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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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六章:水無月の君へ 六話

※更新時間と頻度の変更を行ってます※

六月二十六日



先日の双葉さんとのご挨拶は無事・・・に完了しました。後は、彼が来た当日に塩っぱい卵焼きを作るだけです。





「はぁ・・・行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ!」


素敵なスーツを着た如月さんが、かなり重い空気を漂わせております。


「あ、もしかしたら私がいない時間に神部の者が届け物をしにくるかもしれません。なるべく間に合うように帰ってくるつもりですが、もし間に合わなかったら代わりに受け取って頂いてもいいですか?」

「はい、承知いたしました!」


母家の玄関先で如月さんと桔梗さんを見送る。

なんと、本日はついに、あの如月さんが折れて、先日のお見合いの女性ともう一度お会いする事になったのです!



「絶対なんだな・・・」

「絶対。数回会えば絶対向こうから断られるから大丈夫」

「数回って何回の予想だ」

「多くても多分5回。俺の予想は3回目か4回目」

「・・・はぁ、仕方ねぇ」

ガシガシと頭を掻いて仕方なしに再会を了承したのは数日前の話です。

そして、本日これからまたしても神部のホテルへとお出かけです。私は本日はお留守番です。



お昼少し前にお出かけをされました。

女性と昼食をご一緒するようです。桔梗さんが言う、謎の「断られる自信」を信じて如月さんがお出かけしました。しかし、いく途中に気が変わって逃げないようにと、念の為に桔梗さんが送りだけされるそうです。女性と会ってさえしまえば良いので、桔梗さんはすぐに境内に戻って着て下さる予定です。


如月さん以外は揃って昼食を食べ、私はその後片付けのお皿洗いをして、少し休憩をしたら夕飯の仕込みに取り掛かります。本日はスパゲッティにしようと思っております。パスタは先日買っておいた生パスタ。ソースと、サラダと、スープをこれから作ります。



スパゲッティのソースはたらこクリームです。たらこをほぐす作業が必要ですが、これは一番最後にします。なんたって、手にたらこがついてしまうからです。

なので、サラダとスープから作ります。サラダはカボチャサラダです。最近ではカボチャは丸々一個は売っておりませんので、カットされたカボチャを複数購入。タネとワタを取り除き、ひと口大に切ります。お鍋に水を張り、カボチャを入れます。火をかけてカボチャを茹でていきます。カボチャサラダに入れる、玉ねぎ、ハム、きゅうりを切り、玉ねぎは水にさらしておきます。これでカボチャサラダの準備は完了です。

コンソメスープには、じゃがいも、玉ねぎ、セロリ、ニンジン、あと余ってるので小松菜も入れちゃいます。

サイコロのように切り、こちらも水を張った鍋に入れて火にかけます。


そして、ここからが大変なのです。

ソース用に、たらこを皮から出します!


大量のたらこを皮から小削ぎ出していくのですが、始めてすぐに居間に人が来ました。

「結ちゃん、眠い。なんかいい飲み物ない?」

「長月さん!寝不足ですか?」

「うーん、ちょっとね。昨日珍しく遅くまで起きちゃって」

「あー、いまちょうどたらこを処理し始めちゃって・・・えっと、ハーブティでよければ、そこにありますよ!でも、ハーブティーって大体リラックス効果があるから余計眠くなっちゃうかもしれませんけど。コーヒーの方が良いのでは?」

「確かに。そうしよう」

気怠そうに長月さんが、インスタントコーヒーの瓶を見つけて、粉末を近くの洗ったばかりのカップを手にとって粉末を入れる。そして、電気ポットからお湯を注ぐ。少しかき混ぜたらすぐに飲み始めた。そうだよね、手慣れてるよね。年齢で言うとダンディ文月さんより上だもんね。




「はぁー沁みる。心にも体にも沁みるねー」

「そんな遅くまでやってたんですか?」

「3時くらいまでかな。普段はそんなに遅くまで起きてないよ」

「まぁたまになら良いですけど」


そんな時だった。



・・・ピンポーンーーーーー



「あ、桔梗さんの言ってたお届け物かもしれないです」

「俺出るよ」

「すみません、ありがとうございます」


たらこで手が塞がっていたので、長月さんが代わりに門まで行ってくださいました。







荷物の受け取るだけなのに、なかなか長月さんが戻ってきません。

もしかして、神部の方と言うのは、知り合いの方だったのでしょうか。久々に会って話混んでいるとか。お届け物と聞いていたので、神部のお屋敷で働いている方の事だと思っておりましたが・・・。

そんな事を思っていたら、玄関から音がしてきました。ようやくお戻りになられたようです。




ゴトッーー



ちょっと重そうな音が居間から聞こえてきました。

台所から覗くようにしてみてみると、居間の卓に長月さんが受け取った物を置いた所でした。

なんかすごい音がしたな。中身無事ならいいんだけどなんだったんだろう。



「長月さん?どうしました?」

「・・・」

返事がありません。珍しいですね。よほど眠いのでしょうか。

「長月さーん?」

次の私の呼びかけにやっと反応してこちらを向いた長月さんの顔が徐々に赤くなってきた。そして、それを隠すように片手で覆って上体を伏せた。慌てて手を洗って拭いて、長月さんの元へ駆け寄りました。


「えっ!?どうしました?!具合悪いですか?!誰か呼びーー」

「待って・・!待って、具合悪いとかじゃないから・・・!」

「いやいや、そんな急に顔が赤くなって伏せられたら誰だって心配しますよ!本当に大丈夫ですか?!水飲みます?!顔冷やしますか?!スポーツ飲料の方がいいですか?!」

「大丈夫、大丈夫、本当に、自分の中にもう何年もなかった感情だったから信じられないほどびっくりしてるだけ」

「どうしたんですか?」

「・・・結ちゃん、俺、この年にしてヤバい」

「ほらやっぱりヤバいんじゃないですか?!」

「ヤバいけどそのヤバいじゃない!!」



このような話しが進みもしないやりとりをしていたら、休憩しに来たのか、次は睦月さんが母家にやってきた。

「え?大丈夫ですか?」

「睦月さん!長月さんが!」

「大丈夫だから!本当になんでもないから!」

「まぁ、お元気そうではありますが・・・」

「ねっ!ねっ!そうでしょ?!ほら!結ちゃん大丈夫だって!」

「・・・長月さん、ついさっきまで門の所で話してましたよね?まさに”メイド”って感じの服の人と」

「そう!睦月そうなんだよ!!」


メイド?


「メイド服に、丸い大きいメガネ掛けてて・・・、先月水無月さんから教えてもらった、ウワサの”神部のお屋敷の丸メガネのメイドさん”かと思いました!あの、桔梗さんと八重さん達と同い年の!」

「そうなんだよぉ〜・・・」



どうやら睦月さんの考えが当たりらしい。

消え入りそうな声でそう言った長月さん。指の隙間から赤い顔が覗いております。



「っ長月さん・・・」

睦月さんが何かに勘づきました。

それを見た私も気付きました。そこまで鈍くはない。

「まさか・・・」



「四十歳過ぎて一目惚れとか、オジサン恥ずかしくて他の人には言えない。君達で本当に良かった」


その言葉を聞いて、私と睦月さんは言葉が出ず、無言のまま瞬時に二人で顔を見合わせた。

二十四歳コンビが、四十過ぎの男性が恋に落ちた所に遭遇しました。










六月二十七日


「最近の卯月の話を大まかにですが皆さんにしますね。プライベートな事は言いませんが、みなさんの生活の”安心材料”になればと話しをします」



本日は、工房で桔梗さんから神代の皆さんへの報告です。最近の卯月さんの話しです。と言っても、みなさんが気になるのは卯月さんもそうですが、”奥さん”の方ですよね。


昨日、長月さんが、神部のお屋敷のメイドさんに恋に落ちるという大イベントがありました。しかし、現実はそんなに甘い空気がいつまでも続くこともなく、本日はこのような報告会ということもあって空気はピリッとしています。



「卯月は毎日本社に出勤をしています。現在の所残業は無し、一応、所定の労働時間できっちり家に帰るようにしてもらってます。8時半始業なので、間に1時間お昼の休憩があり、17時半帰宅です。勤務場所は、本社の秘書課。執務室には八重や櫻がいます。特段問題はなく、帰りは娘さんを幼稚園に迎えに行っているようです。そんな流れが六月は続いてます。


で、奥様の方は・・・何をしているかは個人情報なので言いませんが、まぁ、毎日を楽しそうに生活しているようです。神部の本社にいく事はしていませんし、境内の近くに来ることも勿論ありません。境内に一人で乗り込む事はできませんし、乗り込むために外部のプロを雇っている素振りも今の所はありません。しかし、監視は変わらず続けますし、警備も来月も私ではないですが、他の者を投入します」

「"双葉"とはなぁ」

神在月さんが面白そうに言った。



「はい、来月からしばらくは、神部 双葉がこの境内に警備として来ます。お酒は飲まないように言ってありますが、まぁあの性格なので飲んでいるところに遭遇するかもしれません。ただ、お酒には強いので、何かあっても、飲んでる状態でも問題はないのでその辺は安心してください」

「飲んでて強いって酔拳かよ」

如月さんが呆れたように言いました。

「それくらい調子がいいんだよ」




「私はあと数日で境内から出ます。警備の他にも、設備や色々この目で確認しました。前にも来たことはあるもののしっかりと見たのはもう10年くらい前なので、この機会に改めてここに来れてよかったと思います」

「何その挨拶ー!寂しいじゃんかー!」

皐月さんがいつもの元気で言いました。やはり、たまにはこの元気な振る舞いを聞かないとですね。場の雰囲気が明るくなります。双葉さんが来て、皐月さんが静かになりませんように。



「双葉は神部で働いていませんので、もしかしたら会ったことない人もいると思います。自由気ままに生きている人間ですが、要領も外面もいいです。普段の振る舞いからすると、信じられないと私も常に思ってますが、公的な場に出ても彼の元の性格のいい加減さなどのボロは一切出しません。それどころか鋭くて、大体の人が見落としたり疑問に思わない些細な変化も気付く感性の持ち主です」


これは褒めているのだろうか。貶しているのだろうか。でも、わざわざ皆んなを不安にさせることをいう人ではないので、『普段の生活で変に思う場面を見かけても、プラスに捉えてください』ということだろうか。


「つまり、信用できる人間だって言うことですよ」

桔梗さんが私の顔を見ながら言った。

「え!私声に出してましたか?!」

「いいえ、でも、顔に出てたので」

またやってしまった!

「もし、今ここに立っているのが彼なら、宮守さんが考えた事がもっと正確にわかると思いますよ」

「ちょっと、怖いんですけど」


「でも、顔に出るのが結ちゃんのいいところでもあるよね」

ぽわんとした暖かい発言で、葉月さんが場の空気を和ませて下さいました。

「まぁ、考えてることが手に取るようにわかるし、物事もはっきり言うから、こっちとしては”裏がない”ってわかって一緒に過ごしやすいわ」

神在月さんもフォローして下さいます。本当にすみません。ありがとうございます。



あと数日で、来月になる。そうすると桔梗さんは本社へと戻り、双葉さんがくる。あと、水無月さんが本殿から戻り、今度は文月さんが本殿に入ります。文月さんの、お引越しの話しはどうなったのでしょうか。もう神部のどなたかには話しをしたのでしょうか。気になる事は沢山あります。


なんかこう、スパッ!と全部考え事とか悩みとか仕事とかキリよく終わって、本当に何も心の奥底で燻る事なくお休みを取りたいなぁ。疲れたからって今お休みをとった所で、先の不安が解消されるわけではない。だからと言って休まないわけにもいかないのですが・・・。

もう七月か、あっという間に半年が過ぎてしまいましたね。


・・・半年?今月が終わる・・?



しまった!六月末日の『夏越大祓』を忘れていた!

いえ、この間までお菓子の水無月を試作したりと覚えていたのですが、もうなんたって先日の双葉さんとのまさかの邂逅で全てを一度吹き飛ばされました!こうしてはいられない、また準備をしなければ!あぁ、七月になったらすぐに七夕だ!短冊の準備をして、また参加人数を確認して行事をやらないと!休んでる暇はない!



話し合いが終わると同時に、私は一番に工房を出て、準備に取り掛かりました。








六月三十日




・・・コトッーーー



正午も近くなった時間、玄関に(よもぎ)の葉を飾りました。なんと、再度夏越大祓を調べたり聞いたところ、蓬には邪気払いの効果があるだとか。

そして、お菓子の水無月も作り、ご飯の仕込みもできました。ご飯は『お米の上に、茅の輪に見立てた食材を乗せたもの』と聞いた時は、『何それ?』でしたが、要は、盛り付けを輪っかの様にするということみたいでした。なので、ご飯は雑穀で炊いて、上に乗せるものはインターネットで調べました。本当にこの時代に生まれてよかった。なんでもわかる。どなたかが調べてくれたり作って下さって、それを無料で人に紹介してるんです。感謝ですよ。と、いう事で、丸いかき揚げ丼に致しました。


今日が終わったら、境内に置いた大きな茅の輪は撤去します。撤去先は、神崎さんの神社にお願いをいたします。月初はもの珍しく、お子さんたちが茅の輪をぐるぐる回っておりました。中盤になるとそこまで関心はなく、撤去が近づく月末になるにつれて、名残惜しそうにまた回り始めてます。

今日も、学校に行く前にみんなでぐるぐる回っておりました。なんて尊く微笑ましい。



今日は、夜ご飯の時間に皆さんで集まってご飯を食べることになりました。

桔梗さんも今日までですので、送別会込みです。まぁお酒は結局最後まで飲めませんが。



さてさて、今日は早起きして一日の食事の仕込みは全て終わらせましたが、仕上げはこれからです。まずはお昼ご飯です。お昼も茅の輪をイメージしたご飯にしますよ。でも、昼も夜もかき揚げは流石につまらないので、お昼は少しだけ内容を変えて別のメニューです。あ、でもその前にそろそろ本殿の廊下の掃除を始めなくちゃ水無月さんが出て


「やあ!結ちゃん!一日早いけど来ちゃったよ!」

「キィええええええ!!!」

「ちょっと、化け物見た様な声出さないでよ、そんな声出したら飛んで来ちゃ」

「どうしました?!・・・あれ?双葉?」


突然現れた双葉さん。に、お揃いて奇声をあげた私。の声を聞いて飛んできた桔梗さん。


「ほら言ったじゃん。警備システムが飛んできちゃったじゃん。驚かせようと思ったのに」

「十分驚いたよ。一日早いね?」

「桔梗は明日の朝には境内を出発するだろ?今日くらいしかみんなと酒飲めないじゃん。俺が前乗りすれば飲めるでしょ?」


確かに・・・!今日は夜はみんなでご飯も食べる宴会みたいな様なものだ!きっとみんなとお酒飲めたら桔梗さんも嬉しいだろうなぁ。この人、案外優しいのかもしれない!

「案外っていうか、俺は優しい人だよ。これからもっと知ることになるでしょう」

こういうこと自分で言っちゃうところが、八重さんが言ってた”皐月に似てる”という部分なのでしょうね。

「そんなに似てるかなー、俺からしたら多分全然似てない気がするんだけどね」

や、似てますって、多分一緒にいればすぐにわかりますよ。

「そうかな?」



「人の顔から、読み取りすぎなんだよ。宮守さん、思考と会話されてるの気付いてますか?」



「・・・あぁ!!私一言も喋ってないのに?!」

「結ちゃん本当おもしろーい」

「さ、桔梗さん、本殿に行きましょう。水無月さんをお迎えする準備をしましょう」

「いいキャラしてるよね、揶揄うのが癖になりそう」

「辞めてください!」



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