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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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三章:弥生の君へ 七話

突然の神部の方の登場に、その場の全員が驚いた。



「ねぇ、主人が大事な話しをしているの。止めないでくださる?」

こんな状況でも、卯月さんの奥さんは再度けしかけるように言った。



「大事な話だから止めに来ました。卯月、何を言おうとしたのか自分でわかるか?」

神部さんは額に汗をかいて少し息が上がっている。一見冷静に見えるが、よく見れば怒りを感じ取れる。目の奥が冷たい。これは、何か都合の悪いことが起きそうならば全力でどうにでもするという気を持った人の圧だ。とても優しそうな雰囲気の方の本気の怒りを見た気がした。

「感情に任せて、この場で言っていいことではないだろう。手を離すが、わかっているな?」

まだ口に手を当てられているまま、卯月さんは後ろから自分を押さえている神部さんを視認した。表立って慌てたりしている様こそはないが、顔が強張った。その顔を静かに頷かせた。


「止めないでくださる?主人が”大事な”話をするところなんです」

「”大事な”話しだから今ここで話すべきではないんです」

「担当月のお話しでしょう?いいじゃないの、しきたりだかなんだかで契約書だか誓約書まで書かせられたけど、今の時代には合わないわ。言ったって構わないでしょ?そろそろ妻である私に教えて下さってもいいんじゃありませんか?」

「・・・いや、いい」

この奥さんは神代が儀式の間、本殿でどうなっているのかを執拗に探っている。これ程までに知りたがるのは何かおかしい。そして、卯月さんは、神部さんの圧に負け、とても青白い顔をしている。神部さんの圧が怖いだけか、または感情に任せて、言ってはいけない事を止められるまで口走りそうになった事に恐怖しているのだろうか。




「あの、どうして今のこのタイミングで境内(ここ)に?見張ってたみたいにタイミング良かったよね」

霜月さんが疑問を素直に聞いた。

そう、本社から境内に用事がある時は先に大体電話かメールが届く。直接境内に来ることはほとんどない。同じ都内にあるとはいえ、距離があり気軽に来れる距離ではないからだ。


「・・・先日、卯月の奥様が境内の本殿に入ろうとした日の深夜から、神部では境内周辺に警備を配置しました。先程、警備の者から奥様が大通りから境内行きの路地に入られたと連絡を受けましたもので」

「「警備?!」」

私と霜月さんは二人で驚いた。奥様についてまわるのではなく、あくまで境内を基にして周辺を”警備”していると言うことらしいのだか、もう監視の域に入りそうな気がする。

「警備員らしき方なんて誰も・・!」

境内は住宅地の細い道路の先で、途中から舗装されていないような道である。境内の前に人がいれば必ず気づくので、気づかないと言うことは、

「大通りから境内に入る道の周辺に数名の私服警備員を配置しました。皆さんに顔の割れていない会社の者ですのでおそらく気づかれることはないです。顔も割れてないため、万が一の時に境内に入れば警備員の方が不審者扱いとなるので、交代で我々秘書課が少し離れたところで待機しておりました」

大企業、コワイ。警備だなんて、何の部門のどこの部署の社員がやるのだろう。そもそも社員なのでしょうか。



「処遇が決まるまでは境内に近づかない約束でしたよね。事前に約束をさせて頂いたので、念の為の警備員でした。結果、配置しておいて正解でした。とりあえず、約束を守っていただけなかったので、ご家族御一行様は神部の本社まで来て頂きます。現在、社長と秘書課でこの間の件の処遇を検討しております。ご一緒に結果を聞きに行きましょう」

神部さんが、さらっと現状の説明をして、ご家族を境内から連れ出そうとする。


「何よ、警察でもないのに勝手なこと言わないで下さる?まるで『署に連行します』と言わんばかりに。犯罪者じゃないんだから。私は、夫の職場をただ見学しているだけでしょ?それの何がいけないわけ?大体、他の奥様なんかこの土地に住んでいるわけでしょ?私と何が違うのよ?」

「その違いをここで申し上げていいのですか?貴方様は、他の奥様とは何もかもが違います。全てお話しさせて頂いたはずですが、もう一度言いますか?こちらは何度も目を瞑って見逃しておりますが、他の奥様と違って、貴方の”住所”はここではないので、”住居侵入罪”になると何度も言っているでしょう。それほどの距離感だと言うことです」



住居侵入罪・・・。だから、ここの母家にいて管理をしている私に、事前に情報が入ればその都度奥様が来る事を弥生さんは知らせてくれたのだろうか。私は適当に嫌がっているからせめて突然顔を合わせて驚かないようになんだと勝手なことを考えていたが、あれは住居侵入罪にしないための弥生さんたちの優しさだったのか。

いや、でも勝手に結婚してた事は知らなかったみたいだし・・・。もうよくわからないなぁ。



「現在も、宮守さんが事前に連絡を受けておらず勝手に入った場合は住居侵入罪です。お世話係が境内の管理者で責任者です。境内に居住していない者が彼女の許可なく出入りをしている事を、今回限り管理者である彼女にこちら側で詫びて目を瞑ると言っているんです。これ以上何か仰るようでしたら、神部の処置ではなく法を持ち出しますが?」

「わかったわよ、出ていけばいいんでしょ。ほら、行くわよ」

奥さんは子供の手首を掴んで引っ張った。その様子を見た神部さんが眉間に皺を寄せて言う。


「子供の手首や肩は柔らかくて外れやすいんです。成人した人間の力で突然引っ張るなどは辞めた方が良いと思います。お子さんと貴方の為に」

「うるさいわね」

「それと、境内から出れば良いのではなく、神部の本社まで来て来て頂きます」

「悪いけど、夕食はレストランを予約しているの。キャンセル料もかかるし、そちらには行かないわ」

「キャンセル料は神部で支払います。それでもレストランに行かれるなら、社長を含めた神部側がレストランに向かいますが、どちらがよろしいですか?お選びください」

「本当憎たらしい。行けばいいんでしょ!行けば!」

そう言って、卯月さん御一家は母家の玄関へと向かっていった。

居間の付近には、夕飯を食べにきた睦月さんと皐月さんと水無月さんがいた。奥様がお子さんを連れてズカズカと迫り来る光景を見て、神代の御三方は驚いて通路の端に寄り、道を開けた。




「宮守さん、度々ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「いえ!何言ってるんですか!助かりました!本当に!」

「間に合って良かったです。では、今日はこれから彼らと本社へ向かいますので、ここで失礼致します。あ、彼らだけでなく、私も住居侵入罪ですね。今回は見逃して頂けますか?」

卯月さん御一家が母家から出ていった後、このギスギスした怖い空気をどうにかしようと気遣って冗談ぽく言葉をかけてくれました。確かに私がこの境内の責任者みたいになってはいるが、そもそもの所有は神部である。住居侵入でも何でもないのです。神部さんのただの気遣いです。

「見逃すも何も!本当にありがとうございます」

「後日またお邪魔しますね。私か、八重か、誰かが改めてお詫びにきます。皆んなも悪かったね、驚かせて」

神部さんが、霜月さんをはじめとして、奥に見えた神代にもお詫びをしてた。

「本当、来て貰えて助かりました。ナイスタイミングでヒーローだね」

「恐れ入ります」








「俺、昼ドラの撮影でもやってるのかと思った。マジで怖かったんだけど!」

興奮冷めやらぬとばかりに皐月さんがご飯を食べながら騒いでいます。

「昼ドラかー!じゃあ俺もちょっと見たかったなー」

皐月さんの興奮を楽しそうに見ている長月さん。

「あれは・・・もう遭遇したくない・・・体に悪い・・」

見たことを後悔している水無月さん。

「結ちゃんって、凄いよね」

謎に睦月さんに誉められました。



そして、今は普段通りの夕飯の時間を迎えております。

見慣れている光景を目にして、私は漸く先ほどまでの高ぶりを収めて、冷静になっております。



「私は特に何もしてないんですけどね。でも、今日は本当に神部さんが来てくださって助かりました。もうあのままだったら私が卯月さんの口を封じるほかなかったです。しかも間に合ったかどうか。でも、どうせその後言われるんですよ、”私の夫に触るなんて!”とか」

「まあ言いそうだわな」

言いながら、神在月さんが本日の夕飯のおかずである筑前煮に箸を伸ばした。



「でも、あの日から警備をつけてくれてただなんて、本当に守って貰ってるんですね。境内(ココ)って」

睦月さんが感心したように呟いた。確かに、あれから十日程経っている。あの日、卯月さんの奥さんに注意をして境内には行かないように忠告をして、それから来ると誰が思うのだろう。

そんな来るかどうかもわからないものに、警備をずっとつけていたのだ。警備どころか秘書課の方が交代とはいえ、必ず誰かが近くに居たのだ。結果来たので本当に天晴れです。

しかし、そもそも何をしにきたのだろうか。結局、私と霜月さんの会話に割って入ってきてそのまま喧嘩みたいになってしまったが、また本殿にでも入ろうとしたのだろうか。でも卯月さんも居た。流石に本殿に入ることが目的だったら卯月さんだって止めるだろう。

それもきっと神部の方が聞いてくれるであろう。


「そういえば、今回のお詫びでまた改めて神部さんか、または八重さんがいらしてくださるそうです」

「本当?!お詫びの時は、凄くいっぱいお菓子買ってきてくれるんだよねー!やったー!」

皐月さんがテンションそのままに喜んだ。






三月三十一日



本日は、月末です。正午には弥生さんが本殿から戻ってきます。そうです、掃除の日です。

今日、今は朝の5時です。最近は暖かい日が続いております。先日、桜の開花宣言も出ました。庭の桜の木も、花が続々と咲き始めております。



結局先日の件、昨日八重さんから連絡がありました。卯月さんは一ヶ月の自宅謹慎を言い渡されました。もちろん給与はその間なし。ただ、明日からの四月は卯月さんの担当月なので、四月は本殿にいてもらい、五月が謹慎となるそうです。


奥様とお子様は神部の預かりです。一応今まで通りの生活は出来るみたいですが、なんと、監視がつく模様です。いやはや、でも即刻離縁でお金返せにはならなくてよかったです。自分がお世話係をしているときにそんな事例が出ると何か嫌なので。




さて、これから朝ごはん、お昼ご飯、夕飯の仕込みを一気にやってしまいます。

ですがその前に、ココアとお菓子でエネルギーを溜めます。ご飯を大量に作るのには体力もいるので、先にちょっと食べておかないとお腹空いてしまうのです。母家の窓から、敷地の一番奥にある桜の木を見ながら寛いでおります。これ食べたら頑張る、これ食べながら気合いを入れる。と自分に言い聞かせております。



まずは朝食分のお米の炊飯器のスイッチを入れる。それから時間のかかるものの下準備を始める。昨日からの作りおきもありますが、今日は丼ものなどの一皿料理ではなく結構細々と作ります。もちろん、お昼にはなの弥生さんが戻るので、きんぴらごぼうも作ります。

朝食は味の干物、海苔、牛肉の時雨煮、既に作り終わっている切り干し大根。

お昼ご飯は、きんぴらごぼう、だし巻き卵、味噌汁、豚の生姜焼き。

夕飯はハンバーグとサラダ、野菜スープです。ハンバーグの付け合わせは甘く煮たにんじんと、大きくごろっとしたじゃがいもを揚げます。


まずは朝食の味の干物を魚焼きのグリルにずらっと並べます。そして、お昼ご飯のきんぴらごぼうと豚の生姜焼きの仕込みと下味付けをします。その後に朝食の味噌汁を作ります。味噌汁を作る間に、夕飯のハンバーグに入れる玉ねぎの微塵切りを沢山切ります。付け合わせのにんじんは、切ったらまずは水煮にするので鍋に入れ少量の水を入れたら火にかけてしばらく放置です。簡単。

牛肉の時雨煮も、調味料を入れて火にかけて放置です。時々混ぜればそれらしく美味しい時雨煮が出来ます。

夕飯の野菜スープの野菜も先に切っておきましょう。ここまできたら、お昼のお米を研いでおきます。



ひたすら仕込みをしていると時間も忘れる。しかし、朝日が段々と部屋に差し込んできて、『あぁ、そろそろみんなが母家にくる時間だな』とわかる。そうしたら、グリルに並べておいた魚を焼き始めます。

焼いている間に、食卓を拭き、皆さんの箸を用意する。先に小鉢に盛り付けた切り干し大根と、煮終わった牛肉の小鉢ももう置いておく。


魚が焼けるまでにまだ時間があるので、ここできんぴらごぼうをもう炒め始めます。先に茹でておいた夕飯のにんじんの煮物をコンロからおろし、砂糖とバターを入れて、調理テーブルの上の鍋敷きの置く。空いたコンロに深めの鍋を置き、油と牛蒡を投入した。


「さて、そろそろ出来上がるぞ!」





「明日から新年度か。何が変わるわけじゃないけど、なんかいつも清々しい気持ちになるんだよね。ってついこの間思ったんだけどもう一年経ったんだね。そして、今年が始まって三ヶ月があっという間に過ぎ去ったよ」

朝食を食べながら長月さんが凄く憂を帯びたお顔で言った。

「長月はここでの生活・・・長いから・・・同じ毎日だと、過ぎるのが早く感じるって聞いたことある・・」

水無月さんが長月さんに言った。これは、新しいことを始めてみれば?という事なのだろうか。

「毎日同じっちゃ同じだけどさー。俺は毎日楽しいよ?満足してる。でもあまりにも早い。あとね、この年になると新しい事始めるのが億劫なんだよ。わかるかい?」

「・・・ごめん、わからない・・」

「聞いた俺が悪いけど、謝らないで。悲しくなるから」

10歳近く年齢の差がある長月さんと水無月さんでは色々と時間の流れや新しく物事を始める時のハードルの高さがだいぶ違うだろう。


「億劫にならない、新しい事を探すのはどうですか?」

睦月さんが提案した。

「例えば?」

「あ、長月さんが何を大事にして何が億劫に感じるのかわからないんですけど、何か新しく習い事とかを増やすのは、今の生活に”追加”って形になるので何かと負担になると思うんです。だから、今の生活のリズムに沿うような何かがあればですが・・・」

「それが知りたいなー」

長月さんが促し、言い出した睦月さんはうーんと考え込んでしまった。


「長月、睦月を困らせるな。もう今の生活リズムに沿うものなら、嫁さんでも貰って生活に付き添って貰えば良いだろう。新鮮味もあって向こう三年くらいは時間の流れが少しは遅くなるんじゃないか?」

今度は神在月さんが提案をした。

「でたよ嫁もらえ攻撃・・・まぁ、良い年だからね。そろそろ考えても良いかもしれないね。この間のお見合いの話じゃないけど」

「あ?もう見合いの話し貰えねぇだろ?神社の娘が残ってねぇんだから」

「如月!まだ言うか・・!」


長月さんが、本当に結婚をする意思があるかどうかはわかりませんが、こうやって、毎日変わらない様に見える毎日の中でも少しずつみんな変化しています。少しずつ、ゆっくりと変わる毎日を堪能しながら過ごせれば良いなと私は思ってます。あ、お見合いといえば来月に水無月さんか弥生さんがお見合いです。そのことも今日、本殿から戻ったら弥生さんに伝えないと。










カチャン・・・ーーカチャン・・バチンッ・・

「よし、あと頼んだぞ」

「はい!一ヶ月間ありがとうございました!」


本殿へ続く廊下の入り口と、本殿の扉に掛けた鍵を神在月さんに今解錠して頂きました。

やたらと重い鍵の開く音だった。金物専用の電動ノコギリでもない限り取り外しはできないだろうと言う程の安心感のある見た目と音だった。でも、実際事が起こった時は怖かったけど。






ダダダダダダーーーーーーーー


月末の恒例廊下掃除を絶賛行なっております。あと10分ほどで正午を迎えます。

いつもと同じ準備、いつもと同じ場所の掃除。先月末と違うのは気温です。本殿へと続く廊下は、下半分は木造ですが、上半分はガラスです。なので、寒い時期には冷気が廊下に伝わって凍りそうになります。

今は陽の光も入り、とてもぽかぽかしております。


弥生さんが本殿から出たら、換気、エアコンの点検、壁・床掃除、紙垂の交換、座布団交換・・・諸々あります。必要な掃除道具と新しい神具、そして弥生さんにお渡しするものを揃えて準備万端です。


先月、扉を神在月さんと施錠した時には、まさか今月あんな事が二度も起こるだなんて思いもしなかった。この施錠された鍵が役目を果たさず無駄に終われば良いなと思ってた。結果、別に鍵がなくてもみんなが助けてくれたから大事には・・・なからなかったけれど、あって良かったとは思ってしまった。色々あったけれど、本殿を月中に覗かれて一発アウトの事態は間逃れたから良しと致しましょう。


薄く埃の膜を被った廊下も、雑巾で六往復もすればピカピカになります。太陽でより床が照らされて反射する光で”ああ、綺麗になったな”と実感できる。でも、確かに綺麗だけど、ガラスにカーテンも障子もない為、床が日焼けをしている。そろそろ何か床を修復する何かをしなければならないかな。

そんな事を思いながら掃除をしていたら、本殿の扉が開きました。正午です。




「あ、結ちゃん。お疲れ様」

「弥生さん!お疲れ様です」

「随分暖かくなったね。桜・・・咲き始めたね」

「はい!来週には見頃を迎えると思いますよ」

「・・・色々、苦労かけたみたいだね。ごめんね。ありがとう」

「えっ!!私なんか顔に出てました?!」

「ちょっと疲れた顔してるのと、俺の顔見てホッとしたから、多分卯月の事であったんだろうなって。暴走がなければ良いなとは思ってたんだけどね」

「そうですね、その件に関してはまとめがありますので、どうぞこちらをお納めくださいませ。あ、でも読まれましたら私にお戻しいただけますと幸いです」

「?」

私は弥生さんに一冊のノートを渡した。そこには、忘れないようにと三月の出来事・・・主に卯月さんと卯月さんの奥様に関する事を書いてある。

「余計なお世話かなとは思ったのですが一応、不在の間の”事実”を書き留めておこうと思いまして・・・」


事実と言えど、きっと今月に起こった事は、弥生さんからしたら”起きて欲しくなかった出来事”だろう。でも、みんなに聞いたら、みんな遠慮してあまり言わないかもしれない。・・・いや、如月さんは全部言うかもしれない。

でも、聞きづらいだろうし、これは、”事実”しか書いてない。それに対して誰がどう思っただとか、私が凄く嫌な思いをしたなどの感情は書かれていない。ただただ、一ヶ月間いなかった弥生さんに”事実”を伝えるだけのものなのです。


「・・・ありがとう。色々あっただろうに、忙しい中で作ってくれたんだね」

「いえ、私がしたくてしたことですから・・」

「着替えて、早速読ませてもらうね」

そう言って、少し困った様にも受け取れる柔らかい笑顔で弥生さんは廊下を歩いて母家へと向かい始めた。あ!そうだ、あの事言わなくちゃ!


「あ!お昼はきんぴらごぼうです!」

突然そういった私を驚いて振り返った。そして、弥生さんは今度こそ柔らかい本当の笑顔を見せてくださいました。


一年間見てきて、弥生さんは自分の事も大事にする人だとは思うけれど、卯月さんの事で随分と悩まされている様に感じる。おそらく、元々とても人に気を使う性格だろう。私の手伝いをとても良くしてくれるし、前にも思ったけど手伝いの仕方にすら気遣いを感じる。この人が、何も悩みもなく幸せに暮らせる日が早く訪れますように。



そして私は、両手を胸の前で合わせていつもの言葉を唱える。



「神代のひと月を有難く頂戴致しました」

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