六章:水無月の君へ 四話
「でもさぁ、今更だけど本当にこの”儀式”って意味あるの?」
うどんを啜っている中、皐月さんがとんでもないことを言った。
まだ朝食や夕食で神代の数が少ない時なら・・良いわけではありませんが、お昼で神代の皆さんと神部の方が揃っている時に言わなくても良かったのではないでしょうか?少々ヒヤッとしながらも私は神代ではないのでことの成り行きを見ていることしか出来ません。
「あんたが言うのそれ?言うなら私とかでしょ。なんでそんなこと思ったの」
「ほら、神代がそれぞれ一ヶ月も捧げてるんだよ?加護を我々の体に通して確実に届いているって言うのに、天災は起こるじゃん!」
「じゃぁ、実は起こっているのは天災と見せかけた人災だったりして・・・」
「陰謀論みたいな事言うなよ」
睦月さんが緊張した面持ちで言い、如月さんは少しだけ笑いながら言った。
「俺が教わったのは、”加護を受けてなかったら、もっと被害が多い”って言われたな。前の弥生さんに。あくまで弥生さんの考えなんだろうけど」
昔の記憶を思い出しながら弥生さんも加わる。
「私もそう聞いたね。起こっているどんなに大きい事ですら、最小限にして頂けていると」
ダンディ文月さんも弥生さんと同意見のお話を聞いたそうです。
「後は、”神代”に絶対的な使命と信頼を寄せてるって聞いた事あったな。選んだだけはあるとかなんとか」
「あ、それ、俺の前の霜月さんの事だよ」
神在月さんの話に霜月さんが答えた。
「あぁ、あー・・」
「あの件ですか」
「あったねー今どうなってるんだか」
「怖い話なので、なるべく聞きたくないですけどね」
葉月さん、文月さん、長月さん、師走さんと、長い間境内にいる神代の方達が口々になんとも言えない表情をしている。
「師走、何それ、”怖い”ってなに?!」
「怖いと言うのはあくまで私の感想だから。ちょうどここに神部の方が居るのでこの話しをしても良いかどうかは決めてもらったほうがいいかも知れませんね。当時我々は既に境内に居たから知ってしまってるけれど、安易にこれを話していいかどうかはちょっと」
皐月さんの質問に困り顔でいいながら、桔梗さんの顔を見て判断を委ねております。
「桔梗、どうなんだ?」
神代の中でも、代表に近い存在で、本社に呼ばれる回数が多い神在月さんも知らない事があるようです。
「・・・神代が本殿に入って唱えたら意識が途絶えること、意識が戻った時には本当に一ヶ月が経過している事。体の状態に異常がなく、入った時のまま出てくること。今も昔も、その『事実』だけで、本当に”加護を通している”証明としている。まぁこれだけでも結構な事象だからね。
ただ、その事と加護を”本当に”受け取っている、加護を惑星に渡せているかどうかというのはまた別の話でね。結局見えないものっていうのは説明が難しいんだ。皐月が疑問を持つ気持ちもわかる。見えないから証明が出来ない。神代が不要なんじゃないかって話が出たことだって今まであったよ。それこそ、俺たちの親の前の時代から。
ずっと続いてたんだけど、わからないが絶対に続けたほうが良いという神部や神代の代表意見と、わからないなら辞めてみたらどうだ?必要ないだろ?という意見の神部と神代もいたよ。そんな時だったんだ、神代として生まれたのに神代にならなかった人がいてね。神代として生まれたということは、神に選ばれたということ、神からの信頼なんだよ、神代は。それを裏切ったんだ」
「ならなかったってどういうことだ?」
如月さんが今度は険しい顔で質問した。
「神代にはならないと言い始めて、結局来なかったんだ」
「でも、今思うと、だからこそここにいる”霜月”が早く生まれたのかなーとか思うわよね。でも、早く生まれたからこそっていうか・・・」
「八重待って何そのネタバレ的感想!!」
「ネタバレも何も私たちの世代はもう知っているんだから」
やいやい言う二人を置いてけぼりにして桔梗さんは話しを続ける。
「そこに居る霜月の五つ年上がその話題の霜月さんでね」
「5歳差?近過ぎないか?」
あまりの年の差の近さに弥生さんが驚いた。声に出してはいないものの、他の神代も驚いている。そして私も驚いています。現在の”次”の神代も、まだほとんどが子供である。一番年上で、今日境内にきた長月くんである。彼と長月さんの歳の差でさえ26歳差だ。大体が20歳から30歳の年の差がある。5歳差は異様に近いのです。
「・・・だから神代にならないと言い始めたんだ。先代予定の霜月さんが大学を卒業したら神代になると話が決まったから、長年務めた先先代の霜月さんが前年の十一月に本殿に入った時に、”捧げ納め”をしたんだ」
捧げ納めとは、本殿に入るのを最後とする時に、いつもの唱和に一言足すだけらしいのです。逆に、その一言を言うとその後はもう本殿で儀式はできないと聞いております。
「十一月に、当時現役の先先代の霜月さんが捧げ納めをした。その次の先代予定の霜月さんが、捧げ納めの後も諦めきれなかった様で、どうしても入りたかった会社に、内密で就職活動をしていたみたいで、どうやら内定をもらってしまった」
「内定をもらったから働きたいと言うわけか」
如月さんが呆れたように言った。
「今まで神代として入らなかった人はいなかったんだ。家庭の事情で・・・とかそう言った事は、大体神部がフォローできるからね。よっぽどの事でも出来ないことはないから。まぁ色々あって、神代としての勤めが短かった人もいたにはいたけど、一回も本殿に入らなかった人はいなかったんだ。
だからこそ、神代にならない事でどんな事が起こるかわからない。一回でも良いから、本殿に入っておいたほうがいいと何人もが説得しに行ったよ。一ヶ月くらい嘘の理由でも、欠勤扱いになってでも。もし何かがあっても後の生活の保証は『一回でも神代として本殿に入れば』神部がその先の人生を全て保証するって。でも、先代予定の霜月さんが『5歳下にすでに次の霜月がいるんだ。俺はならない』って頑なに言ってね。まだ高校生だからって言ったんだけどね」
「・・・で、結局そのまま来なかったのか」
今まで聞かされなかったことより、神代でそんなことをした人がいたのか。とでも思っていそうな顔で神在月さんが言った。
「ずっと、待ってたんだけどね」
霜月さんが懐かしそうに言った。
「交代の日、先代予定の霜月さんの事を、俺と、先先代の霜月さんで待ってたんだ。夜22時半過ぎてさ、先代予定は来ないから、先先代が前の年に捧げ納めしちゃったけどもしまだ出来たらって本殿に一度入ってくれたんだ。でも、斎服も着て本殿に入って唱えても、全然意識はそのままで何も変わらなくてね。時間がきちゃったから、俺が入ったんだ」
「・・・で?怖いことってなに?」
皐月さんが気になっているのは”怖い事”のようで、先を急かしました。
「結局、神代にならずにそのまま会社員として勤めた霜月さんなんだけど、十月まではとても私生活も会社での成績も新人ながらにとても好調だったようなんだ」
桔梗さんの顔が少し曇っている。あまり話たくなさそうだ。
「でも、十月末に本殿に入らなかった時かららしいんだ。本人曰くね。そこから全部狂わされたように何もかもうまくいかなくなったようだよ。絶対的な信頼を寄せてる神代に裏切られた神の報復だと周りからも暫く言われてたね」
「え、うまくいかなくなったって、どんな・・・」
「さっ!!こんな梅雨でじめじめした中でじめじめした話なんかしたって暗くなるだけよ!続きは梅雨が明けてからにでもして頂戴!そもそもあなた達、休憩時間もう過ぎてるでしょ!働いて頂戴!」
パン!っと乾いた音で場の重苦しい空気が途切れた。
危ない。この音が無かったら暗い空気にもっと呑まれてしまっていた。そもそもこういう怖い話は私は苦手なので、話を遮ってくれた八重さんに感謝である!本当にありがとうございます!!
「嘘でしょ?!ここまで話したのに?!」
「でも、僕ちょっと怖い話苦手だから良かった・・・」
睦月さんが安心した顔を見せました。
「そうだろう?聞いてて気分の良いものではないんだよ。確かに今後の参考にはなる話だとは思うけど」
同じように良い気持ちにならなかったと共感できる相手がいて、師走さんが嬉しそうに笑った。
「暗い話が好きなんて、皐月は陰湿ねぇ」
「そう言う問題じゃないでしょ!結構大事な話だと思うけどなぁ」
「大事なのは大事だけど、聞きたくない人だって居るでしょ。知らなきゃ良かったって思う人だっているわ。あとは知りたい奴が勝手に桔梗に聞けば良いのよ」
「八重も怖いんでしょ」
「それが怖くて神部の管理職なんてやってられないわ。ぶん殴るわよ」
「八重の方がよっぽど怖いー!」
いつもの空気になって、安心しました。
その後、神代の方々は食事を終えた方から工房に戻り始めました。
「あ、結ちゃん!」
「はい?」
「来月から境内に住む神部を、来週あたりには挨拶させに連れてくるわ!」
「あ・・そうか、そうでしたね」
桔梗さんは今月末までで、来月からは神部の別の方がいらっしゃいます。
「仲良くできると良いんですけど」
「まぁ、皐月がもう一人増えると思ってて貰って良いわよ」
「えええっ!?」
「結ちゃんそれどういうリアクションなのさ!」
六月二十三日
今日は、来月から境内に住む神部の方との顔合わせです。
朝からまたも客間の掃除をしております。
「結ちゃん、おはよう。朝からお疲れ様です」
朝食の時間よりも少し早く、弥生さんが母家に到着です。
「おはようございます!」
今日も丸いメガネがとても素敵です。フレームの色違いでいくつか持っているようです。どの色も似合います。
あ、そうだ。水無月さんが境内に入る直前、来月からくる神部の方の特徴を話したら、
『身長が高く・・・?・・って、まさかっ!』と言ってました。身長が高いと言っただけですぐに分かるようだ。しかも、先日八重さんから『皐月がもう一人増えると思ってて貰って良いわよ』と聞いた。もしかしたら、弥生さんもご存じかもしれない。
「弥生さん、あの、来月から境内に来る、”身長が高くて”、”皐月さんみたいな方”は、弥生さんはお心当たりありますか・・・?」
なんでも、とってもスーツが映えると八重さんが言ったんだ。私は楽しみで仕方ないのです。
「・・・え?身長が高くて皐月みたいな人が来るの・・・結ちゃん楽しみなの?」
「スーツがとても映えるからとお聞きまして!」
「あぁ・・・そう言うことか。うん、心当たりあるよ。身長が高いだけなら二人いるけど、それでいて皐月みたいなのは一人しかいないし一人で十分だと思うから」
「そうですか!やっぱりご存じだったんですね!どんな方ですか?!」
「そうだね、言葉の通り、背があの皐月よりも高くて、皐月みたいな人だよ。でも、皐月ほど人にちょっかい・・・出さないと思うんだけどなぁ・・・どうだろう。もう良い年だし」
「皐月さんの将来みたいな方がいらっしゃるという事でしょうか」
「まぁ、そんな感じかな」
「・・・ちょっと不安になりました」
「悪い人じゃないから大丈夫だよ。でも、桔梗みたいに手伝いをしてくれる感じじゃないかもね。料理は出来ないかもしれないから。でも、力仕事はどんどん任せていいと思うよ。買い物に連れて行って荷物持ちしてもらうのなんかちょうどいいと思う」
ちょうどいいとは。
「結ちゃん、弥生さん、おはようございます」
「おう、おはよう!」
睦月さんと神在月さんもいらっしゃいました。
「おはようございます!」
「おはよう」
「え?もう掃除?」
「はい!来月から境内に住み込みの神部の方が今日いらっしゃるんです」
「へぇ、誰だろう?僕も知ってる人かな?」
アイドルも負けそうな美しいご尊顔が、首を傾げて可愛らしい振る舞いです。学校での人気ってどんなものだったのだろうか気になるくらいです。ファンクラブもありそうだな・・・。あ、いけない聞かれてるんだった
「とても身長が高くて、皐月さんみたいな方だって八重さんが言ってました!」
「はぁっ?!」
驚いたのは睦月さんではなくて神在月さんでした。
「え?神在月さんがそんなリアクションを取る方ですか?」
この言葉で、睦月さんはその方を知らないんだと確信しました。
「まぁ、知ってるけど、だったら桔梗にまだ残って貰ったほうが結にとっては良いんじゃねぇかなぁ」
「それ、本殿に入る前の水無月さんにも言われました。料理できなくても大丈夫ですよ。また土日も今まで通りに準備しますから!でも、もうたまにお惣菜とか手抜きしちゃうかもしれませんけど!」
「食事のクオリティは別に良いさ、結が楽できるなら。インスタント麺にしたって14人分作るとなると大仕事だからな」
「あの、神部の男性って料理できないだけで、そんなに驚かれちゃうんですか?」
水無月さんも、弥生さんも、神在月さんも皆さん確かに驚いて、『桔梗の方が良いと思う』とか『料理が出来ないかも』など仰いますが、なぜなのでしょうか。
「あ、いや、驚いたのは別の理由でね。その人は神部の生まれだけど、神部の会社には勤めてなくてね。コミュニケーション能力が高くて誰とでも話せて皐月みたいといえば皐月みたいなんだけど、コミュニケーション能力が高すぎるゆえなのか・・・」
その後の言葉を弥生さんが詰まらせている。
「「なのか・・・?」」
私と睦月さんは気になって言葉を繰り返して催促してしまった。
「うーん、悪い意味じゃないんだけど・・・鋭い・・うーん目敏いかな?鼻が利くというか・・・」
「油断できないって事だ!」
神在月さんが、弥生さんの言葉に付け足すように言い切った。
「質問されて悩んでる素振りとかから、考えてる事を見抜くんだよ。悪い奴じゃないけど、そう言うところが異常に長けてるから本心がすぐにバレる。結とか睦月見たいに素直で考えてる事が割と顔に出るタイプなんて、奴に思考が筒抜けだと思った方がいいぞ」
「なんですかそれ、もう私詰んでるじゃないですか!」
「そんなすごい人がいるんですね・・・」
「コミュニケーション能力って言っても、神崎みたいに懐に滑り込んで不快感なく仲良くなるのと違って、あいつはその気になれば、微妙に嫌な圧をかけて聞かれたくない事ですら喋らせてしまう恐ろしさがある」
「なんですかそれ!事前に怖い印象を与えないでくださいよ!!」
「それでいて、長身ですか。こう、巨体の威圧感凄そうですね」
睦月さんの言葉に、格闘ゲームの筋肉むきむきの長身を想像してしまった。
「「あ、そう言う威圧感はない。細いから」」
弥生さんと神在月さんが揃って言った。
「あぁ、次は彼なの。そっか、睦月は会った事ないか」
朝食を食べながら、来月に来てくださる神部の方の話になりました。
長月さんが漬物を食べながらいいました。長月さんはご存知のようです。
「はい、神部にお勤めではないみたいなので、多分余計に会う機会がなかったと思います」
「そうだよねー、ただでさえタイミングとかで合わない人もいるのに、神部に勤めてないんじゃ余計に会わないよね。年齢も差があるからさ。それにしても桔梗が今月までとは寂しいね」
「まぁ、また会うでしょう」
「そんな事言って、ここ3年は全く会わなかったでしょうに」
そうか、普通なら本社に行かないと桔梗さんには会えないのだ。本社に行ったとて、会議だったり、地方や海外に出張していることもあるそうなので、ここに二ヶ月も住んでくださったことが奇跡みたいなものです。
神代の方は、本社・・と言うか、社長には呼ばれて話に行くことはあるのですが、その場に桔梗さんがいることは少ないみたいです。八重さんは割といるのですが。
「ねぇ、みんな次に来る人の事、名前も出さないけど誰だかわかってるの?」
皐月さんが面白くなさそうに言った。
「え?だって神部の長身で境内に住み込める人なんて、一人しか居ないでしょ?」
弥生さんがいうが、それでも皐月さんの顔は険しいままです。
「俺。多分知らないかも。長身って俺より背高いわけ?俺、184cmあるけど」
「188cmって前に聞いたかな。でも結構前だったからなぁ」
「マジかっ!!なんか面白くない!如月も知ってるの?!」
「ピンとこねぇ」
「やったー!」
何がだろう。ピンとこないだけで知らないとは仰ってません。
朝食も食べ終わり、神代の皆さんが立ち上がった時にインターホンが鳴った。
「八重かな?やけに早いね。宮守さん、こんなに早い時間で申し訳ないです」
「いえいえ!神部の皆様はお忙しいのでざわざわお時間割いてご丁寧にご挨拶にいらしてくれる方がありがたくて申し訳ないので気になさらないでください!」
「台所の片付けは私がやりますので」
「ありがとうございます。本当にいつもすみません」
「いいえ、とんでもないです」
台所のお願いをして、玄関へと向かう。
「どんな奴か俺も見る!」
皐月さんが私の後に続いて玄関へいらっしゃいました。
こちらが扉を開けるよりも早く、八重さんが開けて下さいました。
「おはよう!朝から悪いわね、今日午後から会議が入っちゃって繰り上げたの!」
「八重さんおはようございます!」
そう言って姿を見せた八重さんの後ろにいらっしゃるのが、来月から境内に住み込む方なのでしょう。
逆光で見えずらかったお顔が、近づくにつれ徐々にはっきりと見えてくる。
「つれてきたわよ!来月から境内に住む、【神部 双葉】!191cmだから用心棒として街中つれて歩くのにちょうどいいわ!」
「どうも、初めまして・・ぇえええええええ!!」
想像もしていなかったまさかの人物で、大声をあげてしまった。




