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一章:睦月の君へ 三話


一月十一日



深夜二時。

私は如月さんの横で本を読んでいた。今のところ、如月さんはぐっすりと寝ている。

昨日、神代の食事を作り、ご飯を食べた私はその後から如月さんの家に来た。寝るまでにもちゃんと水分をとってくれたらしい。ボトルの中身がちゃんと減っている。これが一気飲みでないことを祈る。


苦しそうな呼吸でもなく、少しは薬が効いて落ち着いたようで安心した。

部屋の電気をつけると睡眠の妨げになるので、小さいライトを持ってきて本を読んでいた。オレンジ色の光に、時々私も眠くなってくる。

そんな時、如月さんが起き上がった。


「如月さん、大丈夫そうですか?」

「あぁ?お前いたのかよ」

「好きにしろって言われたので」

「ちょっと頭重くてふらつくけど、昼間よりは随分良くなった。悪かったな」

「私は全然・・・でもないですね、はい、ありがたく受け取ります」

急にお粥作ったり、重いもの運んだりと確かに大変だった。


「多分、すぐに良くなる」

「でも明日は念の為休んでください。一般企業じゃないので、特に大事な会議がある訳でも、急ぎの仕事があるわけでもないので」

「ありがたくそうさせてもらう」

「それに、まだ半月以上もありますけど、来月は如月さんの担当月ですからね。体調は万全にしておかないと」

「体調関係ねぇよ、時間止まったまんまなんだから」

「気持ちの問題ですよ!だって始まる前に体調悪くて、終わった後も怠かったら嫌じゃないですか!」

「ちょっとうたた寝してる様なもんだから、時間の感覚もねぇし気にならねぇよ。神代の体調と加護の具合に関係もねぇし」




そう、神代が担当月に本殿で行う”儀式”では、本当に神代本人たちは【何もない・何もしない】のである。

そして【部屋に入った時と同じ状態部屋を出てくる】。

意識がはっきりしているわけではないので、時間感覚もないらしい。

如月さんは、”うたた寝”と表現をしているが他の神代も近い感覚らしい。”意識朦朧”という人もいた。

つまり、ある神代が月末に高熱まま本殿に入ったとすれば、私たちは一ヶ月間の時間をちゃんと過ごすが、神代は”入った時の高熱のまま一ヶ月後に本殿から出てくる”わけなので、翌月末に出てきた時も高熱なのである。


神のご加護の通り道である神代の体にはなんのご利益もないと言うことである。そこは、なんか逆に【担当月だから、体も治して貰える!】みたいに思うかもしれないが違うのである。あくまでも力の通り道の器としての役目だけなのである。


”うたた寝”や”一瞬で終わった”など個人差はある。昼寝や夜の睡眠の質に似ているらしい。ただ、夜の睡眠では7〜8時間寝ると、”寝た〜!”と言う気になる。まぁ日によってはたくさん寝ても疲れが取りきれない時など、起きて”体重い・・・”と思うときもあるが、”寝ている”とはまた違う為、細かくは誰もなんとも言えないのである。


なので皆さん「何もない」と言う。

ただ、その”何もない”と言う”一ヶ月間”の長い代償のおかげ様で、ご加護を受け取れているわけなので感謝なのです。寝てるわけではないが、寝てると表現すると、【部屋に入って、ちょっとぼんやりしてふと気づいたら一ヶ月間が過ぎている】のだ。大人になって「一ヶ月すぎるのが早い〜!」なんて言ってる人たちよ、本当にこの人たちの担当の一ヶ月間は秒で通り過ぎるのだぞ。





「気持ちの問題っていうのは、”儀式の最中はつらくない”だけの話じゃないんです。やっぱり、早く治して”入る前”も、”入った後”も気持ちよく居たいじゃないですか。長引かないに越したことはないと思います」

「俺たちからすると一瞬見たいなもんだから、お前の言う事はよくわからないけどこれ以上は言われないように早く治すようにする」

「なんですか、その小言回避的な思考は」

「トイレ行く」

「歩けますか?」

「問題ない」

「戻ってきたら寝る前に水分補給ですよ」

「ん」




怠そうに歩いてはいるが、足取りも思ったよりふらつきが少ない。

明日しっかり休んで、明後日にはもう回復に向かうだろう。明明後日から働いて貰おうかな。

そう思いながら私は明日事務処理を忘れないようメモ帳に、”如月さん、有給休暇使用処理(2日間)”と書いた。







一月二十日


あと五日で神代たちの給料日です。また、神代金も同日です。

給料は銀行口座振込、生活費は現金手渡しです。それは、”神代の代金”の重さを改めてわかってもらうためにあえて現金にしているそうです。

独身勢は、ほんの少しの時間になんて、と言っている神代もいるが、子供が生まれるとその金額、価値に納得するらしい。なお、その額が妥当か少ないかは個人差があるだろうなと私は思っている。



ここから給料日までは、事務仕事に少し多めに時間を割きます。

敷地内の枯れ葉掃除は先週のうちにある程度行いました。たくさんあったので、集めて神代のお子さんたちと焼き芋パーティーも行いました。マシュマロも焼いて大好評でした。


朝食の後、洗い物をして昼食の仕込みを終えたら、現金の振り分けを行います。

神代金は一人、50万円である。この金額に、結婚したらその月はお祝い金、子供が生まれたら成人するまで追加継続で一人当たり5万円である。事務手続きしていて常々思う。手厚いと。確かに、自分の就きたい職業につけている人は今までだってほとんどいない。まぁ一ヶ月間休んで大丈夫な仕事なんて滅多にないですから。

なので、神代として生まれた時点で人生の半分以上を捧げていると考えると決して多すぎる金額ではない。人によっては少ないと感じるかもしれない。


そんな事を思いながら、私は先日受け取った現金を封筒から取り出した。

ちなみにこの仕事を人目に触れるところで行うわけにはいきませんので、母家の中にある私の仕事部屋で行います。居間でなんか行いません。


一人最低50万。そして、神代は十二名。この時点で600万円。

今月結婚した神代はいないのでお祝い金は無し。そして神代たちのお子さんは全部で11名。お子さんの金額が合計で55万円。

全部足して655万円である。他にも私は使う食費やその他の経費で合計毎月750万円を渡される。これを仕分けるのが私の仕事の一つである。


畳に座布団を置き正座をする。大きい座卓に必要な文具などを置く。

封筒を12袋取り出し、付箋に各月の名前を書いて貼り付ける。

お子さん11名分のお金を振り分ける。5枚1束を1人前で11人前を並べる。


今、本殿にいる睦月さん。彼は独身なので神代金50万円。銀行振込の給与は、昨年12月の給与と上乗せ分。

現金の束を適当に分けて数え出す。念の為で3回数えてから封筒に入れる。

二月は如月さん。彼も睦月さんと同じなので50万円。三月の弥生さんも同じ。

四月の卯月さんは、神代金50万円とお子さん一人の為追加5万円。目の前に並べた11つの5万円の束からひとつとり重ねる。彼は55万円。そしてなぜか御自身で決めて外に住んでいるのに賃貸手当だか住宅手当がつく。あ、その手当は給与の方で振込ます。


え?給与と別でこれだけの現金をもらうのはおかしいって?あぁ、こちらは言わば【御布施】です!!


こんな調子でどんどんお金を仕分けていきます。

皐月さんと水無月さんはどちらも独身。50万円ずつ。

文月さん、葉月さんはどちらもお子さんが各3人。50万円に加えて15万円で65万円。

長月さんと神在月さんは独身50万円ずつ。

霜月さんと師走さんはお子さん各2人ずつ。50万円に加えて10万円で60万円。


これを封筒に入れて、それをさらに紙袋に入れて金庫にしまう。

これで現金仕分けは終了です。この金庫の扉が次に開くのは二十五日です。



次に行うのは、今月の労働時間の計算。現在二十日で、残りあと十一日。

基本、残業は無いに等しいので決められた労働時間を超過する事はまずない。しかし、ちゃんと計算をして管理をしていく必要がある。ので、今月の昨日までの合計時間や休憩時間を取っているかを確認します。どうせちゃんと取ってるんです。でも、それを時折確認する必要があるんです。絶対に取っているからと放っておくのではなく、ちゃんと確認することが必要なんです。


取っていても、タイムカード・・・というか今はカードではなく機械認証ですが、その操作を忘れてる人もいますからね。


「あ、皐月さん休憩開始押し忘れてる・・・」


一昨日のことなので、一番最初にお昼ごはんを食べに母家に来た事を覚えている。

他の方と同じ時間に休憩開始の記録を後から修正する。

こういう地道な作業もお世話係にはあります。そう、お世話係とは通称の話であって、私は”会社員”ですからね!



他には、毎月の食費予算に対して現在いくら使っているかの計算もして、今月は焼き芋パーティーをやってもまだまだ余裕がある。大体豪勢な大量のお節料理やお酒なども12月の予算だった。あと十一日間、どこかで豪華なお昼ごはんを一回入れようかな。と献立に何か追加しようかと考える。


消耗品の確認もする。台所用品は特に劣化しているものはまだ無い。

「あ、ゴミ袋確認しなくちゃ」


母家には全家庭用にたくさんの種類のゴミ袋が置いてある。必要になったら持っていくのである。これは消耗品として私が買い出しに行って補充します。こういう地味だけど、なかったら本当に大変な仕事って結構あるんだよなー。今は思い出せないけど確か他にもあるし。家事って本当に奥が深いし大変。


お金を仕分けて入れる封筒もそろそろ少なくなってきた。これも買い足しておかないと。

私は、ゴミ袋・封筒と買い物リストに書いた。








あと十一日で一月も終わる。

と、いう事は後十一日したら睦月さんに会えるという事である。

その間、母家の奥の本殿にはあれから誰も近付いていない。廊下にも誰も入っていない。

睦月さんの儀式が完了するのは一月三十一日の正午です。


その正午から、次の神代が入る23時までに、本殿を全部掃除するのです。

一ヶ月間誰も寄り付かないので、母家からの廊下からうっすらと埃が積もっております。

23時まで時間たっぷりあるじゃん!とか思わないでくださいね。ずっと年中つけっぱなしの空調機の掃除と点検もあれば、食事の支度は変わらずありますから。もちろん前の日から多めに早く仕込みはしまうけれど。



前月の神代が本殿を出たところから私は戦いが始まります。





「あ!本殿の掃除道具も揃えておかなくちゃ!!」









一月二十五日


ついにきました。給料日です。

今月は、神代たちが仕事を終えた後、在庫の記録をしてその場で神代 代金を渡す事にしました。


「では、最初は如月さん」

「ん」

今月の半ばに熱を出した如月さんはあの後二日間休んで元気になりました。二日目にはもう大丈夫だって仕事をしそうになりましたが、そこは無理やり休ませました。

相変わらずのぶっきらぼうですが、封筒を受け取る手は両手なところがちゃんとしている。


「弥生さん」

「ありがとう」

丸めがねの奥の目がにっこりと笑う。この人以上に癒し効果のある人に会ったことがない。


「卯月さん」

「ありがたく頂戴いたします」

こういう時は礼儀正しいんだよなぁ。


「皐月さ」

「はーい!ありがとうー!」

食い気味。嬉しそうに受け取った封筒を抱きしめるかわいい仕草をする長身180cm超えの彼。


「水無月さん」

「ありがとうございます」

受け取る前からお辞儀をしていてもう顔が見えない。


「文月さん」

「ありがとうね、あ、来月からで良いんだけど給料の振込口座変えてもらいたんだけど良いかな?」

「はい、後で申請書類をお渡ししますね」

「子供の習い事が現金払いから引き落としに変わるみたいでね。この際に色々整えておこうって話しになって」

「あー、もうそれは大事ですよね」

ダンディが止まらない人。


「葉月さん」

「はい、ありがとうございます。来月はなんかお庭でイベントやるの?」

「お庭イベントはないですが、バレンタインがあるのでチョコレート使ったお菓子を沢山作って14日前後でお茶会でもしようかと思ってます。もちろん自由参加です」

「本当〜!妻が喜ぶよ!それもう言っても良い?」

「はい、ぜひお伝えください」

昨年お子さんも生まれたばかりで奥様もまだ大変な時期なので、近いというか敷地内の母家や庭で行うイベントを楽しみにしてくれている様子。


「長月さん」

「大事なお金を結ちゃんから頂けるなんて光栄です。なんかあれだよね、”あなた、今月のお小遣いですよ”って奥さんに言われてるような気分に浸れ「じゃぁ、次は俺だな」

「はい、神在月さんどうぞ」

「神在月〜、俺は今口説いてるん「結ちゃん!お茶会ってお菓子何作るの?!ウチはみんなチョコレートも好きなんだよね!子供の行事もないだろうからウチは全員で行くね!」

「ありがとうございます。ケーキはもちろん、生チョコとか、クッキーも焼きますよ」

「いや〜楽しみだな〜」

霜月さんのご家庭は、全員甘いものがお好きです。


「では、師走さん」

「はい、ありがとうございます。うちの子供たちは2人ともデートに出かけちゃうかもなぁ。夫婦だけでお邪魔させてもらおうかな」

「お待ちしてますね」

お子さんがもう中学生の師走さん、とても寛容である。



さて、月の一大イベントの金銭受け渡しも完了いたしました。

とりあえず、仕事の終わったのでこの後はご飯です。




「なんと本日お酒付き・・・!!」

すぐに帰りお風呂に入ってきた皐月さんがテーブルに置いてあったお酒を見て天を仰いだ。

「給料日ってなんか嬉しかったり特別感がありますよね。なので、それを更に増す為にお酒も準備しました」

「泣きそう・・・!!」


「今日のメニューはおでんです!昨夜から仕込み始めたので味が染みてますよ〜」

四角い形で中が仕切られた大きいお鍋を持って台所から居間へと向かう。

「すごい・・・大根の色が出汁と同じ色してる・・・」

水無月さんが鍋を覗き込んでキラキラした目で言った。

「いやぁ、これは酔っ払い2人には殺傷能力の高いメニューだなぁ」

弥生さんがニコニコしながらとんでもないことを言った。

「え、どういう事ですか?」

「見てみなよ」

お酒におでんというメニューは多分喜んでもらえるであろうと思って作ったのに殺傷能力とは・・・。言われた通り皐月さんとその後ろにいる長月さんを見ると、皐月さんは先ほど同様両手で顔を覆い天を仰ぎ、長月さんは畳に膝をつけて座卓に伏している。どうやら、おでんには殺傷能力があったようだ。


「どうしよう、もう、俺っ・・・!!」

「結ちゃん、なんてメニューにしてくれたんだ!おじさんをどうしたいのさっ!!」

男二人が居間で騒ぎ始めた。

「おい・・・それ以上騒ぐなら酒もメシも食わせねぇぞ」

「「・・・ウィッス」」

如月さんの一喝で静かになった。



「おー、今日はおでんか。お!酒もあるとは気が利くねぇ」

「寒い日にはおでんとお酒がいいですよね。良かった、普通に喜んでもらえて」

神在月さんが最後に居間に来た。



早速取り分けて皆んなでお酒とおでんを食べ始める。




私も一緒に頂く。

一口サイズに端で切ったおでんの具を口に入れ、咀嚼して飲み込んだらすかさずお酒も口に流す。

おでんの味が残る口の中にお酒の香りがふわりと漂う。これこれ、これがたまらないんですって。



「くぅーーっ!はんぺん最高!」




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