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一年が十一カ月しかない君たちへ   作者: 杉崎 朱


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三章:弥生の君へ 四話


三月十四日




「あ!神在月さん!こんなところに!」

私は朝から神在月さんを探していた。現在朝の6時半。本日は、神在月さんのお見合いの日です。


「・・・気がのらねェ」

彼はそう言いながら、家の入り口付近である駐車場周辺の掃き掃除をしていた。

「あれ、最近この辺が綺麗だと思ったら神在月さんがお掃除して下さってたんですか」

「ああ、まあ植木の手入れのついでみたいなものだから気にするな」

「助かります、ありがとうございます!・・・じゃなくて!準備して行きますよ!ちゃんとお見合い会場のホテルのロビーまで連れて行かないと私の今月のお給料無しと言われておりますので!!」

「そんなことあり得ないし、もし本当に出ないんだったら代わりに俺が結の給料払うから」

「そういうことではありません!」






先日のお見合い話しは、一瞬私のお見合い話しで賑わっておりましたが、そもそも八重さんはあの時『三十代の神代』と言ってました。そうです。つまり、水無月さん、神在月さん、今月は本殿に居るのでできませんが、儀式が終わったら弥生さん、そして丁度三十歳である如月さん達はお見合いをするのです。

本日は先方の都合も良いと言う事で、一番に神在月さんのお見合いです。


「さ!スーツ一式届いたのがあるのでそれを今試着して下さい!お昼には私とホテルまで行きますよ!これは絶対です!」

「マジで信じらんねぇ・・・」

私は神在月さんを引っ張って母屋の一室へと向かう。昨日到着した本日の為のスーツが置いてあるのです。

「信じなくても良いので、とりあえず着てください。あ、テーブルの上にカフスとネクタイピンが置いてありますのでつけてくださいね。胸ポケットに入れるハンカチは私が後で折りますから」

そう言って扉を閉めた。観念したようでため息が聞こえた。申し訳ない、本来は人の嫌がることをしたくはないのですが、私もこれを”仕事”と言われてしまった以上やらないわけにはいかないのです。





隣の部屋で待っていたら、5分程して扉が開いた。

「おい、これで良いか?」

出てきたのは、普段の作業服からは想像もつかないどこかの一流企業のエリート営業社員のような出立の神在月さんだった。

「わーーー!!すごく素敵ですよ!スーツも似合いますね!決まってますね!スタイルもいいから映えます!」

「すげぇ動きづらい」

「あ、良かった。カフスもちゃんと留められたんですね、あーネクタイ単品で見てもよかったですけど、スーツと合わせるとより品が出ますね!さすが八重さんの見立てですね〜!凄い!」

私は、カフスがきちんと留められてるか腕を取り、次いでネクタイを見た。そして一歩下がって全身を通してみると、マネキンが着ているみたいでとても美しい。着る人の体型によっては形や雰囲気が変わってしまうスーツだが、神在月さんの体型がマネキンと一緒なのか、スーツの良いところが120%出ている。

「結、スーツ好きなのか?」

「スーツが好きです!」

「あっそう」

「じゃあ、一旦ジャケットとスラックス脱いで下さい!」

「下は履いてたっていいだろ?」

「ダメです、お相手にお会いする直前まで極限シワを作らないようにします」

「お前のスーツに対する愛が怖い」







「グランド ゴッドホテルでしょー!いいなーコーヒー一杯1,200円でしょ!いーなーどんだけ美味しいんだろー」

「皐月、代わりにお前行っていいぞ。コーヒーたらふく飲んで良いから」

「残念ながら先方の女性は、神在月さんのお写真を見ているのでその術は使えませんね」

ホテルのコーヒーの味が気になる皐月さんに、替え玉として行かせようとした神在月さん。しかし、その手はもう使えないので事前にお伝えいたしました。

「いつの写真だよ、そもそもいつも思ってたんだけど見合い用の写真なんて撮った覚えないぞ?」

「水無月さんと一緒に撮られた成人式のお写真だそうです」

「十三年前だぞ?!水無月ならまだしも俺は詐欺扱いされるぞ!?」

「八重さんが、そんなに変わらないから良いって言ってましたよ」

「あいつ視力悪くなったんじゃないのか?」

「・・・俺、そんなに変わってない・・・?」

いつもの朝食ですが、本日は神在月さんのお見合いと言う事もあって、少しだけソワソワしております。主に私がですが。しかし、皐月さんも毛ほども隠さずにすごく楽しそうにしてます。


「水無月びっくりするくらい変わってないよねー!俺もその写真見たことあるけど、つい最近の写真かと思った!でも神在月の貫禄がないから本当に昔の写真なんだなって思ったー!」

「貫禄ってなんだよ。貫禄はわからないけど俺は流石に十三年前とは大分違うだろうよ」

「いや、良いんじゃない?幼さが抜けた位だよ。そう、まさに貫禄がついたって感じ。老けたわけじゃないから嘘じゃないよ。むしろこれなら、写真で想像して、実物見て喜ぶ感じじゃないかな。相手の女性の好みは知らんけど」

「・・・長月、知らんけどは無責任だよ・・・っていうか俺そんなに変わってない?」

「「だからほとんど変わらないんだって」」

長月さんと皐月さんが同時に言った。確かに、水無月さんほとんど変わらないのです。


「お前が気が乗らないのは良くわかる。でも、相手の女性に非はない。どうせ神部の上層部が勝手に騒ぎ始めただけだろ。相手に乗り気じゃないのを悟られないようにな。いくら大体の女性からは神代が永久保証みたいな扱いだとて、中にはそうじゃない人だっているだろ。相手の方が今頃嫌で喚いてるかも知れねぇし」

「・・・そうだな、気をつけるわ」

如月さんが尤もなことを言い、場の雰囲気が引き締まった。そうです。みんなお見合いを面倒だと思っていますが、それは先方の女性も同じかも知れない。いや、乗り気な可能性も捨てきれませんが。

「・・・そっか・・・、結婚して、神事から離れたいって人もいるかも知れないのに、神代と結婚させられたらって事か・・・」

水無月さんが、神代と結婚したくない人の例を考えて口に出した。安定思考の方には神代との結婚は最高かも知れない。でも、それは必ず一年に一ヶ月は夫がいない時間ができてしまう。お金はあるけど、時間感覚が少し違う人との結婚になるのだ。価値観は人それぞれである、女性側がどこに注目するかで、神代との結婚がむしろ最悪だという方だっているだろう。


「バックパッカーになって夫と楽しく暮らしたいって人には向かないよね」

皐月さんが更に例を出した。そうか、趣味や生きがいにも影響してしまうか。

「だから、神在月が乗り気じゃないのはわかるけど、相手の女性の話しをちゃんと聞くくらいはしてきてね。形だけでもお見合いしておけば神部の上層部も少しは気が済むでしょ」

大人の意見を長月さんが伝えた。さすが年長者且つお見合いを断り続けた方だ。

「俺と相性が悪い人である事を願う」

「秋が大好きだから9月から11月の間は休みの度にデートしてくれる人じゃなきゃ結婚できませんー!って人ならいいね」

「もうそれでも良い」








「何回か来た事ありますけど、一歩入っただけで毎度恐ろしく豪華で気が引けるホテルですね」

私はホテルに入って呟いた。ドアマンが居て、ガラスの扉が何枚もあり、その先に広がる一面ワイン色の絨毯というかなんかもふもふの床。そしてパーティー会場ですか?と言わんばかりのシャンデリアがキラキラとしている。もう一度言う、ここはホテルの入り口です。

「フロントはホテルの顔だからっていつも八重が言ってるからな」

そう、ここ<Grand God Hotel -グランド ゴットホテル->とは、神部グループのホテルである。つまり、我々の会社のものである。





「言われた時間までもうすぐですけど、どなたか会社の方居ます?」

お見合い開始時間より少し前の時間を集合時間として指定された。おそらく、お見合い相手の方に会う前に、神在月さんの身だしなみチェックが入るのであろう。八重さんと、他数名の神部の方と待ち合わせである。

「いやー、知った顔は・・・いた」

ホテルの中に入り、辺りを見回した神在月さんが、ぐるっと見回した最後に知り合いを見つけた。

神在月さんの視線の先を私も見てみると、そこにはビシッとスーツ姿が決まった長身の男性が二人。わお、神在月さんよりもスーツの魅力が出ている!今日はご褒美スーツDAYなのか。

男性の一名がこちらに気づき、もう一人に声をかけた。声をかけた男性はそのまま他のところへ行き、声をかけられた男性が私達の方へ向かってきた。


「よっ!」

神在月さん、挨拶が軽すぎます。

「お疲れ様です。境内のお世話係の宮守と申します」

私は初めて会うその方に自己紹介と深々とお辞儀をした。


「どうも初めまして。お世話係の宮守さんのお話は八重からよく聞いております。本日は神在月を連れてきて頂きましてありがとうございます。お手数お掛けいたしました。感謝致します。私の名前は・・・」

至極丁寧なご挨拶が返ってきた!スーツの美しさと相まって私の心が攻撃されている・・・!

「こちらも差し上げます。どうぞ、今後ともお見知り置きを」

「えっ!あ。はい!頂戴致します!」

名刺を頂いてしまいました。名刺管理の時にポストイットに今日の日付と『特徴:スーツが似合う』と書いておかなければ。



「あらごめん、お待たせ!結ちゃんおはよう!」

先ほどの男性と一緒に八重さんが来た。

「今ね、先に私がお見合い相手の女性とちょっとお話しししてたの。緊張解いてもらおうと思ってね!」

「お前と話したら余計緊張するだろうよ」

「なんでよ。っていうか!あんた髪の毛もうちょっとどうにかならなかったわけ?!ねぇ、ワックスでもなんでも良いから何か持ってない?」

八重さんが自分の両サイドの先ほどの男性達に聞いた。八重さんは社長秘書だが、この男性達も同じ社長秘書なのだろうか。あ、名刺見れば・・・あ、秘書の模様です。


「これで良いかな?」

「これハード?」

「ああ、どんな髪型でもできるよ」

「ありがと!ちょっと神在月!こっち来て!」


神在月さんを引っ張って男性用のお手洗いに行く八重さん。あれ、そのまま八重さんも入ってっちゃったけど!?ホテルの男性用お手洗いに?!

「ややや八重さん!入っちゃっええ?!」

「八重ってああいうところあるんですよ。すみませんね、あんなのを見本になさらないでくださいね」

一緒に居た他の秘書の一人が言う。それで良いのか!?神部?!



八重さん自身、髪の毛がとても長くいつも綺麗にされている。髪の毛の扱いはお手のものなのか、2分足らずで神在月さんと八重さんがお手洗いから出てきた。その間他の利用客が来なくて本当に良かった。ドキドキしましたよ。



「うわ!神在月さん今日は本当に別人・・・!」

元々短髪の神在月さんですが、普段は特に髪の毛を整えることをしていません。なので、本当にヨソ行きの格好です。普段は柔らかそうに自由にふわふわしている髪の毛が、少しばかり斜め分けで動きのある髪型。

「ね!そうでしょ!どんなもんよ!」

八重さんが自信作とばかりにふんぞりかえる。でも、本当にこれは上手である。

「これでバッチリですね!」

「結ちゃんもそう思う!私も!」

「こう言うのは普段の姿を見せたほうが良いんじゃないのか?」

「整えればこうなります!って事よ!無いものを今日だけ付け足してるわけじゃ無いのよ!問題ないわ!はいいってらっしゃい!あのラウンジの一番奥、窓際の角席!紺色のワンピース!ボブヘアーの女性よ!」

八重さんが指差した先には、大きなラウンジがあり、天井まで窓ガラスのとても解放感のある席だった。窓の先には緑の木々と空が見えてなんと景色の良い事・・・。そして、角の席に座っている女性の顔までは見れないものの、とても、おとなしそうな、品がありそうな、いかにも神社みたいなところで育ちました!って感じの方です。


「着物じゃないんですね」

「最近までみんな着物だったけど、そんな堅苦しくしなくて良いって言ったのよ。大変でしょ?朝早くから着付けも、そのまま移動するのも、喋るにもお腹苦しくてコーヒーですら飲んだら気持ち悪くなっちゃうわ」

「確かに成人式の時苦しかったです」

「私正月はいまだに着ろって言われて毎年苦しい思いをしてるわ。って事で、神在月。いってらっしゃい」

言って、まず八重さんが神在月さんの背中をポンっと軽く叩いた。

ついで、男性の秘書さんの二人も順に叩く。

「気楽に」

「気を負い過ぎずに」

そのまま行くかと思いきや、神在月さんが私を見て止まった。

「結は無いのか?」

「え?!私ですか!えっと、そうですね・・・あっ!」

ポンっと私も背中を軽く叩いた。でも、他の三人よりも結構強めに叩いてしまったかもしれない。

「皐月さんの言ってた一杯1,200円のコーヒーをお楽しみ下さい!!」



そう言ったら神在月さんがすごい顔をした。は?という顔である。

しまった、間違えたか?!と思ったが、他三名の秘書が破顔していた。八重さんは口を押さえながら声を出して笑い始めた。

「ちょっと、待って、この方本当に・・」

男性秘書さんは私に背を向けて笑い始めた。

「あれよ!神在月に緊張しないでっ・・・楽しんでって言ってるのよ!ねぇ?結ちゃん?」

「そうです!ほら!よく緊張すると”料理の味もわからない”って言うじゃ無いですか!だから、ちゃんとコーヒーの味を楽しめるようにリラックスして下さいって事です!」

「良かった。相手そっちのけでコーヒーの味に集中しろって言われたのかと思った」

「まさか!そんなわけないですよ!」

「だよな、じゃぁ言ってくるわ」

そう言って、顔がまだ若干にやけたままの神在月さんはそのまま颯爽と歩いてラウンジへと向かった。

一方、こちらの秘書三人組は笑いを収めるのに必死らしい。解釈する間、どこかで別ルートに入ったらしい。


「いや、ほら、一瞬お見合いと全く関係ない事を仰ったかと思って」

「俺も、予期しない方向からの攻撃を受けた気がしてまともな解釈が一瞬出来なくなって」

とりあえず、楽しそうだからいいか。





そのまま歩きながらラウンジから離れ始めた秘書さんたちと私。

「結ちゃん、一応ね、神在月には1時間からまあそうね、相手の女性の疲れ具合を見て切り上げてとは言ってあるんだけど、大体長くて2時間半くらいかしらね。このまま神在月待っててもいいし、帰るなら送っていくわよ?今日の境内のお昼ご飯はどうなってる?」

「あっ、今日は事前に作り置きしてきました!て言っても、水無月さんに温めだけ頼んじゃったんですけど。ビーフシチューとパンなので!」

「またすごいの頑張ったわね。私も結ちゃんのご飯食べたいわ〜」

「え?!沢山作ったので大丈夫ですよ!食べますか?!」

「良いの?!でも、結ちゃんがこのまま夕方まで帰らなくて良いなら上の階のレストランでランチしたいけどでも結ちゃんのビーフシチューも食べたいしー・・・」

八重さんが本気で悩んでいる。食べたいと言ってもらえるのは大変光栄ですが、多分、その今おっしゃった上の階のレストランとやらの食事を普段お召し上がりの方のお口に合うかどうかは甚だ疑問である。


ヴヴヴヴヴンーーーーー


「ねぇ、あなた達はご飯どうする?」

「俺は、何でも」

「境内にもしばらく行ってないし、久々に視察するのも良いかも」


ヴヴヴヴヴンーーーーー


「でも、上のレストランも抜き打ちで確認したい気もするのよねー」

「まあ、レストランの方は社長が予約なしで頻繁に使ってるからそこまで気にしなくても」

「あら、そんなに最近ここにきてたの?」


ヴヴヴヴヴンーーーーー


「誰か電話鳴ってませんか?」


秘書の方に言われて、気づいた。あ、私の携帯電話が鳴っている。

「すみません、私でした!・・・睦月さんからですのでちょっと出ますね」

「はーい」


特にその場を離れるわけでもなく、ただ三人に背を向けて通話を始めた。

「はい、結です。睦月さん何かありましたか?」



「結ちゃん?!結ちゃん!!ちょっと助けて助けて!どうしたらいいか助けて!」

ぐぐもった小声で電話を掛けてきたのは睦月さんだった。

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