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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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六章:水無月の君へ 二話


ゴウンーーゴウンーーー



神崎さんの服・・・と言うか作業着を受け取り、私は現在乾燥機に入れてスタートボタンを押しました。

斎服を着た神崎さんは、居間でお茶を飲んでもらってます。かなり強引に事を運んでしまったが、あのままお帰りになって風邪でも引かれてしまったら罪悪感が付き纏う事でしょう。


居間に戻ると、さっきまで桔梗さんと話していた如月さんもまだ居て、神崎さんとお話ししていました。

神崎さんは、渡した斎服を着ております。着こなしております。やはり似合いますね。貫禄を感じます。


「良いじゃないか結婚!俺もそろそろ結婚したいんだよね。親からうるさく言われてるのもあるけどさ、やっぱり朝は奥さんがご飯作ってる時に目覚めたいものだよね。そう、包丁の音で起きるとか平和の象徴だよね。憧れるよ。子供は3人欲しいかな。一人は絶対女の子が良いな」

「悪い、俺とは話しが合わないみたいだ」

「なんでよ、そんなことないって。難しく考えてるからいけないんだってば。結婚なんてメリットとデメリットは同量だと思うな。あぁ、結婚に限らないね、人生がそうだよ。良いことと悪いこと半分ずつ。良いことだけ見ていかないと先進めないよ?勢いって大事だと思うけどなぁ」

「よく言われる、ノリと勢いで結婚なんて俺には理解ができない」

「ノリと、勢いと、あと”タイミング”だよ、大事なのは」



折角桔梗さんが、如月さんのお見合いの話しを切り上げたのに、まさかの神崎さんが如月さんとその話の続きをしております。私がいない間に何がどうなって始まったのでしょうか。



「神代は神部がちゃんと色々と手伝ってくれるから良いよね、結婚相手も沢山見つけてきてくれてさ。俺なんて誰も紹介もしてくれないんだよ、自力で見つけないとだからさ」

「その顔と性格ならすぐに見つかるだろ」

「神主ってだけで敬遠されることあるよ。神代とは大違いなんだ」

「大変だな」

「だから、相手を見つけてきてくれる内に結婚した方が良いって。職場環境に異性がいないと本当に見つけるの大変だよ?合コンとか中々いけないし」

「俺の見合い相手を神崎に渡せたらどれほどいいか。全てが丸く収まる」

「女の子は如月くんがタイプなんでしょ?俺たち割と正反対だよね?女の子の心は丸くは収まらないかな」



如月さんと神崎さんが話している近くで桔梗さんが神崎さんのお茶を淹れています。

ああ、すみません。私がやるべき事なのに。

「あ、宮守さん。乾燥機ありがとうございます」

「いえ、こちらこそすみません、お茶淹れありがとうございます」

「とんでもない」

この会話で神崎さんが、私に気が付いた。



「結ちゃん、お手数おかけしてごめんね。ありがとう」

「あ、いえなんかこちらこそ強引に身包みを剥がしてすみません。寒くないですか?風邪引かないといいんですけど。30分くらいで乾くと思います。少しでも温まって、ゆっくりして行ってくださいね」

「身包みって・・・。ククッ。本当にお世話係って良いね。羨ましいな・・・。あ、そうだ。ねぇ、俺と結婚しない?」



「ほわっ?!」

一瞬、とんでもなく驚いてしまいました。神崎さんとは納品時などに話すことはありますが、この間の五月の節句みたいに長い時間一緒に居て話すことはほとんどありません。あれ?この方も皐月さんや長月さんみたいに冗談を言う方なのでしょうか。そうだ、絶対そうだ、そうじゃないとこの話の流れでいきなり『結婚しない?』なんて言うわけがない。


「神崎さんって、冗談言うんですね。普段仕事の話ししかしないからそういうイメージがありませんでした」

「そうなの?結ちゃんの中の俺のイメージってどんなの?」

ニコニコしながら話の続きを聞いて下さいます。あ、良かった。やっぱり本気じゃなくて冗談なんだ。

「神主さんって聞くと、ちょっとお硬いイメージが私の中ではどうしてもありますが、それでもなんかこう、神崎さんは柔軟性があって優しい雰囲気を感じます。もちろん、根は凄く真面目なんだなって話してて思います。だからこういう冗談は言わないのかなって思ってました」

「うん、そうだね、大体そんな感じだよ。考え方に柔軟性があるとは子供の頃から褒められてた。でも決めた事とか信念みたいなものは頑なに譲らないところもあるとも言われてた。あと、あまり冗談は言わないかな。特に今みたいなのは冗談では絶対に言わないよ」

「そうなんですね、では珍しいですね。なんで今は冗談言ったんですか?」

「だから、冗談じゃないよ」





ん?





「なんで言いたくなったんですか?」

多分聴き間違えただろうからもう一回聞きました。

「本気だからだよ。冗談じゃない。ごめん、流石に『結婚』は飛ばし過ぎちゃったかな。驚かせちゃったね?まずはお付き合いからお願いすれば良かったかな?」


ちょっと、何を言ってるのか頭の処理スピードが追いついていないのでしょうか。『お付き合いからお願いすれば良かったかな?』あれ?これは夢でしたっけ?私いつ寝た?なんの話しをしてましたっけ?

よくわからなくなって、桔梗さんと如月さんを見たのですが、お二方が唖然としております。見た事ないお顔です。



「え、あ、あの、普通に話す時と同じテンションというか、変わらぬトーンで話されてたのでちょっと頭が処理できてないのですが、今の中に冗談がありますよね?」

「そんなに驚く事かな?結ちゃん面白いね。冗談は一つもないよ。全部本音。結婚・・・はまぁ一旦置いて、付き合ってくれると嬉しいな。結ちゃんの時間の無駄にならないなら、俺のこと遊びでも良いから」

「神崎ちょっと待て、話を勝手に進めるな」

「え?なんか禁止事項あった?」

「ないけど待て、結・・だけじゃなくて俺たちも驚いてるから。俺たちも居て雰囲気もない時に言うから」

「如月くんも驚くことあるんだね」

「あの桔梗もな」

神崎さんは少し驚いた顔してぼさっとしている桔梗さんをみて、少し考えた。

「あちらは多分、驚きは半分で、頭の中では『俺と結ちゃんが付き合ったら』って言う先の事を既に試算してるよ」


神崎さんのその言葉を最後に、居間はシン・・・と静かになってしまった。


それはそうだ。状況も飲み込めないのだから言葉の出しようもない。他の三人はこの状況になんとも思ってない訳ではないだろうが、多分一番焦って頭が混乱しているのは私だ!そう言うことはすぐにわかるのに、神崎さんから言われた言葉が中々処理できない。仕方ない、この気まずい空気の中で一度おさらいをしましょう。



1、結婚しようと言われた

2、冗談ではない

3、結婚は飛ばし過ぎた、まずは付き合おうと言われた

4、遊びでも良いから

5、この人は神代ではない

6、冗談ではない


いやいや!やっぱり冗談でしょ!だって当事者以外の知り合いが目の前にいる状況で言わないでしょ。



「神崎、結が冗談だってまだ疑ってる。こう言うことは大体当事者二人だけでする事が多いだろう。部外者の俺たちがいたら本気だと思えない」

「あぁ、そうかもしれないね。でも、いずれは神部に話を通す訳だから、だったらもうお偉いさんがいる前で言った方が話早くない?と思っちゃってさ。結ちゃんの事は初めて会った時から良いなって思ってたから、ほらさっき言ったけど”タイミング”って大事だから」

「そのタイミング絶対ェ今じゃねぇだろうが」

「そうかなぁ?」


ね?なんてこちらを向いて、人を魅了するような笑顔で言われましたが、私はこれ以上考えは進みませんしなんて言ったらいいか一切浮かびません。


「界星、とりあえず、宮守さんがもう混乱してるからこの話しはここまで。宮守さん、部屋でお仕事されてて大丈夫ですよ。」

「そっか、じゃぁ仕方ないね。ここからが大事な所だったのに」

非常に爽やかに残念がっている。が、私は非常に助かりました。もう顔も見れないような状況の私はとりあえず90度以上の深々としたお辞儀に『失礼します!!』と大きな声で挨拶をして逃げるように仕事部屋に向かおうとした。


「あ!待って!」

神崎さんに声をかけられた、もう私を止めないでくださいー!

「連絡先、もらっても良い?」

「はい!どうぞ!桔梗さんに聞いて下さい!!」

振り返らず顔も見ずにとりあえずこの場から逃げることしか考えられない!失礼を承知で言い逃げします!!

居間から仕事部屋へと逃げました。

扉を閉めた所で、若干居間の会話が聞こえます。聞きたくないけど聞きたい!そっと耳だけ集中させました。



「界星は冗談とか言わないからなぁ。まさかあんなこと言うとは予想しなかったな」

「ほら、俺もさっき言ったけど、何事もタイミングだから。はい、連絡先下さい」

「・・・渡すけど、ちょっとしばらくの間はできれば納品は他の人にしてもらいたいかな」

「え?!ここからが正念場で一番楽しくなるのになんでそんな事言うの?!」

「素直すぎるのも問題だな・・・」



私に気を遣ってか、桔梗さんが、納品時の配達の人を変えてもらうように交渉をしております。うわぁあ、本当にすみません。ん?いや、私は悪くなくない?!



「こうやって外堀から埋めるような真似するなよ。結の気持ちを尊重しろよな。あと、今日ここに居たのが桔梗と俺だから良いけど、他の神代がいる前でするなよ」

「なんで?むしろここには神代しかいないんだから大丈夫でしょ?おかしくない?」

「人を口説いているのを見て、良い気しない奴だっているかもしれないだろ」

「違うね、如月くんなんか隠してるんでしょ」

「もうお前斎服やるから今すぐ帰れ」

「そんなの肯定してるようなもんだよ、どうしよう、そっちの話も気になるな。なんか楽しくなってきちゃった」

あわわ、多分、如月さんが言ったのは、皐月さんの件だ。神崎さんが私にプロポーズしたなど、皐月さんの耳に入らないようにしてるんだ。なるべく気づかれないようにして・・・だけど、神崎さんの察しの良さも凄いな。


「界星、それ以上聞くと宮守さんの連絡先を教えない所か、宮守さんにお世話係を臨時で外れて貰うようにするよ」

「副社長までがそう言うなら、俺が聞くべき話じゃないって事だね、”今”は。わかった。大人しくお茶頂きます」


とりあえず、神崎さんの静かなる攻撃が終わった。良かった良かった。

やはり神部の方は頼りになりますね。決定権があると本当に速やかに物事が治まって非常に助かります。そっか、副社長までがそう言うならって・・・



・・・副社長?

あれ?桔梗さんは秘書ではなかっただろうか?あれ?でもそういえば先日も何か同じように心に引っかかった事があったな?




・・・ーーー


「規則作りは八重に任せてあるからなぁ、従わないとね。示しがつかないから。ね?」

「何さ、八重なんて気にしなくて良いでしょ、桔梗は副社長なんだからさ!」

「だからこそ見えないところでも守らないとダメだろう?」

「生真面目!堅物!俺と一緒にお酒飲んでよ!!」


・・・ーーー


五月末の皐月さんと水無月さんの入れ替わりの日だ。

言った。皐月さんが言った。その時もなんか心に引っかかったけどそれだけだった。

え?桔梗さんて副社長なの?!



神崎さんの件で物事の処理速度が鈍ってしまったのに、ここにきてまた新たな情報が追加されました。情報過多です。だめだ、これは神崎さんが帰るまで仕事部屋にこもっていつもの仕事をして心を平常心に戻さなくてはです。


何も収拾付いてないですが、あれです。先日桔梗さんに教わりました。

『放っておくと、案外良い感じに収まるものですよ』を信じて放っておくことにします。










六月十五日


本日は休日です。休日ですが、私は母家の台所におります。

神代の食事を作っているのではありません。そう、お休みなのでお菓子を作っております。私が食べたくなったのでガトーショコラと、六月末の夏越大祓でも食べる『水無月』の試作の二つを作っております。


桔梗さんは居間でパソコンを開き仕事をしております。


最近では、休日は桔梗さんが食事を作って下さって、私はこんな感じで台所で遊ばせて頂いております。友達とは中々予定も合わないので、遊びに行くことも叶わずですし、そこまで物欲がなく何かお菓子を作ってる方が、没頭できて余計なことを考えなくて楽なんです。しかも、没頭して作った後は美味しい思いもできます。

余計なこととは先日のアレです。もう十日経ちますが、なるべく考えないようにしておりました。


が、連絡は来ます。


私はマメな人間ではないのであまり返事をすぐには返しておりません。そもそも、メッセージアプリで連絡をとっておりますが、『返事は今のところ急いでないから大丈夫です。でも、もし早く答えを欲しいと思う事態になったら急かすかもしれないです。お付き合いをしたいなって思ってる気持ちは本当だし、まずは取引先からお友達に昇格させてもらっても良いですか?』とぐいぐい来ます。


五月の節句の時に水無月さんが言ってた、『凄いよね。・・・スライムとか、スリの手先みたいに人の懐にあっという間に入っちゃう』は本当に言葉通りで、結婚しようなどと最初に言われた時は、皐月さんや長月さんみたいに軽い人種だったのかと思ったのですが、やはり天性の何かなのか、持ち味なのか、その後は何を言われても『軽く』は聞こえない。なので、その・・・気まずかったり困る気持ちは正直ありますが、”不快感”はないのです。



「あ、そろそろ焼けたかな」

先に作ってオーブンに入れていたガトーショコラの焼き上がり時間になりました。



「良い香りですね」

居間から桔梗さんがお顔を出されました。

そう、秘書と自己紹介をしてきたこのお方。先日少し頭が落ち着いた頃に聞いてみたらやはり副社長だったようです。なぜそのような方が境内に・・・しかも、土日には食事を作ったり洗い物、掃除をしたりしているのだろうか・・・と思いましたが、そうですね。何かあった時には副社長ほどの方なら即決ができますものね。感謝しますが、ちょっと恐れ多くもあります。


「ガトーショコラは数日寝かしたのも凄く美味しいんですよ!いくつか作ったので、今の出来立てと、後日寝かせたものの両方を食べてみてください!」

「ありがとうございます」


一般の方が、会社に就職する時は、事前にいろいろ会社情報も調べるだろうし、入社式もあるのえ、社長や副社長の顔を見ることもあるでしょう。ただ、私は、私の所属するこの境内のことは社内でもほとんど伏せられている。

それに、お世話係に至っては、会社からの説明という説明はない。もちろん、入社前に八重さんにはお会いしていろいろ手続きのあれこれは多少の説明を受けてはいますが、基本は私は前にお世話係をしていた『私の母』から小さい頃から仕込まれてきました。なので、仕事やこの特別な環境に関しては特別説明はいらないのです。

まぁ、たまに母に連絡をとった時にふと気になった事があって聞くと『あら?それ言わなかったかしら?』なんて言われる事もありますが。


オーブンから焼き上がったケーキを出して、粗熱を取ります。

台所にチョコレートの甘い香りが広がりました。あぁ、なんて良い香りなのだろう。

そんな事を思っていたら、後ろから桔梗さんに話しかけられました。


「界星の件、大丈夫ですか?落ち着きましたでしょうか?」

「え!!あ、はい。なんとか・・・とりあえずですけど。メッセージもよくきますが、とりあえず適度に返信してます」

「適度・・・!」

桔梗さんが楽しそうに笑いました。


「え、なんかおかしかったですか?」

「いや、宮守さんらしいなって。相手に流されず自分のペースで接するところです。すごく良いですよね。でも、本当に何か困って、ご自身でも手に負えなくなったら言ってくださいね。まぁ、界星はそんな事になるような人ではないから大丈夫だと思いますが」

「あ、なんか、確かにメッセージきてたまに面倒だなぁって思うことはあるんですけど、内容に気を遣ってくださっているからなのか不思議と不快感は感じないんですよね?なんでかわからないんですけど」

「それが、神崎 界星と言う人間なんです」

「とりあえずは無害って事ですね」

そもそも嫌悪感は感じていなかったので、このまま相手の気持ちが冷めるのを待ちましょう。


「こんな事を聞くのは非常に野暮なのですが、実際の所はどうなんでしょうか?界星に気はありますか?」

「えっ?!あ、考えたことも無かったです!全部いきなりすぎて、嘘か本当かとか、情報の処理のことしか考えてませんでした!」

「まぁ、皐月の事もありますからね。もし仮に界星が気になったとして、今すぐは返事をしずらい状況ではありますからね」

「そうですね。それを無意識でわかって考えなかったのかもしれないです・・・」


「あ!美味しそうな甘い匂いするー!お菓子でしょー!」

「ただいまです。桔梗さんも一緒に作ったんですか?」



噂をすれば、なんとやらです。お出かけをしていた皐月さんと、睦月さんが母家にいらっしゃいました。

「あぁ、お帰り。雨大丈夫だった?今日のお菓子は宮守さんだけの手作りだよ」

「雨凄かったー!流石梅雨だねー!食べたーい」

「一人でこの量を・・・」


と、突然桔梗さんがあたかも会話の続きするかのように話し始めた。

「っというわけで、明後日に”次の長月”が午前中に境内に話に来ます。客間をお借りしますのと、もし気が変わったらご同席下さい」

「え?・・・はっ!はい!」


話を逸らしたのは良いが、重要事項を投下されました。

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