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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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四章:卯月の記 二話

「と、いう訳で、警備や状況把握のために、期間は未定で、神部の誰かがここに暫く住むことにしたから!」



・・・。

先ほどの八重さんの言葉に、まだ誰も反応しない。いや、言葉は聞き取れたけれど、理解ができていない。




「待て待て誰が?!?!」

こういう時はやはり皐月さんですね。

「だからまだ決まってないわ。もしかしたら交代で住むかもしれないし。あ、交代って言っても日替わりとか週替わりじゃないわよ?」

「またそんなどっかのランチメニューみたいに軽々しく言って!」

確かに。


「本社が状況把握に誰かを境内に置くのはわかった。ただ、それはそれで構わないが」

「構うでしょ!!」

「結局卯月の件はどうするんだ?本社でどうなった?」

神在月さんが卯月さんの話しを再度持ち出した。神在月さんからしたら、本社の誰か・・・そもそも今、八重さんは『神部の誰か』と言った。ということは、本社の中でも姓が『神部』の方だという事。私は神部で知らない方がまだ沢山いるが、神在月さんや神代の方からしたら殆ど知っているだろうから、『誰』かを気にするのは皐月さんだけだという感じである。


「この間結ちゃんには先に伝えたわ。事務処理があるからね。三月二十五日から昨日までは休み扱いにしたわ。有給休暇を消化してもらったの。で、四月は担当月だからとりあえず本殿に入ってもらって、出てきたら一ヶ月間の自宅謹慎だから。その間の給与は勿論なしで神代金のみね。で、境内に入ってる間に社長が決めるわ。まあ規則を破りそうな兆候だったから即対処したい気もあるけど、こういうのって慎重になるのよ。卯月は本心言わないし、奥様は何が目的かわからないし。早々に手を打ったは良いがそれが相手の思うツボだった場合は取り返しのつかない事になるわ。離婚して親権を手放したいだけが目的なら、わかったら瞬間にそうするけど、そんな簡単な話じゃないでしょう

。一旦、奥様は暫く監視付きだから。まず、監視を撒くことは出来ないから大丈夫でしょう。プロでも雇って対抗して来ない限りね」

「まあ、境内に入ったとして、本殿だけにご執心だからな。建物や神代の家族に何かしようって訳じゃないからそこだけは本当に安心できるけどな」

神在月さんが一番心配してた事を言った。


「申し訳ないが、私達はそこなのだよ。元々卯月の奥様が気にしているのは儀式中の本殿の中だろうからそこまでは気にしていなかったが、いつ興味や何か対象が変わって、本殿ではなく家族に矛先が向かないかが心の奥底では心配でね」

ダンディ文月さんが困り顔で言った。それはそうだ。職場でもあり、家庭もある境内だ。大事な家族がすぐそばにいて騒ぎを起こされるのはとても不愉快で不安だろう。

「家は母家や本殿と距離があるようでそこまでないからなぁ・・・。子供にあの大声を聞かれるのはちょっとね。大人が大声あげてるのって、大人だって見聞きしたくないのに子供が見たら衝撃的だろうからね」

葉月さんのお子さんは、上のお子さんは中学生になるが、真ん中のお子さんはここで小学校三年生になる。小学生には大人が声を張り上げている様子を見るのは、それがたとえ女性でも怖いだろう。

「神代のことや本殿の事を言っていないし説明ができないからこそ、そんな場面を見たらなんて話せば良いか・・・嘘はなるべくつきたくないし、ごまかすのが難しいですね」

霜月さんもここで上のお子さんが小学校に入学する。下のお子さんも幼稚園へ入る。この年齢のお子さんは、状況の説明もできない。しかし、光景を見て理解はできるだろう。自分の家がある所で大人が騒いでいると。そんな光景を見たら何が起こったかを親に聞きたくなるに決まっている。


「だからこそ、何かあっても強行突破が出来て早々に収拾をつけられる神部の者を一人常駐させるって事よ」

「まあ、神部の人間なら一人いれば十分だろう」

「あと!監視カメラとかセンサーつけるから!」

「それは、会社側で好きにしてくれ」





と、いう事で、近いうちに神部のどなたかが境内に住むことになりました。が、しかし

「あの・・・その、境内に常駐してくださるという神部の方はどこで暮らすのでしょうか?」

恐る恐る聞いてみた。

「出ていった卯月の離れがあるでしょ?そこに近々住まわせるわ」



その瞬間、私の大掃除が確定したのである。








四月七日


本日は、地区の小中学校の入学式です。

そして、幼稚園、高校はそれぞれの学校によって多少日付の違いはあれど、師走さんの上のお子さんの高校入学式も本日です。

今日は、皆さん有給を取得してお子さんの入学式に行かれてます。独身の神代も皆んなお休みです。

霜月さんは、昨日と本日で連休です。昨日は下のお子さんの幼稚園の入園式、本日が上のお子さんの小学校の入学式です。被ってしまう事もある入学式ですが、日付が別になったと喜んでいらっしゃいました。


そして、私はただいまお出かけをしております。

そうです、先月霜月さんとお話しをしておりました『フルーツの沢山入ったチョコレートケーキ』の材料を買いにきております。



卯月さんの奥さんには監視がついたりしたこともあるし、境内に入ってきて文句も言えないこの状況下。神代の皆さんが『今までみたいに無理をしなくていい』と改めておっしゃってくれたので、霜月さんの言っていたケーキも友人のパティシエにお願いをしようと思ってました。そのため、念の為に何の果物が好きかを霜月さんから改めてお子さんに聞いてもらってのですが、その時に・・・





・・・ーーー



「結ちゃんが作るんだろ!オレ知ってる!結ちゃんなんでも作れるんだぜ!それ聞くって事は!絶対チョコレートケーキ作ってくれるんだぜ!!」

下のお子さんが盛大に勘違いをなさったようです。それを聞いて、上のお子さんも目を輝かせたようです。しかし、霜月さんがその後、心が少し苦しくも、

「これはウチの家族の話だから、結ちゃんにケーキを作ってもらう事はできないよ。結ちゃんには、ケーキ屋さんに注文をしてもらうだけだよ」

と言ったそうです。

きっと、茉里ちゃんだとしても同じようなことをしたでしょう。その前のお世話係の方だって、協力と言ったら似たようなことをすると思います。しかしながら


「結ちゃんはなんだって作れるじゃん!今まで他の家の分のお菓子もご飯も沢山作ってたじゃん!オレんちのケーキだけだったらもっと少なくて良いじゃん!そんなに大変じゃないじゃん!なんでダメなの?!結ちゃんはオレん家の分だけだと作ってくれないの!?」

「うーん、あのね。結ちゃんがご飯やお菓子を作ってくれるのは、前にも教えた”節句”とか行事の一つなんだ。確かに入学式は大事な行事だよ?でも、それは、それぞれの家の子供の成長を、それぞれで祝うんだ。勿論、結ちゃんもみんなの成長を喜んでくれてるよ?勿論、お父さんとお母さんもだ。結ちゃんには、どこにも売ってないケーキを作ってもらう”協力”をお願いするんだ。そして、そのケーキはお父さんとお母さんから君たちへのプレゼントなんだ。結ちゃんに全て作ってもらったら、お父さんとお母さんは君たちのお祝いなのに何もできないのは寂しいかな?」

「そういうの良いから結ちゃんの作ったケーキがいい。オレん家のケーキは作りたくないの?」



・・・ーーー



なんと、お父さんとお母さんのお祝いの気持ちをぶった切った下のお子様のご希望により、私の手作りケーキをプレゼントする事になりました。

「ごめん、結ちゃん、本当に申し訳ない・・!この忙しい時に!!離れの掃除は俺がやるから・・!!」

「大丈夫ですよ!!普段から換気とかそれなりの掃除とか手入れはしてますから、あとは毎日出入りして少し細かい掃除をするだけですから!」

「それが大変なんじゃんー」

「それより、せっかくのお父さんとお母さんのお気持ちが伝わらなくて、御心痛察し申し上げます」

「本当、子供って正直だよね。『じゃぁ、お父さんとお母さんが結ちゃんのケーキを作るのをお手伝いをしても良いかな?』って言ったら、『ダメ』だって」

「私はその言葉を聞いた奥様が今とても心配です」

お子さんの言葉には特に含みもなく、嫌味もない。ただ、何か彼の中では、私という人間が単体で作ったケーキに何かしらのこだわりか価値があるのだろう。


「決して、お父さん、お母さんの何かが嫌って訳じゃないですから、あまり気を落とさないでくださいね?私も小さい頃謎のこだわりがあってよく母を怒らせてました。悪気も、嫌味もなく、何なら”ただただ大好き”という真っ直ぐすぎる気持ちが本人にとってはこの上ない価値を生み出す事もありますから」

「結ちゃんのは何だったの?」

「お味噌汁はおばあちゃんが作るジャガイモと玉ねぎのお味噌汁じゃないと食べないってずっと言ってたそうです。おばあちゃんっ子だったので」



・・・ーーー



なので、現在はいつもと違う品揃えの良いスーパーにて製菓の材料を買い漁っております。大きいスーパーや製菓の品揃えの良いスーパーに行かないと、チョコレート味のクリームは置いてない。

「ガナッシュ、ガナッシュ・・・」

生クリームと、あと好きな果物は桃、みかん、メロン、イチゴ、マンゴー・・・マンゴーはドライマンゴーをヨーグルトで戻せば良いかな。そうすると時間がかかるなぁ。早く帰って作り始めないと。そもそもスポンジ焼いて熱冷まさなくちゃいけない。スポンジだけでも昨日焼いておけばよかったかな。考えながら、買い物カゴに板チョコを10枚程入れた。

今日は早めに家を出ております。そして、昼も夜もご飯の仕込みは完了しております。なので、ケーキを作るだけの本日です。あ、あと離れのお掃除と換気がありますが。

どうせ作るならケーキは2台作ってしまえ。そうしたら母家でみんなで食べれば良い。そもそも、果物沢山のチョコレートケーキは私も経験がないからとても気になる。しかしながら、時間がなくて事前に試しで作ることができなかったのでぶっつけ本番です。霜月さんのお子さんが前に食べたときのような味に近いものができると良いんだけどな。








「よし!!!持つべきものは友だ!!」

ケーキが完成しました。友人に色々聞いて、果物の下処理などを丁寧に行った。イチゴは水気があまりないが、桃やメロンなどはみずみずしい果物である。生クリームと馴染みが悪くなってはと思ったが、見た感じは大丈夫そう。私の目の前には、クリームコーティングはさすがみお店みたいには行かなかったが、それなりの見た目のチョコレートケーキが出来ました。スポンジを三層にしたり、間にクリーム塗ったり、周りをクリームで塗りたくったりと本当に手間がかかるな。これはケーキ屋さんが早起きする理由もわかる。8時半開店のケーキ屋さんとかどうなってるの本当に。


台所でケーキの完成に感動しているのはいいが、現在は・・・17時半。何とか間に合った・・・。あとはこれを持ち運べる箱に移し替えて霜月さんのお宅に持っていこう。そして、母家用のケーキは冷蔵庫で冷やしましょう。

霜月さんの家の分を箱詰めしている時に、居間から水無月さんと睦月さんがやってきた。今日は皆さんお仕事お休みなので、いつもは在庫管理をしている時間ですが、早めに母家にいらした模様。



「うわっ・・・ついに結ちゃん、デコレーションケーキまで手作りしてる・・・」

「僕、結ちゃんと同じ歳でいいのかな。同じ歳であってるのかな」

「その気持ち・・・わかる。俺、結ちゃんが年下だと思えない・・・」

「何言ってるんですか、ケーキ作ったくらいで。睦月さんは私と同じ歳ですし、水無月さんとは確か十歳近く違いますよ」

「二桁っ・・・!」

「では、霜月さんの所にお届けに行ってきますね!」

「あ、僕も行こうかな」


箱を持って母家の玄関を出る。睦月さんも一緒に来てくれた。と言っても本当にすぐに辿り着きますが。

「結ちゃんは、何でもできる”根性”があるんだね」

「え。そんななんか筋肉的な感じします?」

「そういうイメージ?根性ってこ心の体力だと思ってた」

「私は、力ずくで何とかしちゃうイメージでした!」

「ほら、何に対してもやり遂げるし、(したた)かですごいなっていつも思ってたんだ。僕は、あまり物事も続かないし、考えすぎてダメになっちゃうからさ。僕の性格だったら、結ちゃんと同じ仕事は多分出来ないから」

「”お世話係”の話しでしたら、同じことする必要はないですよ!あ、まぁ炊事、洗濯、掃除はできないと仕事になりませんが。前任者の私の従姉妹はこういうことはしなかったみたいですから。多分、追加でお金もらってもしない人です。それよりも物事の計画を立てて遂行するのが得意みたいで、三年間で全部の離れの気になる箇所の修繕を予算内でやりくりしてやったらしいですよ」

「そうなんだ・・・というか、それもお世話係の仕事なんだね」

「家の修繕とか、もちろん勝手にはできないから全部本社に稟議上げてやるんだけど、それがすごい速さで行われてたみたいで。記録が残ってるの見たんですけど、私じゃ到底無理な仕事の捌き方でしたよ」

「そういうのってさ、まず、どのくらいの欠損状態だとか、影響がどれくらい出てるとか、どの範囲の修繕で済むとか、修理期間とか見積もりとか・・・あげればキリがないから本社に依頼してやってもらうのかと思ってたけど・・・」

「そうなんです。でも、それだと遅いって思ったみたいで、ちゃんと『対処までに時間を要する事で悪化の恐れと生活に被害が出る』って書いてありました。オブラートに包みもせずに。なので、さっき睦月さんが言ったようなのは全部自分で写真をとって、業者を呼んで付きっきりで点検するのを見届けて、見積もり出してもらって、必要そうなもの一式を揃えた上で稟議を上げてました。私には無理です」

「僕は結ちゃんがやってることも、前任者の方がやってたこともどっちもできなさそう・・・」

「やってみれば案外楽しかったりするかもしれませんよ?私からしたら工房でずっと作業の方が大変だと思いますから。私ずっと座っているのできません。それも向き不向きや才能ですよ」

「そうかなぁ・・・。あ、インターホン押すね」

霜月さんの家に到着し、両手でケーキを持っている私の代わりに睦月さんがインターホンを押してくれた。

そして、出てきてくれたのは奥様だった。



「あら!結ちゃん、ありがとうございます!本当にごめんなさいね、子供がわがまま言って!あ!睦月さんも一緒だったのね、こんばんは!」

「いえ!とんでもないです!上のお子さんが前に食べたって言ってたそのチョコレートケーキに似た味ならいいんですけど」

「こんばんは」

「似てなくても結ちゃんが作ってくれたケーキなら何だって喜ぶわよ!私も楽しみにしてたから本当に嬉しいわ!あ、ちょっと待ってね」

霜月さんの奥様はモデルをされていたのかという程綺麗な奥様だ。所作も美しい。受け取ったケーキを持って一旦家の中に入られた。そしてすぐに戻ってきました。



「これ!頂き物のお裾分けなんだけど・・・好きかしら?」

「信玄餅!大好きです!いいんですか!?」

「よかったわ!子供が食べる度に家中がきな粉だらけになるの・・・もう掃除も大変だし、子供にあげないにしても私が食べ過ぎちゃうから・・・よかったら食べて?」

「ありがとうございます!すごく嬉しいです!」

「こちらこそ、ケーキ本当にありがとうございます。子供たち、すごく喜んでるの。入学よりもケーキの方が大事みたい」






「正直、美味しいかどうかはわからないけど、ああやって喜んでもらえるのは嬉しいですね」

霜月さんの家から母家までの帰り道にまた少し睦月さんと話しをする。

「なかなかできる事じゃないよ。すごいね」

「しかも!信玄餅まで頂いちゃいました!そうだ!六個あるので睦月さんに三つ差し上げます!」

「そんな三つも!みんなで食べればいいんじゃない?あ、でもそれだと結ちゃんが貰ったのに全然食べられないか」

「今月は独身勢七名全員いますからね!皆で食べると私の食べる分が足りないのでみんなにはあげません!でも、睦月さんは一緒に行ってくださったラッキーな方ですのでどうぞ」

「じゃあ、頂くね。ありがとう」




戻りながら、横目で境内の奥の桜の木を見る。

今日の気候でまたさらに花が咲いた。ちょっと立て込むけれど、今週末にお花見をやるのが良いかもしれないな。そうすると、いつもの事務作業と離れの大掃除、お花見の買い出し・・・。まあ何とかなるだろう。




「あ!長月さんのお花見用のお酒を買いに行かなくちゃ!」



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