七章:文月の君へ 五話
七月十八日
「・・・断られた」
朝、出かけて行った如月さんがお昼過ぎに帰ってきた。
と思ったら、神妙な顔をしていました。そして出た言葉が女性から”振られた”という報告でした。
「・・・ええっ?!」
私はつい声を出して驚いてしまった。
ついに念願の断りを頂けた如月さんですが、意外だったのかまだ驚いております。
「如月なんか言っちゃったんじゃないの?」
「・・・いや、言ってない。前回の帰りまではいつも通り。今日あったらもう既に雰囲気が違ってた」
「友達になんか相談して脈なしって言われたとか?それで諦める決心がついたとかじゃない?」
皐月さんと如月さんが理由を考えていますが、如月さんは心当たりなし。でも、最初から無口で全然相手にしてないなら、流石の相手も諦めるのではないでしょうか。
今日は休日、夜はお祭りの日です。
もう少ししたら境内のほとんどの方はお祭りにお出かけします。
「とりあえず良かったじゃねぇか?如月断られたかったんだろ?」
「あぁ」
「でも、いきなりって怖くない?理由も兆候もないのに桔梗が言ってた通りになったね!」
「・・・どうしよう、俺も・・・いきなり断られたら・・・」
「はーい!そこでマイナス思考発揮しなーい!」
本日も境内は賑やかです。
「じゃぁ結、如月。俺たち行ってくるから。子供は眠くなったら多分親が連れて帰ってくると思う。他は、いつもの最後のパフォーマンス見てからになるから・・・10時くらいか?」
神在月さんが私と如月さんに向かって行った。既に境内の門の付近にはお子さんが楽しそうに騒いでいる。みんな揃ってお祭りに行ってらっしゃいのお時間です。
「はい、わかりました!行ってらっしゃいませ!お気をつけて!」
「ん」
境内にいるのは、離れにいる双葉さん、ここ母家にいる如月さんと私、本殿にいる文月さんの四人だけです。
「結も支度してこいよ」
「え?良いんですか?」
「俺が早く帰ってきたから良いだろ」
境内に人が少なくなることを危惧してましたが、如月さんが自分がいるからいいと言ってくれました。・・・ん、 ちょっと待ってその前に
「・・・如月さんの言う支度って、なんの支度の事ですか・・・?」
「神崎と花火大会だろ?」
「なんで知ってるんですか?!他の人知らないのに!」
「双葉が浴衣持ってた。あとこの間から神崎の機嫌が良すぎる。あと、さっきそこで双葉が電話で誰かにそれを話してた」
「・・・そうでしたか」
誰に話したんだか。
「あ、結ちゃん!コレどうぞ!」
噂をすれば双葉さんがいらっしゃいました。
「これね!浴衣!結ちゃん自分の持ってるかもしれないけど、もし良かったらどうぞって八重が送ってきた」
「・・・まさか!!」
「はい、KAMBEのです」
「うわー!良いんですか!ありがとうございます!」
あとで八重さんに連絡入れておこう。
「界星がそろそろくるだろうから、早く着替えておいで」
確かこうやって下を合わせて
腰で結んで
次は胸元を整えて
お腹の辺りの生地を整えておろす
帯も巻いて
簡単につけられるリボンを挿す
おおお!可愛い!しかも藍染で、濃淡がハッキリとしていてとても味わい深い色をしている。なんだこれ、十数万円するのではないか?『うわー!良いんですか!ありがとうございます!』とか軽々しくもらっちゃったよ、どうしよう。お礼に何か送った方がいいのかな。なんでも持ってる人たちだけど。
多分、馬子にも衣装ってこういうことなのかなとか考えながら可愛い帯締め飾りをつける。あらら、いつも仕事という家事に追われて日々疲れた顔をしている私が、着ているものが一流だとそれなりに良く見える。着る物の力ってすごいなぁ印象がすごく変わる。ちょっとは日頃着てるものも見直してみた方が良いかもしれない。
居間に戻ってみると、双葉さんと如月さんがまだいた。ちょっと恥ずかしい。
「あー、すごいね。八重の見立て。結ちゃんすごく似合ってて可愛いよ」
「良かったな」
「そんなに褒められると恥ずかしいです」
如月さんは一瞬だけ私を見て、すぐにテレビ画面に視線を戻しました。
双葉さんはジロジロを私の周りを回って見ております。
「見せものではないのですが」
「結ちゃん髪の毛はどうするの?」
「髪の毛ですか?このままですけど?」
どうもこうも、私のボブヘアーは何もアレンジができない。
「・・・俺に任せなって!」
「うわぁ・・・」
「お前さ、結婚式じゃねぇんだよ」
短い髪の毛だとアレンジの幅が少ないと思いきや、この人は何者なのだろう。双葉さんが私の髪の毛を見事に綺麗に整えてくださいました。見事すぎて如月さんのあのお言葉です。
「賑やかな場所なんて、お祭りも結婚式も変わらないでしょ。それに、本日の主役は結ちゃんだし?」
なんかいつもより髪の毛がくるくるして、ところどころ飾りで光っております。
「こんな事もできるんですね。神部の男性って規格外ですよね」
「料理はできないけど、こういうことはできるから。ね?結構器用でしょ?」
「美容師かと思いました。髪の毛いじってる間の喋りも」
「よく言われる。昔からパーティーの時に八重が時間間に合わなかったりして美容院行けなかった時によくやってたんだよね」
パーティーですか。もうなんのパーティーかは聞かないでおきましょう。おそらくCMで流れているような企業名が出ることでしょう。
「ほら、王子様だか彦星様だかなんだかがお迎えにきましたよ」
「こんにちは!うわぁ、いつも可愛いけど今日は一段と可愛いね!よろしくね?是非エスコートさせて下さい。多分怒ることはあってもつまらないって事は無いと思うから!」
「怒らせるなよ」
「わぁ・・・まだ明るいのにこんなに人いるんですね」
「神代たちが行ってるお祭りと一緒で、昼からイベントをやってるからね。夕方からの屋台と夜の花火だけがメインじゃ無いから・・・っほら、人が多くて離れちゃうから手を繋ごうね」
「いえ、大丈夫です」
「この人混みじゃ本当に離れちゃったら探すの大変だから。ね?」
携帯電話というものがあるでしょう。
それでも、持ち前の能力に私も負けてしまい、渋々手を差し出しました。やましさが一切感じられないと言うのも良いんだか悪いんだか。
「去年はお祭りとか行ったの?」
「まさか!もういっぱいいっぱいでそれどころじゃなかったんです!本当は近くのお祭りでもいいから行きたかったんですけど・・・」
「じゃあ今年は来れて良かったね。俺が誘わなかったら境内に人がいなくなっちゃうからって遠慮したでしょ?」
「・・・その辺は、感謝してます」
「どういたしまして」
大きなお祭りだ。
多分、一キロくらいずっと露店が並んでいる。食べ物の屋台の他に、可愛い雑貨も売っていた。日本の伝統の技法を用いた雑貨屋、和風の髪飾りをたくさん置いてあるお店、お面も売っている。
夏の雰囲気を後押ししているのは、たくさん並んで売られている風鈴である。風が吹くたびに高く綺麗な凛とした音がいくつも重なって聞こえた。耳触りが良い。
夜でなくても、雰囲気の良さに気分が上がる。あぁ、夏だなって思えて嬉しいなぁ。あと、今日はみんなお祭りでご飯を食べてくるから夕飯の支度もいらない。明日の朝ごはんはパンなので、帰ってからお米を研いでセットする必要もない。
そんなことを考えならウキウキと嬉しそうだった私を意外そうな顔で神崎さんが見ていたことに気づいた。
「なんですか、どうしました。鳩が豆鉄砲を」
「喰らった。喰らってるよ。そんなに楽しそうにしてくれるとは思わなかった」
「ずっと仏頂面でいると思ったんですか?」
「無理やり誘ったから、もしかしたら帰るまでそうかなって」
「私をなんだと思ってるんですか」
「いや、約束取り付けたのは結ちゃんとじゃなくて双葉とだったから。だからずっと怒ってても仕方ないなって思って。でも、どうしても早めに境内以外で二人になりたい時間が欲しくて」
「早めに?」
「あー、あとで言うよ、せっかく楽しそうだから雰囲気を壊したくない」
「壊れるような事言うんですか?もしかしてそれが『怒ることはあってもつまらないって事は無いと思う』ですか?」
「・・・ハイ、ソウです」
「えー!そんなこと言われたらもう気になっちゃうじゃないですか?!」
夕焼け時、ほんの少しだけ暗くなり始めたが、花火の時間まではまだまだある。そもそもどのタイミングで話始めるつもりだったのだろうか。もし話しを聞いて私が怒ることだったらそのあと花火どころじゃない。だからって、気になったらもう待てないし、でも今きいて怒るような内容だったらもう帰りたくなるかもしれない。
同じことを考えているのだろうか、神崎さんがうーん、えーと、あーどうしようとずっと悩んでおります。
「・・・分かりました。私も、大人の端くれだと自分の事を思いたいので、聞いてどれだけ怒ったとしてもその場で帰ることはしません。少しは一緒に花火を見ましょう。・・10分なら怒ってても一緒に見ます」
「結ちゃん・・・ありがとう」
飲み物を購入して、お祭りのある通りから一本外れた所に見つけた公園で話を始めました。幸い、公園にはお祭りにきた小学生や中学生くらいの子供が多く大人がいない。
「あの・・・うーん、何から話し始めればいいかな。俺、結構話早く進めたいから結論から言っちゃうんだけど、それでこの間のプロポーズも酷い結果に終わったし・・・」
「酷い結果ってなんですか。私が酷いお断りをしたかのような」
「YES以外はどれだけ丁寧に言われても酷い結果だよ」
「理不尽ですね。でも、結論からで良いですよ。もう驚かないですから」
「本当?」
「多分ですけど、今更プロポーズより驚くことって早々ないと思います」
「じゃぁ・・・、結論ね?間に本当に説明したい事とか、俺の本音とか色々あるんだけど」
「結論を」
「お世話係を辞めてもらいたくて」
「結論を」
「うん、お世話係を辞めてもらいた」
「はい?」
「お世話係をね? 辞 め て 下 さ い。お願いします」
ヒュウーーーーー
ドパァアアンーーー・・・
空が暗くなり始めたら、早々に花火が始まった。
私は神崎さんと一応まだ一緒に居ます。
花火がよくみえるカフェテラスで一緒に花火を眺めております。
「・・・結ちゃん、楽しい?」
「はい、綺麗ですね」
「やっぱり花火の後にすれば良かった」
ちゃんと視界に映る花火はとても綺麗だ。大きい花火、小さくて連続で上がる花火、人気のキャラクターの花火。綺麗だと認識できる。花火が綺麗なのに、心がどこかに行ってしまった。
頭の奥では先ほど神崎さんに言われた話がちらつく。
「辞めっ・・?!なんでですか?!」
「驚いてるじゃん」
「・・・なんでお世話係を辞めてほしいって言うのを神崎さんに言われなくちゃいけないんですか。私がやってて何か問題でもあるんですか?神部には言いましたか?神部から言われたらそれは即辞めます」
「神部は関係ないよ。俺個人が、辞めて貰いたいって思っただけだから」
「説明して下さい」
なぜ、普段納品くらいしか関わりのない神崎さんがこのような事を言うのだろう。
「子供の日に境内に行った時にさ、副社長がいたでしょ?それで、監視カメラが付けられてたでしょ?」
「はい」
「それって境内に神代とか神部以外の者が侵入する可能性とか前科があったからでしょ?」
「はい」
「そんな所に結ちゃんを危なくて置いておきたくない。前に結婚しようって言ったのも冗談じゃない。本当に、初めてあってから良いなと思ってた」
「茉里ちゃんとのギャップでそう思ってるだけですよ」
「それもあるかもしれないけど、それだけじゃないって。この際だから言っちゃうけど、どうやって仲良くなろうかなって思ってた時にさ、境内に警備として副社長は来るし監視カメラは付いた。心配でさぁ、そんな時ちょうど如月くんのお見合いの話が出たからさ、あぁ、そうか結婚すればお世話係を辞めてウチに来れば安心だなって思っちゃって。それからは、副社長がずっといるならまだしも、流石に無理だから次は双葉が来た。双葉だよ?結ちゃん毎日ちょっかい出されてるんでしょ?いつ双葉が結ちゃんを好きになるか気が気じゃないよね」
「ちょっかいって、遊ばれてるだけですよ。大体一回り違うのでそういう対象で見てないと思います」
「いやいや、何言ってんの。前にも言ったけど一回りなんて今ザラにあるからね」
「本当はそれだけじゃなくて、誰か神代に相談されたりとかしたんじゃないですか?私だとお世話係として不出来だとかなんとか。それで辞めさせる役目を・・・」
「違うよ」
「・・・もし仮にですよ?仮に、私と神崎さんが結婚しても、私はあと数年はお世話係を続けます」
「なんでっ?!危ないって言ってるのに!」
「この仕事に誇りを持ってるからです。神崎さんだってそうなんじゃないですか?代々、人に知られないように口外せずに守り抜くことに。それに、私が辞めたら次のお世話係の人にその危ないのが降りかかるじゃないですか」
「真面目だなぁ」
神崎さんがため息をついた。これは、折れてくれたと言うことでしょうか。
「あ、でも、結婚はしてくれるって事で良いんだよね?」
「全然違います!!」
花火も全部見て、20時半過ぎ。これから電車で戻って、21時ごろ。ちょうど良い時間でしょう。
帰る頃には私の心も少し落ち着きました。落ち着いたので、電車を降りて人通りの少ない境内までの帰り道を歩きながらまたお話しです。
「あ、今日のお話しは、俺と結ちゃんだけの秘密ね?」
「いえ、報告します」
「・・・多分、大事になっちゃうよ。言っても良いけど」
「なんで大事になるんですか?」
「だって、俺がそんな事冗談で言うと思う?」
そういえばこの人は冗談を言わない人だと周りは言ってた。
「冗談じゃないって事は、本気。でも、俺がそんな事簡単に口にするわけないから、神部も不審に思うよ?」
「・・・神部が不審に思ったら困るんですか?」
「もし、神部にこの事を言いたいなら、双葉や副社長を通さずに、社長に直談判するといい」
「それ、私が自分で大事にしに行ってるじゃないですか」
神崎さんがちょっと困ったように笑った。あれ、もしかして・・・
「・・・何か、言えない理由があるんですか?」
「うん、ごめんね」
「そうですか・・・。じゃぁ、私のことを心配してって言うのは本当なんですね」
「え?そこから疑ってた?」
「はい、でもやっぱり、私が辞めたことで次のお世話係が危険な目に遭うのは嫌なので。というか、神崎さんさっきから伏せてますけど、危険だ危険だって言ったって、境内に神部の方がいるのも、防犯カメラを付けたのも、卯月さんの奥さんが境内に乗り込んでくるからって言うのは多分知ってますよね?!」
「うん、知ってる」
「危険ってそれだけですよ!本殿に入ろうとするだけの話しです!だけって、別に規模が小さいって言いたいわけじゃないですけど!」
「奥さん単体でくるとは限らないでしょ?危険だよ」
「他のお世話係を危険な目に合わせられないです」
「それは神部が考えればいい」
「そんなこ」
「俺は・・・俺個人が、結ちゃんの事心配だから」
長い会話の末に、本当に真面目な顔をして言われてしまいました。そんな顔を見たら人の心配を無碍にするわけにもいかないのでこれ以上言い返すのは辞めよう。
「納得も、了承もできないです。でも、神崎さんが私を心配してくれてるのはわかりました」
「とりあえず、今日はそれだけでもわかってくれれば嬉しいです」
人懐っこい笑顔をした神崎さんを見て、絆されてしまった。ぐぬぬ、本当にムカつくなぁ。
「ラブコメ終わった?」
ちょうど境内に着いており、門の中から双葉さんがちょっこりと現れた。
「「皐月 (さん)かと思った」」
「何で?」




