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一章:睦月の君へ 四話

一月三十一日



今日は、神代の交代の日です。

現在、朝の5時半です。一月の神代の《睦月》さんが、本日の正午に儀式を終えて本殿から出てきます。そして、本日の23時には二月担当の《如月》さんが本殿に入ります。


睦月さんが本殿を出た正午からが真の戦いです。しかし、現在既に前哨戦が始まっております。

5時半の時点で私は、昼食と夕食の支度をしております。今やっておかないと間に合わないのです。



昨日までに、本殿の掃除道具は一式揃えて、既に本殿通路前の扉の前に置いてあります。

私は台所で今月に一度の猛スピードで仕事をしております。

正直、冷凍食品とかそういうの使っても別に誰も何も言いません。”神代の方たちは”ですけどね。

そう、本人たちが良くても世の中はそうはいかず何故か関係のない外野が煩く・・・

「結ちゃん、早いね。おはよう・・・」

「弥生さん、おはようございます!」


眠そうな、しかしとても柔らかい表情の弥生さんがこんな朝早くに台所にやってきた。

「弥生さんこそこんな朝早くにどうしたんですか?もうお腹空きました?」

「いや、今日は月末だから、結ちゃん忙しいと思ってね。先月末はあんなに大変だったのに、手伝える状態じゃなかったから、今月は何かお手伝い出来ないかなって思って」

うわ・・・。天使だよこのお方。天使も天使、大天使様だ。あ、違う神代様だった。


「すっごくお気持ちは嬉しいんですけど・・・」

「外野の事なら気にしないで、誰も見てないんだから。むしろいつもごめんね。ありがとう。」

そう言って人差し指を口の前に持ってきて”内緒”と言うポーズを取った。破壊力抜群だ。

「じゃぁ、お願いしちゃおうかな」

「そうしてもらえると助かる。俺も罪滅ぼしがやっと出来るよ」

「そんな!弥生さんは何もやってないじゃないですか!」

「片割れ一家がいつもごめんね」

「俺も手伝う」

私と弥生さんが話していると、ヌッと後ろから水無月さんがやってきた。

「わぁっ!水無月さん!おはようございます。本当に早くてびっくりしました」

「あーあ、結ちゃんと俺の秘密だったのに、水無月が来てもうバレちゃったなー」

「何それ、俺だって秘密にできるし・・・!」

なんて平和な言い合いなのだろう。私は朝から幸せ者です。


「じゃぁ、一緒にお願いします!お昼ご飯はお蕎麦とコロッケに小鉢付けます、晩ご飯はサラダとハヤシライスです!頑張りましょう!あとでアイス食べましょう!如月さんから沢山もらってまだあるんです!寒いですけど!!」

「こたつでなら・・・」

「みんなが起きてくる前に全部終わらせちゃおう。そうしたら結ちゃんも一息できるでしょ」

「ありがとうございます」



弥生さんは家事の手伝いが慣れているように感じる。何かする時にやってほしいことをやってくれる。確認も的確な質問の仕方ですごく助かるのです。一方、水無月さんはちょっと不器用なところがあるけど、ちゃんと説明をすると2回目からはしっかりとやってくれる。そもそも、人見知りであるらしい水無月さんが、歩み寄ってこのように助けてくれることが本当にありがたいのです。

実は、3人で一緒に何かをするのは今回が初めてですが、今までは別々で、時々この2人はこうやって手伝ってくれます。本当に、何か重いモノを運んだりとか、この間のようにちょっと見ててもらうなどですが、すごく助かります。


「水無月さんは、お米を研いでもらっていいですか?水冷たいのにすみません、炊飯器二つ分お願いします」

「うん、大丈夫」

「弥生さんは、そこにある、櫛形の玉ねぎと牛肉を油で炒めてもらってもいいですか?」

「この鍋で、油はこっちのオリーブオイルでいいかな?」

「はい!ありがとうございます!」

私は潰しかけのじゃがいもに、炒めた挽肉を入れて更に混ぜる。塩胡椒と砂糖も足して混ぜて、これを掌サイズの小判形にしていく。そう、コロッケは手作りなのです。


「すごい・・・コロッケ手作りだ・・・」

水無月さんがもの珍しく見てきた。

「そういえば、唐揚げとか天ぷらの揚げ物はやってきましたが、コロッケって作ったことなかったですね」

「うん・・・初めて」

「お蕎麦とコロッケの組み合わせ、私が大好きなんですよ。海老天とか、かき揚げのお蕎麦ももちろん好きで美味しいんですけど、コロッケも意外と一緒に食べた時の味がいいんですよ!」

「・・聞いたことなかった。でも、楽しみ」

「はい!お蕎麦は流石に茹で置きしないのでお昼に合わせて茹でます。なので、とっても美味しいと思いますよ!お隣の大楽寺のおばあちゃんから頂いたお蕎麦なんです!」

「じゃぁ・・美味しいお蕎麦だね」

「今までも食べたことありますか?」

「うん、隣のおばあちゃん、蕎麦屋から送られてくるらしい」

「あ、そんなにいいお蕎麦だったんですね・・・。昨日頂いたので、早く食べないとって思って今日のお昼にしました」


水無月さんと話していると、コンロからいい香りがしてきた。

「結ちゃん、結構炒まってきたよ?」

「あ!じゃぁその時点で一度赤ワインを入れてください!」

「了解です」

三人で支度をするととても早く進む。1人でやったら寂しかったし途方に暮れてただろうな。楽しく作れてることに本当に感謝しなくちゃ。



お蕎麦は作りたてを提供する代わりに、コロッケは先に揚げさせてもらうことにしました。

6時には、水無月さんと一緒に衣づけしたコロッケを揚げ始めます。手作りなので、大きめで多くのコロッケを作りました。ちょっとなら買えば安上がりだけど、シンプルなコロッケだし、12人分ならもう作ったほうが安上がりかなと今回は作ることにした。


「結ちゃん、そういえば今日の朝ごはんは?」

「ふふふ・・・今日の朝ごはんは、パンです!」

「へー、珍しいね」

「実は!パン焼き器を買ったんです!もう少ししたら焼けますよ!」

「それは楽しみだな」

「今日は朝早かったから起きてから仕込みしましたけど、今度は寝る前に時間予約してパンの焼ける匂いで起きるようにするんです!パンの焼ける匂いで朝起きるの、一度やってみたかったんですよ〜!絶対幸せですよ!」

「素敵だね」



朝食のパンが焼けて、お昼のコロッケも揚がった。

昨日から仕込んでおいたお浸しや煮物、夕飯のサラダももう水無月さんに人数分の小鉢に盛ってもらった。

ハヤシライスも結局弥生さんがほとんど作ってくれて、お米は水無月さんが研いでくれたあと、私が時間予約をセットした。


「あとは、目玉焼きとベーコンを焼いたら完成!弥生さん、水無月さん、お茶入れますね!」

「ありがとう」

「・・ありがとう」

「冷凍庫から好きなアイスとってください!」

「じゃぁ、お言葉に甘えて頂きます」

「・・如月に怒られないかなぁ」

「結ちゃんがくれるって言ったんだから大丈夫でしょ。勝手に食べたら凄く睨まれそうだけどね」





目玉焼きとベーコンを焼き、お湯を沸かしている間に焼けた食パンを切る。

焼き立てて湯気が出ている。切ったパンから、とっても香ばしい香りがする。

次にパンを焼く時はこの香りで朝起きれるのか・・・なんて幸せなんだろう。



パチパチっとベーコンの焼ける良い音がして、次第にパンに合いそうな良い香りも漂ってきた。

アイスと一緒に飲むお茶は、今日は紅茶にしよう。丸い缶からティーバッグを取り出して3つのカップに入れて取っ手に紐を一回巻きつけた。


目玉焼きとベーコンをお皿に順番に乗せていく。7名分のせ切ったら、お盆に乗せた。

次にヤカンのお湯をカップに注ぐ。注ぎ終わったカップを小さいお盆に乗せて居間のこたつに持っていく。



「お二人とも、朝早くからありがとうございました!紅茶淹れたので、アイスと一緒に飲みましょう!」

「お疲れ様」

「・・・お疲れ様。紅茶、ありがとう・・・」


多分、次に誰かが居間に来るまで20分くらいは時間がある。夕飯の仕込みまで終わらせたので、ここで一息つかせて貰おう。



「「「頂きます」」」









月末最終日の事務作業はあるといえばあるが、本殿の掃除が一番の優先事項になるので正直軽いものや、中途半端になっても問題のない仕事をやるようにしている。そうでないと、正午を気にしてソワソワしてしまい、仕事にミスが起きそうだからだ。


いつも通り、洗濯、食器の洗い物、掃除を行った後、正午まではあと2時間半ある。しかし、正午は本殿から出てくる睦月さんを迎えに行くから、自分のお昼ご飯は11時30分までには食べたいなぁ。一人分だけ先に茹でて食べて、また正午直前に神代たちの蕎麦が茹で上がるようにすればいいか。

正午から掃除に入るが、途中何処かで休憩もしなければずっと働き通しは流石に無理である。17時過ぎは在庫管理の記録に工房に行ったり、夕飯は仕込みはしたものの、一応また温めたり、よそる作業が残っている。



「あ、睦月さんの飲み物何か用意しておこう」



入った状態で出てくるので、準備万端の状態で入る神代が、本殿を出てきて何かすぐに欲しがる事はないのだが、これは気持ちの問題です。こちらからすると一ヶ月もの間、ずっと本殿にいるのです。微動だにせず。

飲み物とか、ご飯とか、そもそも体はどこか痛くないかとか気になってしまう。

まぁ、いつもどの神代にも【何も変わりないから】と言われてしまうのだけれど。


睦月さんの場合は、今回が初めての儀式であるから、何もなくても、終わってから何か思うところは出てくるであろう。ご飯は食べずでも、みんなと話しはしたいんじゃないかな。他の神代も、【何もないから】と言いつつも、睦月さんが本殿に入る時にはみんな気にかけてたし。そうだよ、私が毎回気にしているのはそういう事だよ。私は体験することがないからずっとわからないままだけど。




今月も、なんだかんだ色々あったな。

私は思い出しながら紙に今月の記録を書いた。日々書ける時に少しずつ書いている日記のようなもので、今年から始めようと書き出しました。

正月休みを急遽5日も貰った事。ゴミが大量だったこと。如月さんが熱を出した事。

庭の枯れ葉が大量だった事。それを集めて焼き芋パーティーをした事。

そして、今日最終日には・・・いやいや、これは弥生さんと水無月さんと私の三人の秘密だから書かなくていいか。







11時過ぎ。そんなにお腹が空いているわけではないけど、今食べておかないと後々時間が取れなかったら大変だからちょっと無理にでもお腹にご飯を入れておく。

念願のお蕎麦とコロッケだ。お蕎麦を食べた後に、コロッケを食べるととても美味しいのである。それに、今回はお蕎麦屋さんが打ったお蕎麦だ。とんでもなく美味しい。蕎麦を啜り、しっかりを噛む。その後で口に入れる、なめらかなじゃがいもの舌触りがたまらない。私1人で先に頂いているので、みんなで食べる座卓ではなく、朝のアイスを食べたコタツで頂く。なんと幸せなのだ。朝のアイスも幸せ、パンの香りも幸せ、お蕎麦とコロッケとコタツのトリオも幸せ・・・あれ、私、食べ物のことばっかりじゃない?でも、食べることは大事、体を作る大事な材料です。


幸せ気分に浸りながら、お蕎麦とコロッケを堪能した。そのあとは、神代たちの蕎麦を茹でました。





ー11時55分ー



さて、もう間も無く睦月さんが部屋から出てきます。

私は、母家から本殿に続く長い廊下を現在雑巾掛けしております。小学校の時以来の雑巾掛けです。でも、正直これが一番早くて綺麗になります。うっすらと埃が積もっているこの廊下を箒で掃こうものなら埃がただただ舞うだけである。本殿から出て埃まみれの廊下を神代に歩かせるわけにはいかないのですが、基本、当日の正午前ギリギリまで近寄らないようにしなければならないので本当にギリギリです。月末は本当に全部ギリギリなのです。


雑巾掛けと言っても、ドタドタと大きな音を立てられないので、忍者のように静かに、速やかに雑巾掛けです。廊下を二往復した所で、ちょうど正午となった。母家のねじまき時計が鳴り出したのである。


ポーン、ポーン、ポーン、ポーン、ポーンーー・・・


正午なので12回鐘が鳴る。私は、その鐘がなりきる前に本殿の扉の前にたどり着く。

一ヶ月前、ここで睦月さんを送り出した。

鐘が鳴り終わると、ずっと一ヶ月間静かだった本殿で人が動く音がした。足音が聞こえてくる。

段々と扉に近づいて、扉が渋い音をして開いた。



中から、一ヶ月振りの睦月さんが顔を見せた。

当たり前だが、一ヶ月前のままである。



扉を開けた睦月さんと目が合った。少し不安そうな顔をしている。



「・・・終わったのかな?」


時間経過の意識が無いと聞いてはいても、あまりにも実感がないようで、確認された。



「はい、今日は一月三十一日、時間は正午、12時です」


彼はホッとしたような顔をした。


「良かった。本当に何にもないんだね」


「そのようです。が、ちゃんと時間は経ってます」

「みたいだね。結ちゃんの前髪が少し伸びてる」

そんなものが判断材料になるとは!と、驚いた。睦月さん以外の神代たちはもう何度も経験があるから、本殿から出てきても確認されることはない。逆に今回は、睦月さんが出てきた時に、ちゃんと一ヶ月経っている事を伝えてくれと事前に他の神代たちに言われていた。そのため、今日の日付と時間を言ったのである。


この人が、一ヶ月間を捧げてこのホシを守って下さったのだ。感謝せねば。

彼は、これから次の《睦月》成人する年齢まで”一月”を捧げ続けるのだ。もう、年越しを誰かと一緒に過ごすことは当分の間お預けなのです。

彼に、一月という貴重な一ヶ月を捧げて頂く感謝の気持ち。他の人が当たり前のように楽しんでいる幸せな時、瞬間、楽しみを味わうことが出来ないことを悲観したりするのは失礼だったり傲慢に当たる気がするので、私が送ることができる、お世話係としての言葉を言う。





「お疲れ様でございます。神代のひと月を有難く頂戴致しました」

 


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