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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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28/87

四章:卯月の記 エピローグ



何故、こうなってしまったのだろうか。


俺は、”自分の兄弟の家”で斎服を着ながら考えた。



数年前までは俺も境内に住んでいた。今は厄介者払いをされて境内の外に住んでいる。

今から本殿に入るが、出てきたら翌月の五月は一ヶ月の自宅謹慎を言い渡されている。神代金はあるが、給与はない。また機嫌が悪くなるのか・・面倒だ。



五月の謹慎の後どうなるかは現在本社が検討しているだろう。

正直、もう一族を追い出されても構わない。俺は困りもしない。むしろ有難いとも思う。しかし、それだけはない。

何故なら『次の卯月』はまだ生まれていないから。

俺は結局、この境内という地獄に囚われたままだ。どうして俺だったのだろう。どうして双子揃って”神代”になんて選ばれたんだ。神のイタズラにしても酷すぎる。



弥生が、神代ではなかったら、不公平だと俺は憎んでいただろう。

だが、弥生が同じ神代なのに、伸び伸びと幸せそうに生きている事が気に入らない。

弥生だけが神代に選ばれ、俺は神代に選ばれずに生まれてこれれば良かった。


今となっては感情の整理が付かない故、弥生だけが神代になって、神代になった事に悩まされながら生きていけば良いと思ってしまう。





なぜ、俺もだったのか。






・・・ーーー



疑問を持ったのは生まれてから割とすぐだった。

親や祖父母の言う言葉にまずは疑問を持った。



「二人揃って?」

「二人とも選ばれたのね」

「すごい事だなぁ」

「大変な事もあるかもしれないけど、ある程度の幸せが約束されたようなものね」

「幸運な双子だわ」



それを聞いて、弥生はいつもニコニコしていた。俺はそれが良くわからない。幸せだとか運がいいとか、なぜ他人が決めるんだ。

今思えば、俺と弥生は生まれながらにして、似ている部分などかけらもない他人だったのだろう。



「やった!二人で同じものもらったね!ラッキーだ!」

小学校入学を控えた少し前の幼稚園の時に、普段から見てもいないテレビアニメのイラストが入ったショルダーバッグを色違いで他人から貰った。弥生は大喜びだ。それにまた口にした『ラッキーだ』こいつも親と祖父母がそう言うから言ってるんだ。


「別にオレたちこれ見てないじゃん」

「でも、人気なんでしょ?ラッキーじゃん!」

「じゃあ、これ持ってるからって、人からこのアニメの話しされたって話せないじゃんか!見てないんだからわかんないじゃんか!」

「聞かれたらでしょ?でも、知らなくても、ここ!ここかっこ良くない?!」

なんでこいつはいつも能天気なんだ。ニコニコしながらショルダーバッグの付属部分を指しながら言った。

「知らないアニメのカバン持ってて、他の人からなんか聞かれた時にこたえられなかったら『知りもしないのに持ってんなよ!使うなよ!』って言われるじゃんか」

「そんな事いう人いるの?」

「いるよ!!だからオレ使わない!」

「じゃあ、次の放送から観ればいいじゃん」

「今から観たって最初はもうわかんないだろ?!」

「最初っから観てる人っているかなぁ」

「いるよ!大体最初から皆んな見てるんだよ!」

「いいじゃん途中からだって」



いつも弥生とは意見が合わなかった。それでも、たまには仲良く話すこともあった。

兄弟なんだし喧嘩をすることだってたまにはある。それでも時間が経てば、最初は少しぎこちないながらもまた一緒に遊んだり話したりするようになる。ただ、ぎこちないのはいつも俺だけだったようにも思える。弥生はどんなに俺が怒っていても平気で話しかけてきていたから。




小学校に上がってからは、授業で色々な職業を教わった。他にもどんな職業があるのかとすごく興味が沸き、図書室や、休み時間に先生に話しかけて、先生達の知っている限りの職業を聞き出した。学校から帰ってきたら図書館にも行って調べた。


「この仕事かっこいい!」

「この仕事すごい!」

「こんな仕事できたらなー!」

俺が調べた職業を家で教えてやると、弥生は目を輝かせて関心を寄せる。


そうだ、沢山の職業を調べて、調べ尽くして、一番格好良い職業に就いてやる。

そう思ってたんだ。


小さい頃から同じスポーツを続ける子供はそれなりの数いると思う。それと比べたら全く比にならないのだが、俺は子供ながらに『職業』を小学校に入ってから2年間良く続けたと思う。あれは趣味だったのか、意地だったのか、小さいなりにその先に自己顕示欲があったからかは良くわからない。その全部だったのかもしれない。


流行ものに多少興味を持ってやったこともあったが、職業調べに結局戻ってきてしまっていた。

そこで、知ったのは、『宇宙に関する事』だった。

もちろん『宇宙飛行士』なんて、有名な職業は序盤で知っていた。宇宙なんて、壮大で何をしているのかは映像や記録があるが、なるまでの勉強や、なってから宇宙に飛び立つまでの訓練などは、当時は情報が少なかった。そんな中、その宇宙飛行士が活躍するための場を作る宇宙ステーションの存在を知った。


それを知った時、わからない事が多いながらも物凄い仕事だと思った。もちろん、今思う”凄い”と当時の”凄い”は全く内容が違う。宇宙に関する仕事の魅力に幼いながらも気付き、宇宙飛行士でなくても、宇宙に関する仕事ができれば良いと考えていた。宇宙には酸素がなく、機械や道具や宇宙服がないと生きていられない。そんな場所に、多くの人々の知恵と技術と執念という名前の希望の集合体を沢山持って飛び立つんだ。小さな部品ひとつだって欠かせない。こんな素晴らしい、冒険のような職業に携わる仕事が沢山ある。

しかし、周りの男子の将来の夢は、野球選手、サッカー選手、大工、ラーメン屋、車屋さん、と、話しが合う子供はいなかった。それに、自分の将来の夢の職業だと言うのに、具体的な話しは皆したがらず、詳細を聞こうとすると面倒だと言う子供もいた。自分の将来の事なのに。



人と将来の夢を話す事が減っていったが、俺は変わらずにそれだけを楽しみに毎日を生きていた。家に帰れば弥生は聞いてくれるから、遊びから帰ってきた弥生を捕まえて、夕飯までの時間に話す。

そんな事が一年半位続いた。





「かみしろ・・・?」



8歳になった頃に言われた。衝撃を受けた事を覚えている。今思えば、『鈍器で頭を殴られたみたいだ』と言うのはあの時の事を表すのだろう。親は簡潔に話しをしてくれた。とりあえず、俺は詳しいことはわからないが、『神代以外の仕事に就くことができない』ということは良くわかった。

一見、どんなに宇宙に関係ないように見える職業にさえ、関連する仕事に就くことが出来ないんだとわかった。


職業を調べた時間を返せと言っているわけではない。しかし、こんなに将来の事を考えたのに。他の子が中休みにドッジボールをしていたり、放課後にサッカーしていたり、習い事をしている時間だって俺は図書館に行って頑張って職業の種類を調べて、気に入った宇宙に関する職業を調べたのに。


俺の、神代に対する印象は最悪だ。






そこからと言うもの、俺の毎日はモヤがかかったように映し出されるようになった。毎日夢のことを考えては輝いていた日常が消えた。周辺の景色が一変した。


夜明けの太陽が顔を出し始めた瞬間や朝焼けが好きだった。

朝、学校に行くときの通学路の街路樹の葉っぱが太陽に照らされて綺麗だった。

雨が降っても、光る雨粒が綺麗だった。

ひどく荒れた様子で人が気分を暗くさせると言っていたあの曇天でさえ、何故かワクワクしてた。

道端の雑草が力強く生きていると思えた。

枯れ枝にさえ、次の春に向けて力を蓄えているんだと感じていた。


なんでもない、俺に何ももたらしもしないただの光景や現象の一つ一つが、全て輝いていたと思っていたものが、全てがくすんで見えて、美しさも尊さも何も感じられなくなった。それらの綺麗だと思う心や感想、感想は、俺を”神代”からは助けてはくれない。



無邪気にはしゃいでいる歳の近い子供に腹が立つようになった。なんで能天気なコイツらはこれからも能天気なままで、人生の選択肢が無限にあるんだと。自分の未来を毛ほども考えていない奴らが。

もし小学生ながらにここで『俺は選ばれた人間なんだ』と厨二病と言われるような考え方ができていればまだマシだったのかもしれない。




高校に上がったときには、完全に自分の運命を恨んでいた。

なぜ、神宮家になど生まれてしまったのだろう。神宮にさえ生まれな帰れば、俺にだって無限の選択肢があったのに。俺が毎日そうやって考えていても、隣にいる弥生はずっと笑っている。高校の文化祭の時は、何になるでもない催し物の準備を他の能天気な生徒と一緒に楽しんでいた。何故こいつはこんなにも笑ってられるのか。両親や祖父母が言っている『幸運だ』と言う言葉をまだ信じているのだろうか。

弥生の考え方が俺よりも優れていて楽しそうにしているのではない。コイツは洗脳されてしまったんだ。”なぜそんなに毎日楽しそうか”なんで聞く気も起きなかった。洗脳されている人間に聞いたところで意味がない。



それでも俺は自分の将来を諦められなかった。



大学生になったら衝撃的な話を聞いた。

『神代は、一年の内の決められた月を丸ごと捧げなければならない』と言う話しだ。だから神代以外の職業には就けないと言うのか。しかも、自分の名前の月だと言う。つまり、弥生は三月で、俺、卯月は四月という事だ。そう言うことかよ。俺たちは三月生まれでも四月生まれでもない。なぜ生まれ月でもない月の名前がついているのか、この時までわからなかった。

ただ、裏を返せば神代の重要な役割は、自分の担当月を一ヶ月間丸々捧げる事。逆に、それ以外の月は自由である。

俺は、弥生のいないところで本社の秘書課の人間に質問をした事があった。

『その一ヶ月だけ捧げれば、他の仕事としても良いのか』と。


答えは、

『神代の一切を話さないと守れるなら』だった。




俺は必死に考えた。

一切を話さずに、一般企業に入社してから”一年に一ヶ月間”休む方法を、説明を。

しかし、俺は四月だ。大体の企業が四月入社としているこの時代に、入社当月を丸々一ヶ月間休めるところがあるだろうか。そこでも腹が立った。もし、俺が”弥生”だったらまだ何か道が開けたかもしれない。”卯月”なばかりにどん詰まりだ。

では、新卒にこだわらずに中途採用はどうだろうか。本当に一般企業に入りたいのなら、新卒にこだわる必要もないだろう。しかし、そこでは変なプライドが邪魔をする。成績はいつも上位だった。大学に入ってからの判定だっていつもA以下を取らない。中途では入りたくないし。何か不審がられるかもしれない。


成績は良かったが、”社会”と言う未知の世界に対して、一年の内の、四月を一ヶ月丸々休む理由を考えるのは骨が折れた。





境内に入って数年が経った。


学生の時から休みの日は変わらず、宇宙に関する博物館や店で商品を見たり、買ったりしていた。足繁く通っており、長年に渡り商いをしている店の店員には顔を覚えられる事もあった。


神在月はよく本社に呼び出されるが、神在月以外の神代が呼ばれる事は少ない。その、本社に行く少ない回数の内のある時、奇跡だと思いたくなる出会いがあった。



「わっとと・・・!」

本社からの帰り、この日も博物館に寄った。境内に帰ろうと歩いていたら、目の前で、中年の小太りの男性が転んだのだ。普段なら見て見ぬふりをするが、この時は何故か手を差し伸べたんだ。きっと、運命だったからだろう。


「ありがとうございました。いやぁ、年を取ると足元がたまに狂ってしまってね!面目ない、お恥ずかしい!」

転んだ拍子に持っていた荷物を散らすようにしてしまったらしいので、一緒に拾い上げた。見てみれば、それは俺が買ったものと同じものだった。


「・・・お好きなんですか?」

「これは、私の会社が少しだけ関わらせていただいているのです。宇宙が好きでどうにかこうにかと仕事まで漕ぎ着けることができたご先祖が創った会社なのですが」

「これを造ってるんですか!?」

「ほんの一部です!ほんのですよ!専用の袋の一部だとか、本当に小さいのです!」

「いえ、大きい小さいの話しではないです。素晴らしいですね・・・」

「宇宙が、お好きですか?」

「はい、関連するものには全て興味があります」

「お時間ありますか?拾っていただいたお礼にコーヒーをご馳走させてください。あと、私が知っている事でしたらお話しいたしますよ」








「いやはや、あの大企業の神部の方でしたか・・!私のような者がご親切にお声掛けを頂くなど大変恐縮ですな!」

「いえ、私の会社の事は関係ないです。それにしても、あの商品の開発にも関わっているんですね。本当に素晴らしい」

「いやいや、光栄ですな!しかし、いつまで続けられるか・・ですが」

「何か問題でも?」

「跡取りが居ないんですよ。うちは娘でして、宇宙に全く興味がないものですから」

「でも、もしかしたら、お孫さんが宇宙に興味を持たれたら継いで下さるかもしれないですよ。もしくはご親族で他にご興味がある方はいらっしゃらないのですか?」

「うーん、興味を持ってくれればですがね。私は男兄弟が一人おりますが、政治家でしてね。子供の頃は一緒に会社を頑張ろうと言っていたのですが、いつしか、『宇宙は君に任せる、私は地球側を良くする!』といい始めましてね。まぁ宇宙が嫌いなわけじゃないので良いのですが」

「そうなのですか・・・」

「貴方のような、仕事の大きさに関係せず宇宙に興味持ってくださる方に継いで頂けますと非常に嬉しいんですけどね」

「・・・その、職場の見学や、体験などは行っていらっしゃるのでしょうか」






時折、仕事場の見学をさせてもらえることになった。信じられない程の幸運だと思った。親や祖父母、弥生が言っていた『幸運』を思い出し、一瞬気分が悪くなったがまあ良い。通い出して半年が経った時、工場に中年の小太りの男性と、工場の雰囲気に全くそぐわない二十代くらいの女性が来た。


「あぁ、前に話していた私の兄弟だよ」

確かに言われてみれば顔も体格もよく似ている。ただ、纏っている空気感というか、雰囲気はかなり違うものを感じた。



「どうも、初めまして。聞いております。随分我が家の会社にご興味がおありのようで大変光栄です。あぁ、こちらは娘です」

「初めまして」

「聞いた話、貴方は神部グループにお勤めですとか。神部は宇宙に関する部門はないと聞いております。私も息子はおらず娘だけで、この先祖が創った会社を継ぐにはこの子には少々荷が重い。そんなにご興味があるならこちらとしても嬉しいことこの上ない!今でなくても、もし興味があるのなら、継いでくれると嬉しいですな。あぁ、もちろん、会社と一緒に娘も貰ってくれるとなおのこと嬉しいですがね!」






運命とはこういうものなのか。

問題もなく話がとんとん拍子に進んでいく。神部側には強行突破すれば良いだろう。俺は神代だ。現役の最中なら無碍にされることはない。次代の卯月がまだ生まれていないから余計に多くのことには目を瞑らざるを得ない。もし次代の卯月が生まれて、俺を隠居させたいなら早くさせればいい。俺はそうすれば神代から解放される。早ければ早いほど良い。すぐに宇宙に関する仕事ができる。








・・・ーーー












ーーーガチャンーーー


人が本殿に入った途端に施錠を行ったらしい。

なんと忌々しい音だ。人をなんだと思っている。

別にこんな大掛かりな施錠なんかしなくても、月末の正午まで意識は無いんだ。逃げやしないのにこのようなことをするのが本当に腹立つ。



俺はこれ以上この場所で負の感情を持ちたくない。唱えれば徐々に意識は遠のき、気づけば翌月末を迎える。

さっさと儀式に入ってしまおうと、本殿の中心に向かい、腰をすぐに下ろした。




待てば、俺の本当の夢がすぐに叶う。長い、本当に長いが、あとは待つだけなんだ。




「我は、《卯月》の神代(かみしろ)。ひと月を捧げに参りました」

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