七章:文月の君へ 四話
※更新時間と頻度の変更を行ってます※20:10の更新です。
「あの、結さん・・・」
「え?」
お世話係のお手伝いさんアルバイトの守堂さんとの顔合わせの後、双葉さんは『じゃぁ、俺は顔合わせの報告があるから』と離れに行かれました。説明二回するのが面倒だって回避されましたよ。良いんですかこんなことで。
まぁ、そんな事をいつまでも考えても仕方ないと、夕飯の仕上げにかかります。あと30分したら工房に在庫チェックしに行かなくてはなりませんので。
とりあえず、母家の全開にしていた窓をそろそろ閉めようかなと思っていた時でした。
母家の縁側から呼ばれた気がして、今から覗けば文月さんのお子さん・・・男の子三人が居ました。
「こんにちは!どうし・・・」
「しーっ!しーっ!」
「あ、ごめんなさい。母家の中で話す?」
「良いですか?お邪魔します」
お子さん三人が揃ってお忍びの如くいらしたので、障子を閉めて外からは見えないようにしました。
「お気遣いありがとうございます」
最初に口を開いたのは一番上のお子さんだった。
「忙しい時間にすみません。ちょっとで良いのでお話ししたくて」
二番目のお子さんが時間帯に気を遣ってくださいました。あれか、親御さんが品のある方だと、お子さんもこのように素敵に育つのですね。やはり、親の背中というのは大事・・・と脳内にインプット。
「別にコソコソしなくて良いじゃんか。悪い事してるわけじゃねーし!」
末っ子の男の子は今年15歳の高校受験生。ちょっと尖った感じが見受けられる。でも、見た目は文月さんに良く似てらっしゃる。尖った感じって・・・違う。このくらいが一般的なんだと思う。買い物の途中に見る親子連れの学生さんはだいたいこんな感じだ。
きっと、このご家庭は長男くんと次男くんがとても丁寧で大人なのだろう。
「こら、口の聞き方に気をつけて。結さんはお仕事なんだから」
次男様。多分君は大人な思考すぎる。
「あの、お話しというのは、おそらく父から言われたと思うのですが『引越し』を検討してるっていう件です」
兄弟の代表として、長男くんが話しを始めてくれました。
「あ、少しだけ聴きました。最初は、何かここの生活に不満だったりがあるのかと思ったけど、どうやらそういったマイナスじゃなくて、これからの事を考えたプラスな事だって聞いて安心したんだけど・・・?」
「はい、そうです。まだ決定ではないけど、結さんに勘違いされたり、心配とか、悲しい思いをしてほしくなくて説明しにきました。母は、物事はちゃんと決まってからの方が良いって言うんです。でも、結果がどっちになったって、僕たちは決してここに不満があって出ていくわけじゃないって言うのを先に伝えておきたくて」
「あ、だから奥様に見つからないように」
大きい声を出してしまってごめんなさい。
「僕たちは、生まれた時からここに住んでいて、結さんも前の茉里さんも、その前のお世話係さんも、ずっとお世話係さんに助けられて生活してきました。でも、それは、父の仕事柄・・・というか、父の勤めてる会社側からの厚意というか、手当というか、手助けだって聞いてます。でも、俺たちは将来同じ仕事を希望しているわけでもないし、希望したってできることではないって言われて育ってきました」
神代の事だろうか、それとも工房の仕事だろうか。どちらにしても、そうですね、できないです。
「今、僕たちが沢山してもらってる事は、あくまで元々は『父』単体に向けられたものなんだって、段々とわかってきました。
『父』がここで働いているから、その家族である僕たちにも優しく、色々と助けてもらえるって。僕たちは恩恵を受けてだけに過ぎないんだって」
「あ、別にみんなの事をついでとか思ってるわけじゃ・・・」
「もちろんわかってますよ。ちょっと言い方が悪かったですよね。すみません。中々伝えるのが難しくて。わかってるんです。父を助けることは僕たち家族も含まれているし、付属品としてるわけでもない。でも、元々は『父』だからこそのものなんですよね」
しっかりと考えている子だなって思った。
「俺や兄が小学生の時でした。境内の説明をしたってわからないだろう年だったので、父も母も『お世話係』の方の話しを上手く子供にわかるようには説明ができなくて、俺たちが外で言っちゃったんです。『そういうの、うちはお世話係さんがやってくれる』って。雇ってるお手伝いさん家庭教師やベビーシッターさんとはまた違うし、他の子からしたら意味がわからないって言われてしまって」
あぁ、そうだろう。
「それで、俺と兄は”自分達の環境が特殊なんじゃないか”って気付き始めたんです」
次男くんが、微笑みながら兄を見て言った。その続きを引き継ぐように長男くんが話しをし出した。
「僕たちも、気づいたは気づいたで、じゃぁ、境内の事は、ほんの些細な事でも人には言わないようにしようって生活してきました。でも、この年になって自分達の進路を考え始めた時に、”自分たちで生きていくってどんなことだろう”って思ったんです」
「俺はまだそんなに急がなくて良いって思ってんのにさ!」
「お前はまだこれから中学生だからな。兄貴はもう今年は大学受験だし、俺もどこの大学にするかを考える時期だ。これからは、自分のこの先の選択はより今後の人生に直結するんだ」
「まだ大学入ってからだって大丈夫だろ?よく大学で二年くらい遊び呆けてるって奴いるって聞くぞ。俺を巻き込まないでくれよな、俺はまだここにいたいんだから」
「と、言うわけで、母と三男はここに残りたいようだけど、僕と次男は一般の生活を知っていきたいと思って父に提案したんです。僕たち二人だけで社会勉強として境内の外で暮らしてみようかって話も出たんですけど、父もあと15年しない内にココから出るんですよね?なら、数年はみんなで暮らして、その後は、僕たちが自立した後に、『里帰り』ができる家を皆んなでワイワイ言いながら探そうよって話しを持ちかけたんです。境内に帰ってくる事が出来ないなら、新しく、思い出のある帰れる家を探そうって。家を探す思い出、一緒に住んだ思い出、自立した後帰省した時に、全部に思い出があれば良いなって」
「そ”う”だよ”ね”ぇ”ぇ”・・・思い出っ!大事だよ”ね”ぇ”!!」
もう駄目だ。尊すぎて涙目に鼻水まで出てき始めた。どうしよう。
えぇ、18歳と17歳ってそんなに大人だっけ?この二人だけがやっぱり特別なのかな。いや親御さんの影響ってやっぱりあるんだろうな。もちろん同級生にどんな子がいたかも大事だと思うけど、私はどっちかというと三男くんみたいに『別にまだ早くない?』とか思ってたタイプです。
そっか、次世代の文月さんと言うのは現在10歳なんです。大学まで行けばあと12年で境内に入られます。そうすると、次の神代が境内に入ると言うことは、現在の方は境内を出ていきます。まぁその時には神部がまた色々手伝ってくれるのですが。
そう、おそらく"そこ"なんだろうなぁ。
神代のお見合い話が出た時にも一度話題になりましたが、神代は、基本的に永久保証なので、神部がずっとサポートしてくれます。しかし、神代のお子さんの自立支援は特にないのです。なので、世間一般の方が、家を探したり建てる時に考える、どこの会社に頼もう、銀行にお金を借りたい、本当にこの立地でいいのかな。この辺の治安は?この地域の特性は?など、沢山自分達で調べ、比べてる手間は神部が行います。そして、神代にマイナスな事は基本提示しません。
後は、神代が好きなものを選ぶだけです。神代は要望を伝え、整われた、好みの土地柄、物件から選ぶだけです。
しかし、神代のお子さんはそうは行きません。一般の方と同様に、自分で探して、調べて、悩んで決めなければならいのです。当たり前だと言えば当たり前かもしれません。ですが、常に安全保証をされたものから好きなものを選ぶ事はできず、『安全か、そうでないか』も自分達で判断しなければならない。
この子達は、自分達の危機管理能力や、見る目が問われる世界に入って行くのです。
それをしつつ、今とこれからの生活の両方を大事に、自分達で考えて決めたいと言っているのです。
それを聞いて感動しない人がいますか!!
「あの、結さん、大丈夫ですか?」
「俺たち何か気に触ること言っちゃいました?」
「ほら!だから言わないほうが良いって言ったんだよ!」
「ぢがっ!ぢがぐで・・・っ!」
「ちがう、違くて、長男くんと次男くんのその考え方が、とても高校生とは思えないほど自立している事と、家族を大事に思っているのが伝わって、面食らって泣いちゃってるって事。感動し過ぎて感情のコントロールがうまく出来てないの」
「ぞれでず」
双葉さんが戻ってきて、母家のテーブルから雑誌を手に取った。
雑誌を忘れて離れに行ったようで、取りにきたついでに盗み聞きをしたらしい。更にそのついでに涙と鼻水で会話ができなくなった私の回答を代弁して下さいました。ちょっと、しゃっくりみたいなの出てきちゃってどうしましょう。
「茉里ちゃんの時とは大違いで涙もろいお世話係さんで困っちゃうね、全く」
「ずびばぜんね!」
「誤解が解けようがなんだろうが、泣かせるなら言わないほうが良かったんだよ」
三男くんが、『ほら言っただろ』とばかりに罰が悪そうな顔を背けた。
「そう言うことか、結さんすみません。この話しでこんなに泣かれるとは思ってなくて」
「俺も、どっちかって言うと、最初言ったみたいに、心配かけたり嫌な思いしてたら誤解を解きたいなって思っただけで」
「あーいいのいいの、三人とも気にしないで。この感涙はただの嬉し涙だから」
「・・・う”ん」
長男くんと次男くんが私を見て笑った。そして、
「だから僕たち、夏休みのプログラムで楽しみにしてるのがあるんです。世間一般の人が当たり前の様にしてる、大変な事が体験できるから」
「え”?」
「お世話係の”結ちゃん一日体験”です」
翌日 七月十一日
再来週には梅雨明けしそうですとニュース番組で天気予報士のお姉さんが嬉しそうに言ったこの日。
やっと目の腫れが引いた今お昼時。神代と双葉さんも揃い、皆んなでご飯を食べております。
今日のご飯は・・・トンカツです!
「新しいお世話係?」
新しいお世話係のお手伝いさんがくる事に怪訝そうな顔をしたのは意外にも弥生さんだった。
「そう、昨日ね、結ちゃんと顔合わせしてもらった。17歳の女子高生だよーみんな手を出しちゃダメだよー。あ、睦月くんは許されるかな?」
「でも、世話係の血筋で籍入れはするんだろ?だったら恋愛感情は皆無だろ」
如月さんがすかさず言う。
「いや、正式な女系じゃないんだ。だから、神部と宮守の両方の遠縁ではあるけど。つまり、噂では”血”で恋愛をしないとも言われている神代とお世話係とは違うからね。籍入れをしたとて万が一が起こらないとは限らない」
「・・・それって、例えるなら、もし結ちゃんが正式なお世話係の血筋でなかったら、神代に恋愛感情を抱く可能性があったって事ですか?」
皐月さんが言うとちょっとその言葉の裏をいっぱい考えちゃうのであまり頂けない質問ですけど、でもまぁ気になるところですよね。
「可能性ね。可能性ならあるよ」
「そうなんですね」
皐月さんらしくないテンションでお返事されてます。私どんな顔してココにいれば良いのでしょうね。
「ごめん、その話を重要視する人がいるのもわかるんだけど、そんな女子高生がなんで境内に?アルバイトって?なんかおかしくない?でも神部が許可したんでしょ?そもそも、家系から外れた子がなんで?」
はい!私の推しが言うことが最もです!弥生さん流石です!
「あ。やっぱりそこ気になる?」
「なるだろう、むしろ俺はそこしか気にならない」
いつも柔らかい顔つきの弥生さんが意外なキリッとした顔をしている。うわ、意外な表情を沢山見れてる今日すごく贅沢・・・っ!!
「・・・わかんない!」
場の空気が凄く凍りつきました。
「ちょっと待てわかんねぇわけねぇだろ」
「双葉、面白くないよ?」
「・・・」
「うわー、はいはい、あれでしょ。双葉は知ってるふりして実は詳細を聞いてないパータンなんでしょ?」
イラッとした表情を出し惜しむ事なく全面に出した如月さんに、にっこりしてるのに冷たさしか感じられない霜月さん、ついに無言で双葉さんを睨みつけた我が推しの弥生さん。
長月さんがすぐにフォローをした。
その様子を見た睦月さんと水無月さんが一瞬だけ怯えた様に見えました。
いやいや、わかんないとかそんなの嘘です。絶対聞いてるに決まってます。この方は神部に努めていないとて、生まれも育ちも神部です。神代のことを知っている以上今回の件だって絶対理由を知ってるはず・・・!
「結ちゃんに理由聞かれたんだけど、俺聞かされてないんだよ。結局”知らない”って言ったら結ちゃんだって凄く俺に詰め寄るでしょ?『そんなの嘘です!絶対聞いてるはずです!』って」
そんなに人の考えてる事がわかるなら
「聞かなくてもわかるんじゃないかって思ってるでしょ?はい、残念。今回の件での俺とのやりとりは全部メールです!よって、流石の俺も文章からは読み取れません。どうせみんなに責められるなら一回にまとめようって思って言いませんでした」
この件を全部メッセージでやりとり・・・?
「あ!だからあの顔合わせの日のお昼にずっと携帯いじってたんですか?」
「そう、電話すれば早いのにって思ったでしょ?ほら、声とか間でバレちゃうんじゃないかって俺敬遠されるの。ずっと言わないわけじゃないんだろうけど、今は俺に知られちゃ困るんじゃない?」
「お前、やっぱり厄介者なんだな・・・」
「そのニュアンスだとちょっと悲しい」
神在月さんが、少しだけ顔を引き攣っていました。
そういえば、双葉さんが来る時に気にしてましたもんね。思考を読まれると。
「と、言う事なので、理由は説明できませんが、彼女が夏休みに入って神部からの説明とか手続きが終わり次第働くようになりますので、皆様何卒よろしくおねがい致します。神代と儀式の話はNGだけど、夏休み中は子供達とずっと一緒にいるんだし、その辺は大丈夫でしょ。夜は自宅に帰るし。じゃ、御馳走様!俺この後久々に商談入ってるから!」
「でも・・・!双葉は、”読み取り”はできなくても”考えてる”事は・・・あるんだよね?」
「っ!水無月が質問してくるとは意外だね」
立ち上がった双葉さんを逃さないように、詰まりながらも水無月さんが一生懸命聞こうとしている。
「察しがいいから・・・全部はわからなくても、憶測とか。・・・聞きたい」
「憶測は人に話すものじゃないよ。特にこんな全員の前で」
アルバイトの件は全員に報告すべき事なので、本殿で儀式中の文月さんを除いて境内に住んでいる神代がいるこのお昼時を選んだ双葉さん。
「まぁ、あとはただの無粋な憶測だから、それはさ水無月、夜にお酒飲みながらでも話そうよ」
「・・・うん」
「わかった。今夜だな!」
「お前絶対ぇ逃げんなよ」
「へー、俺も参加しよう」
「結ちゃん!今日のお酒は沢山準備をよろしくお願いします何卒!」
「じゃぁ、僕も・・・」
独身勢がこぞって参加表明をしました。
「もちろん、私たちも参加していいんだよね?」
「わぁ!楽しみだー!結ちゃんのおつまみとか食べられるのかな!」
「じゃぁ、今日は早めにご飯食べてここに来る支度しなくちゃな」
「え”。全員?」
そりゃそうなりますって。
「俺の考えが甘いっていう顔してるね」
「読まないで下さい」




