかりととっておけばまた何かの参考になるかも!!


「携帯電話とノート持ってこよう!」




 そう思い、居間から離れた一瞬で皐月さんに捕まった。



「ねぇ、俺とも出かけて欲しい」

「いや、夏休みは企画が盛りだくさんなので・・・!」

「土日は空いてるでしょ?ね?」


 捨てられた子犬のような顔をする180cmオーバーの男性。

 これは、お世話係の仕事ではない!


「いえ、それはお世話係の範疇ではな」

「長月と前に出掛けてたじゃん?お祭りだって界星とは出かけるのに俺とは出かけないの?」

「!?」

「やっぱりこの間のは界星だったかー先越されたなー。でも、付き合ってないんでしょ?じゃぁ俺とも出かけてくれるよね?お世話係さん?」

「・・・お世話係として!でしたら!」

「やったー!じゃぁ明後日ねー」

「・・・明後日?!」



 してやられました。







 今は一旦休憩時間です。

 飲み物を追加したりします。そして、今はテレビも点けております。まだ朝の10時。平日のこの時間のテレビを見る事はないからか、情報番組をみんな見ております。親御さんも、お子さんの様子を少し見られてその後はお仕事にいかれたり、ご自宅を家事をしに行かれました。



 子供が夢中になってるテレビは、夏休み向けのレジャースポット紹介、流行りの曲の紹介、グルメ、若者に人気のスポット、主婦への節約お得情報・・・おお、沢山やってます事。


 みんなテレビに釘付けです。



「あ!」

「久々に見た!」

師走家の二人が楽しそうに声を上げた。可愛い。


「ライブツアーやってたから全然テレビに出てなかったよね」

「俺たち生まれる前からやってるんだろ?すげぇよな」

「覚えてる?僕たちの目の前でロケット花火を手でもって火をつけた事」

文月家の三兄弟も話しに加わってます。


あれは忘れないよねー!と中学生以上のお子さんが盛り上がってます。


「なんの話!テレビの話してたんじゃないの?!なんでロケット花火?!大体ロケット花火ってなに?!超でっかいの?!」

 見ているテレビの話しと噛み合わないことに疑問を持った霜月さんの家の小学生のお子さんが聞いた。


「もう十年も前だけど、境内(ココ)で音のでる花火をやって怒られたんだよ」

「俺たちがやったんじゃないけどな!」


「じゃぁ誰がやったの?!」


「「「「「この人」」」」」


指を刺された人は、テレビの画面の中で歌を唄っていた。




ん?




「え?この人と花火したの?」

「あれ?結さん知らない?」

「マジか!流石に”momiji”の事は知ってると思ってた!」

「”momiji”は知ってるよ。この有名バンドのボーカルでしょ?」


 お子さんたちが気まずそうな顔をした。あれ、私いけないこと言ったかな?

 そんな中、境内のお子さんで最年長である文月さんの長男くんが教えてくださいました。


「”momiji”は、バンドボーカルで、本名が【神部(かんべ) 紅葉(もみじ)】君。双葉さん、桔梗さん、八重さんと一緒で神部の人ですけど・・・知らないなら僕たちから言っちゃって良かったのかな・・・?」



・・・・・。



「ぇぇぇえええええええええ!!!!」



過去の記憶を読み漁る。

言ってた・・・!言ってた!ミュージシャンがいるって!あと、この間双葉さんが神部の人の名前をズラッと上げた時に”紅葉”って言ってた!!でもわからなくない?!繋がらないってば!!


今年でデビュー20周年、現在ライブツアー中の人気バンドのボーカルの"momiji"が神部の人だって?!


「あれ?結ちゃん知らなかったの?」

 知らないことが逆におかしいと言わんばかりの顔で双葉さんが言いました。

「知らないですよ!」



「あれ?じゃぁ、もしかして結ちゃん他にも知らない人いるんじゃないの?」

「momiji知らないなら・・・」


「みんな!言っちゃダメ!この際だから秘密のままにしておこうよ!びっくりさせてあげよう!」

「それすげーおもしろそうー!」

「俺も秘密するー!」

 小さなお子さんと双葉さんの波長がとってもお合いになっててそれはよかったです。



「良いです、調べますから」

「つまんないなぁ」







「と、まぁ、まずは七月のやることと、流れはこんな感じです!みんなちゃんと目標を書いてくれて今日は良く頑張ったね!」

「学校より頑張ったー!」


 双葉さんが指揮をとり、始終楽しそうに夏休みの企画の確認が終わりました。

「じゃぁ、まずは明日は読書感想文を書くために本を選ぼう!家に本がある人はその本でもいいし、ない人は図書館に借りにいこうね。明日は長月先生だよー!」

「先生が変わるー!中学校みたいだー!」



 同じ境内に住んでいても、学校に行く時だけが一緒。年齢の違う子とみんな一緒に何かをやるのって多分新鮮なんだろうな。すごく嬉しそう。見ているこっちも微笑ましい。

 端午の節句に使った時と同じ三脚を立てて、光景を録画する。

 これは記録用で、文月さんが本殿から戻られたらお渡しするのです。



「あ!あとね、早くて明日、遅くても来週にはくるかな?新しいお世話係のアルバイトさんが来まぁーす!」



「お世話かかりのあるばいとって何ーー!!」

「結ちゃんみたいなの増えるーー!!」


小学生組がとっても元気です。


「え?女の人?アルバイトって何歳くらいなの?大学生?もしかして私も高校生になったら境内(ここ)でアルバイト出来るの?!」

師走さんの娘さんが嬉しそうにしてます。境内には女の子は自分一人しかいない為、年が近いと嬉しいのでしょう。


「現役の高校二年生の女の子です!俺たちの、本当に遠ーーーーーーい親戚の子だよ」

「一つ年下かぁ」

「俺、同い年だ」

「兄貴と一緒かぁ」


「近くてよかったな」

「わぁー!仲良くしてもらえるかなぁ!楽しみ!」

「ね、楽しみだね!じゃぁ休憩はそろそろこの辺にしようか。一回外で体を動かしてから、次のプログラムをやろうね!はい、お外出るよー!」


 双葉さんが子供たちを連れて外に行く。

「なぁなぁ!今日トーチャンたちの仕事を体験できるんだろ!?草いっぱい触って良いんだよな!」

「そうだよー、夏休みの工作の宿題に出しても良いよー」

「やったー!もう宿題がいっこ終わるぅー!」



新しいお世話係のアルバイトの話しをして、みんなの反応は悪くない。これが、私よりも年上の女性だったらみんな親近感も湧かなかったかもしれないけど、高校生は、自分達と年が同じだったり近かったりで興味が湧いたように思えた。さて、みんなもお外に出ることだし、私はお菓子の片付けをしてお昼ご飯の準備をしましょう。




 ザクっザクっ


「睦月以外話せないしさ。全然進展しないしどうしようか悩んでんの」


 ぶちぶち、ぶちぶち、ぶちぶち


「双葉と桔梗も絶対口割らないの、俺があと数年で境内出たら一人で寂しく生活すれば良いとか思ってるんだよ」


 お手伝いで隣でレタスをちぎりながら長月さんの恋愛相談が始まりました。噂の神部家のメイドさんの話しを聞くも誰も答えてくれないと落ち込んでおります。長月さんは今月はお子さんの夏休みプロジェクトのお手伝いをして下さいます。今日は出番はないので、ご飯の準備を手伝ってくださってます。レタスをちぎり終わったら今度はサラダ用の人参の細切りをスライサーで作ってもらってます。


「八重に聞こうものなら多分、顔を平手打ちされるような気がする。ねぇ結ちゃん、良い方法ないかなー。おじさんはね、接点を持ちたいんだよ」

「・・・この間、門で品物受け取った時に連絡先を伺わなかったんですか?」

「めっちゃ頑なに教えてくれなかった。なんでだろう、俺、顔も体型も悪くないはずなのに」

 悪くはないけど好みでは無かった可能性もありますね。


「結ちゃんダメだよ、そんな事思ったら!長月から顔面偏差値とスタイル取ったらお金以外残らないんだから!」

 忘れた飲み物を取りに冷蔵庫まで来た双葉さんはそれはまぁ余計なことを言いました。

「双葉さんはまたそうやって・・・・・あれ、そのメイドさん、お金が好きって言ってませんでしたっけ?」

「え?あぁ、そうだよ」

「給与明細を持ってアプローチしに行けば良いのでは?」

「ちょっと、双葉、メイドちゃんと繋いで。給与明細と通帳持って行くから」

「え、面倒だなぁ・・・。ーーーわかったよ、本人に直接連絡取るけど、嫌がることしたくないから一回でも断られたら二度目は無いよ」

「わかった!その代わり、その初回の連絡で何て誘うかは俺に考えさせて!!」

「うわっ本気度合い怖っ!」

 長月さんの真剣な顔に負けて双葉さんが首を縦に振りました。粘り勝ちです。嬉しそうな顔をしながら次の人参を細切りスライスしてます。でも、それ、豚汁用の人参です。








翌日




「今日から八月末までの間、お世話係のアルバイトの『守堂(しゅどう) (たまき)』です!!よろしくお願いします!」


顔合わせの時も思ったけれど、力強い勢いでいらっしゃいました。すごい、圧が。


『ビシバシいっちゃって頂戴!別に鍛え上げたからって今後、お世話係として働く所か境内に近づかせる事すらないけど!』と八重さんから電話をもらったのは昨日の話です。



・・・ーーー


『あのね、優しい結ちゃんにこんなことお願いするのは、私としては物凄く心苦しいの』

「どうしました?」

『明日からのお世話係のアルバイトの女の子、ビシッバシッ!!こき使って頂戴。コンプライアンスギリギリ守れば良いから』


 凄い注文がきた。


『大丈夫?とか、できそう?とか、無理そうだったら言ってね?とか結ちゃんが言いそうな優しい言葉は掛けなくて良いからね。もう、情けとか無用だから、ほら、情けは誰の為にもならないから』

「・・・何か、一悶着あった感じですね・・」

 八重さんは基本女性に対してとても優しい。レストランやホテルの従業員さんに接する時もとても優しい。優しくない場面を見たのは、神在月さんと一緒に本社に行った時の受付嬢とのやりとりくらいだ。

『そうなの!!言えないのが本当にムカつく!!』


・・・ーーー


 もしや、あの女子高生は受付嬢のような人なのだろうか。




 今時の女子高生だ。髪の毛は暗めの茶髪でロング。前髪も綺麗に整えてある。今朝境内にきた時はサラサラの髪の毛を靡かせて門を入ってきた。凄い、女子高校生のこの、生きているだけで輝かしく、自信に満ち溢れ、世界は自分の味方だと強く思っているような無敵モードの芯の強さを久々に目の当たりにした。




 本殿にいる文月さん以外の全員に、境内の庭に集まってもらって軽く挨拶をしてもらった。

凄い、見知らぬ大人と子供がこれほどいるのに怯まずに挨拶をしている。やる気を感じられる態度だ。そもそも事の運びが一切わからないので、彼女がお世話係を志願したのか、彼女にお世話係をやって貰いたい、またはやってもらわなければならないのかはわからない。でも、八重さんの話では彼女は今回限りだ。何も知らない人をわざわざいまこの時期だけ境内に入れる事にメリットがあるとは思ないんだけどなぁ。人手だって、神代の方、特に長月さんなんて殆ど手伝ってくれるというのに。



「基本来客は殆どないので、この客間を使って下さい」

守堂さんを客間に案内し、自身のバックヤードみたいに使っていいと説明をしました。

「はい、ありがとうございまーす」


 軽くお化粧もしてぱっちりとした目が、少々私に何か思うような所があるような返事の仕方をされた・・・ような気がする。気のせいかな。



「じゃあ、着替えたらエプロン持って向いの居間にきて下さい。私は先に行ってますので」

客間の扉を開けて部屋を出ようとした


「あの、宮守さん」

「はい」

「ここ、男性が沢山いて良いですね。ここに彼氏とか人いるんですか?」





「いえ、いないです」

「ここにはいないんですか?じゃあ外の方と?」

「いえ、いないです」

「え?いま彼氏いないって事ですか?!勿体無い!ここに住んでる方で気になる人いないんですか?だって独身の人何人もいるんですよね?教えて下さい!そしたらその人には近づかないんで!」



 まずい、まずい!思ってた感じの子じゃない!

 なんていうか、凄い肉食系の・・・って、なんでこんな話題になるの?!しかも来てすぐに?!

 これは本社のあの受付嬢に匹敵する・・・いや、社会人経験がない以上、もしかしたら受付嬢より手強いかも。



「いや、私はここの男性とは・・・」



 言って良いのだろうか?

 待って!結!これはカマをかけられているのではないのだろうか?!もしかしたらこの子は”神のイタズラ”に噂とかを”何処かで”聞いて確かめに来たのではないか?!迂闊に『私は正統なお世話係だから、恋心は抱きませんので』なんて言ってしまった日には・・・神部がどこまで話してなんのつもりで彼女をここで働かせているかわからない!よし、こうなったら・・・!



「結ちゃん、そういう質問には答えなくて良いから」



 扉を開けて話していたからか、双葉さんが見かけてきてくださった。

 と思ったらそのまま客間に入り、守堂さんの目の前まで行った。あの、双葉さん、ここは彼女のバックヤードみたいなものなので男性の立ち入りはちょっと・・・


「環ちゃん。顔合わせのあの日以降、八重か櫻から俺のこと何かきいてる?」

「あまり喋るなって言われました。仕事に必要なこと以外は話すなって。双葉さんだけじゃなくてみんなと。契約した時に何回も言われました」

「なんで?」

「だからそれを言えないんです。言ったら怒られますから」


 双葉さんは守堂さんの目の前まで行き、高身長で上から見下ろしていますがそれはかなり高圧的です。私でも怖い。


「君がここにきて働く理由を、俺たちは一切聞いてないんだ。それって、俺たちが聞いたら困るか迷惑か不愉快か不安要素があるってことなんだ」

「そうなんですかね?」

「そうなんだよ」

「そうですか」

「それをしてまでここに来たい理由があったんだろうけどさ」

「はい!」

「言ったよね。君が今ここに居る事自体が、『困るか迷惑か不愉快か不安要素がある』事なんだよ」


「それって、私が歓迎されてないってことですか?」

「全部を否定してるわけじゃない。ただ、さっきみたいな質問は神部から禁止されていたはずだよ。そういうのが続くようなら歓迎できない。それに、君は歓迎されない”理由”を持っているんでしょ?」

「・・・私が持ってるものが、歓迎されないのかはわかりませんけど、でも、本当にダメならここには来れなかったと思うので、神部の方が許してくれたんじゃないですか?」

「交換条件を提示した時点で歓迎も許すも何もないよ。条件を飲まざるを得なかった状況に仕立て上げたわけだ。神部は優しいね。聞く人によっては恐喝だろうに」

「私が受け継いだものを使っただけでなんでそんな風に言うんですか」




・・・ちょっと、なんの話ししてるんですかこの人達。

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