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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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七章:文月の君へ 一話

※更新時間と頻度の変更を行ってます※

【適性の見極め】

かつて世話係の仕事の一つに『神代の婚姻相手の見極め』が存在した。徐々に見極めの目が冴えなくなり、途中からは『直感』を頼りにするようになった。基準は全くもって不明。世話係と神代本人がわかる適性という名の相性。大昔の世話係によると、『世話係は適性を持たないで代々生まれてくる』や『見極めの力を持つ代わりに、婚姻相手としての適性無しに神に造られた』などとにかく神代と結ばれないようにと言っていた者もいたが真偽は未だ不明である。









「じゃぁ、双葉。あとは頼むよ」

「はーい、何ができるかわからないけど」

「荷物持ちとか高い場所の作業は必ずね」

「そういう意味?」



七月一日



本日から、神部からの在住が桔梗さんから双葉さんに変わりました。

と言っても、桔梗さんがいた二ヶ月間、特に問題はありませんでした。かといって、これからもないとは言い切れないので双葉さんに来て頂いたのですが。


「宮守さん。大変お世話になりました。こんな事、俺が言っちゃいけないんだけど、楽しかったです」

「・・・そんな!こちらこそ沢山助けて頂いて・・!G Wもしっかり休ませて頂けましたし!」

「合コン行けたくらいだもんね」

「双葉さん、今神代がいなくて良かったですね」

「いないから言ったんじゃないか」


「双葉、宮守さんをイジメない。八重に報告するよ」

「そうすると食事抜きになりそうだからこの辺にしておきますー」

「あと、宮守さんに関しては、神崎界星に注意してあげてね」

「界星だけで良いの?皐月君もでしょ?」

「・・・あれ?言ったっけ?」

桔梗さんがキョトンとした顔をする。桔梗さんは、本殿に入る前の皐月さんに言われたが、双葉さんとは接点がないと思っているだろうから・・・。


「顔合わせの時にねー、言われた訳じゃないけど態度でとっても牽制されました」

「”勝手に読み取った”の間違いでは?」

「違うって。本当に、聞こえない訳ない、たった一枚の扉を隔てて、俺と結ちゃんが”本当に”初めて会うのかって疑ってたから」

「そうか・・・まぁ、そう言うことだから、二人を気にかけていてくれ」

「でも俺凄く嫌われてるからなぁ」

「大丈夫だって」

「でた、桔梗の未来予測。頭の中でどんな式が組み立てられてるんだか」



そんな会話をしながら駐車場まで来ました。



桔梗さんが車のカバーを外し、乗り込んでエンジンを掛けた。

「本当に皆さんに挨拶していかなくて良いんですか?」

「この時間ですから。それに、昨日盛大に飲み会した頂きましたので、もう十分ですよ」


現在の時刻は5時半である。出勤ラッシュと被らないようにと早めに出られるそうです。


「本当に、ありがとうございました!」

「また近いうちにお会いできると思いますので。こちらこそ、ありがとうございました」

「じゃーねー」


そう言って、桔梗さんは本社へと向かわれました。




「さて!朝ごはんを作りますか!」

「俺も目が冴えちゃったなー。朝ごはん作るの見てようかなー」

「お手伝い頂いても良いですよ」

「俺、久々だから卵も割れないかも」







「おい、なんだこの新種の目玉焼きみたいなものは」


朝食の時間になり、神在月さんが母家に来て、開口一番挨拶よりも先に口にしたのはクレームでした。


「おはよう!神在月!俺が作った目玉焼き!」

「こんな可哀想な目玉焼きみたことないな」

「なんでよ、全然可哀想じゃないでしょ。『ターンオーバー』っていう両面焼きのちょっとだけ半熟の焼き方だよ」

「・・・結」

神在月さんが私をみて助けを求めてます。



「えっと・・・間違っても嘘でもないです。目玉焼きって、焼き方がいくつもあるんですよ。私はいつも、片面焼きの『サニーサイドアップ』という黄身が半熟のものです。同じ片面焼きでも、たまに少しお水を入れて蒸し焼きにする『ペースドエッグ』にすることもあります。黄身に白い膜が貼ってるような感じで、ピンク色してる時がベースドエッグです」


「・・・なんか、目玉焼きの焼き方の種類を熟知してるところが、ちゃんと良い所の生まれで坊ちゃんって感じだよな」

「うん、そうそう。え、俺の品の良さって目玉焼きだけ?ちゃんとワインも色々と言えるけど?」

「さー、可哀想な目玉焼き頂くかー」

「可哀想じゃないんだってばー」





昨日は送別会という事で皆さんお酒を飲まれました。少々気怠そうな雰囲気で母家に神代が来始めました。しかし、本日は結構遅めの時間です。いらした順番から食べ始めてます。



「この家での目玉焼きは主に二種類、サニーサイドアップとベースドアップ。今日俺が作ったのが、両面焼きのターンオーバーね。黄身が溢れないタイプの。で、半熟の黄身が溢れるのが『サニーサイドダウン』ね。あとはターンオーバーとあんまり変わりないと俺は思ってる同じく両面焼きの『オーバーミディアム』、両面焼きで黄身もしっかり焼きの『オーバーハード』と」


「覚えねぇから言わなくて良い」

如月さんが双葉さんの説明を遮りました。

「でも、これだけの種類があるって知ってるだけでも男の格が上がると思わない?ね?神在月曰く良いところの育ちだって思うんでしょ?」

「どら息子かも知れないとも思うな」

「ほら、そこはさ、良い学校を出たちゃんとした一級建築士ですから」

「マジでムカつくなお前」



「でも、確かに品性の良さを感じますね。凄い雑学より、身近な物でこういう事を教えてもらえるのは嬉しいかも」

昨日は、慕っていた桔梗さんの送別会で久々に沢山のお酒を飲まれていた睦月さん。それでも他の方と比べて元気そうです。私たちは若さに感謝ですね。


「桔梗も凄いけど、俺も凄いよ、多分、何かが」

「慕うことを強制するなよ」

「如月違うよ、お誘いだよこれは」

「でも、一級建築士だなんて本当に凄いですよね・・・あの、お仕事見学できたりしますか?」

「いつでもどうぞ!」




「・・・弥生と皐月と長月、遅いね?」

水無月さんがソワソワとし始めました。それはそうだろう。あと30分もすればいつもの始業開始の時間である。それなのに起きてこないので、朝食を食べる時間を気にしているのですね。お優しい。



「昨日大分飲んでたもんなー。それなのに桔梗は朝にはもう出てるんだろ?神部の人間はどうやって育ってきたんだか」

「だから『ターンオーバー』だよ。桔梗は子供の時から『ベースドエッグ』だったなー」

「目玉焼きの種類じゃねぇって」






「じゃぁ、ご馳走様でした。俺、ちょっと離れで仕事のスケジュールの確認してくるから」

「はい!何かあったら離れに伺っても大丈夫ですか?」

「いつでもどうぞ。ただのスケジュール確認だから、精密な仕事はまだしないから。インターホン押されてびっくりして手元が狂う心配はないよ」

「あ、いつもながらにどうも」


気にしていた事を先に言われました。細かいミリ単位を気にするお仕事だと私は思っていたので、まさにそのインターホンなどの突然の音に支障が出ないかを気にしていたら先回りして言われました。

凄いな、なんで的確なんだろう。一歩間違ったって盛大な勘違いとかになったりしたことないのかな。

「じゃぁ、来るの待ってるね」

「用事があれば、ですけど。目玉焼きありがとうございました!」


双葉さんが一番最初に食べ終わり。食器を台所まで持って行ってくださってから離れに戻られました。

その後、神在月さんが食べ終わり一度離れへ。母家の居間には、私と如月さんと水無月さんの三人になりました。


あ!今がチャンスかも!





「水無月さん!こちら!レポートです!!」

デデン!と効果音がつきそうな勢いでノートを渡しました。


「・・・あ!・・結ちゃんありがとう・・!」

水無月さんの瞳が輝いております。

「とんでもないです!こちらこそご馳走様でした!あ、それ一冊全部がチョコレートの事ではないんですけど」

「そんなっ!・・良いんだよ!ありがと・・・・あれ?・・でも全ページ埋まってるけど?」

「あの、私が今年から始めたんですけど、皆さんが一ヶ月間本殿にいる間に何があったかを記録として残しておこうかと思って・・・そのノートと一緒にしちゃいました・・・でも今考えたら一緒にしちゃうってすごく迷惑ですよね?!チョコレート以外の事書いちゃってすみません!でも、混ざっては書いてませんからノート切り離していただければ・・・!」

「全然問題ないっ!・・・すごい、写真付きで・・・こんなに。本当にありがとう!」

「喜んで頂けたなら良かったです」


早速ページを軽くパラパラと捲り、水無月さんが中身を見て下さいました。

「これを参考に、・・また考えてチョコレート・・・買うね」




バタンーーードタドタ・・・



「おはようぅぅぅー」

「おはようご飯頂戴!」

「おはようございます。ごめんね、寝坊しちゃった」


長月さん、皐月さん、弥生さんが母家に来ました。あとちょっと時間あるので急いで食べれば大丈夫でしょう。

「結ちゃん、俺結構胃が厳しいからお米は大丈夫です・・・汁物あったら下さい・・・」

「はい、お味噌汁だけ持ってきますね」

「結ちゃん!俺いつも通り!」

「俺もいつも通り大盛りでお願いします。頂きます」


お米と味噌汁がない状態ですが、時間もないのでもう食べ始めております。

今日も元気に働いて頂く為に、急いでお米とお味噌汁を持っていきます。


「さぁ、沢山食べて、今月も元気によろしくお願いしますね!」








さて、前月の数字を締めにかかります!

先月うっかりで洗ってしまった電卓を取り出しました。

なんと、まだ使えるのです。

桔梗さんが渾身の力で水切りをして下さり、干したところ見事に復活を遂げました!本当にありがとうざいます!


昼ごはんの仕込みも今日は終わらせてから居間で数字の締めです。

パチパチとパソコン作業とレシート整理と貼り付けなどを行なって行きます。

そうだ、今月は七月なので七夕ですね。短冊を書いてもらって、飾って、あと食べ物はゼリーと、素麺です。素麺だけじゃ寂しいので、冷やし中華風にしたりしようかな。じゃぁ卵と蟹肉と胡瓜だな。あと揚げ物もあったら良いかも。


しばらく作業に没頭していたら、双葉さんが母家にやってきました。

「あ、何か飲まれますか?」

「ありがとう、コーヒーが良いかな」

「はい、少しお待ちください」



双葉さんは居間で座って携帯電話や持ってきた雑誌を見ております。

休憩なのだろうか。


「どうぞ」

「ドリップかぁ、良い香りだね。ありがとう」


その後も居間にいるが仕事をしている気配はない。いや、雑誌を読んでるのも仕事の一環なのかも知れないですが。


「双葉さんってお仕事するお時間とか決めてないんですか?」

「決めてなーい。アイデアが浮かんだら描くって感じ。納期までに間に合えばいいから。あと、いきなりいくつもアイデアが浮かんだりしてずっと作り続けてる時もあるし。だから気が乗らない時は全然、何もしない。ほら、相手は神部だけだからさ。たまに他の企業からも依頼はあるけどね。」


「自由ですね」


「結ちゃんの仕事と比べるとね。結ちゃんは一日に何度もタイムリミットがある仕事だから本当に大変だよね。朝ごはん、昼ごはん、夜ご飯、給与データ、無くなる前に備品購入、工房の発注の締切時間。立派だよねー。なんか手伝えるコトあったらちゃんと言ってね?聞いてるよ、なんでも一人で頑張ろうとするって」


「じゃぁ、境内の奥の笹を切って下さい。七夕の短冊を飾る用です」

「そういうところも聞いてるよ、結構はっきりとものを言う所」


「あ、双葉いた」

もう二日酔いらしき体調不良は大丈夫なのか、朝よりは顔色の良い長月さんがきた。休憩だろうか。

「何?サボり?」

「まぁ、俺たちの休憩ってサボりみたいなもんだよね。切羽詰まって仕事してないし」

「でも、俺に用があったんでしょ?」

「そうなんだ。ちょっと相談があってね」

「相談?」

「御宅の屋敷のメイドの事聞きたいんだけど」



長月さんが、先日お会いした上に一目惚れしたメイドさんの事を聴きにきました。

こんなにストレートに聞くなんてバレたらどうするんですか。せっかく私がしらばっくれたのに。


「・・・へぇ、恋は人を変えるとは言うけれど・・・」

「ちょっと待ちな。”メイドの事聞きたい”って言っただけなんだけど」

「だーいじょぶ、もうわかってるから。粗相があったら『こう言うことされた』って言うだけなのにわざわざそんなかしこまって聞くから確信。で?一応認識と違ったらまずいから聞くけどどのメイド?」


「いや、境内に荷物運びで来たんだけど・・・」

「やっぱり。その子の事は言えないな」

「なんでさー、誰の事かわかってるの?」

「弥生みたいなまんまるメガネの子でしょ?八重がうるさいからさ」


そういえば、八重さんは頑なにあるメイドさんのことを言おうとしない。長月さんに『あげないから』みたいな事言っていたような気がする。


「いやぁ、俺たちと同じ歳のメイドの事でしょ?彼女ももう今年で36歳だからさ、別に結婚して辞めたって良いって俺は思ってるんだけどね。八重がうるさいだけなら別に放って置くんだけど、本人も結婚する気がないんだよね。結婚どころが彼氏も要らないって」

「俺どうしちゃったんだろうなー、そういうの聞くと逆に燃えてきてる自分に驚いてる」

「だから言ったじゃん。恋は人を変えるって。へー、長月がねぇ。もっと美人が好きだと思ってた」

「美人じゃない?」

「恋は盲目か・・・」

「双葉さん、側から聞いてると凄く失礼ですよそれ」



「とにかくね、彼女はもう20年も神部で働いて仕えてくれてるの!そう安易に個人情報を流せないよ。俺たちの個人情報だって本当に徹底して、周りの女どもから嫉妬の嵐で文句言われたって何一つ答えない、忠誠心の塊のような出来たメイドなんだから」

「そこまで忠誠心を貫く理由ってなんだよ・・・」

「金に決まってるだろ」

「嘘つけ!」

「本当だってば!」





「あー、長月も休憩してるんだ」


珍しく、葉月さんが仕事時間中に母家にいらっしゃいました。

葉月さんは休憩したいときには、離れであるご自宅に行く方ですので新鮮です。


「葉月さん、どうされました?休憩ですか?」

「うん、休憩がてらにちょっと相談があってねー」

「何飲まれますか?」

「あ、ありがとう。なんでも良いよー」



台所へ一度戻り、何を出そうかなと棚を見渡した。

今朝は人が揃わなかったから緑茶もロクに淹れなかった。ではコーヒーにしましょう。双葉さんに入れたものと同じ簡易ドリップコーヒーを二つ袋から出してカップに乗せた。一つは長月さんの分です。

お砂糖と牛乳も用意し、居間へ戻ると三人で仲良く騒いでいらっしゃいました。



「どうぞ」

「ありがとう。で、早速なんだけど良いかな?」

「はい、どうしました?」

いつもぽやんとされている葉月さんが割と真剣な面持ちをした。まさか・・・!文月さんの時のように境内の外で暮らしたいなどと言うのでは。でも、葉月さんのご家族は昨年お子さんが産まれたばかりで流石に今出ていくのはちょっと大変なのでは、あ、大変にもかかわらずに出ていきたい理由があるのかも知れない・・!


「結ちゃん、多分そんなに緊張しなくて良い話だと思う」


双葉さんから声を掛けられました。

「あ!ごめん!緊張させちゃった?!いやぁ俺からしたら面倒なこと頼むからちょっと畏まっちゃったけど、結ちゃんに何か問題があるとかそういうことじゃないから!」

「あ、ありがとうございます。あの、それでもちょっと気になるのでお話しを早速どうぞ」

「うん、ごめんね!あのね、早い話、今月の半ばから子供の夏休みが始まるじゃない?でね、八月の間、うちの子供の事見てて欲しいんだけど出来る?あ!一人だけ!・・・でも真ん中の元気すぎる子なんだけど・・・」

ちょっと申し訳なさそうに葉月さんが言った。



「何を・・・そんな事・・!それこそ私のすべき事ですよ!びっくりしました!良かったー!大丈夫です、喜んでお引き受けします!」

「良かった!」

「葉月の子供預かるの?あぁ、来月本殿に入るからか。良いよ、俺もいるし」

「双葉もありがとう!」

幸せオーラーが葉月さんから溢れました。喜んで頂けるなら何よりです!



不穏な相談じゃなくて本当に良かった。お子さんを預かるなんてそれこそお世話係の本領みたいなものです。やっと、独身勢のご飯のお世話だけじゃなくて、神代のご家族のお役に立てます。

良かった良かったと嬉しくホッとしたのも束の間、



「あ、結ちゃんおはよう。納品とお祭りのお誘いだよ」


少々面倒な方が来た。

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