三章:弥生の君へ 二話
私の時が一瞬止まりました。
そして、私の周りの方の時も、普段の進みとは違うように見えます。少々ギクシャクしてます。なんとか時を動かそうとしている人もいます。
何のことかと簡潔に述べますと、
私の目の前には、卯月さんの娘さんがいらっしゃいます。
大きな座卓の前で座っている神在月さんの膝の上に座って、ひな祭りの歌を唄ってらっしゃいます。
「結!落ち着け!」
神在月さんが私を呼びました。
「この子しかいないから!親は二人ともいないから!」
続けて言われました。
「とりあえず、どなたでもいいので私に説明してください」
「あっ・・・俺、俺説明する・・・結ちゃんこっち・・・」
水無月さんが私の腕をそっと引き客間へと向かう。
その間、私はここ数時間の自分の記憶をおさらいしましょう。
1、まず、今日は夜にみんなでひな祭りの食事会をしようと決まってました。
2、参加者は、境内に住んでいる者全員。
3、私は、16時から食事を作り始めました。
4、水無月さんと神在月さんも手伝ってくれました。
5、日が沈む前に、師走さんのお子さん二人が来てくれました。
6、それから、ゾロゾロと離れから皆さんいらしてくださいました。
7、18時半には全員揃いました。
8、その後、神在月さんが睦月さんに呼ばれました。
9、私は水無月さんと睦月さんと食卓に料理を運びました。
10、最後の料理を運んだら、神在月さんの膝の上に卯月さんの娘さんがいました。
そうか、8番で睦月さんが呼びに来た時点で、卯月さんの娘さんはこの境内にいたということか。
「あのね、結ちゃん。さっき、睦月が神在月を呼びに来た時に、卯月の奥さんと娘さんが二人で来たんだって」
「はい」
「で、奥さんが、娘さんだけ預けて行っちゃったんだって。21時頃には迎えに来るって言って」
「はい」
「奥さんはそのまま神在月に娘さん渡してすぐに境内を出たんだって」
「はい」
「・・・ごめん、経緯としてはこれだけなんだけど」
「はい」
私のいけないところだ。思いっきり態度が悪く、思っている事が顔に出てると思います。
私は確かに卯月さん御一家が凄く苦手である。卯月さん自身も少し冷たいと思うところがあり、奥様は私に文句を言ってくる。悪いが、そんな二人のお子さんを正直なところ可愛くなど思えないのである。顔が可愛いとか美人だとか、造形の話ではなく、私の瞳には存在が可愛く映らないのである。
子供には全く罪はない。子供なんて、親が教えてないことは知らないことだらけだ。それの何がいけないわけでもない。
子供に話した事が、卯月さんの奥さんに伝わるのがとても嫌なのだ。できれば関わりたくない。
食事の際のマナーとか、食べ物の説明とか”うちの子に勝手にものを教えないで”とか言われそう。実際に、前にお子さんから聞かれたことに答えたら奥さんに言われた。
結局、私がやった事は全て文句を言われるのである。
子供は何でも親に話す。もちろん、言わない子もいるが、あの子は何でも話す。それが、些細なことでも、きっと何か言われるのではと思ってしまう事がすでに私の心の負担になっている。境内に一緒に暮らしていない理由は知らないが、離れて暮らしているなら私達には関わらないでもらいたい。
「そっか、だから茉里ちゃんははっきりと言ったんだ」
こんな気持ちをずっと抱えて我慢をするのは辛いから。
「え?どうしたの?」
水無月さんが、俯いている私の顔を屈んで覗き込んだ。
「え!!結ちゃ・・ええ!!どうしたの!?」
「どうしたのって何がですか?」
「結ちゃん・・・泣きそう・・・」
「え?」
どうやら私は、自分で思っている以上に卯月さんの奥さんが嫌いで、そのお子さんだけが境内にいる今の状況すらも嫌だったらしい。私の企画に”邪魔をされた”と認識をしたのだ。
特に、今日はいつもの行事よりも沢山頑張ってご飯を作って、師走さんの娘さんも久々のひな人形と、みんなで食べるご飯を楽しみにしてくれてた。多分、卯月さんのお子さんがいてもいなくても彼女はどっちでも良かったかもしれない。でも、周りの大人もみんな一瞬、小さな子供が入っただけで困惑してしまった。中学生の彼女ならそのほんの少しの困惑を察してしまったかもしれない。
すごく、大変だったけど、私も楽しみにしてたのにな。自分でも気づかないうちに泣きそうな顔をしているらしい。三日前に弥生さんから頼まれたばっかりなのに、いの一番に自分のがこんなに情けないなんてと思い始めた。
「あの・・!みんなには、ご飯そのまま食べててもらおう!」
「すみません、ご迷惑おかけして」
「迷惑じゃない、せっかく結ちゃんが作ったの、あったかいうちに食べてもらいたい・・!」
「はい」
「すぐ戻ってくるから・・!」
言って、水無月さんは居間の方へ行った。
戻ってきた水無月さんの手にはココアがあった。私がいつも飲んでいるココアを冷蔵庫から取ってきてくれた。
「あの、これ良く飲んでるから持ってきたんだけど・・・冷たいままで・・ごめん」
「良いんです。ありがとうございます。嬉しいです」
お世話係なのに、途中で放り出すような事をしてしまった私にこんなに優しくしてくれる。まずい、そろそろ目に溜まった涙がこぼれそうだ。でも、溢したら”泣いた”事になる気がする。こんな事で泣いてたまるものですか!
私は悲しいから、辛いから泣きそうなのではない。怒りが行き過ぎると人間こうなる事もあるんだなと冷静に分析。でも、冷静に分析出来ているからと怒りが鎮まるわけでも涙が突然止まるわけでもない。
必死に瞬きの回数を減らして気をつけながら、持ってきてもらったココアのペットボトルの蓋を開けた。
「頂きます」
「あ・・・ちょっと待って」
水無月さんが、私の顔に手を伸ばしてきた。そして、彼の服の袖の端で器用に私の涙を拭き取った。
「あっ!あっ・・・ごめん!あの、動いたら涙落っこっちゃいそうだったから・・!あっ、袖で!ごめん!」
泣いた跡ができてしまったらこのあとみんなの所に戻りづらいなと思っていた。それをわかってかわからずか水無月さん咄嗟に私の涙を拭き取ってくれたのだ。
「ありがとうございます。・・・このまま、愚痴を聞いて頂けますか?」
「袖っ!ごめんっ!・・愚痴?うん」
一口ココアを飲んでから、二人で客間のソファに並んで座った。
「私が卯月さん一家を快く思ってない事はもう周知の事実だと思います」
「うん」
「でも、それはお子さんには関係はないと思ってるんです。子供は一緒にいるだけなんです」
「うん」
「それでも・・・!それでも、何も知らなくて関係のない子供に対してですら嫌だって思うんです!そんなこと思っちゃいけないと思うんですけど、嫌なものは嫌なんです。きっと、あったことを親に楽しそうに話すんだろうなって、それで、それを聞いた奥さんから何か言われるんだろうなって考えちゃうんです」
「うん」
「そういうことを考える自分が嫌だし、そもそも、関係のない子供を嫌う自分も嫌だし!」
「そんなに自分の事・・・責めないでよ。俺からしたら、結ちゃんは本当にすごいと思うから」
「子供に対してそう思う自分が本当に嫌なんです。それが、”子供が嫌い”ならまだしも、卯月さん御一家のお子さん”だから”嫌いなんですよ。どうして他の神代のお子さんと同じようにすることが出来ないのかなって思って・・・!」
「同じになんて・・無理だよ。結ちゃんは、あの子の言った事で大変な思いをしたんだから。そう思っても仕方ない。何もおかしい事・・・ないよ」
「ありがとうございます。私がこんなに喚いたらそう言うしかないですもんね。言わせちゃってすみません」
「違う、本当にそう思う」
言って、水無月さんはまたも私の落ちそうな涙を袖で拭いてくれた。
隣に座っている水無月さんと向かい合って私の言いたい事を言っていた。そうしたら次は彼から話しをしてくれた。
「それ、”そう思う自分が嫌だ”なんて、考える必要が無い事だと思う。何か嫌な事言われ続けたら、煙たく思ったり嫌いに思ったりして当然。相手が大人でも子供でも、自分が不愉快になったり、不都合とか理不尽なことばかり言う人って、結構いる・・・相手に悪気は全くない時もあるから、こっちの受け取り方の問題かもしれないけど。でも、受け取り方って、そのあと自分で”もしかしてこういう意味だったんじゃないか?”って気づけたり、人に言われてすぐに変えられることもあれば、なかなか変えられないとか納得できない事ってあるから・・・」
昨年の四月にきたばかりの時に、水無月さんが人と話すのが苦手だと聞いた。本当に最初はなかなか話せなかった。そんな彼が苦手ながらに今日は沢山話しをしてくれてる。
「だから、無理に自分の感じた受け取り方を変えなくて良いと思う。・・でも、考え直してすぐに、良い方向に変わるなら・・・良いと思う。怒ったり、悲しい気持ちにならないに越したことはないと思う。でも、そう思った事、特に怒った事を嘘だとか、なんか、気のせいで済ませなくて良いと思う。相手に怒るっていうより、自分が、自分のために怒ってるのって、悪くはない事だと思う・・・自分のことが大事だから、大事にしてるからこそ”怒る”わけだから・・その・・・」
「酷いことを言われたと”感じた”のに”腹が立たない”という事は、自分に関心がないと同意義になることもある。かな?」
扉の外から声がした。
「霜月さん・・・」
「ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんだけどね」
「いえ、突然逃げるようにしてすみませんでした」
「ううん、いいのいいの。びっくりしたよね、卯月の子供いてさ」
「・・・はい」
神代の皆さんが気をつかってくれるのが凄く申し訳なくなってくる。苦しい。
「今ね、みんな揃って食事を頂きますした所。大丈夫。みんな今楽しそうにしているよ。ご飯も凄く美味しい。ありがとうね、結ちゃん」
「いえ、私は・・・」
「結ちゃんが企画してくれなかったらこうやってみんなで楽しく集まって食事なんてできないんだから。あっちはね、神在月がいるから何も心配しなくて大丈夫だよ」
「ありがとうございます・・・」
みんなの集まりからこうやって抜けて、別の部屋で駄々を捏ねてるなんて、あの子と私、どっちが子供なんだかわからない。そう、子供みたいなことをしているって認識をしてしまったら、自分に対して色々思っていた感情に更に”恥ずかしい”まで加わった。もうどうしよう、涙が引いたとてもう恥ずかしすぎて戻れない。
「うちの子さ、二人とも男の子なのにね、今日のひな祭り楽しみにしてたの面白いでしょ」
「そうですね、どちらかっていうと、もしかしたら参加されないんじゃないかって思ってました」
「二人と妻がね、結ちゃんのご飯が大好きだからだよ。まあ本来の節句と関係ない理由だから、結ちゃんには申し訳ないかもってあまり言わなかったんだけどね」
「何が理由でも良いです。楽しみにしてくれるなら嬉しいです」
「俺も・・・料理手伝っちゃった・・・」
「あぁ、節句の時たまに手伝ってるでしょ?別に結ちゃん以外が触った料理は嫌だって言ってる訳じゃないからね」
自分の手伝った事が、他の人の楽しみを奪ってしまうのではと危惧した水無月さんに、霜月さんがすかさずフォローを入れた。
「そんな、作ってくれた結ちゃんと、一緒に仲良く食べるのが我が家の楽しみの一つです」
「そんな事言われたら折角泣くの我慢してたのにもう完全に泣いちゃうかもしれないですよぉ」
私の存在込みで楽しみと言って貰えて、そろそろ限界が来そうだ。もうなんでもいい、少し感情を抑えるために思考を変えよう。
「私は本当に恵まれてますね。私が去年境内に来てから、住んでいる皆さんは本当に優しいから、少しの嫌な事ですぐにこんなに情けなくなってしまいます」
「・・・そんな事」
「でも!!」
私は、今日は言いたいことを言おうと決めて水無月さんにも愚痴を言うと宣言したのだ!言うぞ!
「神代ですよ?!神代の奥さんですよ?!なんか、こう!そもそも神代って私の視点からだけなのかもしれませんが、”神の加護”をご自身の体に通して地球だか日本に届けてるんです!そんな神聖な現象を受ける人と一緒になれるのって、崇高な選ばれた方だって思うじゃないですか!!」
「ゆ・・結ちゃん・・」
「だってだって!現に神代の奥様って、皆さん凄く品があって、人柄が良くて、愛想も良いと来た!やはり、神社の出身のいいところのお嬢様とか、やっぱり神代が選んだ方なんだなって納得できる人たちです!それが!!」
「ちょっとで・・いいから・・ボリュームを・・」
「どこから現れたのか、どうしてあんなに人を挑発したり馬鹿にして、人を傷つける人が神代の奥さんなのか理解が出来ません!」
「わお」
私の勢いに、水無月さんも霜月さんも圧倒されている。
「”だって”って子供みたいな言い方ですけどもう思う存分言わせてください!」
「はい、どうぞ」
霜月さんのにっこり笑顔で言われた返事を合図に私は本音を話し始める。
「世間一般のみんなは知らない事実ですけど、この世界には”神代”が居て!毎月毎月代わる代わる神代の皆さんが加護を受けてくれてるお陰で、本当に知らないうちに沢山の”平和”という加護や幸せを頂いてるんです!一ヶ月もの間ですよ?!一ヶ月間!!確かにこれは奥さんへさえも口外出来ないからわかってもらうなんて到底出来ないのもわかってます!でもでも!だから凄く悔しいし、神代に限ったことじゃないですけど、みんな一生懸命自分の人生を生きて、自分の仕事をしているのになんでああやって人の事を簡単に馬鹿にしたり、人の嫌がる事をする人がいて尚且つ神代の奥さんなんですか?!私の納得なんて必要ないのはわかってますけど納得いきません!!それでのうのうと生活していることが許せません!!性格悪いと言われても!お世話係に向いてないと言われても構いません!私は許せません!ああ言う人たちにもご加護って行き渡るんですか?!納得いかないです!」
言い切った!もう多分途中から何を言ってるのか自分でもわからなくなってきて同じこと何回か言ってるかもしれないけどとりあえず納得いかない事は強調した気がする!
「まあ、俺たちも”加護の力”を流してる”だけ”みたいなものだからね。実感も無いから。別に結ちゃんの言うことを否定したい訳じゃなくて、俺たち神代の役割の話ね?やっぱり、神からの”加護”っていうのは、人だけに限らず全てに等しくあるものなんだよ」
「加護を頂いてるのに、悪いことするなんてさ!って思っちゃいます」
「うん、俺もね?自分が10代の頃に神代だって言われて、神代の説明をある程度受けて、そこから境内に入るまでの学生の間だけど、同級生や周りの大人とかいろんな人を見てきた。同じようなことを思った事もあるよ」
「あるんですか?」
「そりゃ、神代といえど、俺たちは人間だからね。隣で知らない学生が酷い話をしている時には”現役の神代は、こういう人にも加護の力が渡ってるって知ってるのかな”とかね」
やはり、神代もそう言うことを思うのか。
「神代の俺たちも・・・ただの人間だから、そんなに神聖なものじゃない。俺とか、凄く・・・卑屈だって言われてきたし・・」
「だから、結ちゃんが、卯月の家族を苦手に思ってたって別に悪いことじゃないよ。12世帯相手にしてるんだから、1世帯くらい苦手な家があったっておかしな話じゃないよ」
「・・・ありがとうございます。思いっきり言ったのもあってちょっと元気出てきました」
「「よかった」」
水無月さんと霜月さんが、安心したような顔をしてくれた。本当にすみませんでした。
「でも、やっぱり悔しいっていうか納得できません!折角のご加護を貰ってる身で、神代が近くにいてあのような横暴!バチでも当たればいいのに!」
「俺たちは”神の代わりに加護の力を流す”ための”儀式”しか出来ないからねぇ。あくまで神代の専門で」
「バチ当てる儀式とかないんですか!?」
「バチ当てる専門がいるんじゃない?」
2025/04/30 一箇所修正してますが、物語の流れに問題はありません。




