七章:文月の君へ 二話
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神崎さんが納品に来ました。
以前はインターホンをちゃんと押していたのですが、最近は押さずに母家に直接来ます。まぁ、この方は境内の出入りがフリーパスみたいなものなので問題はないのですが。
「あぁ、界星。副社長から界星に注意するようにちょうど今朝言われたんだ」
「そんなストレートに言う事ある?え?でもなんで?」
「自覚ないの?」
「自覚はちゃんとあるけど問題は無いと思ってたから。で、納品なのと、結ちゃんお祭り行こうよ。七月の中旬にあるからさ」
「界星くん、オニイサンの話しまだ終わってないよ?」
「お祭りも誘っちゃダメ?有給とってさ」
双葉さんと神崎さんが話し始めました。双葉さんは一応桔梗さんに言われた通り、神崎さんが私で遊ぶのを止めてくれている。その辺に関しては感謝です。
「何?結ちゃん、界星からアタックされてるの?!すぐにお嫁に行かれると充実した食生活が危機に面するからちょっと困るんだけど」
「いえ、その心配は当面ありません」
「ウチも困っちゃうなぁ、せっかく来月に真ん中の子を預かってもらう話しが決まったのに」
「そんな近々に出ていく事ありませんので大丈夫です。で、葉月さん、詳細を聞いても良いですか?」
二人の攻防は放っておきましょう。それよりも、葉月さんの依頼が最優先です。
「流石に、一番下の子もまだ一歳になってないし、妻が大変だと思ってね。0歳児含めて子供三人で一ヶ月も俺は本殿にいるわけだからさ。ほら、ウチの面倒見の良い長男がさ、ここで中学校に入ったでしょ?部活動初めたんだ!学校がある日でも朝練も夕方練習もあるような部活でね?もちろん夏休みも結構部活の日数あるみたいで!今時にしては珍しいよね」
「上のお子さん、部活動入られたんですね!良かったです!頑張ってもらいたいですね!」
「そうなんだよー!小さい頃から次男の世話を見てもらってたからさ、自分のやりたいこと一生懸命やろうとしてくれて嬉しくてさぁ!でも、自分が部活に行くと、母親に負担が全部掛かっちゃうって心配しててさ」
「なんてご両親思いな」
涙が出るような話しだ!
「良いよ、良いよ、俺たち神代だって担当月以外は何してたって良いんだから、仕事休んだって良いんだよ。こう言う時は奥さんは結ちゃんを全面的に頼ってもらって、俺たちが結ちゃんの手足になれば良いんだよ」
「長月・・・!」
「そうですよ!むしろ、ご主人のいない間は色々と大変ですから、食事だってなんだって、嫌でなければご家族の分は私が作りますから!」
「俺、神代で良かったぁ!」
「いや、神代じゃなきゃこんな場面遭遇しないよ」
確かに。一ヶ月間連絡も取れないなんて事はないでしょう。
「そんな事ないよ!一般企業に勤めたってさ、出張で海外に行ったりしなくちゃいけなかったら同じようなものじゃない?例え電話ができたって、妻の家事が減るわけじゃないんだからさ!」
本当に奥様を大事にされてるからこそ出るお言葉ですね。すごく素敵だと思います。
「ご希望があれば、無理のない範囲で奥様のやりたい家事はやって頂いて、それ以外は私がやるという方法もあります。御自宅でも母家でもお好きな所でゆっくりして頂きましょう!気分転換にお出かけもして頂いても良いですし。もし、奥様がそれでは気が引けると仰るなら、他の神代のお子さんも何人かご一緒ならまだ気が楽なのでは?」
「それ良いかも!霜月の家の子供も年近いから誘ってみても良いかな?!」
「もちろんです!」
「だったら、俺も有給とか当てて長い休みにしちゃおうかな。どうせ使わなくちゃいけないし。宿題の読書感想文とか俺みてあげるよ」
「長月ー!ありがとう!長月が見てくれるなんてすごく金額かかりそうだね!」
「金取らないって」
葉月さんと長月さんと話が盛り上がっていると、双葉さん側の話が落ち着いたのかこちらの会話に入って来られました。
「そういう事ならさ、神部の方に俺から言っておくよ。長月も言ってたけど、こう言うことはみんなでやれば良いと思うし」
「何を言うんですか?」
「夏休みに、境内で子供を見るって事。せっかくならちゃんと企画化した方が、結ちゃんも楽になると思うよ。ただ闇雲に、毎日境内の仕事をしながら子供の事見るって、簡単な事じゃないだろうから」
「例えばどんな・・・?」
「神代も参加して、買い物の分担とか、子供が境内でいろんな体験ができれば良いでしょ。ついでに宿題もやる時間だって設けちゃえば、親だって安心でしょ?要は幼稚園とか学童保育みたいにすれば一番良いわけでしょ?年齢も幅広いから、そう言うのは神部でプログラム組んでって言えば誰かやってくれるから」
「そういうのも頼んで良いんですか?」
「だって、いくらお世話係とはいえ、全体の事を考えるだけじゃなくてそれを全部一人で行おうなんて、結ちゃん流石に無謀だよ。そう言う時の為の神部だって。うまく使わないと」
「・・・頑張って、全部やるものだと」
「ほらね?茉里ちゃんもそうだったけど君たちお世話係は割と器用になんでもできるからって一人でやろうとしちゃうんだよ、頼って良いんだって。何も責任者じゃないんだから」
そう言って、双葉さんは携帯電話を取り出した。早速本社に連絡を入れるのだろうか。
なんか、”頼って良い”って言われると、私のように頑固で面倒な性格の持ち主は、”能力が足りてない”って言われている気がしてしまう時がある。一人前になるには、全部自分でできるようにならないといけないと思ってしまうのです。もちろん、物理的に不可能な事だってあるけれど、それだってあの手この手で多少遠回りしたとて自分一人で出来たことを美徳と思ってしまう事もある。
甘えるのが下手なのではなく、不要だと思われたくなくて頑張ってしまう。割とそう言う考えで生きてたもので、なので卯月さんの奥さんの喧嘩も安易に買ってしまったわけです。
「実際に会ってまだ少ししか経ってないけど、話は聞いてたし。君は、”居るだけ”で十分価値がある人間だよ。だから、無理しないで」
双葉さんから、想像もしない言葉をいただいて驚いてしまった。こう言う事言う人なんだ。それと同時に、嬉しくもあり恥ずかしくもあり、顔なんかちょっと照れてしまいそうで、どうしよう、なんか言葉返した方がいいよね、でもちょっと感極まって目頭がちょっとだけじわじわって何か込み上げてきてーーー
「ね?結ちゃん。俺も居るから一緒にやろうね?」
「神崎さん、今ので全部台無しになりました」
出るかもしれない涙を引っ込ませて下さった事には感謝しましょう。
その後、神代のお二人は工房に戻り、双葉さんが神崎さんから納品を受け取って工房に運んで下さいました。
『力仕事は頼まれてるからねー』なんて言って下さいました。私、こんなに楽していいのでしょうか。
事務作業を引き続き行い、ある程度の数字が纏まりました。さて、そろそろ掃除でもしないと。
立ち上がったらちょうど双葉さんが工房の納品から戻られました。
「あぁ、もう界星帰ったから大丈夫だよ。ちゃんと車で出るとこまで見てきたから」
「ありがとうございます」
「譲歩してもらって、夜9時までには帰宅するって条件で今回のお祭りデートは手を打ってもらったよ・・・あいつ手強いんだから」
「なんで私の事なのに双葉さんが了承しちゃうんですか」
七月五日
境内に住んでいる神代のご家族は、節句などの行事以外ではそこまで母家に来ることは少ない。
今日はなんの節句でも行事でもないのですが、葉月さんのお子さんが母家の縁側に来ました。
時間は15時半。学校が終わってそのまま帰ってきた時間です。
ちょうど、久々に晴れたからと干した洗濯物を取り込んでいた私と、母家の縁側でダラダラとしている双葉さんがいました。
「なぁなぁ、ニイチャン初めて俺見るけど、ニイチャンも、この間まで居た神部のニイチャンと同じ感じの人?」
「あぁ、そうだよ。あのニイチャンと同じような人だよ。働いている会社は違うけど、生まれて育ったところは一緒だよ」
「え?じゃぁ兄弟?!」
「兄弟じゃないんだなー」
「なな!俺の父ちゃん、いつも八月居ないんだよ!せっかく夏休みなのにいつも”担当月だから”って言われて遊んだりできないんだ!旅行も父ちゃん抜きだし!ばあちゃんち行くのも父ちゃん抜きだし!変えてもらえないのか?!」
「うーん・・・」
「父ちゃん、一ヶ月丸々居ないんだよ!一ヶ月丸々いなくてずっと"ホンデン"に閉じこもってさ!
一年が十一ヶ月しかないじゃん!」
子供の純粋な気持ちをこうも直接言われると、なんとも居た堪れない気持ちになる。
悩む余地もなく、答えはNOだからだ。でも、そんなきっぱりとは言えない。
「ごめんな、出来ないんだよなぁ」
双葉さん言った。
「・・・そっかぁ。仕方ねーなー」
声のトーンは変わってはいないが、明らかに残念がっている。確かに他の月と担当を変えるなんて事は聞いた事がない。それに、今までだってきっと試しただろう。それでも出来なかったから、名前の月をずっと皆さん変わらず担当されているのです。
「君の父ちゃんの代わりには全然ならないけど、夏休みは俺と沢山一緒に遊んだり色んな事しようよ。境内で毎日学校みたいに皆で色んな事をしようよ」
「勉強はやだけど遊ぶ!本当にいっぱいだけど良いの?!仕事は?!」
「いいよ。もちろん友達と遊びに行く事だって大事だから、お外にも行っておいでな?俺の仕事は大丈夫、俺も夏休みだから」
「・・・もしかして”にーと”ってヤツ?」
「違うから!!」
「双葉の兄ちゃん絶対だからなー!約束だからなー!結ちゃんもじゃあなー!」
葉月さんのお子さんが、元気よく自宅である離れに帰って行きました。
「こうなんか、刺さるよね。俺、葉月と年近いけど、まだ子供どころが結婚もしてないし、大学も出て神部にも入らず好き勝手にやって・・・でもその結果、神部では俺というお抱えの建築士が持てて良かったかもしれないけど」
珍しく真面目な話をしてくれそうな雰囲気を感じております。
梅雨明け宣言も間も無くだろうと思うような、久々の夏日の様な太陽の光が降り注ぐ本日。
しばらく雨模様だったため、晴れは非常に嬉しい。
嬉しいのは人間だけではない様子。動物も久々に外を歩けて嬉しいのだろう、珍しく猫が境内に迷い込んできました。
「子供ってあんなに素直で可愛い生き物なんだね。俺たち神部の人間は子供の時から家が会社みたいなものだから、わがまま言ってきたけど、わがままの種類が違うっていうかさ」
「・・・珍しくなんか抽象的なお話しの仕方ですね?」
迷い猫は、門の方からではなく、反対の奥の桜の木がある端からゆっくりと中へ歩いてきます。そして、母家に人・・・私たちを見つけるとスタスタと軽快な足取りで寄ってきました。人懐っこい猫なのだろうか。
猫は双葉さんの足元へ擦り寄ってきた。
「あぁ、なんて言っていいかわからないな。俺さ、神代金ってあくまで『神代でいる期間は自分の人生で毎年一ヶ月間がない』事に対するお金だと思ってた。確かにそれも正しいのだろうけど、家族がいる人に対しての、家族への謝礼とか詫びも入ってるんだね。多分」
足元の猫を撫でながら話しをされております。猫もまた、気持ちよさそうに撫でられております。
毛並みも綺麗で、野良猫にはあまり見えません。
「お子様に対しての手当も出てますけど、でも、人が一人増えるってお金かかりますから多分本当に家計の足しくらいですよね。それでも割と良い金額ではあると思いますが」
「結局、お金持ってても心は満たされないからさ。でも、満たされないままで居て欲しくないから、少しでも足しになるようにっていう誰かの考えの基、考え出された”神代金”なんだろうね」
「・・・神部の方が”お金持ってても満たされない”っていうと妙な説得力がありますね」
「満たされる事もあるけど、人によるからね。お金持ってて不便や不自由はないけど、不満はあるから。満たされるか幸せかはお金の多さとは関係ないんだよ」
「本当にお金を持っている人しか言えない言葉ですね」
双葉さんの話したいことがなんなのか汲み取る事が出来てないと思う。わかるようでわからない部分もあった。多分、私が双葉さんみたいな能力があれば本当は何が言いたいのかわかると思います。
でも、恐らく双葉さんは『何を言いたいのかわかっていない私』を理解した上で喋っているんだろうな。人の意見とかどうでもよくてただただ一方的に話したい時ってありますよね。だから、深くツッコミもしなくていいかと猫を見ている。だから見当違いな事を言ったって、相手の意見を否定しなければいいかと軽い気持ちで言う。
「じゃぁ、境内でのんびりしながら笹の葉の準備をして七夕の短冊をくくりつける方が幸せかもしれませんね!」
「あ、笹切ってくるの忘れてた。はい、今から行ってきますよー」
「よろしくお願いします」
「こういう行事を小さい頃はやった事なかったし、多分当時はやっても恥ずかしかったり小馬鹿にして素直には受け入れなかったと思う。年取った後の方がやりたくなったり楽しかったりするもんだよね」
「親御さんが楽しそうに積極的にお子さんにさせて、お子さんが恥ずかしがってたり嫌がってる姿をたまに見ますもんね」
「それそれ、俺、何気にここの行事を楽しみにしてる」
双葉さんは境内の奥の笹が生えてる方面に歩いて行きました。
なぜか猫も一緒に着いて行っております。
「楽しみにされたら、頑張らなくちゃって思っちゃうんだよなー」
凄く豪勢なゼリーでも作ってしまおうか。
七月六日
早速、七夕用に何層かに色分けしたゼリーを作ろうと仕込みをしている時でした。
「はい、夏休みプロジェクトが神部から届いたよ」
双葉さんが母家に来て紙面で渡して下さいました。
「・・・えっ。これ昔の電話帳くらい分厚いんじゃ」
「そんなに無いでしょう。あと、結ちゃんの世代ならせめて週刊誌とかが出てこない?電話帳って」
「おばあちゃん家で良く目にしてたので。これ、凄い量じゃないですか」
「まぁ、写真とかレシピとかも入ってるからね。その仕込みが終わったら読んでみてよ」
「あ、はい」
今は、大きな型に二層目のゼリーを流し込んでいる最中です。
一層目は、綺麗な水色のソーダ味のゼリーをまず固めました。そして、二層目に透明なゼリー液を流し込んでおります。流し込んだ後に、予めみかんジュースで作ったゼリーを星形に型抜きしておりますので、それを散りばめるようにします。それが固まったら同じようにまた透明なゼリー液と笹の葉の形の緑の型抜きゼリーを埋め込みます。
そうして、七夕ゼリーが完成です。がしかしーーー
「これ、八月に毎日何かしらやるって事ですか?!」
「誰もこない日はやらなくていいじゃん。休みにしちゃえば。八重に聞いたら、行事に参加する神代がいたら、それを仕事として労働時間につけていいって言ってた。子供の参加人数によっては神代が必要な事もあるだろうし」
「そうですけど、それにしてもこの量の行事の準備って出来るのかな」
「それも段取りが全部書かれてるから大丈夫じゃない?基本、俺が足になるようになってるし。あと、長月も手伝ってくれるんでしょ?まぁ、読んでみて質問があったら俺に言ってよ。俺も一通り見たけど、十分問題ないと思ったよ。流石だよね。毎日イベントでそれの準備まで段取りするんだからさ」
「感服でございます」
「・・・信じられない。自分の能力の低さと詰めの甘さを痛いほど感じております」
「物事は落ち込むより、生かすようにした方がいいよ。よかったじゃん。仕事の指南書みたいで」
「こんなにたくさんの行事を、無理なく遂行、且つ準備までお子さんたちと楽しんでやるように設計されているし、そもそも手伝ってもらうための誘い文句も素晴らしい。なんですかコレ。小学校のカリキュラムに取り入れて、この教育の仕方をした方が良いのでは?」
「ほら、これはさ、社会体験とか、大人がどうしているとかを”遊び感覚”で”体験”だからいいんだよ。それを義務化したら多分つまらない子供になってつまらない大人の出来上がりよ」
「えーそうでしょうか」
私が拝見したプロジェクト資料は、行う大人側の負担も減るような作りになっていた。
『お手伝い』とか言うと、結構やる気を無くしますよね。でも、体験、経験、とか、そのほかにもお子さんが聞いてもワクワクするような言い回しで書かれている。私が子供の時にこの書き方とか説明をされたら凄く喜んでお世話係の修行をしただろうな。
「あ、でもこれだけはちょっと微妙だと思います」
「どれ?」
「《みんな大好き!お世話係の”結ちゃん一日体験”!》」




