三章:弥生の君へ 三話
三月十日
三月も、もう十日になり、日中は暖かい日が増えてきたような気がします。
本日も、昼食は十名の神代が揃っております。皆さん黙々と食べて下さってます。献立は、親子丼、菜の花のお浸し、揚げ出し豆腐、じゃがいものお味噌汁です。先日、菜の花を大量に隣の大楽寺のおばあちゃんから頂いた。お返しにお庭に咲いていたお花を何種類か見繕ってプレゼント致しました。
「あ、結ちゃん、もうそろそろいいかな。ひな人形しまうの手伝うよ。昨日娘についに怒られてしまいました」
「あはは、じゃあ今日よろしくお願いしますね」
《ひな人形を早くしまわないとお嫁にいき遅れる》と言う言葉を聞いたことがございますでしょうか。気にする女性は多く、早くしまおう!と私も思ったのですが、師走さんから止められました。
「そんなに早くお嫁に行かれたら寂しいので、もう少し置いてもらおうかな」
と言っていた三月四日の昼。そして、待っていたら十日になりました。
「娘に気づかれてしまってね。”パパがしまうの止めてるんでしょ?”って。嫌われ兼ねないのでそろそろしまおうと私も観念したのですよ」
「なるほど、ついにバレたのですね」
四日から、師走さんの娘さんが学校帰りに母家にちょこっと顔を出していたここ連日。私は師走さんからしまう事を止められていたのですが、それを悟られないように”忙しくて片付けられない”を演じておりました。
「結ちゃん、忙しかったら私も片付けるの手伝うよ?」
「あ!ありがとう!多分ね、明日は時間できると思うの!」
を繰り返すこと数日。ついに娘さんに、師走さんが片付けを止めているのがバレようです。
「嫁の貰い手がつかねぇよりかはマシだろ。行きたきゃ早く出してやれよ」
「如月は子供がいないからそんなこと言うんだよ〜!如月の子供が女の子だったら、絶対に神代一の娘を嫁に出さないお父さんになると思う!娘の彼氏には”俺より強くなきゃ娘はやらん!”とか言いそ」
「お前だって子供どころが女もいねぇだろうよ」
始まりました。いつものです。
「あ、女といえばさ」
皐月さんが思い出したように言った。
「最近誰にも無いよね。お見合いの話」
お見合い?なんだその話は。
「え?前はあったんですか?お見合いの話」
「あったどころか、しょっちゅう・・・あ!確かに去年は一件も話こなかったかも!誰かいる?お見合いの話された人!」
確かに神代はお見合い結婚が今でもある。しかし、昨年はそんな話は一件も聞かなかった。考えてみればそうだ
、ここには独身の神代が七名もいる。それに、年齢は・・・大半が三十代である。そうだ、お見合いに限らず、彼女がいるだとか結婚するなどの話が出てもおかしくないどころか出ない方がおかしい・・・!!
「・・・はい、俺・・・」
「水無月かーい!」
昨年にお見合いの話が来たのは水無月さんだけの様子。そして、意外だったのか皐月さんがツッコミを入れた。
「え?それっていつよ?俺知らなかったけど?結ちゃん知ってた?」
「知らないです!!お見合いしたんですか!?」
「いや、去年の二月だったから・・・まだ茉里ちゃんの時だし」
そうか、私が入る前の事なら知らなくても仕方ない。お見合いは、不成立の場合、お世話係は把握の必要が無いので業務連絡や記録もなければ情報の管理対象にも入りませんので、私が知らないのも当然。
そうかそうかと考えていたら、ダンディ文月さんが言葉を発せられた。
「でも、結ちゃんが知らないって事は、お見合いの話は貰ったが、不成立だった。さらに言うと実際に会ってもいなかったってところかな?会うだけっていうのもいいのだよ?断ったとて、気まずくなる間柄じゃないからね」
「文月は何回断ったの?」
年長者である長月さんが聞く。
「意地が悪いなぁ、私から断った女性なんているわけないじゃないか。破談は全部フラれたんだよ」
おお、喋るだけでなんてダンディ。そんな文月さんがフラれるなんて、相手の女性はなんて見る目がない・・・。
感心していたら、長月さんが私の方を向いて真剣な眼差しで話しかけた。
「結ちゃん、相手の女性の見る目が無いとか思ってないでしょうね?騙されちゃダメだよ」
「え?違うんですか?」
「違うに決まってるでしょ!!フラれるように仕向けてるに決まってるでしょ!!そうじゃなきゃ『会うだけっていうのもいいのだよ?』なんてセリフ出てこないからね!!」
長月さんが、文月さんの言葉の部分だけモノマネをしながら言う。似てないようでちょっと似てて面白い。
「こーいうダンディを武器にした危ない男には気をつけるんだよ!大体ね!神代との縁談を断る女性なんてほとんどいないんだから!身元はお墨付き、一生お金に困らない、世代交代まではお世話係がサポートしてくれる、こんな優良過ぎる物件逃すわけないでしょ!よっぽど顔が好みじゃないとかじゃなきゃ!」
「じゃあ、私の顔が好みじゃなかったんでしょうね」
「嘘つけお前白々しい!」
普段、行われている如月さんと皐月さんのじゃれあいに似たやりとりが、長月さんと文月さんという珍しいお二方で行われている。おお、二人とも年齢は近いし、長年の付き合いだ。気心が知れていると言うのだろうか。また、文月さんの物言いがとてもダンディかつ柔らかい事もあり、他者が安心をしてこのやりとりを楽しむことができる・・・!これが大人なのか!と私は今とても感動をしております。
「その話辞めようよ・・こんな話してたらまた絶対お見合いの話し来るって・・・」
「じゃあ、水無月さんはお見合いじゃなくて恋愛結婚をご希望ですか?」
「おっ!俺はっ・・・!お見合いとか、れ・・れれ恋・・愛・・とかじゃなくて結婚自体ちょっと・・!」
水無月さんが顔を真っ赤にして否定をした。結婚自体を否定した。今の時代、結婚に対する価値観が変わってきており、”結婚しなくてもいい”という意見も多くなってきている。しかし、やはり三十代で未婚だと、”なんで?”とまだ言われるこの世の中である。
「結婚に興味ないんですか?」
「そ、そういうわけじゃなくて・・・でも・・」
言葉に詰まってしまって喋らなくなってしまった水無月さん。
「あ、すみません、責めてるわけでも、根掘り葉掘り聞くつもりもなかったのですが」
「わかってる・・・結ちゃんは意地悪で聞く人じゃないから・・・ごめん」
「見合いは喋るのが至極苦手だし、自分”なんか”が結婚だなんて想像もつかないし、相手が可哀想。ってまだ思ってんだろ?そんなわけねえって言ってんのによ」
謝った後から言葉が出なく、静まり返りそうだった食卓に、如月さんが言葉を発して空気を留めた。
「長月が言った様に、俺たちゃ”身元保証・安全保証・金銭保証”されてんだ。大抵の女は何があったって絶対に手放さねえ優良すぎる物件だって。お前が自分の中身に自信がなくったって、この保証だけでも充分相手には貢献出来てるんだよ。大人しいくらい問題じゃねぇつってんだよ」
「静かだったり大人しい方が好きって人もいるからね〜。水無月はそのままでいいんだよ〜」
如月さんと皐月さんが、水無月さんに言う。
「でも、結婚したとして、お、俺が、子供育てるなんて・・・っ」
「子供は欲しいんだねー」
「・・っ!!」
「皐月、茶化すな」
結婚とか、少々センシティブな話題かと思って、空気が微妙になるかと恐れた瞬間もあったけど、ここではそんなことはなく皆んな割と思ったことを話してくれて良かった。そうか、ここは会社でもあるけれど、家でもあるからかな。
「でも、結婚に前向きなら、やっぱり会ってみるだけでも良いんじゃないですか?神代に対して理由がどうであれ、女性側が好意的なのであれば、あとはお相手の雰囲気とか好みのお顔で決めれば良いと思いますよ」
水無月さんが消極的な方なので、勝手に結婚したくないんだろうと思っていたところもあったけど、結婚して家庭を持ちたいなら応援しなくちゃ!お世話係は余計なお世話も焼きます!
「それ、女のお前が言うの?」
神在月さんが、若干口元を引き攣りながら聞いてきた。
「え?なんでですか?」
「雰囲気と顔で選べば良いって、他の女性が聞いたらお前、反感を買うぞ」
「そんな変な意味じゃないですよ!だって、皆んな”好意的”って事は、ある程度は優しかったり気遣ってくれる事が前提って事じゃないですか!良くないですか!」
「まあ、結に悪気があるわけじゃないのはわかるけど」
「神在月、気にしすぎだ。女側だって男選ぶ時に顔で選ぶ奴なんて山程いるぞ」
「俺とかその基準で選ばれる側ー」
「まあ、次に話が来たら受けてみるもの良いんじゃないかって皆んな背中を押してくれてるんだよ」
再び文月さんが水無月さんに優しく言った。
「うん、来たら・・・頑張ってみたい・・あーでも、うーん・・あっ。んーーー」
「どんな基準で誰に話を回してるんだかわからないけどね。俺は39歳の時のお見合い断ってから来てないなー、40歳になると皆んな敬遠するのかなーさみしーなー」
ヴヴヴヴヴンーーーーー
卓に肘をついて、手に顔を乗せて可愛いポーズを取りながら長月さんが私を見て言った。
ヴヴヴヴヴンーーーーー
「20代の時から見合いに行ってははっきりと相手を振り続けてるお前が悪い。もう残ってないんだろうよ」
ヴヴヴヴヴンーーーーー
「如月だって会ってもやらない癖に!」
ヴヴヴヴヴンーーーーー
「誰か携帯鳴ってるよ?」
睦月さんが携帯電話のバイブレーションに気づいた。
その声に全員が手持ちの携帯電話を見るが、誰にも着信や通知が無い。あれ?じゃあもしかして、
「私の社用電話だ!」
居間の端に転がるように置きっぱなしだった社用携帯を見ると着信だ。すぐに通話を繋いだ。
「はい!宮守です」
『結ちゃん、私、八重。お疲れ様、先日は本社まできてくれてありがとうね』
社長秘書の神部 八重さんだ。
「お疲れ様です!こちらこそ美味しいケーキをたくさんありがとうございました!」
”ケーキ”と言う言葉を出した事で、先日一緒に本社に行った神在月さんがピンときた様子。ハッとした顔で私の方を見た。電話の相手が八重さんだとわかったようだ。
「おい、電話の相手、八重だぞ」
電話をするのに少しだけ離れたが、居間でみんなが喋り始めたのが聞こえる。
「なんでわかったんだい?」
神在月さんが電話の相手の名前を口にした。なぜわかったのかと文月さんが聞く。
「社用携帯で、ここ最近結が人からケーキ貰ったなんて、この間本社で八重と会った時くらいだろう。あいつケーキは自分で作るか自分で買ってくるかだから」
「おや?では流れ的にはやはりお見合いの話かな?」
「っ!ああ・・・だからこの話し辞めようって言ったのに・・・」
八重さんとの会話もちゃんと聞きながら、神代たちが何を話しているのかもこっそりと聞きます。
「お見合いかぁ〜!年齢順で行くなら、やっぱり水無月か神在月だよね〜!今いないけどそろそろ弥生にも話しが来るかな〜」
ほわんとした雰囲気で葉月さんが言う。
「待って葉月、しれっと俺のこと飛ばさないでよ。年齢順ならまず最初に俺でしょう」
「だから長月は全神社の娘を断ったんだよ多分。もう誰も残っちゃいねぇって」
「何”全神社”って!!如月そんなのまだわからないでしょ!」
『随分賑やかね、もしかしてご飯だった?』
「はい!みんなで食べながらお見合いの話しをしていた所です!」
『あら?誰かしら?私より先に連絡したの』
「え?」
『え?お見合いの話しでしょ?』
「はい、去年の水無月さんのお見合いの話しをしてたんですけど・・・。もしかして八重さんっ・・!」
『あー!そう言うことね!なんだ、私より早く今回のお見合いの話しを誰かがしたのかと思っちゃったわ。でもまあ私よりも先に電話するとしたら社長以外いないけどね。そうそう、それでお見合いの話しなんだけど』
一瞬私の反応を見てから、また神代たちが話し始めた。
「やっぱりお見合いの話しじゃーん!水無月良かったねー!チャンスが向こうからやってきたよ!」
皐月さんが、水無月さんの背中をバシバシと叩いてお祝いしている。
「ここ最近話がなかったんだ。二、三十代の女のほとんどを俺たちが断ったとしたら次は若い女を皐月か睦月にって話しかもしれねぇぞ」
「俺!?嘘でしょ!?まだ26歳だけど!?」
「俺も、まだちょっと想像つかない・・・」
如月さんが、若い二人にも可能性があると言い、言われた二人は寝耳に水とばかりの返事をしている。
「俺なんかもう40超えてるし、水無月とか神在月とかもそうだけど、三十代で独身がこれだけいるからピンと来ないかもしれないけどさ、師走とか葉月とか結婚早かったよ?師走なんか二十歳になってた?なる直前?」
「私は十九歳だね。進学はしなかったから、高校を卒業してすぐに神代にね。すぐに縁談の話しをいくつか頂いたんだ」
師走さんの結婚した年齢が十九歳に驚きを隠せなかった皐月さんと睦月さんが酷い顔をしている。恐怖に慄いた顔で師走さんを見ていた。
「無理無理!十九歳とかお酒も飲めてないじゃん!!お酒の幸せを知る前に身を固めてしまうなんてそんな神聖なこと俺には絶対できない!!」
『私もね、人のこと心配してる場合じゃないんだけど、とりあえずそろそろ三十代の神代たちには身を固めてもらわないとって話しになったのよ。後継がいなくなると神代も生まれないの困るし』
「ああー、確かにそうですね」
『”神代”が結婚する、しないも神の采配だろうからそんなことしなくても大丈夫かもしれないんだけど。それとまあ純粋にその職場では出会うことが難しいから単なるお節介でもあるんだけど』
「優しいですね」
『でね?』
「はい」
『結ちゃんのお見合いの話が出たんだけど』
ん?
「ええ!!私ですか!?」
あまりにも不意打ちすぎて驚いて大きな声を出してしまった。
私って、神代でもないのになんでお見合いの話が出てきたのでしょう。
「え!?お見合いって、結ちゃんが?!どう言うこと?!神代じゃなくて?!」
皐月さんが立ち上がって私のところに来た。来られても私も何がなんだか一切わかりません。
私から電話を取り上げて八重さんと話しをし始めた。
「八重!!どう言う事?!なんで神代じゃなくて結ちゃんにお見合いの話なんかがくるのさ!」
「え?社長が?は?意味わかんないんだけど!!」
「いや、そう言う事言ってんじゃなくてさぁー、あーもう!で?!どこの誰なのさ!」
「そう言うところ!本当八重!そう言うところだよ!可愛くないの!」
「すみません、間違えました。それは、可愛くないというより、可愛いより美人だからって意味であってあの、本当すみませんでした」
八重さんがなんて言ってるかはわからないが、皐月さんが軽くあしらわれているのであろうことはなんとなくわかりました。
「へー、それにしても結ちゃんにお見合いの話がくるんなんてね。結ちゃんまだ23歳でしょ?」
霜月さんが驚いたように私に話しかけた。そうだろう、お世話係のお見合いだなんて聞いたことがない。あれ?私が聞いたことないだけなのだろうか?でも、皆さんも驚いているので多分ないのだと思う。
「はい、まあそろそろ24歳にはなりますが・・・」
「でも、結ちゃんも良い機会なんじゃない?毎日ここにいてさ、なかなか出会いもないだろうから、気分転換に会うだけ会えばさ。文月の言うように、気に入らなければ断れば良いんだからさ」
「私がそれをするのはちょっと申し訳ないですよ、会うだけなんて・・・」
「相手の男性だって、今どき”お見合いなんて”って思ってるよ。経験に行ってみるのも良いんじゃない?もちろん無理強いはしないよ」
「うーーん・・・」
「すぐに答え出さなくても良いんじゃないかな」
「・・・そうですね」
確かに、経験とかなんかそんな感じでお見合いっていうのも良いかもしれない。
そうだな、と考えていたら水無月さんが感じていた疑問を私に投げかけた。
「・・・結ちゃん、そのお見合いで、相手もいい人で・・・もし結婚したら・・・お世話係辞めちゃうの・・?」
ここで数人がハッとした顔をした。
「しまった・・!メシがっ!」
神在月さん。
「仕事終わりの整えられた晩酌・・・っ!!」
長月さん。
「すると、イベントのご飯とデザートが無くなっちゃうのかー、やっぱりお見合いは無しだなー」
手のひらを返してきた霜月さん。
この様子を見ていた如月さんがボソッとつぶやく。
「みんな娘を嫁に出したくない頑固親父だな」




