四章:卯月の記 五話
「か、か・・・かみ・・や、み、なずき、です」
「いやいや、緊張し過ぎでしょ、自分の名前くらいはしっかり言わないと!」
「あんた声大きいわよ」
「相手の女性も顔真っ赤ですよ」
「結ちゃん良く見えるね」
ヒソヒソ声で話ております私達は現在、水無月さんのお見合いの序盤を見届けている。
普段はこのような無粋な真似はしたくないのだが、今回は付き合いで見ております。
・・・ーーー
「結ちゃん、非常にまずいわ」
「八重さん、おはようございます。どうしましたか?」
ホテルに入って、すぐに八重さんたちと会えました。
前回の神在月さんのお見合いの時にいた神部のお二人もご一緒です。そして、八重さんが挨拶よりも私に”まずい”と伝えてきたのです。そう、皐月さんや睦月さんが一緒に居ることも目に入らないくらいです。
「相手の女性がね、水無月以上の緊張をしてるの。これじゃ会話が進まないわ」
「・・・それ、まずいのではないですか?」
「だから、非常にまずいのよ」
「なるほど」
・・・ーーー
前回のお見合い時でも、神代と会う前に相手の女性とお話しをして緊張を解いてもらおうとした八重さん。今回、八重さんとはそれとなく話せたみたいですが、いかんせん『緊張が止まらない』と泣きそうな顔で言われたらしいのは先ほどの事。とりあえず、女性には『相手の男性は緊張していて話しが弾まなかったとしても、怒ったり、呆れたり、機嫌が悪くなりような人間では決してない』と伝えたそうです。
そして、あまりにも心配ゆえ、見守りが始まってしました。
以前と同じホテルの、同じラウンジ。急遽お見合いの席を変えてもらって、隣には大きめの観葉植物を配置。これで隣にいる事はバレないだろう。大きな声で話さなければですが。
「水無月に『会話をリードしなさい』なんて、スーツで富士山登りなさいって言ってるようなものよ。そう、まず無理なの!」
「何でそんな相手を水無月の見合い相手にしたのさ!神在月にしておけばまだ何とかしてくれただろうに!」
「しょうがないでしょ!?私は元々面識あったけど、その時は別に男性とも普通に喋ってたし、まさかこんなに緊張するとは思ってなかったんだから!」
「八重は見る目がないよね!」
「あんたヒールで足の小指踏み潰すわよ」
これも、ヒソヒソ声で話ております。
そして、水無月さんが、途切れとぎれの自己紹介を終えたのですが、女性側は上がっているのか『アッ・・えっと・・』と言っている。これはかなり重症だ。
「・・・あの・・・俺っも、緊張して・・・ます。ゆっくりで・・・良いので・・・」
「・・・」
「「嘘!水無月が?!」」
小声で揃えて八重さんと皐月さんが言った。この二人喧嘩してるけど多分似たもの同士なんだなぁとふと思った。
「水無月さん、緊張して喋れないだけで、根はとっても優しい人ですからね」
これで、少しでも女性がリラックスして話しが始まれば良い。
私は気づかれないように横目で植物の葉っぱの隙間から隣の水無月さんのいるテーブルを見た。もちろん、植物を挟んだとて少し距離はあります。女性は、綺麗な艶のある黒髪。ロングボブです。化粧は控えめで、藍色で花柄のワンピースを着ている。黒髪で毛先が綺麗に真っ直ぐ切り揃えられた感じは、少しきつそうな印象を持ったが、緊張の度合いを見る限りそんな事はなさそう。
「見合い開始で、両者の自己紹介が終わるまでの所要時間5分。多分1時間経ってもお互いの事毛ほどもわからないんじゃない?八重、この場合どうすんのさ」
「相手と今後も関わりを持ちたいかどうかを私が確認して、双方に持ちたい意志があれば仲は取り持つから後は当人同士で会うしかないじゃないの」
「もうちょっとお気楽な感じの女の子の方が良かったんじゃないの?」
「お見合いの話のスピードだけを考えるとね。でも、別に今日この場で、会話をしなくちゃいけない課題とかノルマがあるわけじゃないのよ。二人を出会わせる事だけが目的だから」
「きっかけ作りって事ですか?」
「さすが睦月ね、若いだけあって頭の回転がいいわ」
「俺と三つしか変わんないよ」
「っていうか何であんたいるのよ」
「今?!って言うか、出会わせるだけが目的で別に喋れなくても良いなら俺ら別に見守ってなくても良くない?」
「あの女性が緊張で泣き出したりなんかしたら水無月は気を失うわよ」
30分ほど見守っていたが、本当に、間が空き過ぎてこちらがドキドキするくらいですが、ゆっくりと会話が始まりました。それでも、一言話す毎に休憩が入ります。この二人本当に大丈夫かな。
水無月さんも女性も全く慣れも緊張も解けておりませんが、とりあえずは大丈夫だろうと、双方成人はしているのでもう任せて邪魔者は退散しようという話しになりました。
「なんか、こっちが緊張したわ。コーヒーの味なんてかけらもわからなかったわ」
「本当飲んだのかさえ記憶が曖昧です」
「俺、八重のコーヒーに砂糖入れたのに。本当に気づかないで飲んでたよ」
「お前良い加減にしろよ」
「怖い!ダーク八重のお出まし!!」
みんな緊張から解放されて気が緩んだようです。私も、知らず知らずの間に体に力が入っていました。伸びをしよう。ラウンジから少し離れた所まできて、強張った筋肉を伸ばそうとストレッチをした。その瞬間、バランスを崩してしまい、後ろによろけてしまった。しかも片足を前に出した状態で。これはまずい、倒れる。
「だあ!!」
「っと・・・!」
後ろから人が来てくれて、背中を支えてくれました。なんとナイスタイミング!変な声出しちゃったけど、というか
「すみません・・・!!って、神部さん!」
「間に合って良かったです。絨毯が歩き辛かったですか?絨毯変えた方がいいかな・・・」
「いえ!私が油断しただけです!普段から運動もしませんから腰がちょっと硬くて!すみませんでした!」
「怪我がなくて何よりです」
赤髪ではない方の神部さんが支えてくださいました。何、今ホテルの”絨毯を変える”って言葉が聞こえた。
「良いとこ持ってくね〜ナイスタイミングの王子様だよ〜それとも騎士かな〜」
「神部の方ってどういう訓練を受けてるんですか?普段から身体能力とか判断能力とか一般人と桁違いですよね・・・」
皐月さんと睦月さんがそれぞれ好きなことを話している。
「別に大したことではないですから」
にっこり笑っているが、私は気づいている。神部のお二方はラウンジには同行せず、少し離れたところにいた。私が出てきたのを見てこちらに歩いていただろう所に、私を支えに後方から結構な勢いで駆けつけてくれたのに、その手にはかなり大型のスーツケースを引いているのではなく”持っている”。このサイズは中身が空だったとて重いぞ。この人たち、決して常人などではない。恐るべし、神部。秘書課の方でこれなら、社長というのはどのような方なのか。それともあれでしょうか。『社長を護る為に鍛えております』系なのだろうか。
「あ!そうよ!今日こそどこかでランチしましょうよ!」
八重さんが思い出して突然私に言った。
「あ!はい!是非!」
「そういえば今日の境内のお昼ご飯とか予定は大丈夫かしら?」
「はい!今日は夜ご飯も出来てますし、神代の皆さんはお昼は各自で好きなものを食べるそうです!」
「そう!じゃあホテルの最上階のレストランはどうかしら?あ、神代の皆さんはお好きにしてくださいね?」
「そこは俺たちも一緒に奢ってよ!!」
ほぅ・・・なんてご褒美なのだろう。
現在私の目の前には、お昼から乾杯に『一杯だけ!』とシャンパンを飲む八重さん。その奥に見えるは青い空です。そう、ホテルの最上階の景色は素晴らしいのです。そして、テーブルの上には、可愛らしく盛り付けをされた前菜があります。
「こんな贅沢ができるなんて・・・!幸せっ!」
私はレストランが嬉しくて浮かれている。
「八重はしょっちゅう食べてるんでしょー良く太らないねー」
同じくシャンパンを飲みながら私の右隣に座る皐月さんが言う。
「非日常だ・・・」
八重さんの右隣に座る睦月さんは、あまりにも普段と違う光景を目の前に呆気にとられています。
「宮守さん、すみません。我々もご一緒してしまって」
私の左隣の神部さんが済まなそうな顔をしている。あ、向かいに座る神部さんも神部さんだ!
「いえ!とんでもないです!むしろ私が部外者みたいな感じなのに連れてきてもらってすみません!」
「結ちゃんは部外者じゃないでしょ。今日のメインゲストみたいなものだよ!八重は結ちゃんとご飯食べたかったんだから」
「わかってんならあんた何でついてきたのよ」
「そういえば、私は結局この間、ちゃんとご挨拶ができていませんでしたね。すみません。改めまして、神部 桔梗と申します。櫻からはこの間名刺渡されてましたよね。みんな神部で紛らわしいですが、私の名刺もお渡しします」私の左となりの神部さんからご挨拶を頂きました。
「あ!ありがとうございます!頂戴いたします!」
なんか凄い豪勢なランチになって、景色も凄いし料理も凄い、そんな気分が高揚している時に自己紹介されましたが私はちゃんと覚えていられるかな。そもそも今”櫻からはこの間名刺・・・”って、言ってたけど私下の名前なんて結局帰ってからも名刺ちゃんと見てない!『神部』呼びで良いって言われてたし。
向かいの席に座っている赤い髪の毛の神部さんが・・神部 櫻さん。男性です。そして、私の左隣で今改めてご挨拶と名刺を頂いたのが、神部 桔梗さん。髪の毛の色が全体的にとても明るくて染め方も金色系のハイライト。しかし、キツそうに見えたりなどはなく、とても好印象を持てる色使いである。こちらも男性。あれか、神部の皆さん植物の名前なんですね。
「そうそう!境内に神部の誰かがしばらく住むって話しだけど、あれ、まずは桔梗が行くからよろしくお願いね!今日このまま行くから!」
「へ?」
「え?」
「わお!桔梗か!一緒にお酒飲もうねー!」
「警備を兼任だからお酒は一滴も飲まないわよ」
さっき持ってたスーツケースは境内へ持ち込む荷物だったのか!
「よっよろしくお願いします!不束ものですが!」
「何それ、お嫁に行くわけじゃないんだから。結ちゃんその言葉は違うと思うけど」
皐月さんに突っ込まれる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。そんなに長くはいないだろうから心配しないでください」
「桔梗の次はまだ決まってないけど、まあ誰が行っても神部の人間だから失礼な事したって問題ないから。気楽にしてね」
八重さんが気軽に言うが、神部のお二方の立ち振る舞いやらを見てると、このようなキチッとした方が一緒に境内で生活すると想像するだけで凄く、既に今から緊張してします。前菜の味が段々わからなくなり始めそう・・・!そうか!先ほどのお見合いの女性もこんな感じだったのだろうか!私は神代に恋愛感情を抱かないけれど、彼女からするとそもそも結婚を前提のお見合いなわけで初めからそういう目で見るわけだから、しかも神社側からすると相手は『あの、神代と・・・』という感じで尊い存在だ!みたいな扱いで、緊張してこんな感じに・・・!いや!私は別に神部の方を恋愛の対象として見ているのではなく、あくまでも仕事の一環で境内に住むってことだからってちゃんとわかってるけどこれほどスーツの似合うスタイルの良い方が一緒に住むとなるとちょっとこれは・・・!!違う!違うって何が!そう!これは恋心やそういった類のどきどきではない!
「ただの緊張です!!」
「結ちゃんどうしたの?」
目の前にいた八重さんが、飲み切った空のグラスを持ちながら首を傾げた。
「はい、お疲れ様でした!」
「・・・!はぁああああーーー・・・」
八重さんの労いの言葉に、水無月さんが思いっきりため息をついた。
私たちは1時間半のランチを・・・途中からは味がわかり始めましたのでしっかりと楽しみました。メインのお肉の仔羊はすっごく美味しかったです。もう幸せいっぱいです。その後で、水無月さんと落ち合いました。
「体が痛い・・・」
「帰ったら思う存分寝て良いわよ。あ、お腹空いてるんじゃないの?」
「食欲・・わかない・・・。でも、胃が痛いから何か入れたいかも」
「売店のプリンでも食べる?」
「ホテルのじゃなくて良いよ・・!怖いから・・・値段が」
その後、櫻さんが車をホテルの正面まで回してくれて、私たちは一緒に乗せてもらい境内まで帰る事になりました。この間も思ったけれど、黒塗りで内装は皮のシートだったり、高級感漂う車って緊張するな。途中で大きな公園に隣接したコンビニに少しの間停車をして、水無月さんの昼食という名のプリンタイムが始まりました。
一旦全員車から降りて外の空気を吸う。隣の公園はとても広く、草や花の香りが漂いとても気持ちが良いです。
「朝は曇ってて雨でも降るかと心配したけど結局晴れて良かったわ。お昼ご飯の時も景色良かったし!」
結局シャンパンをグラスで三杯飲んだ八重さんですが、酔っ払っている様には全く見えない。お強いのですね。
水無月さんがプリンを買ってコンビニから出てきた。櫻さんが車の後部座席のスライドドアを開けて水無月さんを中で座って食べるように促した。
「こぼしたら大変だから・・・、大丈夫だよ・・・」
「大丈夫、こぼさないって。座って食べなよ。お疲れ様」
「本当、疲れた・・・」
景色が見える様に車の扉を開けたままにしている。そして、水無月さんはカップの蓋を開けて食べ始める。
「頂きます」
疲れている顔こそしていますが、嫌そうだったり、不機嫌そうな顔には感じませんでした。もしかしたら、今回のお見合いは『次』があるかも知れないな。なんて勝手に思ってしまいました。
「結ちゃん!少し公園歩きましょう!」
八重さんがカツカツとハイヒールを鳴らしながら私の所に来た。この人とんでもなく元気だな。飲んでてハイヒールで小走りしている。
「はい!」
私たちが散歩でもしていれば、水無月さんもゆっくり食べれるでしょう。
公園には大きな遊具がある。地域の方向けに健康器具も置いてある。小さなお子様連れのご家族から、きっと近所に住む小学生達だけのグループ。それに、ご年配の方が何人がご一緒に健康器具を使っていたり、その近くのベンチで楽しそうにお話しをしていたりします。この光景はまさに平和の象徴です。
「急に、神部を境内に送り込むなんてしてごめんなさいね」
のんびりと風景を見ていたら、突然八重さんから景色とそぐわない話題を持ちかけられて驚いた。
「え?!全然!大丈夫ですよ!神代の為ですし、私も何かあると怖いのですごく助かります!」
「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいわ。私がいければ良いんだけどね。私、武術はそこまでなのよ」
「八重さんが警備だとか用心棒みたいなことしないでください・・・」
「私も一応”神部”の人間だから、候補には入ってたんだけど、桔梗とか櫻を含む常人離れがあまりにも多くてねー、上から一ヶ月間順番に一年間いたとして、私は除外の程度だから」
”上から”というのは、力の強さとか能力的な、神部の中での順位づけがあるのだろうか。
「あ、神部の分の食事とかは作らなくて良いからね。全部本人たちにさせて負担にはならないようにするから」
「折角来てくださってるのにそれだと流石に申し訳ないです・・・」
「気にしすぎよ!それに、神代なら感情を持たないから気楽に接せるかもしれないけど、いくら神部とはいえ男が混ざったらなんか違和感ない?さっきも緊張がなんとかって言ってたし」
「あああああ、確かに緊張はあります。けど、食事は一人分増えてもさほど変わりません。もちろん、要らないって言われれば別ですが」
「要らないなんて言わないわよ。私たちは家庭の味ってものをあまり知らないから嬉しいわ。たまにメイドにわがまま言って作ってもらってたけどね。カレーとか、あと、友達がよく言ってた”名前のない料理”が出てくるって」
「お仕事のお邪魔にならない程度にお話しさせてもらって、食事とか、生活に双方負担のないようにしたいと思います」
「ありがとう、助かるわ」
境内に着くと、八重さんが”貸してほしい”と言って客間に水無月さんと一緒に入って行った。
「宮守さん、落ち着いたらで結構ですので、離れの鍵を後でいただけますか?」
桔梗さんに言われた。そうだ、この方は離れに住むんだ!
「すぐに持ってきます!」
私は事務作業をする部屋に向かい、金庫の中に入れた、鍵用の更に小さい金庫のような箱を開けた。住人がいないため、他の離れの鍵の在庫より多く入っていた”卯”の離れの鍵。私は一つ取り出して、また金庫を金庫にしまって戻った。
今日から、神代の入れ替わりとは違う、また新しい日常が始まるんだ。
ちょっとしたワクワクと緊張が混ざったなんとも言い表しずらい感情が私の中に生まれた。
さて、まずは今晩のおかずであるロールキャベツがお好きかどうか、鍵を渡した時に聞かないとね。
2025/05/02 誤字修正




