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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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24/87

四章:卯月の記 三話


満開の桜の木が境内で一際存在感を放っております今日この頃。

先週末にお花見を行いました。

前日にはブルーシートを洗って干しておき、当日朝に桜の木の下に敷きました。



屋台料理の焼きそば、たこ焼き、じゃがバターはお子様に大好評でした。他は、お酒のおつまみにイカ焼き、煮物、唐揚げなどを用意しました。あとはおにぎりです。


おにぎりは、神代のお子さんに声かけをしてみんなで作りました。具材沢山だったり、自分の好きなおにぎりを作って楽しんでもらいました。お子さん達と奥様でいろんなおにぎりを作っては笑っていたら、どうやら楽しそうな笑い声が外まで漏れていたようで、神代たちも集まってきました。


”自分の好みのおにぎり”を作っていることにどうやら皆さん興味が湧いた様子です。組み合わせもそうですが、改めて『自分は何の具材が好きなんだ?』と考える方もいらっしゃいました。

朝から自分の好きなおにぎりを作って・・・朝なので朝食がまだのご家庭はその場で朝ごはんとばかりに食べるお子様や神代が続出。朝ごはんを作りながら食べ、お腹がいっぱいになったらお昼ご飯のおにぎりを作り、それぞれ包んだラップに名前を書いたシールを貼ってお花見用に保存しました。


午前中は桜の木の下のシートでゴロゴロしたり、庭でバドミントンなどをしてみんなで楽しく賑わっておりました。私はその間に屋台料理の仕上げです。



正午にはみんなお腹が空いたようで、沢山食べながら、また大人はお酒を飲みながら楽しくお話しをしておりました。お子さんのいらっしゃる神代の方はもちろんお子様と食後も遊び、子供好きな神在月さんや、今回は睦月さん、弥生さん、水無月さんも遊びに加わってました。微笑ましい。


如月さん、皐月さん、長月さんは言わずもがなお酒を嗜むなんて上品な言葉では済まず、浴びるように飲んでいました。まあ、お花見なので今回は黙っておきましたが普段からあのような飲み方なら私は許しません。


と、それほどまでに皆に楽しんでもらえたことに、企画した私もとても嬉しかったです。何たって、お花見しながら屋台料理を食べるのを一番楽しみにしていたのは私ですからね!






と、あっという間に一週間過ぎて、本日は現在、母家の居間の一室で水無月さんと如月さんと一緒にいる私です。


「・・・こういうのほとんど着たことないから・・・緊張する・・・」

「結、これでいいのか?」

私の目の前には、スーツを着た水無月さんと如月さんがいらっしゃいます。眼福・・・スーツのご褒美です!

ああ、違う、これはお見合い用のスーツの試着を行っております。

明日は水無月さんのお見合いがあります。その後、日付はまだ決まってはいませんがお見合い自体は開催が確定している如月さんのスーツも一緒に送られてきたので試着をしております。

弥生さんは本日お出かけの為、別の日に試着してもらいます。



「素敵・・・!!さすが神部《KAMBE》のスーツ・・・!」

「二人の事じゃないんかーい」

同席していた皐月さんに突っ込まれました。

「いえいえ、ちゃんとお二方とても素敵ですよ。八重さんのセンスは抜群ですね。水無月さんはネイビーにシルバーのストライプスーツ。如月さんはダークグレーのストライプスーツ。あのお方の見立ては天才的ですね!!」

「君、本当に結ちゃん?」

「すみません、取り乱しました」

大分興奮してしまいました。




神代の中で身長が高い皐月さんと並んでしまうと、お二方とも少し身長が低いと錯覚してしまうが、両者とも170

cmは超えている。水無月さんは神在月さん同様にマネキンスタイルの様で、スーツが形を変えずにとても美しい状態です。魅力が倍増ですね。

一方、如月さんは筋肉がついていて、肩や胸板付近は少々キツそうである。しかし、腕や足の丈が足りないなどの寸法狂いはないので、おそらく単純に鍛え過ぎて標準や想像よりも筋肉が育ってしまったのだろう。型崩れなどは然程ないことから、これは筋肉好きのお相手からしたら多分ドストライクなんだろうなと思う。ちなみに私の中のベストオブスーツは現在の所、本社の赤髪ではない方の神部さんがトップです。



「水無月さんも、如月さんも特に問題ないですね。如月さんは強いて言えば鍛え過ぎなのか筋肉がスーツを飛び出そうとしているところがありますが、これくらいなら問題ないですね。フェチの方にウケがいいくらいです。仕立て自体はKAMBEのものなので疑う余地もありません。これで水無月さんは明日のお見合いバッチリですね!」

「・・・今から緊張してきた・・・」

「明日の朝には胃に穴開くぞ」

「休みだから俺も付き添い行きたいー!」



少々顔色が青白い水無月さん。結婚願望はある様ですが、いかんせん緊張しやすく解れにくい。でも、水無月さんご自身の幸せの為にもここは少しで良いので頑張って頂かないと!

「大丈夫です!私もホテルまでは付き添いますから!何とか緊張しないように努力します!楽しいこと考えましょう、そうですね、例えば相手の方が水無月さんの好みの顔立ちだとか、趣味が合うとか!」

「気を紛らわせとけ。今からじゃ絶対に胃に穴開くぞ」

「俺のタイプはね!髪の毛は長すぎるのはちょっと嫌かなー、料理できて優しい子が良い!」

「お前の見合いの話はきてねぇぞ」

「良いじゃん!水無月の気が紛れれば良いんでしょ!どんな子がいいの?まずは見た目から!」

こんな感じで気を紛らわせるための雑談が始まりました。

「あ!でももう試着はいいのでスーツを脱いでからにしてくださいね!絶対にシワなんて作っては行けませんからぁ!!」







居間の卓に四人分のお茶が湯気を立てている。

先日、お隣の大楽寺さんのおばあちゃんからまたしても頂きました。桜茶です。今日はその桜茶をいただいております。お祝いの時に飲むらしい桜茶ですが、先日大楽寺さんのおばあちゃんのお孫さんが小学校にご入学されたようです。その報告でお孫さんが遊びにいらした時にお出ししたそうです。茶葉が余りそうだからと残りを頂きました。境内のみんなで飲むほどの量はないので、こうして誰かが母家に来た時に頂くことにしました。

桜の花の塩漬けにお湯を入れるものです、その為、一緒に食べるお菓子は甘いものにしました。最中です。



「えっと・・・髪の毛は・・・長過ぎたり短すぎるのはちょっと・・・」

「こだわりがないのねー身長と目の形は?」

「う、うん・・・。身長は俺より小さい人がいいかな・・・目?目の形?」

「そう!猫目とか垂れ目がいいとか!一重が好きか、二重が好きか!」

「うーん、猫目・・・よりは垂れ目がいいかな。目力強いと・・・ちょっと怖い・・・」

「へー!そういえば水無月の趣味って何なの?」

「趣味・・・貯金かな」

「俺と正反対ー」


水無月さんに皐月さんが質問をずっとしている。如月さんは今はまだその会話には入っていないでお茶と最中を黙々と食べている。わかります、この最中すごく美味しい。



「如月は?こういう話しってしたことなかったよねぇ?ちょっと聞くの楽しみなんだけど?」

満遍の笑みで皐月さんが如月さんに会話を振った。如月さんの顔がものすごく歪んだ。

「別に好みなんて人に言うことでもねぇだろ」

「その場に女の子がいればね!ほら、合コンとかその場の女の子に該当しない事を言うとショック受けちゃう子がいるからさ!でも今は」

「結がいるだろ」

「結ちゃんは大丈夫でしょ!そもそも弥生推しらしいし」

「推し?なんだそれ」

「”推し”を知らないの?!いつの時代の生まれよオニイサン!!」


「・・・まぁ、結ちゃんは特別だから・・。でも、自分が関係なくても嫌な思いをしたり・・」

「しませんよ、大丈夫です!私は『お世話係』ですからね!」

「じゃあ俺の好みが結ちゃんと正反対だとしてもズラズラと並べてもいいのぉ?」

「はい、大丈夫ですよ!」

その瞬間、少しだけ皐月さんの表情が動いた気がした。何だろう。なんか変なこと言ったかな。

「でも!俺の前にまず如月ねぇ〜!如月だって早ければ今月にはお見合いがあるんだからさ。ってか今月であってほしい。俺見に行きたい」

「あ、私以外の付き添いがダメだって八重さんが言ってました。特に皐月さん」

「直談判する!!!」




話は止まらず、最中の次のお菓子を用意した。

お茶なので、やはり和菓子が良いだろう、日持ちするからと少し前に買っておいた羊羹を出すことにしました。栗羊羹です。先に最中も食べたからそこまで多い量は食べないかなと思い、塊ではなく、薄めにスライスをしてみた。あ、食べやすくていい。来客の時は大きく切って出しますが、身内だし、新しい食べ方ということで良いでしょう。



「結局、学生の時に付き合ってた子はさ、みんな流行りの髪型とか髪色してたんだよね。今はさ、流行りももちろんあるけど個性を尊重したっていうの?なんか本当に人それぞれだよね」

「で、結局どんなのが良いんだよ。金髪か?」

「・・・俺はねー、実は派手な子は好みじゃないんだよね。派手じゃなくて”華”がある子が良いなって」

「珍しくマトモな意見じゃねぇか」

「俺のことなんだと思ってるのさ」



「でも、・・・皐月は、全身完璧に仕上げてる女の人が好きなのかと思ってた」

「何それ?」

「・・・えっと・・・だから、自分に気を使ってる女性が好きなのかと思ってた」

「うーん、その言葉だけを聞くと間違ってはいないけどね。自分に気を使うってさ、見た目だけじゃなくて中身とか、自分自身をもてなすように大事にしている人がいいなって思う。最近特にね」

「おい、どうした、頭でも打ったか」

「俺が真面目なこと言うのがそんなにおかしいの?!」



軽そうに見えて確かに軽いところもある皐月さんですが、女性に対しての『好み』と言うのは一応あったようです。女の子ならみんな好きと言っていたので、来るもの拒まずと思ってました。すみません。



「でも、如月と前に話をして、『自分の事を大事にする=他人をどう扱ってもいい』っていう感じの女の子もいたからさ、俺、そういう子はちょっと苦手かも」

「・・・ちょっと、、俺には難しいかも・・・」

「難しく考えるな。簡単な話だ。自分を大事にする奴の中には、『自分も他人も大事にする』奴と『自分を大事にするためなら他人だって使ってやる、他人を陥れたって、他人の大事なものを奪っても、壊してもいい』って言う考えの奴もいるわけだ」

「そっ!そんな酷い事・・・!」

「酷いのは俺の言い方だな。例えば、自分が何か間違いや故意でなくても事故やミスをしたとする。自分が可愛いから怒られるのが嫌な奴は、それを他人のせいにしたりするんだ。責任転嫁だ。そう言うやつみた事ねえか?」

「あ、・・ある。そう言う子、いた。意地悪なだけかと思ってた」

「それもあるかもしれないが、本能的に『怒られる』と思って嘘をつく奴もいる。自分が可愛いあまりに。別に責任転嫁だけに限らず、物事の大きい小さいでもねぇ、そうやって自分が可愛いからと言って他人を傷つけるやつもいる訳だ。だから、ひと口に『自分を大事にする人』と言っても、さまざまだって皐月は言いたいんじゃねえか?」

「本当それ。最初は自分にも人にも優しいのかなって思うし、確かにそう言うふうに思えるように行動している子って多いんだよ。でもね、そのうちにボロが出てきてさぁ、それ見ちゃうとねぇ・・・」

「最初っから結みたいに『嫌なものは嫌です』って言うやつの方が楽だよな。こっちも取り繕ったりしなくていい」

「あ、私ですか?そんなに嫌って何か言いました?」

「卯月の嫁さんの件は言うまでもなく顔に出てわかりやすくて助かるわ」

「さいですか」

「そう!!そうなんだよ!!!」


いきなり皐月さんが大きな声を出して驚いた。


「嫌なもんは嫌って言うし!でも基本優しいじゃん!髪型もボブで可愛くてさ!髪の毛の色も派手でも地味でもなくて、まさに”華”があるって感じで!」

「はぁ、なんか沢山褒めて頂いてありがとうございます?」

突然の褒め言葉に疑問に思いながらも一応お礼を言っておきました。何だろう、なんか場の空気がちょっとおかしく思えてきた。その思いを強くさせたのは、如月さんと水無月さんの顔つきが変わったからだ。

如月さんは眉間に皺を寄せた。水無月さんは”鳩が豆鉄砲を食らった”顔をしている。


「料理だっていろんなもの作れるじゃん?先週のチョコレートケーキとか超美味しかったよ!あと普通に面倒見も良いしさ!可愛いじゃん!みんなだってそう思ってるでしょ?!」

「うん・・・、可愛いとは思う。結ちゃんは本当に何でもできるから」

「・・・顔に出るのだけは治らねぇみてぇだけどな」

「俺の今まで付き合った子はさ、確かに見た目が派手だった子が圧倒的に多いさ!でも、結婚をするなら派手さは邪魔だよ!邪魔っていうか、・・・うん邪魔だな。俺はね?」

「で?」

如月さんが先を促した。何かを考えながら聞いている。少し焦りすら感じる。

「結局は家庭的な感じの子が良いじゃん?結ちゃんなんてさ、家事は何でもできるしお金の管理も文句なし!人の面倒もちゃんと見れる!だって独身勢七人も面倒見てるんだよ?!茉里ちゃんはさ、本当全部に事務的な対応が前面に出ちゃってたけど、結ちゃんはすごくニコニコして優しさ全開じゃん!本当に家族みたいな感じでさ!なんかみんなでご飯食べるけど、もうなんていうの?実際、同棲してるみたいなもんじゃん?同棲だと思うには邪魔な神代がわんさかいるけど」

「・・・!ちょっと、皐月待って、それ・・・」

水無月さんが止めるも虚しく皐月さんは話し続ける。むしろ堰を切ったかのように止まらない。

「俺、結ちゃんみたいな子が凄くタイプでさ!絶対好きになってるはずなんだよ!何もかもがタイプなのに!何でかなー!?」

「おい、皐月。お前それ本気で言ってんのか?」

如月さんが先ほどまでの表情とは違う顔つきで言った。さっきまでは眉間に皺を寄せて疑うような顔つきだったのが、今は呆気に取られたような顔をしている。と、人の事を見ているが、多分私も同じような顔をしているだろう。いや、私の顔はさらに間抜けさも追加されているかもしれない。


「本気、本気。だってこれだけの子だよ?逆にみんな好きにならない?あれだよ?恋愛的な意味でだよ?」


今の言葉で確定した。そうか、皐月さんは『知らない』んだ。

それがわかったと同時に、どうしようという思いが募る。いや、別に私の事を『好き』と言った訳じゃない。『好きになってるはず』だ。別に、誰も、私も誰も傷つかないはず。多分だけど。



「あれ?みんなどうしたの?」



返答がない事に皐月さんが疑問を持った。聞かれたけど、どうしよう。これは私が言っても良いものなのだろうか。そう思っていたら、私の代わりに水無月さんが聞いてくれた。



「・・あっあの、皐月・・?」

「何?」

「結ちゃんの事、”好き”ではないんだよね?」

「”好き”だよ!」

「恋愛対象として?」

「いや、恋愛対象の好きじゃないんだって!人としてはもちろん大好きだよ!でも、これは恋愛対象なんじゃないかってちょっと思ったこともあるんだけど、どうにもそうじゃない感じで、でも普段の俺の好みから考えると絶対に恋愛対象の”好き”なんだけどさー・・・なにさ、みんな呆気に取られた顔して。どうしたの」

如月さんは、顔に手のひらを当てて、少し下を見るようにして項垂れた。そしてボソッと言った。『こんなことがあるのか』と。

私も、みんな知っていると思ってたから気にもしなかった。大体、こんな事態が起こると思わなかった。そうか、こんなこともあるのか。

「あのね・・・皐月・・」

「ん?」

水無月さんが私と如月さんの代わりに、口を開いた。







「・・・俺たち神代と、お世話係の間には・・・絶対、恋愛感情が生まれないようになってるはずなんだ・・・」




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