四章:卯月の記 四話
「・・・はぁ?」
「・・っあの、俺たち神代と、お世話係の間には」
「ちょっと待ってそれってなに?っていうか、何?え?みんな知ってるの?」
皐月さんの目が揺れている。動揺だと思った。
「知ってたというか、入る前に言われる。でも、俺とお前が入る時じゃ説明の内容が変わったかも知れねぇ。そもそも神代は世話係を”好きにならない”訳だから言う必要が無いだろ」
「・・・ちょっと!睦月に聞いてくるっ!!」
皐月さんは居間を、母家を飛び出して行った。
「ッチ!なんだよ、こんなことあんのかよ」
如月さんの眉間にまた皺が寄った。
「・・・あれかな。皐月が、それほどまでに結ちゃんが好みだったって事・・・だよね」
皐月さんが出ていった方向を見ていた水無月さんが、言いながら私の方を向いた。
「いや、すみませんそれを私に聞かれても答えづらいのですが」
「あぁ!ごめん・・・そうだよね・・・でも、恋愛の”好き”であってもおかしく無いって思ってるって言ったのに、そう感じないってことは・・・やっぱりあの話はそうなんだ。好きにならないなら関係ないやとか思ってたけど、皐月みたいな人も・・・いるんだね」
「まあ、前例が今まで居なかっただけだろ。皐月には悪いけどな。でも、言い伝えの信憑性が低くなった。」
外の砂利の音がどんどん近づいてくる。皐月さんだろう。そして、母家の玄関の扉が大きく音を立てて開いた。と思ったら廊下をドタドタと駆け足の音が響き、皐月さんが居間に戻ってきた。
「睦月、何だって?」
「知ってたって・・・。でも、境内に入る時じゃなくて、”前の睦月”に会った時に聞いたんだって・・・ねぇ、神代とお世話係の間に恋愛感情が生まれないってどういうこと?!」
「意味ったって、言葉通りだ」
「何のために!」
「何の為かは知らねぇ、実際、今まで世話係を好きになったやつは居なかった。素振りもかけらもなかった。でもそれが本当に本人の意思なのか、本人以外からの感情操作かどうかはわからない。結、なんか知ってるか?」
如月さんが私に話を振った。
「私が読んだ昔の記録でも、何でか理由はわかりませんでした。ただ、誰かが憶測なのか、記録とともになんか書いてあるのを少しだけ読めた書物があってですね・・・
もう、どれほど前のものなのかもわからないですけど、神代と、お世話係が”恋愛関係”になった事があったみたいです」
「あるんじゃん!」
「まだ話し始めだ」
「まず、これも理由は不明ですけど、神代は男性ですよね?神宮家に生まれた男性がなるもの。お世話係は、女系なんです。私の母や祖母が、従姉妹の茉里ちゃんや、茉里ちゃんの伯母さんがお世話係だったように」
「それは知ってる」
皐月さんは真剣に聞いてくれているが、衝撃的だったのか、目が少し怖い。でも、悲しそうにも見える。
「で、戻りますが、大昔に、お世話係の家の養女になった女性がいたみたいです。その家にはちゃんとご両親から生まれた娘さんがいたみたいなので、多分、跡取りとかと関係なく、他の理由で引き取ったんだと思います。そして、お世話係の正統後継者が境内に出入りしている時に、ついてきたのか何なのか、養女の方が一人の神代に一目惚れをしたそうです。そして、自分もお世話係をすると志願したみたいです」
「それっていいの?」
「いえ、わかりません。この話は大昔の話ですし。今は一人が主流になってますがお世話係は一人だけじゃなくても良いんです、正式な血統の方なら。基本は家事と身の回りのお世話ができれば問題がないと思ってますし、私もそのつもりです。で、養女の方が”お世話係”へと”籍を入れた”んです」
「籍を入れたって?」
「本殿の見えないところに実は名札掛けがあるんです。道場とかにある師範、師範代、門下生みたいな木札です」
「それを籍入れっていうの?」
「はい。本当に、ただ札を下げるだけなんですけど。で、一目惚れした神代に近づきたいとお世話係に籍入れして、一緒にいる時間が増えたようです。まあ、私もそうですけど大体境内にいますからね。で、一目惚れした神代と、見事恋に落ちて結婚したそうです」
「・・・好きになるんじゃん」
「ただ、その女性は、お世話係の家の正統な血統ではないですからね。で、仲の良い夫婦になったみたいですが、一向に子供を授からなかったそうです」
「・・・如月と水無月はこの話し知ってるの?」
「知らねぇ」
「・・・初めて」
「私も、この話しを神代の方にするのは初めてです。別に止められてる訳じゃないです。ただ、話す理由も機会もありませんでしたし」
「そっか。で?」
「子供が欲しかった夫婦は段々と険悪になってしまって、離婚したんです。女性側はお世話係を辞めて境内から出ました。神代の男性はその後すぐにお見合いの話しがあり、別の方と結婚しました。お世話係だった女性も、半年を過ぎた頃に他のお見合いですぐ結婚したそうです。そうしたら・・・すぐに双方、子供を授かったようです」
「それってたまたまだったんじゃないの?」
「そうかも知れません。でも、結婚して何年も一緒にいたのに授からず、離婚して他の方と結婚したらすぐに授かったんです。そもそも、その女性以外とは、神代とお世話係りの間に恋愛感情が芽生えることはなかったそうです」
「何それ、神の力的なものが関係してるの?」
「かも知れないです。記録はそれだけなので、断定はできないですが。でも、『神代とお世話係の間には恋愛感情は生まれない』と長い間言われています」
「なんでそんなことがあるのさ!何でそんなことするんだろうね!じゃあ、俺か結ちゃんが神代やお世話係じゃなかったら、俺、結ちゃんの事好きになってたかも知れないんでしょ?!」
「もしかしたらの話だけどな」
「何で神代とお世話係だからって感情をいじられなくちゃいけないわけ?!何か不都合でも?!」
「結に当たるな」
「当たってないよ!でもおかしくない?!何でこんな酷い事するのさ!」
「なので、理由もわからないそれを・・・現象を『神の悪戯』と呼んでいたそうです」
その言葉を聞いた皐月さんが、言葉に詰まった。
「何だよそれ・・・神のイタズラだなんて言われたら。なんかもう、どうしようもないじゃん」
「そのイタズラで、”好き”ではなかったんだろ?」
「そうだけど、なんか気持ち悪いよ!絶対に好きになるであろう子なのに!」
「でも好きになってないんだ」
「そうだけど・・・なんか、気持ち悪いよ。その話を聞いちゃったら感情を弄られてる感じがしちゃう!俺の体なのに何か邪魔されてるっていうか掻き乱されてるって言うか・・・!わかっちゃったら余計おかしく思えてくる!他にも俺たちの知らない所で何か感情とか思考とかを操作って言うか、制御されてる事があるんじゃないの?!」
卓に手を付き上半身を乗り出して皐月さんが言った。
食事の際や雑談で賑やかだったり騒ぐことがあっても、このように怒りを含んで声を荒げる姿は今まで見たことがなかった。
皐月さんの状況を私で喩えるならば・・・少し具合が悪いなって思ってただけなのに『風邪じゃない?』って人に言われて考えてみたら心当たりがありすぎて、自覚して、余計に具合が悪くなるそれに似ているのだろうか。
今までは何となくおかしいな?くらいだったのに、気づいてしまったらより一層『おかしい』と深みにハマってしまう。よりによって、なぜ皐月さんだけが聞いていなかったのだろう。彼があらかじめ聞いていたら今この状態にはなってなかったかも知れない。
「他にそういった事象がないとは言い切れない。記録もほとんどないから。ただ、今回の神代と世話係に関してはお前だけが何か違和感を感じたかも知れないが、条件的には俺ら全員同じだ。他に何か感情やその他の制約があったとして、お前は何も感じず、俺や水無月が変に感じたり腑に落ちないことだってあるかも知れない。この件を気にするなとか忘れろなんて酷な事は言わない。お前が自分で自分の感情をどうにかするべきだ。ただでさえ感情の一部を自分以外に操作されてる可能性があるんだ。自分で何とか考えろ。考えて答えが見つからなくてもいい、でも、人に委ねるな」
「・・・うん。そうだよね。元々、神の都合で神代が存在してる訳だし」
荒れていた皐月さんを如月さんが宥めてくれました。よかった。水無月さんも私と同じようにポカンとした顔をしている。どのみち、私は神代の誰一人として恋愛感情を抱いた事はない。それは、前に聞いていたから、そう言うものだと脳が思い込んでいるのかも知れない。でも、本当にどきりともしない。するのは神代がスーツを着ている時に本当にときめく事はあっても、彼らに恋愛的な魅力を感じる事はないのです。
「神の都合だけど・・・でも、それって多分、結局、先を考えた上での判断で、良い事・・・だからそうなってるんだろうね」
水無月さんがぽつりと話し始めた。
「皐月には気持ち悪さが残っちゃうかも知れない。でも・・・結ちゃんのこと”絶対に好きになるはず”だけど”好き”ではないんだよね・・?ドラマとかでたまにない?・・こんなに良い人で、この人を好きになれたら幸せになれたのにって。だから、『神のイタズラ』だけが全てじゃないと思う・・・。きっと、皐月は、えっと・・・」
「結を好きにならないのは自分の意思だ。って言いたいのか」
「そ、そんな感じ・・・」
「慰めてくれてありがとう、水無月もドラマとか観るんだね」
「たっ!!たまたまっ・・・で!」
「お前切り替え早いな」
さっきまで荒れていたのに、皐月さんがすぐさま水無月さんをからかい始めた。しかし、いつものようににこやかで柔らかかく冗談を言うのではなく、まだ少し刺々しい。それにしても切り替えの速さは特級だ。早い。
「まだ感情の整理も、納得も何一つとして腹落ちなんかしちゃいないよ!でもみんなはそれを知ってて普段過ごしているんでしょ?俺だけ今知っていつまでも騒ぎ続けてるのなんか嫌だし。もうしょうがないことはしょうがないし!『神のイタズラ』が本当だって決まったわけじゃないし!」
「お前どんだけプラス思考なんだよ。まあ自分で考えてそうしたいと思ったならそうしろ」
「・・・凄い。見習いたい・・・」
「いいよ!!思う存分俺を見習うと良い!!」
きっと、皐月さんは自分が”神代”だと告げられた時も、そんなに悩まずにすぐに切り替えたんだろうな。若干の顔の険しさを残しながらも、普段通りに近づいている皐月さんを見て私は感心しました。
「俺、境内に入る時に”神代とお世話係の間に恋愛感情が生まれない”って教えてもらえなかった事を武器にして、如月のお見合いにホテルまで同行する権利を獲得する為に八重に直訴する!!」
「じゃあ俺は見合いを五月中にしてもらうように言っておくわ」
「ずるいんだけど!!!」
一晩明けて、本日は水無月さんのお見合いの日です。
朝から食事が喉を通らないご様子です。みんなで食卓を囲んでおりますが、お一人ずっと冷や汗をかいております。
「・・・水無月?そこまで緊張することないと思うよ?体にも悪いし」
弥生さんが心配して、俯いている水無月さんを覗き込むようにして言った。
「・・・・・・・・・・うん」
「相当緊張してるね。掛けられる言葉が見つからないよ」
あまりに緊張している様子に、長月さんも心配したが、何を言って良いかわからない様子。
「水無月、食っとけ。相手の前で腹の音が鳴ったら、お前の性格上羞恥心でもうそこから再起不能になるぞ」
「・・っ!た、確かに・・・」
如月さんに言われて、水無月さんが食べ始めてくれそうです。そうですね。相手の女性の前でもしお腹の音が鳴るなんてことがあったら、水無月さんは恥ずかしくてその場を取り繕うこともできずに固まってしまう図が安易に想像つきます。
「結ちゃんも行くんでしょ?良いなー俺も行こうかなー」
「や・・やめてよ・・・女性側が目的なんだろうけど・・・緊張してる俺を見られるの恥ずかしいから・・・」
「相手の女性なんか興味ないよ。水無月のお嫁さんになるかも知れない人に興味持ってどうするのさ」
「いや、興味って、その興味じゃなくて、なんか・・・ほら、いつものからかいのネタの興味の事で」
「水無月が思う俺って、如月が俺に思うそれと大して変わらない事が今十分にわかったよ。俺悲しい」
水無月さんから意外な言葉が出て、一同、一応隠したり抑えながらも笑っている。
「でも、僕も神部のホテルは興味あるなぁ」
「あれ?!睦月行った事ないの?!」
「はい、僕はありませんよ?」
「じゃあ行こうよ!」
なんかもう勝手に話が進んでいる。これは多分一緒に行かなくても勝手に二人でホテルに行くんだろうな・・・。
「結、今日の昼飯と夕飯は?」
そう思っていたら突然違う話題を神在月さんから聞かれました。
「あ、お昼は作り置きしてます。多分お見合いの時間がこないだと同じくらいと踏んで、夕飯は帰ってきてから作ろうかと思ってたんですけど・・・」
「昼の飯は夜に回せるのか?」
「はい、ロールキャベツですので大丈夫です」
「じゃあ、昼は各自で取るのも良いんじゃないのか?見合いの水無月と、皐月と睦月と結が昼近くにホテルにいるんだ。どうせ八重達もいるんだし、外で食べてくればいい。用意した昼は夜に回せば良いだろう」
「え、じゃあ俺のお昼ご飯は?」
長月さんが入ってきた。
「出前頼むか、外に食べに行くか、外で昼から酒でも飲めば?」
「昼から酒・・・!!神在月良いこと言うねー!!じゃあ一緒に行こう!」
「いや、俺は出かける用事があって」
「ケチーーー!!じゃあ俺も行く!」
「まあ、たまには各自で飯食ったって良いだろう。俺も外で食ってくる」
如月さんが神在月さんの提案に賛成した。
「結ちゃんも、なんだかんだこうやって休日もご飯作ってくれてるからね。本来は休みなのに結局なあなあになっちゃってるから。ホテルでも人気のお店でも好きなところで食べて、遊んで帰ってきてよ」
私の推しが、やはり天使だと言うことが発覚致しました。
「あっ、ありがとうございますっ!」
「さ!みんなで行くよ!」
皐月さんが意気揚々と先陣を切って境内を出る。
「あれ、なんか曇ってきてない・・・?今日の天気って晴天だったよね・・・?」
出かけに空を見て雲行きが不安になった水無月さん。
「でも、雨は降らないと思いますよ!大丈夫ですって!」
「俺・・・雨男だから・・・」
「じゃあ傘持って行きますか?」
「お見合いの日に雨が降るなんて・・・」
「まだ降ってませんよ」
またマイナス思考が顔を出し始めた模様です。しかし、そんなことはお構いなしに皐月さんは進んで行きます。そんな皐月さんに、睦月さん、続いて私が水無月さんと一緒に歩いて行きます。
「あ!」
「皐月さんどうしました?」
「あのね・・・」
前で皐月さんと睦月さんがコソコソ話している。何だろう。
「あの二人、内緒話しなんてして何でしょうか・・・」
「・・・。あっ・・そう言うことか」
「え?水無月さんわかったんですか?」
「・・・多分。駅まで行ったら話すね・・・」
「?」
とりあえず、事前に調べた電車の時間に間に合うように歩いて行きました。
休日ということもあり、平日に比べて車は少ないです。今は朝ですから特にです。近くの喫茶店にはそこそこ人が入っていました。朝食を食べにきたのでしょうか。犬と公園をお散歩している人もいます。駅へ向かう人思ったよりも少ない。お花見に行く人がいるかなと思いましたが、お花見に行く人はもうお出かけ後なのか。そんなことを考えていたらすぐに駅が見えました。
「さっきの皐月、多分・・・境内の周りの警備の人がいることに気づいて、睦月にこっそり、教えてたんだと思う・・・」
「え!!さっきの通りにいた人の中に警備の方がいたんですか?!」
「・・多分だけど」
「なんでわかったんですか?!」
「・・・勘?」
「あ、水無月も何となくわかった?」
前を歩いていた皐月さんが振り返って話しに入ってきた。
「うん、チラッと顔見られたからね!」
ニコニコしながら言う。
「顔って言っても、皐月さん長身ですし、その顔立ちですから単に皆さん見てただけなんじゃないですか?」
「いやいや、伊達に顔見られてないからね!相手の見方が、恋愛対象で見てる時と、何か確認している時の顔の違いくらいわかるよ!」
「本当ですか?」
「あのね、確認する時は大体2回以上見えるの!警備って俺たちが知らない人を入れてるって言ってたでしょ?実際に会ったことないから確認する材料としては写真だろうから、手元の写真か画像で本物と見比べて確認してるんだろうねっていう・・・勘!」
「そうですか」
「あ!結ちゃん信じてないでしょ!!」
「あくまで勘ですからね。あ、電車そろそろ着そうですよ、急ぎましょう」
「流された!!!」




