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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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五章:皐月の君へ エピローグ


「え?茉里ちゃんお世話係やめちゃうの?」

「私の従姉妹が今年大学卒業するの。来月から境内に入るから」



サバサバした彼女、茉里ちゃんがお世話係を辞めると言ってきた。

三年務めてやっと仲良くなれたかなって思ったのに、別の子に変わっちゃうのか。

ま、いっか。また次の子ともそれなりに仲良くやっていければいいや。





小学校の時からあまり細かいことを気にせずに生きてた。

中学校、高校生、大学生とそれなりに色々思ったり多少は考えることもあったけど、基本は変わらない。なんでも真面目に考える人からしたら”いい加減”と思われる事だろう。

そんな自分の事や価値観を順序立て説明されて、覆されたのは『社会人』になってからだった。

社会人という名の、正式な『神代』になった時だ。

そう、如月と初めて会った時には、こんなに話すことになるなんて思ってなかった。





自分の価値観が覆されたりと色々衝撃を受けた境内での生活。

本殿での一ヶ月は本当に何もなく、強いて言うなら『ちょっと寝ちゃった』ってうたた寝した感覚で一ヶ月が過ぎた。体に変化も何もない。

本殿での一ヶ月以外は、毎日起きて、作ってもらった朝ごはんを食べて、二日か三日に一回自分の家で自分の衣類を洗濯をする。仕事で工房に篭って作業をして、また作ってもらったお昼ご飯を食べる。また工房に戻って夕方まで仕事をして作ってもらった夕飯を食べる。お風呂に入って、母家でお酒を飲む日もある。そんな毎日の繰り返しだ。

境内に入ってすぐは、土日は休みだからと出かけることもあった。学生時代の友人と金曜日の夜中に飲みに行くこともあったけど、みんな2年目以降はそれぞれの会社で後輩も増えて、同僚や後輩と飲みに行くことが多くなってからは少し付き合いが薄くなった。

でも、一緒に飲んでくれる人なら境内にいる。

如月だって話しを沢山聞いてくれる。長月は長い時間お酒を飲んでくれる。水無月は面白い。神在月はいい奴。弥生なんて仏だと思ってる。


俺が境内に来た時の”睦月”は、家庭持ちの睦月だったから、夜一緒にお酒を飲むって事はなかった。当時は一番の年長者だった。あの茉里ちゃんが、敬意を払って接していたくらい。

他の家庭持ちの神代も、高校生の大きい子供がいるけど、前の睦月の子供は俺と歳が近かった。

なんか、今になって思う。持ち前の俺の図々しさで、睦月の時間を少しもらって結婚とか家庭の話しをもっと聞いておけばよかったな。






「霜月のところ、生まれたらしいぞ!男の子だってな!」

俺も、茉里ちゃんも境内に来たばかりの数年前のある日、神在月が報告してくれた。

その時は、『あぁ、この間、霜月と奥さんが出かけるとこを見かけたけど、お腹すごく大きかったもんな。色々荷物持ってあげて大変そうだったな』

と思った。確かに他人事なんだけど、他人事すぎて、なんかよくわからなかった。何もかも。

大変なんだなー、とかすこし思ったけど、人の事だし。でも、いつかは自分も結婚して家庭を持つとしたらそういう風に色々気にかけてあげなくちゃいけないのかな。え、俺できるのかな?いやいや、妊婦さんの荷物持ちくらいは流石にするよ?でもそれ以外のなんかよくわからない家事とかに気づけなかったり、できないとか言ったらダメ夫とか言われるのかな。でもそれって、向き不向き、得意不得意、人それぞれじゃない?


可愛いなって女の子を思うことはちゃんとあった。好きだなって思って付き合った子もいた。だから、愛情も無く、ただ女の子と付き合ってるわけではなかった。

でも続かない。相手の女の子がいつも俺に不満を打ち明けては去っていく。これの繰り返しだ。



『して欲しい事をしてくれない』

『見た目が変わった事は気づいてくれるのに、今の私の態度の原因には気づいてくれない』

『言って欲しいことを言ってくれない』

『もっと気にかけて欲しかった』

『どうして気づいてくれないの?』



全部、『それって他人の俺にはわからなくて当然じゃない?』と言う事ばかりだ。

たまたまそう言う子が続いただけかもしれないが、他人の心を察知できないと一緒に居ることはできないのだろうか?居たいと思ってもらえないのだろうか?どうして自己申告をしてくれないのだろうか?


『気にかけてもらえないと、好きじゃないって思っちゃう』

『私の事好きで大事なら分かるんじゃないの?』


そうきたか・・・。

女の子、女性というのは、自分の考えていることや、気持ちをわかって欲しい生き物なのだろうか。でも、もし何でもかんでもわかったら、それって気持ち悪くない?あ、これってネットで見たかも。

自分が”良いかも”って思ったイケメンが、声をかけてくれたり、食事に誘ってきたり、自分の欲しいものをくれたり、気持ちを察するとすごく喜ぶんだよね。

でも、反対に好みの人じゃない、苦手だったり好きじゃない人にされると、『怖い』とか『気持ち悪い』とか言うヤツだ。

あぁ、ならば、好かれていたのは事実か。でも、察する事、相手の希望に沿ってないから俺は振られたのか。


相手の女の子に興味がないわけじゃないんだけど、今後はそこまでできるかわからない。やらなくちゃ結婚できないなら出来る自信はない。そういうの気にしない女の子っていないのかな。








「本日からの、神宮(かみや) 睦月(むつき)です。今日から境内に住みます。よろしくお願いします」


四月に、先代と同姓同名の睦月がやってきた。それはそうだ。神代というのは、《神宮家》に生まれた男児で、担当月が下の名前になる。この、今日境内に来た『神宮 睦月』が、次の世代に変わったとして、次の世代もまた『神宮 睦月』なのだ。


引越しの荷物を持ち込んでいる様子を工房あたりから少し見ることはあったし、特に初めてではないけど、改めて、今日からの『睦月』はこの子なんだなって思った。



あとは・・・


「本日からお世話になります。宮守(みやもり)  (ゆい)と申します。よろしくお願い致します」


明るい茶色をしたふわふわのボブヘアーの女の子がいた。

茉里ちゃんは黒髪のボブヘアーでストレートだった。キリッとした印象だったのに比べて、この子はふわふわふとした正反対の印象だ。本当に従姉妹なんだろうか。いや、従姉妹ってそもそもそんなに似てないことの方が多い気がする。俺の出会ってきた従姉妹では。



しかし、ふわふわとした印象は見た目だけだとわかった。



「食事に関して予め聞いている事もありますが、皆さんの好き嫌いを教えてください」

「斎服は、当日の朝にお渡しします」

「今日、ちょっと変わった味付けの料理を作ろうと思うのですが、エスニック系の味付けが苦手な方っていらっしゃいますか?」

「飲み過ぎです」

「あ、こっちはダメですけど、こっちなら食べて大丈夫ですよ。他の方には内緒ですけどね」

「私が苦手なので、そういったもの作らないんですよね。でも、お好きでしたらもちろん作ります!」

「休みますから!!」

「それだと全体的にうまく行かないんです。申し訳ないんですが、この時間だけは守ってもらえると助かります・・!」

「これですよね?どうぞ」


しっかりしている。

しっかりしているとは何なのだろうかと考え始めるとなんかドツボにはなりそうになってしまうが、しっかりしている。

違うな、しっかりしているのではない。


この子が今までの女の子と違うのは、『仕事』だからだ。それにしてもこんなに気持ちの良い、快適なことがあるのか。あれ?俺たち”神代”が快適な暮らしを送れるためのお世話係だからこれが正しいのか?


茉里ちゃんの時とは全然違う、”お世話されている”という感覚ではなく”日々の充実感・幸福感”が積もる一方だった。



公私混同とはこのことを言うのだろうか。

そもそも彼女、結ちゃんはここへは仕事として来ている。来ているというかもう半ば住んでいる。


同棲だって、楽しいのは最初で、結構面倒だと言う話を聞いた。でも一緒にいて面倒に思うことは無い。

確かに寝る場所は違う。けど、顔を合わせてる時間だけで言うなら一般的な同棲とあまり変わらないような気がする。むしろ、お昼に会う時間がある分他の人より多いと思う。邪魔はしないで欲しいものを欲しい時にくれるし、わからない時は聞いてくれるし、自分の意見は主張する。


何度も考える。彼女は仕事でいるんだ。これは仕事だからここまでやってくれている。

でも、仕事なのに彼女は自分のわがままも言う。いや、わがままと言うと語弊があるか。”権利を主張する”が正しいのだろう。権利というと固い印象だ、”権利”を”わがまま”みたいに言う。でも、そのわがままが、すごく俺にとって”面白い、楽しい、生きやすい”と感じた。初めての女の子だった。


待て、俺大体こんなに物を考えるタイプだったっけ?珍しい・・・普段は、『あ!いい感じの子!』とか『あー楽しかったな!』とか、『まぁ、こんなもんだよね』くらいなのに。



そうか、俺が今まで女の子に言われてきた『振られる原因』を彼女は全く気にしていないからだ。

そりゃ、プライベートじゃなくて『仕事』だからね!

でも、もし彼女が仕事でなくプライベートもこんな感じの考え方で生きているなら・・・。



察して欲しいなんて言わずに自分の気持ちや意見をはっきりと言う。



たったこれだけの事が女の子には重要で、でも自分では言わずに男に求める。

でも、俺はその能力なのか優しさが足りないんだか、はたまた持って無いんだか。

言わないでわかってほしいってやっぱり俺には難題だ。

女の子だけ、男側に”気持ちを察してほしい”なんてずるくない?男だって気持ちを察して接して欲しい時なんか山ほどある。


俺は神代だし、仕事は工房で、他の男性とは労働環境がかなり違う。

他の働いている男性が味わうであろう、上司からの圧力、部下の指導、機嫌を取らなくちゃいけない取引相手もいない、ノルマもない、時間に追われることもない、通勤の辛さもない、お金のやりくりに切羽詰まることもない。

つまり、他の人が味わうであろうストレスがない。しかし、神代故のストレスは多少あると思う。自分でもあまり自覚ないけど。

でも、社会に出ている男性は、人によって度合いは違うだろうけど、今並べたようなストレスを抱えて生きているんだ。『女だって働いてるんだから一緒よ!』って言われそうだけど、それはそうかもしれないけど、結局男と女って違うんだよ。だから女の子の方が我慢強いとか痛みに強いとかそういうこと言ってるんじゃない。男女の差があって、なおかつ感じ方には個体差があるんだ。

女性を守ってあげたいとか、大事にしたい気持ちはあるけど、こちらの事も少し気遣ってほしい。



そう、彼女、結ちゃんは、まさにそれをしてくれる女性だった。



は?そんなの好きになっちゃうじゃん?俺の理想の子じゃない?

結ちゃんが境内に来て一緒に生活をする時間が増えるごとにそう思ってきた。

でも、彼女からすると仕事なんだ。

プライベートではどういう人かはわからない。もしかしら、付き合ったら他の女の子と同じように『なんでわかってくれないの?!』というタイプかもしれない。見ている限りではそんな事はなさそうだが。




日に日に、彼女への興味が深まっていく。しかし、どっぷり浸かるわけではなく、徐々にだった。なんか、侵食されている感じである。俺が心地よいと感じるのは、相手が仕事で気を遣ってくれてるからというだけなのかな。ちょっとわからない。でも、すごく楽しい。多分一緒の学校に通ってたら好きになっちゃうんだろうな。いや、絶対になるだろうよ。好きになるはずなんだけどなぁ・・・?


そう思ってた時だった。







「・・・俺たち神代と、お世話係の間には・・・絶対、恋愛感情が生まれないようになってるはずなんだ・・・」



最初、水無月が何を言ったのかわからなかった。本当に一瞬、違う世界に飛ばされたのかと思った。

いくら人と話すのが苦手だからって何ちゅうこと言ってるのこの人って思った。

でも、結ちゃんや如月の顔を見ると、冗談ではないらしい。



【神代とお世話係の間には、絶対、恋愛感情が生まれないようになってる】



ここにいる三人の顔を見る限り、知らない俺の方がおかしな事を言っている様な雰囲気だった。

実際そうだった。睦月に聞いたら、神部からの説明はなかったが、前の睦月と話をした時に聞いたらしい。

マジか、俺だけ知らなかったのか。



知らなかったっていうか、そもそも”恋愛感情が生まれないようになってる”って何?



結ちゃんから話を聞くと、なんか信憑性があまり無さそうな話をされた。

俺からの好意が迷惑で、初手で遠回しに断られたのかと一瞬思ったが、そうでもなさそうだ。

確かに、神代とお世話係が付き合っていたりとか結婚した話は聞いた事がなかった。

茉里ちゃんもすごく美人だったけど、特に俺は何とも思わなかった。

でも、結ちゃんは、凄く良い子だと思ったし、俺の好みだなって思った。でも、確かに、『好き』かと聞かれると自分でもわからない。これが、”神のイタズラ”なるもので”操作された感情”なのだろうか。



いやいや、やっと、本当に好みの外見で中身も理想の女の子が現れたと思ったのに、いまいち好きになりきれなくて、それが神のイタズラで操作された感情だとか、俺はどれだけ遊ばれてるのさ!

納得できない。もしかして、結ちゃんには本気すぎて、今までの『好き』の感情とは”感覚”が違うのかもしれない。これは、絶対に確かめなければダメだ。


比較的何でもいい加減だった俺が、こんなにも考えてるんだ。如月にも言われたし、・・・言われたからやるわけじゃないけど、ちゃんと納得したいから、思ったように、しっかりと自分の気持ちを確かめられるように行動しなくちゃ。

って、思った矢先、翌月の担当月は俺な訳であってなんてタイミングの悪さなんだ!しかも、『神代とお世話係の間には恋愛感情は生まれない』から普段だったら”じゃぁ出てきた時に〜”とかゆっくり考えられそうなのが、今はなんと『神代ではない男』が境内にいるではないか!


結ちゃんと年の差は一回りもあるが、それでも見た目も全然若く、神部の本社では長年に渡りスパダリ候補No.1の男、【神部 桔梗】。この男を境内に解き放ったまま俺は一ヶ月も鍵までかけられてまで本殿に入ってなくではいけないのか?!

なんて状況を作り出してくれたんだ神は!もうこうなったら牽制しておくしかない!


桔梗の事は本当に尊敬するし、男としても本当に人にオススメできるほどの人望だ。俺も桔梗は好きだし、今回だって警備じゃなければ一緒にお酒を飲みたかった。子供の頃から知ってはいたし、大学生の時に神代だという理由で特に気にかけてくれていた。俺には兄も姉もいるけど、桔梗よりは年下だ。兄も男らしいが、桔梗は更に”大人の男”で安心感がある。

しかし、今回は牽制しなければ!





「はーい、じゃあ俺は行ってきますが・・・桔梗、そう言うことだから。ね?」




あえて桔梗もいる時に結ちゃんの話かけた。

あれだけ聞けばわかるだろう。それに、この俺の感情次第で、言い伝えが本当なのかどうなのか、神のイタズラに期限があるのか、色々判明することは管理をしている神部にとっても重要なことだろう。これは桔梗にも関係あるって言えば関係あるからね?!




入って、体感的には長くても30分から1時間くらいでもう五月が終わって、本殿から出るんだ。

そうしたら沢山色んな事を考えなくちゃいけない。苦手だけど!



桔梗に本殿に入れられご丁寧に鍵までかける。

とにかく、もうさっさと儀式に入ろう。俺は本殿の中心に向かい、すぐに座る。

そうしたら、結ちゃんの声が聞こえてきた。



神代(かみしろ)の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」




気遣い屋さんだったり、冷たかったり、辛辣だったり、怒ったり、でもそれでも毎日大変ながらに楽しそうにしてる彼女。そんな彼女が丁寧に俺たち神代に言葉をくれる。

部屋は広くて中心までも距離はあるが、この声がしっかりと届いていることを彼女は知っているのだろうか。

あぁ、もう考えたところで仕方ない、儀式が終わったら!本殿から出たら全部考えよう!

頭の中を強制的にリセットして、俺はこの言葉を唱える。そうすれば、すぐだから。







「我は、《皐月》の神代(かみしろ)。ひと月を捧げに参りました」



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