三章:弥生の君へ 六話
三月二十五日
桜の花が咲き始めました。気温もさらに温かくなり、年度末感が漂う今日この頃。
あと一、二週間もしたら桜が満開になるだろうな。よし、お花見の詳細をそろそろ決めよう。実家の近くの桜並木のある大きな公園などでは屋台が出ていたことがあった。なので、私のお花見と一緒に食べる食事といえば豪勢なお弁当ではなく屋台料理なのです。しかし、屋台料理になじみがない方もいらっしゃるでしょう。なので、今年は屋台料理とお弁当の両方をやろうかと思っております。焼きそばとじゃがバターは外せません。
ということで、そろそろお花見の献立と材料のリストを作りましょう。と、焼きそばとジャガバターまではノートに書き始めたのですが、そろそろ終業時間なので工房に行かねばなりません。みなさんお花見では何を食べるのが好きなのかな。やっぱり唐揚げと卵焼きは入れないとかな。私も食べたいし。
午後17時過ぎ。神代は工房での仕事を終え、私も在庫管理を行い現在は母家で夕食を作っております。
夕飯にはまだ時間があり、母家で夕食を食べる神代も一度自分の離れでそれぞれ着替えたり、お風呂に入ったりなどしている時間です。そんな時間、作業の邪魔にならない台所の後ろには霜月さんがいらして、私と雑談です。
「上の息子はね、果物がたくさん入ってるチョコレートのケーキが好きみたいなんだ。一昨年かな、友達の家で手作りのを食べたみたいなんだけど凄くその組み合わせが気に入ったみたいで。外出先でお祝いする時は果物がたくさん入ったケーキを頼むと大体ロールケーキになっちゃうんだよね。上の子がその話をよくするから、下の子が果物がたくさん入ったチョコレートが食べたいって聞かなくてね。だから、入学と入園のお祝いに、今年はどこか特注で作ってくれるお店を探してたところなんだよ」
希望のケーキが用意できないことを話す霜月の顔は申し訳なさに溢れていた。
種類の多い果物が入ったケーキがそこまで少ない訳でなはいと思う。私が小さい頃は本当にいちごが主流だったけど、結婚式のケーキなどではよくメロンやみかんなどの果物が贅沢に沢山入っているケーキを見かける。ただ、チョコレートではなく生クリームコーティングがほとんどである。チョコレートのケーキで果物が沢山と言うのはどう言うことなのだろう。私も気になる。チョコクリームと果物が会うのか、またはもっと別の方法なのか・・・。気になるが、こういった事は専門の方に相談した方がきっと良いだろう。
「それなら!私の友達が働いてるケーキ屋が・・・」
「あら。ケーキぐらい作れるんじゃなくて?料理がお得意なんでしょ?」
「結ちゃん今度はケーキ作るの?!食べたい食べたい!手作りケーキ食べたい!」
話を割って入ってきたこの女性とその子供は、卯月さんの奥さんとお子さんである。
一瞬何が起こったのか分からずまたも私の時間が停止を致しました。話をしていた霜月さんも固まっております。卯月さんのご家族が三名お揃いで境内にいらっしゃるではないですか。あれ?この人この間、八重さんにイエローカード出されたのでは?そして、神部の中で今検討中の話題の方なのでは?何故ここに?あれ?イエローカードってなんだっけ?警告出されたのでは?いや、そんな事考えてる場合じゃない!何か口ごたえ・・・じゃなかった返答しないと!なんて言われたんだっけ。そうだ、ケーキを作れと言われたんだ。そして、お子さんが”また”手作りの料理を食べたいと言ったんだ。
思えば、昨年から今年への年越しが忙しかったのも、今の様にこの奥さんが私に喧嘩を吹っ掛けてきたからである。
・・・ーーー昨年、十二月二十六日
「みなさん、年越しそばとか食べますか?」
「え!待って、結ちゃん大晦日もご飯作ってくれるの?!」
長月さんが驚いて聞いてきた。
「ちょっと長月・・・そんな可哀想な事言わないでよ。予約を入れておいてくれるって意味だよ・・・」
水無月さんがおどおどしながらも長月さんに言った。
「そうか、そりゃそうか。予約だよな。大晦日だもんね。あ、でも交代前の掃除があるからどの道働かなくちゃいけないんだ?」
「・・・大晦日の掃除くらい俺たちがやってもいいんじゃない・・・?」
そこで、仕事終わりに家族で待ち合わせをしていたのか、境内の外に居た事は聞いていたが、そこから中々移動しない卯月さん御一家がなんと母家の中、更には話しに入ってきた。
「ヤダァ!あなたお給料もらってるのに神代に掃除させるつもり?それに年越しそばくらい作りなさいよ。あなたの仕事でしょ?」
「ママぁ、年越しそばってなぁに?」
「年が変わる前の日に食べる蕎麦の事よ。うちは食べないけど。ただのお蕎麦よ。願掛けだから」
「願掛けってぇ?」
うるさい、早く帰ってもらえませんかね。
親子の会話をよそに私は話を進めた。
「長月さんは食べますか?」
「俺食べたい!晩御飯になる?深夜に届けてもらえる?」
「あー、どっちでも大丈夫です。でも、流石に夕飯時と深夜に2回きてもらうのはお蕎麦屋さんに申し訳ないので、食べる方達で話し合ってまとめてもらえると助かります」
「とりあえず食べる人何人かな。俺だけだったら流石にカップそばにするよ。はい、食べる人挙手」
長月さんが声をかけると食べたい人が手をあげた。食べたい人が、というか、独身勢が7名全員挙手をした。
「え?みなさんもしかして毎年食べてました?」
全員食べるなんて思ってもみなかったのでつい聞き返してしまった。
「いや、特に。年越しそば食うかなんて聞かれたことねーよ。食いてぇなら自分で勝手に食いに行けってスタンスだったから」
如月さんが相変わらずこちらを向きもせずテレビを見ながら言った。
あ、茉里ちゃんなら言う。
「せっかく聞いてくれたんだから嬉しくて如月もお蕎麦食べたいよね〜!」
皐月さんが軽いノリで言う。
「茶化すな」
「素直に食べたいって言えばいいじゃんかぁ〜」
よし、この二人は無視して他の人の意見で何時に食べるかを決めよう。
「じゃぁ、7人分頼んでおきますね。夕飯にしますか?年越し前にしますか?」
「結は一緒に食べないのか?」
「え?」
急に神在月さんが聞いてきた。
「あぁ、そうか。そうするとわざわざ残らなくちゃいけないのか。友達と集まりとか無いのか?交代前の掃除も俺らでやるから、結は大晦日も休めば?」
マジでか。突然年末年始が休みになりそう。何これ、この人たち神なの?あ、神じゃないけど神の代わりの人たちだった。やばいそれってやっぱもう神だよ。
「えっ本当にいいんで「えええーーー!!お蕎麦食べると良いの〜!!食べたい食べたい!お節も食べたい!!結ちゃん作ったの食ーベーたーいー!!」
この、年末年始の休みがほぼ確定した雰囲気が流れ出すこの瞬間にぶち壊してくれた親子。
・・・負けてたまるか!大人気ないと言われても休みの為なら罪のない子の願いも聞き入れない!
「せっかくならママに手作りしてもらったら良いんじゃない?一緒にお手伝いしてみるのも良いと思うよ?ママと一緒にお料理するのきっと楽しいと思うなぁ〜」
「ママ料理しないから」
子どもにとても冷めた目で言われた。
将来自分の子にこんな顔で「ママ料理しないから」なんて言われたら私なら悲しいけど、この子の母親はそうではないらしい。というか、この私が休める空気が漂いまくっていたんだから、ご主人である卯月さんが止めに入ってくださいよ。何蚊帳の外みたいな顔して携帯いじってるんですか。
「私って忙しいから、料理してる暇ないのよね。貴方、家事掃除で高いお給料もらってるんでしょ?良いわよね〜。年末年始関係なくちゃんと働きなさいよ。神代に掃除なんかさせたらバチが当たるわよ?」
離れに住んでいる神代だって、自分達の家は自分達で掃除をしている。独身勢の部屋にはたまに私が入ることもあるが、それは基本、家を空けている担当月だ。特に既婚者の神代の離れに関しては、その家の奥様がちゃんと掃除をしている。中には働きに出ている奥様だっている。
一方彼女は働いていない。毎月渡している生活費から、家事代行をお願いしているらしい。敷地外の住まいの為、外部の人間が入り込んでも確かに問題はない。何に忙しいのかは私にはわからないが。
とりあえず、なんか喧嘩を売られた気がしたので買ってみようと思いました。
そして、これが昨年の地獄の年末年始の原因でした。
でも、この騒動があったからこそ、年始は数日間お休みを貰えることになったのです。
・・・ーーー
「食べたい食べたい!ケーキ食べたい!結ちゃんのケーキ食べたい!」
「いや、あのね、小学校入学と幼稚園入園のお祝いのケーキで、別にこの間みたいに皆で集まってケーキを食べようって話じゃないんだよ?」
「ケーキなんてお祝いじゃなくたって食べるでしょ?いつ食べたって良いんだから。そもそもお祝い事じゃないと食べないとかそういう価値観なんなの?そういう時でないと食べれなかったわけ?そんなわけないわよね?貴方の一家はお手伝いさん一家なんだから、良いお給料だったんでしょ?」
この人、本当に何故私相手にこんなに突っかかってくるんだろう。この間の件、私がいなかったからと言って知らないとでも思っているのだろうか。何もなかった様に入ってきて嫌味を言ってくる。なにか自分の中に気付けていない根強いコンプレックスでもあるんだろうなーもう無視して良いかなと思っていた矢先に卯月さんが口を開いた。
「うちの子も、来月幼稚園に入る」
開いて発した言葉が そ れ で す か。
この場で、この流れで、この言葉の意味は何なのでしょうか。だから我が家にもケーキを用意しろと?私にはわかりません。弥生さん今すぐ助けてください貴方の通訳が必要です。担当月で弥生さんがいないことがものすごく辛く感じた。通訳下さい。
「じゃぁ、卯月さんの御一家は、盛大に!ご家族のお祝いの仕方を・・・」
しまった。関わりたくないから勝手に家族でやってくれと匙を投げようとしたが、この人は来月が担当月だ。
「幼稚園の入園式に俺は参列できない」
・・・そういうの行くの面倒だと思うタイプだと思ってた。そんなに子供が可愛いならお父さんが一緒にお蕎麦やケーキを作ってあげれば良いのでは?
「卯月の次代はまだ産まれてない・・・!私はこの先、子供の全ての入学式に行けないんだぞ!」
「それは、残念に思いますが、映像で残したりして下さい。私にはそれしか言えません。お祝いは、少し早いかもしれませんが、三月に行えば良いんじゃないですか?今後は卒園と入学のお祝いをご家族でなさって下さい」
そして、私を巻き込まないでください。
元々ネチネチ、ちくちくの卯月さんだが、今回はなんか爆発しそうだ。
と言うか、この夫婦多分上手く行ってないんだろうな。何となくだけど。さっきから二人で話しをしているところを見ない。
「君はわかってないよな、世話係っていうのは、神代の家族を含めたケアをしろって話だよな?!」
「だから私は案を出したじゃないですか。そういった映像や写真を残せば良いのではないですか?機械が買えないような額の給料や神代金ではありません。それって、世話係が言うまでもなく気付ける事なんじゃないですか?」
「なんで私が四月なんだよ!霜月お前は良いよな・・・!十一月じゃ、入学式も卒業式も関係ないからな!」
「霜月さんに八つ当たりしないでください。それに、十一月は七五三があります。」
「はぁ?!八つ当たりだ?君は何て失礼な」
「私は卯月さんが先ほど言ったように世話係です」
「だからなんだ」
「世話係っていうのは、卯月さんの奥さんが思っている様な”召使い”ではありません」
「何よいきなり私の話しをして!!」
「あと、卯月さんが思っている、言われたことを言われた以上にやって当たり前の便利ツール、”だけ”ではありません」
「はぁ?」
「お世話係は、文字通り”世話”するんです。お節介も含めて。なので、貴方たちが気づかなくてはイケナイことを”気づかせる”役目もあるんです」
「・・・どういう意味だ」
普段、冷静に人を見下す卯月さん。冷たい視線をずっと寄越されていたが、今は目にとても怒りの色が窺える。
私がここにきて、もうすぐ一年になる。きてからずっと卯月さん一家には辟易していた。気を使いすぎたり、何かを言われることを面倒臭がって避けるようにしてしまったと私自身も先日反省をした。今がちょうど頃合いなのかもしれない。
「自分を不幸だと思ったり、何でも他人のせいにするのを辞めてください」
「四月が一ヶ月間丸々無いんだぞ!?不幸だろう!他のやつより俺が一番!」
「何でそう思うんですか?一年中イベントや、記念日はありますよ?確かに入学も大事なイベントですけど、卒業式は出れるじゃないですか。それだけ言うなら今までいろんなところに行ってたくさん映像や写真は残しているんですよね?」
「お前に関係ないだろ・・・何でそんなことを聞く・・・」
「何もやりもしないのに人に不満や文句を言うのは違うと言うことです。あと、いいですか、神代は全員一ヶ月間順番に担当の月があるんです。どの月が良いとか悪いとか、どの月が一番幸せだとか不幸だとかじゃないんです。どの月も大事なんです。自分だけが不幸だとか、そういう事を思うだけ貴方が損をします」
「わかったような口を聞くな!!神代でもない君にそんな事」
「あと、娘さんが見てますけど、親が他人に大声で食ってかかる姿を見せて良いんですか?」
「・・・っ!!」
自分の親が他人を責めるように怒鳴っていたらどう言う気持ちになるのだろうか。子供がみんなが同じ事を思う訳じゃない。親を怖いと思ったり、不信感を抱いたり、気にしなかったり、もしかしたら格好いいなんて思う子供もいるかも知れない。様々だと思う。それは日頃の生活でどのような自分を見せているか、どのように接しているかで子供の受け取り方は変わるだろう。あとは、その姿を現在進行形で子供に見せたいかだと私は思った。
子供の事を言われて、気づいたかのように自分の娘さんの方を向いていた。私も続けて見てみたが、感情が読み取れない顔をしていて、三歳と言う齢の小さいはずの女の子に少し怖さを感じる。怖がりも、逃げも、母に縋るわけでもなくただ、自分の父親を冷静にみている女の子を見て、きっと、これ程怒鳴る事は日常で少ないとしても、普段からこういう光景を目にしているんだなと思った。
「俺は自分が間違っているとは思わない・・!正しいと思うことを主張しているんだ!子供に親の背中を見せて何が悪い!」
「それが卯月さんのお答えですね。わかりました。でしたら結構です」
「何が結構だ!余計なお節介は不要だ!何が”気づかせる”役目だ!君にーーー」
「迷惑なんです。私の仕事の一環とは言え」
「迷惑だと・・?」
「はい。迷惑なんです。何故あなた方ご一家が境内に住んでいないのかは私は聞いておりません。しかし、聞いていない以上、こちらからも聞きません。会社側も何も言わないですし、私のしている報告に特に指摘も指導も入らないのでこのままで問題がないと思ってます。私は境内に住んでいる神代の方、そのご家族に日々楽しく、快く過ごしてもらいたいと思ってます。もちろん私も会社員ですのでしっかりとお休みを頂きます。自分のその日の体調に合わせて仕事の内容を変えたりもします。それを会社も、境内のみなさんも快く受け止めてくださってます」
「君の話なんて聞いて」
「それを、あなた方ご一家がいつも壊していくんです。年末年始も、先日の貴方が仕事をお休みになった日に奥様が本殿に乗り込んできた日も、今日の今も」
「本殿に乗り込んできた?」
「ご存じないんですか?神部の方から連絡がなかったんですか?奥さんからお話しされてないんですか?」
「い、今は妻の話ではな」
「貴方と奥様、お子様を含むご一家が、境内にとって迷惑だと”私が”感じているという話しです。全部大事な話
しです。それとも、他の神代の方全員に話しをして聞きますか?どうしますか?別に疎まれようと嫌われようと構わないのでしたらそのままで結構です。それが貴方や貴方のご家族の意見でそのように生きていきたいのなら構いません。止めませんが、されて嫌だったり迷惑な事は今後もはっきりと言わせて頂きます。それだけです」
「神代の辛さも大変さもわからない人間が!それも世話をする立場の人間がそれを言うか!!”神代”の為の世話係だ!境内に居ようが居まいが関係ないだろう!」
「そうです。どこに住んでようが関係ありません」
「考えた事あるのか?!わからないだろう、本殿に入って、一ヶ月がーーー」
ここで卯月さんの言葉が止まった。止まったと言うより遮られたのです。後ろから手で口を封じられました。
「・・・神部さんっ!」
止めたのは、先日初めてお会いした赤みがかった髪の毛の神部さんだった。
次回から、更新時間を変更する可能性があります。
現在、水曜日20:00更新ですが、水曜日0:00更新を予定しております。
予定は未定ですが。




