五章:皐月の君へ 一話
【一般人の境内への進入を極力禁ずる】
業務に関することでさえ、神宮の者、または神部の者を主に遣いに出すこと。他、神代の事情を知る神社関係者に絞る。神主、宮司を基本とし、神社の生まれであっても、神事を執り行わない者は遣いとして選出しないように考慮する事。家屋の修繕は神部の職人を斡旋する。神部の人間で対応出来ない場合のみやむを得ず侵入を許可するが、監視をつける事。
五月一日
「私が皐月に牽制される訳ですよ。基本境内にいる成人男性というのは神代だけです。神代はお世話係を好きになることはないですからね。逆もですが。しかし、私は神代ではありませんから、皐月からしたら最悪の相手です」
笑いながら桔梗さんが私に言った。
「私が思うに、皐月さんは『気が多い』と思われるタイプだと思うんです・・・。あれ、これだとちょっと伝わり方がまた違うような・・」
「『気が多い』は心が移りやすい、なので、まぁ浮気性と言われる事もありますね」
「うーん、やっぱり説明が難しい・・・」
「人類愛みたいなものじゃないですか?博愛みたいな。深く狭くではなく、浅く広く愛する人で、愛の種類が多いと言うか」
「あ!ちょっと私の想像に近くなった気がします!
昨日のお話しの続きを台所でしています。
しかし、いつもと風景が違います。なぜなら、私は台所の後ろにおります。メインで食材の調理をしていますのは桔梗さんです。
世間はゴールデンウィーク。本日は赤日の休日です。しかし、ここ数ヶ月は休みなど忘れて毎日家事をしていた事、それに、四月に色々と起こったため、私は自分の休みの事などかけらも忘れておりました。なんなら、端午の節句はどうしようとか考えてました。みなさんが境内に居ない可能性だってあったのに。
私が平日に有給を取って連日休みたい時など、もし心配事があれば、本社から代わりのお世話係が臨時で来てくれることもある。しかし、赤日は基本休日なので変わりは出さない。ちなみに、神代は最近では二十歳を超えた成人した男性が継ぐ事が多いので、給料も神代金もあるから自分でなんとか食事の準備くらいしなさいという八重さんの方針もあり、放っておいても良いとされている。
つまるところ、私が勝手にやってるだけだ。でも、世のお母さんというのは、これをずっとやっているのだ。それに子供の面倒も一緒に見ている。時短勤務だなんだ言ったって、仕事と家事の両立は難しい。私は家事でお給料をいただいているけど・・・まあ事務もやってますけどね。でも、家事に対する報酬は一般家庭ではない。
お母さんという存在がもっともっと報われる日が少しでも早く訪れますように。
と、いうことで、『会社員はしっかり休んでくださいね』と、代わりに桔梗さんが朝食を作って下さってるのです。でも、手持ち無沙汰でどうしようと落ち着きません。
「ご自身のお部屋には最近帰られているんですか?」
「あ!はい!一応、掃除とか換気をしたりですけど。もう、家というか倉庫みたいなものですね。衣替えの季節に、服を取りに行ったり、しまいに行ったりなどで・・・」
「そうでしたか。突然の休みで、計画も立てられないような感じで申し訳ないです。でも、どこか行きたいところはありませんか?五日まではお休みですから、近場なら私が車を出しますし、遠くでも行きたい場所が見つかればすぐ言ってくださいね。何でもご用意いたしますよ。ホテルも、飛行機も、船も」
この人が言う事は本当だ。多分、リムジンで出かけたいって言っても準備してくれそうなのが怖い。
私の目の前で流れるかのような動作で朝食を作っている桔梗さん。普段は料理をしないと言っていたが、多分、一通りの事は神部の方はどこかで習得されるのでしょうね。ものすごく手際良く朝食の準備をされています。
お米は昨晩準備しておいて、お味噌汁もありあわせの食材で美味しいそうに仕上がっている。へぇ、お味噌汁に牛蒡か・・・香ばしそうだ。私も今度やってみよう。
「あ、すみません。言いづらいことかもしれないのですが、念の為に聞いても良いですか?」
「はい?なんでしょうか?」
「本当に、皐月の事、特に何も思いませんか?恋愛感情の話しです。イレギュラーがないとは言えませんので」
「はい、他の神代の方と一緒で、特に恋愛感情を持った事はありません」
「わかりました。でも、気が変わったら教えてください。如何せん、当事者以外はわからないので、本当に教えてくださらないと、お手伝いも何もできませんから」
「お手伝い・・・?」
「はい、両思いをあえて邪魔する理由はありません」
「でも、神のイタズラは」
「必ずしも結ばれないとは限りません。それもまた、神のイタズラと言いますか、気まぐれと言いますか」
「もし本当にそんな事があれば相当なイタズラっこですね。」
「良いねぇ、手持ち無沙汰の結を見るなんて夢にも思わなかったよ」
朝食の準備が整いそうな頃、神代が母家に来始めた。桔梗さんの料理姿よりも先に私の暇そうな姿が目に入ったのか、神在月さんが声を掛けてきた。
「女性はのんびり暇を持て余すくらいの生き方でいいんだよ」
「これはこれは、会社の女性社員から”スパダリ候補No.1”と言われている神部 桔梗さんはやっぱり言う事が違うわな」
「それ、誰から聞いたの」
「八重以外に誰かいるとでも?」
なんと、女性社員からそんなに慕われているとは。他の社員からしたら、しばらく境内に居てお姿が見えないとなると皆様のお仕事への士気は大丈夫なのだろうか。待て、神在月さんは”No.1と言った。”ならば多分No.3くらいまでは候補が居るのだろう。じゃあ大丈夫か。それしてもすごい方を境内へ貸して頂けたのですね。いろんな意味で。
「ふわぁ・・・おはよう。あ、イケメンが朝食作ってる。女性社員が見たら卒倒だねこりゃ」
長月さんが居間に入るや否や即座に言った。
「・・・そもそも同じ土俵とも思ってなかったけど、・・・なんか心を抉られた」
「水無月さん、わかります」
その奥で、水無月さんと睦月さんがなんか二人仲良くお話ししています。
賑やかと言えば、賑やかだが、それでいても穏やかの方が勝る雰囲気だ。桔梗さんが朝食を作っているなんて、なんかもっとこう・・・ワッとなりそうな気がしたのだけれど。
「あ、そうか、皐月がいないから静かなのか」
神在月さんが思い出したように言う。月末には本殿から出てくるし、特に何がどうってわけではないのだが、いつも月初はなんとなく、『誰々が本殿なんだっけ・・・』みたいな雰囲気に一瞬だけなる。
「穏やかでいいじゃねぇか、一年に一ヶ月しかねぇんだぞ」
言いながら如月さんが居間に入ってきた。
「居ないなら居ない事を楽しめばいい」
「じゃぁ俺、読書しよー」
「俺も庭の枝の剪定するか」
「畳で・・・窓開けて・・ゴロゴロしちゃおうかな・・・」
「僕、何しようかな」
皆さん、切り替えが早く、休みの間に何を楽しもうかと顔が明るいです。
「宮守さんも、ご自宅でも、母家でもお好きなところでくつろいでください。食事は五日まで私が引き受けますから」
「ありがとうございます!」
「そうしたら桔梗の休みはいつなの?」
長月さんがごもっともな意見を言った。そういえばこの間もこんな感じの話が出たような気がしたなぁ。
「そうです、私だけちゃっかりお休み貰うなんて申し訳ないです」
「私は、境内に居る間は持ち仕事の7割を外してもらってます。もうずっと休みみたいなものです」
「何その感覚おかしいんだけど」
朝食を食べ終わり、桔梗さんが後片付けをしてくれてます。
なんだろう、こんなに暇だなんて、手持ち無沙汰を通り越してなんかもうダメ人間になりそう。私って趣味なんだっけ。あ!アイスを食べる事だ!!
とりあえず、朝食を食べたばかりだと言うのに冷凍庫に向かい、アイスを漁る。そうそう、この間新商品のアイスがあったから買ってきたんだよね!今食べるべきだ!
アイスを持って、縁側に向かう。朝の太陽を浴びながら縁側に座ってアイスを食べる。あ、凄いとんでもない贅沢な幸せを私は今味わっている・・・。
縁側から見える境内の奥の桜の木は、今は葉桜になっている。桜、すごく綺麗だったなぁ。携帯電話で撮った、満開の桜の木と現在の葉桜を見比べながらまたアイスを一口食べる。
境内に自然が沢山あって良かった。すごく癒される。神代の為の植え物ですが、私も恩恵を受けております。ありがとうございます。
あと四日もこんなにのんびりな日を楽しめるのか。あ、いや、確かに自分の家の掃除とか洗濯とかは流石にしなければいけないけれど。でも、月初なのにこんなに穏やかでいいのかな。嬉しいな。四日も休めて・・・
月初・・・四日・・・?
いやいや、前月の数字の締めがあるじゃんよ。あ、でも本社もお休みだから締切自体が伸びるだろうけど、あー、思い出してしまったらやらずには居られない、ちょっとだけ、ちょっとだけ・・・
事務作業の部屋に入ろうとしたら桔梗さんに声を掛けられました。
「宮守さん」
「あ!あの!これは!」
「宮守さんの社用パソコンを貸してください」
「へ?」
「前月の締め、私がやりますから」
「えええええ!いやいや!流石にそこまではお願いできませんよ!」
「私は、五月一日から五月五日までは”代理”のお世話係です。代理なので、締め作業もやりますから」
「いえ!基本赤日は代理の手配はないです!多分!本社の締切だって伸びてるはずですから大丈夫です!」
なかなか折れない私に、なぜか居間で寛いでいた長月さんが会話に入ってきた。
「結ちゃん、今月くらい任せちゃいなって、絶対その方がいよ、桔梗みたいなのは人の20倍働いてやっと『働いた!』って実感するような人だから」
「そんな事ないと思うけど?」
「あるんですよ。昨夜、日付も月も変わった瞬間に業績の数字見ながら境内の門に監視カメラとセンサーを自分で取り付けてる人が何を言ってるの」
「え・・・夜中・・・」
「そんなに引かないでください」
結局、今月の業務である、先月の数字の締め作業は桔梗さんにやってもらいました。私、お給料いつもと同じ額をいただいて良いのでしょうか。そして、お仕事をして頂いた為に、私は現在も引き続き縁側で三つ目のアイスを食べております。
一つ目のアイスは袋のアイスで、中に可愛い丸いアイスが入ってました。カフェオレ味で美味しかったです。
二つ目のアイスは、もちもちの皮に包まれたいちご味のアイスです。そう、苺大福のようなアイスで美味しかったです。
三つ目の今食べているアイスは、板チョコのようなアイスです。すぐに溶けるチョコレートがとっても美味しいです。
・・・。私、こんなにすることない人間だっけ。
桔梗さんは、食器洗いを終えて、もうお昼ご飯の仕込みに入っている。そうそう、私もこの時間は事務作業がなければお昼の仕込みと洗濯機をもう回してる。
ああ、いけないいけない、そうじゃないよ、何かしよう。そうだ、あずちゃんに連絡でもしてみようかな。いくら仕事熱心なあずちゃんだって、流石にゴールデンウィークは会社自体がやってないだろうから休まざるを得ないだろう。まぁ、もしかしたらどうか旅行に行ってるかもしれないけど。
携帯電話のメッセージアプリでささっとメッセージを送った。すぐには返信無いだろうから暫くは放っておこう。さて、その間にどうしようかな。
「あ、アイス沢山食べたからポテチ食べよう」
「お前・・・朝からずっと食ってねぇか?」
母家に珍しくパソコンを持って如月さんが来た。そして、私のお菓子の食べように驚いていた。
「だって、急な休みでやること見つからないんですー。普段から掃除洗濯はしてましたから、休みだからってそんなにやるほどでもないですし。じゃあ普段何できないかなって考えたら、お菓子食べながらこうやって縁側でゴロゴロすることだったのです!」
「・・・そうか」
薄い反応を残して如月さんが台所へ行かれました。どうやら桔梗さんに用事があるみたいです。
「桔梗、ここ知りたいんだが」
「これ?どんな感じにしたい?」
「使い勝手が悪いんだ。見づらいし。そうだな・・・一番は見づらさの解消、二番目に使い勝手が良くなる方法があれば」
「ん、わかった」
桔梗さんは、私以外には少し砕けように話している。きっと付き合いが長いからだろうな。
そして、お皿拭きをしながら如月さんのパソコンの画面を見ている。何を見ているのかはわからないが、手はお皿を拭きながら、目は画面の至る所を見ている。見ながら2個も3個も先を考えているような感じだ。
そして楽しそう。手元は見ていないのに、拭き終わったお皿は置いて、次のお皿を後ろに手を伸ばして取っては拭いて置いてを繰り返している。
お皿を取る場所と置く場所はそれぞれ別の場所だし、両方後ろ手で行っている。なんだこの人。本当に超人だなぁ。
そんな事を考えていたら携帯電話が鳴った。メッセージの返信がきた。きっとあずちゃんだ。自慢ではないが、私は普段から人とメッセージのやり取りをしない。つまり電話がほとんどならないのである。これはあずちゃんに違いないとアプリを起動するとやはり彼女だった。
『私もちょうど連絡しようと思ってたところだったの!』
と返信がきた。そっか、ちょうどタイミング良かったんだ。よし、遊びに行こう。何して遊ぼうかなと考えていたら続きを受信した。
『ちょうど直前に一人キャンセルが出て困ってたの!渡りに船って感じ!ありがとうね!』
なんか会話がおかしい。キャンセルとは・・・
『なんの話?』
と送信してみると、またすぐに返事が来た。
「うわ、ちょっとキツイけど・・・まぁいけるかな」
自宅に戻り、クローゼットを開けてすぐ様、よそいきの服を探した。
一昨年買った、春物のワンピースがある。まぁ五月もまだ頭だし、これでもいっか。
ていうか、私太ったの?!大学卒業して、社会人になって、あれだけ毎日働いて、ここ最近は対して休みも取ってなかったのに?!なぜ?!
まあいいや。服はワンピースで、あとは靴をどうにかしないと。なんかいいのあったかな・・・。
あずちゃんからまさかの合コンに誘わました。しかも本日だと言う。断ろうとしたら、『暇だから連絡してきたんでしょ』と言われました。はい、断る理由が見つかりません。
桔梗さんに、夜ご飯はいらないとお伝えして、自分の家という名の実質倉庫へとやってきました。
服のほとんどが学生の時に買ったものだ。確かに今でも着れないようなデザインはないものの、私も一応社会人だし、もう少し大人っぽいデザインとか色の服を買った方がいいのかな。
日頃境内で仕事をしている時は、炊事や掃除などで、どうしても動きやすい服ばかりを揃えている。確かにそれもいいのですが、うーん、普段から出かけることが少ないからいいかなとか思っていたけど、やっぱり何着かは今度買っておこうかな。
いや、決して今後の合コンの為などではありません。
謎の否定や討論が自分自身の中で執り行われている。全く私は誰に向けて言い訳しているんだか。
靴箱を見ていると、着ているワンピースになんとか合いそうなショートブーツを見つけた。
「あ!これならいけるかも!」
服は決まった。あとは化粧である。
しまった。全然流行りがわからない!風景写真や旅行雑誌ばかり買っていたもので、最近のメイク事情がわかりません。携帯電話ですぐに調べ始めました。ああ、本当に便利だな、助かります。
私はあくまで、人数合わせの為と美味しい外食のための参加であって、相手を見つけるつもりはないのですが、きっとみんなきらびやかにしてくるであろう場で、一人浮きたくないないのが正直なところです。
かといって、目立ちたい訳でもない。浮かず、目立たず、本日の会場であるフレンチのお店で美味しいご飯を頂ければ私は大満足なのです。
「あんただって、そろそろ彼氏作りなさいよ!」
とあずちゃんに言われましたが、私はつい昨日から恋愛感情についてよくわからず人に説明もできない状態ですので、一旦は離れさせていただきます。いや、だって数合わせなんですから良いでしょうよ。合コンなんて行ったことありませんけどね!!
服、靴、鞄、化粧、髪型。どのようにするかが大体決まった。
あぁ、合コンか。みんなにはバレないようにしないと。別に悪いことしている訳ではないし、そもそも私はただの数合わせなのだけれど、男性に『合コンに行く』と知れるのが少しばかり、いや、正直なところかなり恥ずかしい。合コンが初めてなこともあって、どんなものか正直わからない。人によってイメージが違うかもしれない。なんとなく言いづらいのである。
「よし、あと5時間したら出かけるぞ・・・!」
本日、二十三歳にして体験をして参ります。




