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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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22/87

四章:卯月の記 一話




三月三十一日



ー22時00分ー


今日は予定の段取り通りに物事が進んだ。本殿の掃除も終わり、現在は夕飯も食べ終わり、弥生さんを迎えて神代全員で母家の居間で飲み会をしております。

四月の神代である卯月さんは、弥生さんの家で斎服に着替えているようです。

23時までに本殿に入れば良いので、準備出来次第本殿に入っても問題ありません。あとは卯月さんのタイミングです。大体の方は22半過ぎからなんとなくのそれぞれのタイミングで入られますが。



「皆、申し訳ないね。気苦労を沢山かけたみたいで」

お酒の席になって、弥生さんが三月中に起こった出来事の謝罪をした。


「別に弥生が悪いわけじゃないってば、でも凄く驚いたのは本当」

皐月さんが気にしないとばかりに言った。でも驚いた事は正直に伝えている。

「監視がついたけど、まあ一発アウトじゃなくて良かったな・・・いや、何が良いのかもうよくわからないけど」

神在月さんが言う。私個人としては神在月さんの意見に賛成だ。とりあえず、収まって良かったと。



「監視なぁ・・・。あの嫁さんの性格の悪さは本人のものだが、”本殿を覗く”事は自分の意思ではないか、もしくは何かの餌にされてんだろうな。金があれば満足そうな言動が多い奴が、あえて収入源を断つ行為をする理由が見つからねぇ」

焼酎をストレートで飲みながら如月さんが言った。

「確かに、覗きたがる人って今までいなかったからね。卯月の奥さんって政治家の所の人でしょ?どっかから神代の話しが漏れたのかもね。で、弱みを握るための結婚と調査だったりしてね」

「あり得る」

神在月さんと如月さんが憶測をする。そうか、こう言う話題って、結局『神代』としての証拠とかないから何も証明ができない。変なお金・・・というか、神代金は立派な代金だと思っているが、他の人からしたら不明細な流れだとかそういった事で、神部側が疑われるというか、悪者にされる事もあるのかな。神部側の弱みを握るという事なのだろうっていうか

「如月さん!なんで焼酎をストレートで飲んでるんですか!お水もお湯も炭酸も氷もここに準備してますのに!」

「芋焼酎なんてストレートが美味いだろうが」

それは個人の好みなのでもう何も言えないです。




カタン・・・ーーー母家の玄関側から音がした。おそらく卯月さんが斎服に着替えて母家に来たのであろう。そのまま本殿に向かって足音がした。私も立ち上がり、本殿へ向かおうとする。

「あ、結ちゃん。俺も行く」

「はい」

弥生さんが同行を申し出てくれました。とても助かります。

結局、神部さんと卯月さんご一家が一緒にこの境内から出たあの日から、私は卯月さんと顔を合わせていない。仕事も卯月さんは一旦休み扱いにして欲しいと神部側から連絡があったからだ。そして、今日、卯月さんが境内に来るにあたり、神部側から私への指示があった。

まず、斎服は弥生さんに預けておくこと。弥生さんの自宅で着替えること。他の神代には顔を合わせないこと。今回も念の為に施錠を掛けること。

なので夕方前には弥生さんに卯月さんの斎服を預けました。そして、着替えて今母家に来たらしいのですが


「・・・いない!!」

今から通路に出て、本殿に向かう方向を見るも、卯月さんの姿がない。さっさと本殿に入ってしまおうという事なのか。

「まあ、本殿に入ったならそれで良いよ。結ちゃんも無理に顔を合わせる必要もないし」

「うーん・・確かに合わせなくて良いなら確かに助かりますが、でもなんかそのお世話係として、この時ばかりはちゃんとしたいと言うか」

「優しいね」

「いえ!務めと言いますか、私自身が職務を全うしたいだけで、その優しさとは違うと思うのですが・・・」

「なるべく顔を合わせたくないのに、仕事だからって仕方なく合わせてくれるのは優しいよ」

「そうでしょうか?」

とりあえず、自分の仕事をしたいだけで、正直卯月さんとは顔を合わせなくて良いのなら合わせたくないと思っている私にさえ優しいと言ってくれる弥生さんの方がよっぽど優しいと思います。


言いながら二人で本殿へ向かうと、廊下が見えた段階で、卯月さんを視界に捉えた。

もう本殿の扉を開けるところまで来ていて、卯月さんも私たちが視界に入ったのだろうか。一瞬だけ顔を、ほんの少しこちらに向けた。しかし、特にそれ以上は首を向けるわけでもなく、前を向き直して扉を開けた。


そして、本殿の中に入り、後ろ手で扉を閉めた。結局こちらをちゃんと見ることはなかった。


「もー、感じ悪いね。ごめんね。結ちゃん」

「いえ、大丈夫です。それは気まずいですよ。奥さんが勝手に境内にきて本殿に乗り込もうとしてたのを、神部から注意を受けて奥さんから夫に話すように言われたのに聞いてないんですもん。なんか、自分は神代だし、自分の方が境内(ここ)に居るのに、知らなかったんですもん」

「ほらね、相手の事を考えるから優しい」

「もう!私の事はいいんですよ!」

なんだか褒められっぱなしで段々と恥ずかしくなってきてしまったので、この話しを切り上げて、本殿の扉に向かう。そして、今月は弥生さんがこの辺りの施錠をして、鍵を一ヶ月間持っていて下さる。



ーーーガチャン



施錠の音が先月より重く聞こえた。まるで、悪を封じましたと言わんばかりに。それは、私が卯月さんを苦手だからこその思想だろう。弥生さんの時は『推しが監禁された』と考えた。すごい違いだ。


「さ、通路も封鎖しよう」

本殿の扉を施錠したら、弥生さんはすぐさま後ろを振り返った。

私は今のいままで卯月さんのことをなんやかんや言ってきました。しかし、それとこの言葉は関係ありません。人の、神代の一ヶ月を頂いて、私たちの平和が成り立っている”らしい”この神代の儀式。

この方が四月に一ヶ月間の時間を費やして頂いて、私だけではない、多くの方の平和、平穏が訪れるのである。その事に感謝する心は変わりない。



人への”好き”、”嫌い”と”感謝の気持ち”はイコールではないのだ。

どれ程苦手な人、どれ程嫌いな人だって、苦手だから、嫌いだからと感謝の気持ちを持たなくていいわけではない。その人がいないと成り立たない事というのは多少なりともあると思う。

だから、自分の感情とは別に感謝をしなければならない。


”感謝する”という事が、まるで嫌いな相手を”認める”とか”受け入れる”などと考え、素直に感謝できない事があるという話も聞く。


逆に言うと、苦手や嫌いでも、”感謝してもいい”のである。

相手を好きでなくても、感謝して良いのである。感謝することで、苦手や嫌いを”好きに変える”わけではない。嫌いなままでなんの問題もない。ただ、その人がいなければ困る事柄に関しては、感謝して良いのだ。


嫌いな人に感謝をしたからって、私の何が変わるわけではない。むしろ、この場合『一ヶ月も本殿に入ってもらって私たちの平和や幸せを頂いているんだ』と思えば、まあ今月の騒動も良いか。と少しばかり思えてくる。本当に少しだけですけどね。


だからこそ私は、自分の幸せの為にも、卯月さんにこの言葉を申し上げます。


神代(かみしろ)の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」









四月二日



さて、新年度が始まりました。

気温も暖かくなり、桜の花も咲き、庭の花も咲き始めて春をとても感じる今日この頃です。

四月だからと特に新しい人が入るわけではないこの境内ですが、変わった事といえば、神代のお子さんたちが、学校や幼稚園を卒業、卒園して、進学しました。

小学校と中学校に通うお子さんは、境内がある地区の公立学校なので、みんなで揃って境内を出て登校しています。といっても、まだ一日なので入学式はこれからなのですが。



今日はこれから神部から八重さんがいらっしゃいます。

昨日の四月一日は本社の神部グループの入社式でした。入社式は疲れるからと今日は息抜きと報告とお詫びで境内に来て下さるそうです。





「昨日、嘘つくの忘れたんだけど」

少し不貞腐れたような表情で皐月さんが朝食を食べながら言った。

「あぁ?」

如月さんがすかさず反応をする。”くだらないことをするな”と目が言っているような気がする。

「いいじゃん!正午までなら嘘言っても許される日なんだよ!?言わなくちゃなんか勿体無くない?!」

「食べ放題の元取らないと気が済まない奴かよお前」

「そんなことない!嘘が許されるっていうのが大事なの!!」

「許されないような嘘だって平気で言ってきたような顔してるお前が今更許される嘘言って何になるんだよ」

「それ偏見ー!顔だけで決めないでよ!」



皐月さんと如月さんの騒がしい会話を、清々しいBGMでもかかってるかのような涼しい顔でお味噌汁を飲んでいた長月さんがふと思い出したように言った。

「あ!お花見やるんだっけ?」

「はい、今週末か来週末を予定してます。冷え込まないで暖かい日が続くみたいなので、多分このままいけば週末にもかなりいい感じに桜の花が咲いてくれるのではと思ってます」

「そっかぁ、お酒楽しみだなぁ」

「桜も楽しんでくださいね」




「おや、母家は朝から賑やかだね」

ダンディ文月さんが早くも母家に顔を出してくださいました。本日は平日。仕事といえば仕事ですが、本社からの現場視察、ミーティングという名目になっております。早い話が、工房でお仕事をするのではなく、八重さんたちがいらして境内(ここ)でミーティングという名の、先月の”お詫び”と”報告”という事です。

なので、普段は朝食を食べたら工房に向かいますが、今日は神部の方達がいらして下さるまでは特にすることもなく、ただ待っているのです。なので、母家の朝食は皆さんいつもよりのんびり食べています。


「いつもこんな感じだよ。皐月が元気有り余ってね」

優しい顔で弥生さんが笑いながら文月さんに答える。ああ、そうだよ。この推しを私は一ヶ月間も監禁、没収されていたんだ。今はとても幸せです。

「八重が来るからテンションが高いんだよ」

時間があるからと三杯目のご飯を食べながら神在月さんが言う。

「俺別に八重が好きなわけじゃないからね?!」

「そうじゃないって、八重が来るってだけでアドレナリンが出る体質なんだろ」

「俺は八重に生命の危機を感じてるの?」

「じゃあ私は皐月にとっての”敵”って事になるのね」

「まぁ、あれだけ揶揄われれば敵っちゃ敵だよね?」

「そう、よく覚えておくわ。忘れないように毛筆で書いて秘書室に飾っておくわね」

「何それ!墨と筆で書くの?!超ウケるんですけ・・・」

見事に自然に会話の流れに入ってきた事に気づかずに、皐月さんが話題の人物である八重さんと直接会話をしていることに途中で気づいた。

「ウケない!!何も面白くない!全部嘘だから!!神在月がなんか言ってたけど!俺のは全部嘘だから!!」

「エイプリルフールは昨日の正午を以て終了してんのよ」









生活の場である母家の居間で話すとなると、いまいち仕事の話だという認識になり辛いため、工房で話す事となりました。工房は、広く、普段は仕切りで区切って一人一人の作業スペースを確保し、仕事をしている。その為、今はパーテーションを全て片付けて大きな空間に神代十一名と、お世話係の私と、向かい合うように本社の秘書課の方がいる。



「まずは、今回の卯月の奥様の騒動、境内を騒がせた事、神代の皆さんに御迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

普段は友人のように楽しそうにみんなと話している八重さんが、真剣に、それは外部の方が謝罪にきたかのように話し始めて私は背筋が伸びた。本気で謝罪をしている。私は昨年の三月までは学生だったし、新入社員のようなものだから、自分が何か粗相をする事があっても、人からされたことはない。もちろん、神代の皆さんと過ごしていて、ちょっとしたことで『ごめん!』などと言われたことはあるけど、こんなにしっかりとした謝罪は初めてだ。これが会社なのか。そして、これが社会なのか。

ここにきて初めて社会人としての経験が一つ増えた気がした。


そして、八重さんと一緒に、お見合いの時にも来ていた二人の神部さん達も本日は同行していて、頭を下げている。



「私たちが謝るのは違うと八重ちゃんが前に言ってたけど、会社側が謝るのも違うのでは?」

師走さんが疑問に思ったようですぐに発した。

「いえ、卯月は他の神代とは別の契約や制約があります。それは、神部が強いたものです。そして、それが今回の原因の一つでもありましょう。そもそも、このようなことが起こらないようにするための制約や契約でした。しかし、結果起こってしまっている。未然に防げなかった、本社側の責任です」

「そう言っても、茉里ちゃんの時は」

「彼女は特別です。特別、”はっきりものを言う”という対処方法を行い、門前払いに等しい対応をしていました。神部が手を、口を出さずとも、問題なくやってきたのは彼女の功績です。しかし、あれは誰にでもできる事ではありません。私たちの詰めの甘さが今回の騒動を招きました」

”会社”となると、”責任”の所在をはっきりとしなければならないのか。個人が勝手に行った事なのに。と私は思うが、きっとそれで済ませては秩序が保てなくなるのだろう。


「制約ってなんだ」

如月さんが口にした。

「・・・まあ、この間その場にいた霜月や、廊下で水無月たちも聞いてただろうからもう言うけど、卯月の奥様は、神社の家の出身でもない。卯月と長らく交際をしていたわけでもない、家柄だけは判明しているけど、結婚をするのに不明瞭があまりにも多い結婚だったわけ」

「結婚は本人の自由だが、一応神部を通す暗黙の決まりがある。そもそもなんで不明点が多い女との結婚を許可した」

「許可したんじゃないわ。勝手にしてたのよ」

「え?」

如月さんの質問に答えた八重さんの回答に驚いたのは弥生さんだった。



「弥生にも言わなかったんでしょ。弥生に言ったら”勝手に結婚なんて”って絶対止めるだろうから。卯月は神部に結婚の報告をしに行くって本社に来た時には、『結婚をしたい意志の報告』ではなく『結婚をした』と言う事後報告だったのよ。そりゃ最初は無効にするように頑張ったわ」

なんか今、”無効にする”とかとんでもないことを言った。


「でも、なかなか出来なくてね」

「そりゃそうだろうよ」

「結婚を認める代わりに、契約と制約を追加したわ」

「内容は?」

「他の神代の奥様がしている誓約書は勿論。その他が、『境内には住まわせない』事。基本的には神代には境内に住んでもらった方がこちらとしては助けるけど、勝手に結婚したから卯月には境内から出て行ってもらったの。その他は、この間の『境内への出入り禁止』ね。基本的には入らない事。あ、もちろん奥様の話ね。卯月は工房で仕事しなくちゃいけないから。奥様が来るなら管理者であるお世話係に一報入れる事」

「境内に住まわせない理由は?」

「勝手に結婚するような奴を他の神代と、その家族がいる同じ境内に住まわせられないわ。卯月だって、神代の一人よ。自覚があるはずの神代本人が、奥様に何かを吹き込まれたのか、何かを餌にされたかは知らないが、勝手に結婚をするという暴挙に出たわけ。卯月の判断の基準がズレたのか、価値観が変わったのかどうかは知らないけど、あなた達と同じ境内で暮らす事に安全の確保と安心が出来なかったこちらの判断よ」


どこまでも境内の中の事を考えての判断である事に感心をした。

確かに、住んでいる人にしかわからない事。住んでみないとわからない事などある。それを、情報だけで、『どうしたら最適に暮らせるか、生活ができるか』を沢山考えて貰っている。

この間は神在月さんと一緒に本社に行きました。私は八重さんと話しをしましたが、神在月さんは社長と直接お話しをしていた。きっと今までもずっとああやって定期的に境内の情報を吸い上げていたのだろう。他に沢山の大きな仕事をしながらなのに。その情報を頼りに境内の状況を推測して気にかけてくれていたのだ。

そりゃ、茉里ちゃんみたいな人がお世話係だったなら、本社も楽だったろうに。私が不甲斐ないばかりに・・・いや、そもそもダメだと言われているのに乗り込んでくる方が悪いんだ!大丈夫だ、負けるな私。



そんな事を考えていたら話しが進んでいた。



「と、いう訳で、警備や状況把握のために、期間は未定で神部の誰かがここに暫く住むことにしたから!」

明るく言い放った八重さんの言葉を、一瞬誰も理解できなかった。


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