表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/87

五章:皐月の君へ 三話


プシューーー・・・



ガタタン・・・ガタタン・・・



境内の最寄りの駅につきました。

あの後は、いかに人気の外資系の彼の興味を誘わないかだけを考えておりました。そもそも彼が興味があるのは料理の内容だけで、私は別に関係ないのである。しかし、女性とは怖いものだ。『興味ある話題を出した者』が勝者の様な時もあるのですね。もう今度があるとしても徹底して人が興味を持たなそうなものを研究してから行こう。



電車を降りて、改札へ向かう。この時間、人は多くはないが少なくもない。そんな中、改札からホームに向かってくる女性たちがなんか騒がしい。今は夜の十一時だ。何か事件があったのか。もしや不審者でも出たのだろうか。しかし、特にサイレンや赤いランプが点いているわけでもない。どうしたのだろう。改札付近で立ち止まっている女性たちの見ている先を辿った。



桔梗さんがいた。



「あっ、あああああーーーーーー!!」

駅の改札で大きな声を上げてしまった。



その声に気づいた桔梗さんがこちらを見てにこやかな顔で手を振ってくれた。

いや、ちょっと、いや、あああああ。もう周りの女性たちの視線が痛い!その表情が痛い!長月さんの時と同じくらい痛い!そして、三駅前に電話をしませんでしたすみません心が痛い!!!そして、本当に何も怒っていない爽やかな顔を見ると更に心が痛い!



走って改札を抜けてまずは頭を下げました。

「本当にすみません!!電話するの忘れてました!」

「いえ、十分前にきたばかりです。全然待ってませんよ」

「人は皆、相手に気を遣わせないためにそう言うんです!絶対待ってましたよね!?」

「本当です。大丈夫ですよ。無事に駅について下さって良かったです。さあ、帰りましょう」



もう五月だとは言え、夜はほんの少し気温が下がる。もちろん、寒いなんて程ではないが。結局お酒を何杯か飲んでしまったので、顔が熱い。少しほてりをとってくれるのには良い気温だ。

そう考えながら、隣を見る。きっと夜道は危ないからと迎えにきて下さったんだろうな。駅からそんなに距離は無いし、私は神代でもないのに。優しいなぁ。そう思いながら歩いていたら話かけられた。



「今日はいかがでした?美味しい食事食べられましたか?」

「あ!それがですね!いえ、美味しいには美味しいものもあったんですけど、女性陣の狩猟本能が怖くてですね、途中味がわからないものもありました・・・」

「狩猟っ・・・くく」

口を掌で覆って桔梗さんが笑い始めた。


「いや、本当に怖かったんですから!なんか運悪く料理の話になっちゃって!」

「あぁ、それは災難でしたね。料理を仕事にしている方以外の場合、宮守さんより日頃の料理の回数が少ない可能性の方が圧倒的に多いですからね。自炊される方もいらっしゃいるとは思いますが、大量調理の段取りの経験や、人に食べてもらう事は、自己満足とは違って気を使うことが多いですから」

「得意料理を今日の人気男性の好みから外して答えたつもりが逆に当ててしまって、他の女性から睨まれました」

「何がお好きだだったらんですか?」

「まずは切り干し大根です」

「渋い男性ですね」

「トドメはラーメンでした」

「私もラーメン好きですよ」

「ええ?!ラーメン食べるんですか!?」

「?」

この方がラーメンを食べる絵が思い浮かばない。







五月三日


G W(ゴールデンウィーク)も半ばである。

暇である。



朝食を食べ終えた私は、母屋の事務作業用の部屋を模様替えしようとしておりました。

しかし、ここにきて『休み』と思うと気が進みません。他にやることもないのに。それになぜか神代の方が数名、母屋の居間で寛いでいらっしゃいます。ご自分の家では寛がないのでしょうか。

ッハ!これは『男子学生の友達の家に遊びにきた時』的な感じなのではないだろうか?!


何人かで友人の家に遊びにくるが、全員が同じことをするわけではないと噂のアレです!

2〜3人はテレビゲームをして、一人は雑誌を読んでて、もう一人は漫画を読んでて・・・みたいなアレです!


居間の卓では如月さんが先日同様にパソコンで何かをしております。

水無月さんはなんかそわそわしております。

睦月さんは台所にいる桔梗さんにくっついております。

弥生さんは家の掃除をすると、食後そのまま母家を後にしました。

長月さんはひな人形を置いていた隣の部屋で寝ております。

神在月さんはお出かけされました。

そんな状態です。


そして、そわそわしていた水無月さんが、桔梗さんのところへ行った。

「桔梗、俺・・・お昼ご飯、いらないから・・!」

「はい、行ってらっしゃい。もし夕飯もいらなくなったらメッセージ入れといてくれれば良いから」

「そんなには・・・!」

「気にしないで好きにしたらいいよ。その場の雰囲気で、水無月がどうしたいか決めればいいよ」

「・・・うん」


なんの話だろうと椅子に座りながらボケっと見ていたら、今度は私の方へ水無月さんがやってきた。

「あの・・・!この間のお見合い・・・!」

「え?!あ!はい!この間のですね、どうしました?」

「す・・すぐにってわけじゃないんだけど、その、まずは友達から・・・的な感じで・・・」

「あ!お話しお受けしたんですね!あれ?受けるって女性側が言うことでしたっけ?あ、と言う事は水無月さんから話しを進めたって事ですね!!」

「進めたのは・・・八重だけど・・」

「でも、水無月さんの意志ですよね!良かった良かった!おめでたいです!で、今日これからデートって事ですよね!」

「でぇっ?!デート・・・では・・・」

「”でぇーと”でしょー」

隣の部屋の長月さんがごろりと居間の方に寝返りを打ちながらだらけた話し方で肯定してきた。


「そっ・・そうなのかな・・・」

「良いなぁ、俺もデートしたいなぁー・・・。あっ!ねぇ結ちゃん!」

「誹謗中傷を浴びるので遠慮いたします」

「まだ何も言ってないのにー」

「じゃぁ、水無月さん、楽しんできてくださいね!」

「八重が・・・色々考えてくれたから・・大丈夫」

どうやら、八重さんが間を取り持ったり今日のデートプランを考えた模様。

水無月さんを知らない方からしたら、『デートプランも自分で考えないような男なんて!』と仰る方もいらっしゃるかもしれません。いや、むしろそう思う人が過半数かもしれない。でも、私たちからすると、水無月さんが人とコミュニケーションを積極的に取ろうと思い始めたり、ましてお見合いも行き、更にはそのお相手とデートだなんて、事の運びが本人だけの力でなかったとしても、盛大にお祝いをする程の重大さである。


「誰が決めたプランでもなんでも、お二人が楽しめれば良いんですよ!行ってらっしゃいませ!」

「うん、ありがとう」

「「行ってらっしゃい」」

桔梗さんと睦月さんが優しく見守るように声をかけた。



そうか、そうか、ついに水無月さんが一歩踏み出されましたね。すごく喜ばしい事です。

こうやって、毎日同じような感じだと思っていても、少しずつ変わっていくんだな。

そんな事をまたボケっと考えていたら、あまりに暇そうに見えたのか桔梗さんが話しかけて下さいました。


「宮守さん」

「はい?」

「端午の節句はどうしますか?」

そうだ!元々行事はやりたかったけど、お出かけの神代もいるんだよね。でも、今年はちゃんと行事やりたいって思ったんだけど、どうしようかな・・・

「今年は行事をしっかり行いたいとおっしゃってたみたいなので、宮守さんが疲れない程度にご一緒に準備をいかがですか?」

「一緒に・・・やります!」

「では、後で五月人形を出しますので、もし時間が合えば」

「暇です!暇ですので!」

「のんびりやりましょうね」

「はーい」

仕事じゃなくて、楽しくやれそう!

「僕も、手伝って良い?」

睦月さんが挙手をした。

「じゃあ、みんなでやろうか」

そういうと、睦月さんの顔がとても晴れた。元々暗い顔はしない方だけど、すごく明るい表情も見たことがなかった。桔梗さんといると何か楽しいんだろうな。


「五月人形と、あと買い出しも行こう。ちまきか柏餅も作ろうか。神代の家にも声をかけて、五日のお昼に来れる人をあらかじめ聞いておこう。睦月、どれやりたい?」

「全部、全部やりたい」


兄弟みたいで微笑ましい。







お昼ご飯は、桔梗さんのキーマカレーを食べて大満足いたしました。水無月さんにも食べてもらいたかったなぁ。でも、デートの方が大事ですからね。また今度作ってもらってください。なんたって、残りはございません。弥生さんが全て食べてしまわれましたので。



「カレー美味しかったね。もちろん、結ちゃんが作ってくれるカレーも美味しいけど」

とても満足した表情で弥生さんの笑顔がとっても眩しいです。

「すごく美味しかったです!人が作ってくれた料理って本当に美味しいんですよね」

「自分で作ると美味しくないの?」

「いえ!たまに本当に自分の好みの味付けができた時は美味しい!天才!って思うときありますけど、なんていうんでしょうか、お魚とかはただ焼くだけなのに、自分で焼くと『あれ、ちょっと焼きすぎちゃったかな?』とか、『もう少し焼き目がつけばもっと美味しかったのかな』とか考えちゃうこともあります」

「そうだったんだ。全部美味しいよ」

私の心に優しさの矢が五本射られました。ズタズタなのになんて幸せなのでしょう。


「これから五月人形出すんでしょ?」

「そうです!桔梗さんと、睦月さんも手伝ってくれます」

「睦月はすごく桔梗に懐いているね」

「はい、歳の離れた兄弟みたいで微笑ましいですね」

「睦月は年齢が離れてるから、今の神部の管理職組とは接点が少なっただろうからね」

「弥生さんは昔から知ってたんですか?」

「うん、俺は割と小さい頃からね」

「だからみなさん仲が良いんですね!」


縁側に座りながら弥生さんとお茶を飲みながら雑談をしていた。そうしたら、一度離れに戻っていた桔梗さんと睦月さんが戻ってきた。

「そろそろ人形を出そうと思います。宮守さん、倉庫にお邪魔しますね」

いつもワイシャツ姿だった桔梗さんが私服で現れた。どこのかはわかりませんが、絶対的なハイブランドなのに、とてもシンプル過ぎてどこのブランドがわからない洋服で、信じられない程この場にそぐわない素敵さが溢れております。平たく言いますと、ただの黒いTシャツとただのジーンズを履いているだけなのに、モデルがやってきたと勘違いするっていう程です。あれですか、本日は境内を貸し出して何かの撮影でもされるのですか。スーツでもないのにこの私がこれほどまでに心を動かされるとは!!


「あ!はい!私も行きます!」



五月人形を倉庫から母家へと運び、拭き上げをしながら飾り付けをする。

私は、拭きものの準備をしたくらいで、桔梗さんと睦月さんが飾り付けのほとんどを行って下さった。

そのまま、節句に何を作るかを話し合って、必要な材料を書き出して買い物リストを作る。

「へぇ、料理作るときってこうやって決めてるんだ・・・」

「まぁ、節句とかの時に食べるものって決まってたりするからね。でも、普段の食事の場合は特にそこまで気にしないんじゃないかな。宮守さんがそういうのは上手にやりくりしていると思うよ」

「え!上手にではないですけど、野菜はレシピに書かれているものでないものを使う時もあります。餃子だったら、キャベツじゃなくてたまたま買い置きがあったから白菜を使うとか、ですけど」

「何で代用できるかとか全然想像もつかないや」


睦月さんの様子を見ていたり話をしていると、料理や節句に興味があるのではなく、桔梗さんという人間の魅力に惹かれている感じがする。いやぁ、神部の方は超人ですから、スーパーマンに憧れるようなものでしょう。多分出来ない事なんて無いんでしょうね。羨ましい。

そんな方がこんなところでご飯作ってたり、端午の節句の準備とかしてて良いのかな。境内にいる間は仕事は減ってるとは言ってたけど。こんな姿を本社の事務の女性社員が見たらもうみんな発狂しそうだな。こんな庶民的なことを色々できて、家庭的な・・・あぁ、だからスパダリ候補No.1なのですね。



本当に少しの手伝いをして、夕飯も人様に作って頂いた夕飯を食べ、私は現在母家のお風呂に浸かっております。あ、お風呂は流石に自分で洗って沸かしましたよ。

今日は特に何もしなかったけど、すごく平和でのんびりとした一日を過ごせたな。

このゆっくりな生活が明後日まで続くのか。いつもバタバタしているとはいえ、境内(ココ)には自然がたくさんある。一月は枯れ葉と枝だけの少し寂しいお庭でしたが、それでも寒椿は咲いていた。梅も咲き、三月と暖かくなるにつれて草木がの緑が徐々に増えていきました。桜の花も綺麗に咲き切りまして、今のお庭は時折雑草を抜かなければ見た目が良く無くなってしまう程には緑が沢山です。

都会のビルで仕事をしていたら、こんなに自然を感じることはないんだろうなぁ。私の仕事のバタバタとかセカセカしているっていうのも、多分一般企業の仕事の追われ方からしたら全然大した事ないのかも。時間の調節は自分でできるから、お金の関わる仕事でも、都合のいい時にできるし。


そんな事を考えながら、湯船でストレッチをする。

「今日も早く寝ちゃおう!」

健康第一です。








五月四日



「おはようございます!」

朝の7時なんて普段からしたら大寝坊の時間に起きた私は、軽く身支度を整えて台所へ行った。

起き抜けに、小さく聞こえてきた包丁の食材を切る音にウキウキしておりました。あぁ、これか、世の男性が『朝ごはんを作る音を聞きながら起きたい』とかなんとか言う。朝ごはん作ってくれてるんだなって言う幸せの音です。


台所に挨拶に向かう頃には包丁の音はもうしなくなりました。代わりに今聞こえてくるのは話し声です。桔梗さんの他に、既にどなたかいるのでしょうか。



「あぁ、そっか。わかったよ。皆には確定してから伝える。うん。こっちは今の所問題なし。え?ちゃんと見てるよ。昨日も一昨日も、連休の中日だから凄い売り上げだったね。最終日は多分例年通り落ちるだろうからって手は打ったけど、まぁ、その辺はそんなに拘ってないからさ。いつも上がり調子だとそれはそれで今後が大変だし。たまには月間の業績落とすくらいしたっていいよ」


おっと、お電話をされているご様子でした。

私が台所に来たことに気づいてくださり、電話をしながら手を振ってくださいました。私は返事とばかりにお辞儀をします。

「あ、これから朝ごはん盛るから。じゃぁ、悪いけど、届けるように言ってもらっていい?もちろん嫌がったらしてもらわなくて良いから。頼んだよ」

そう言って、桔梗さんは通話を終了した。話しの邪魔をしてしまったかな。

「おはようございます。すみません、電話の邪魔してしまいました」

「おはようございます。邪魔だなんてまさか、相手は(さくら)です。邪魔も何もないですよ」

「こんな朝早くから!おやすみじゃないんですか?」

「仕事の話しもしましたが、今日は私が頼み事をしただけですので」

管理職というのは気持ちが休まる日というのがあるのだろうか。


「そういえば、今年は六月の”夏越大祓(なごしのおおはらえ)”のご準備に参加されると聞きました」

「そうなんです!去年はバタバタしてできなかったので、今年は少しでもお手伝いしたくて!」


夏越大祓"なごしのおおはらえ"は六月の行事で、神社などに人が通れるほどの大きい(かや)で作られた輪が置かれております。各神社により、作法に違いはありますが、境内では、月中ずっと置いておき、その期間中は神代は近くを通るなら、なるべく多く潜ることになっております。

また、月末の六月三十日には『夏越のごはん』を食べます。お米の上に、茅の輪に見立てた食材を乗せたものです。他、和菓子で小豆を乗せたういろうで『水無月』と呼ばれたものもあります。

「積極的に行事を行ってくれてありがたいです」

「いえいえ!私もすごく楽しんでますから!」

「それは良かったです」





五月の気温も高くなってきた今日この頃。窓を開けると草木の良い香りがします。

こんな爽やかな朝に、みんなで揃って静かに、人様に作って頂いた美味しい朝ごはんを頂けるなんてとても幸せです。未だかつてこんなに幸せな朝食があったでしょうか。ないですね、私がずっとご飯作ってたので。



「・・・結ちゃん・・・幸せそうだね・・・」

水無月さんが気づいてしまった。

「はい!人様に作って頂いたご飯はとっても美味しいです!気候も良いし、静かだし」

「皐月いないと本当に静かだよな」

神在月さんが笑いながら言う。

そうか!この静けさは皐月さんがいないからだ!皐月さんがいなくて『寂しいね・・・』って言う静けさというか寂しい感じではなく、ただの清々しい清らかな朝・・・という印象が強かった。いえ、別に普段の皐月さんが煩いから嫌いとかそういうことじゃないですよ。

「皐月がいない方が良いって意味じゃなくて、静かなのってこんなに素敵なんだねぇ」

長月さんがボソッと仰りました。それです!いない方が良い訳ではないです!でも特に誰も話さなくても寂しかったり嫌にならないこの静寂!素晴らしいです。私は長月さんの言葉に首を縦に振った。


「皐月が聞いたら騒いで泣き真似するな」


この場にいなくても、話題になる皐月さんは、本当に皆さんに愛されているんだなと思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ