二章:如月の君へ エピローグ
友達はそれなりの人数いる。しかし、話が合わなかったり、相手の言っていることが理解できない事が多いと自分でも思う。理解が出来ないと言うより、同意が出来ないと表現した方が正しいのかもしれない。しかし、無闇に人に嫌悪感を抱いたり生理的に受け付けないという事はあまりなかった。
「次の如月くんだね?」
本当に小さい頃、物心がつき始めたあたりの記憶だ。前の・・・当時の現役の如月の人が俺を見てそう言った。名乗ってもないのにだ。どうやら、神代は自分の次の代が生まれたら”わかる"らしい。何がどうわかるんだろうと思っていたが、俺も5年前にそれを経験した。次の如月が生まれたのが”わかる”。
「どうにもね、人は自分が理解できないものを、”怖い”とか”気持ち悪い”とか”嫌う”所があるんだ」
なんの話をしていたかは全く覚えてないのだが、大事な話をしてくれたみたいで、その言葉だけは覚えてる。ずっと何のことかわからなかったが、年を重ねるごとにその意味がわかるようになってきた気がする。それでも、まだ気がするだけで、わかってきている”途中”だ。
新しく人と関わりを持つと、その人の生きて培ってきた知識や感覚を見て、毎度思う。《あぁ、この人はこうやって生きてきたんだって》それが、人の役に立たなくても、ひどく効率が悪くても、俺が嫌いなことをしていても、その人にはそれが普通だったり、当たり前だったり、嬉しいことだったりするんだ。
その感覚は一人一人違う。同じ人間なんて誰ひとりとしてない。双子はシンパシーがとか、好みが一緒だとか言われるが、それだって別に全く一緒の人間ではない。別々の人間だ。
小学校に入って、別のクラスになれば、過ごす時間の中で耳にする会話が異なる。同じ学校に通っていても、担任の教師が違うだけで、少しずつ違う人間になっている。見た目がどれほど一緒でも。
同じものを食べて、同じ家に住んで、同じ学校に通っていても、同じように見えても中身は別人だ。
弥生と卯月がいい例だ。きっと、卯月は弥生が見聞きしていない何かを知っていて、弥生も、卯月が遭遇しなかった状況や何かに触れてきたのだろう。どっちが良い人かなんて質問は失礼極まりない。少し煙たがられる卯月だって、良いところはあるし、世の中には弥生のような人間を嫌う人だっているだろう。他人の好みなんてものは理解が出来ないものだ。
つまる所何が言いたかったかというと、違う地域、違う国、違う学校、違う親を持った他人なんて、もっと理解が出来ないで当たり前だ。兄弟だって仲が良いとは限らない。しかし、それは決して悪いことなんかじゃない。
なのに、【人は自分が理解できないものを、”怖い”とか”気持ち悪い”とか”嫌う”所があるんだ】この言葉の通りだと思った。自分の意見に賛成しない者がいると”嫌う”。自分が嫌いなことを好きという人に対して理解が出来ないと”気持ち悪い”という。自分と相手の感覚が違うことが理解できないと”怖い”と感じる。
しかし、これを何故だと疑問に思ったことがあった。他人は他人だと。”違うこと”を嫌悪する必要も遠ざける理由にする必要もない。でも違うらしい。そう、恐怖心や嫌悪感を持つものが”人間”なんだろうと思うことにした。
つまりだ、同じ神代でも、感覚が違う者がいて当然だということ。
皐月が神代になり、境内にやってきてある会話を境に物凄く喋るようになった。話すようになったというよりは、あいつが勝手にいつも一方的に話している。
境内に来た頃の皐月は、営業用の笑顔を貼り付けて、一線を引いている事を全く隠しもしていなかった。ニコニコしていて愛想は良いが、他人を寄せ付けない防壁みたいな笑顔だ。必要最低限の会話しかしなかった。普段他人に対して特に何も思わない俺でも、その営業用の顔を見ていて珍しく腹が立ったのを今でも覚えている。
「何でそんな顔してんだ。見苦しい」
「え?ニコニコしてるでしょ?!見苦しいってなに?!結構イケメンだねって持て囃されて生きてきたんだけど」
「それは女に言われた話だろ?見ていて苦しいって言ったんだ」
「苦しいって何?どういうこと?」
「無理をしているようにしか見えない」
「・・・そんな事初めて言われた。いつも人に褒められるんだけど。”皐月君はニコニコしていて偉いね!”って」
「は?”偉いね”って言われてずっとその顔しているのか?」
「まあ、それで皆んなが俺のこと見て気分よくなってくれるなら?」
「金を貰ってるわけでもないのに?」
「なにそれ!アイドルじゃないんだから」
「ならなんでそんな笑ってんだよ。別にお前が無理して笑いたいなら俺はお前の顔を見ないようにするだけだから構わない。勝手な事を言わせてもらうが、人に言われたからって常時笑ってた方が良いと思ってるなら少し考えたほうが良い」
「貴方の為に?」
「俺はなんでも構わない。お前の為だ」
「俺のため?」
「お前、自分の心がわからなくなってるんだろ」
「は?」
《ある会話を境に物凄く喋るようになった》俺と皐月だが、そのある会話、の話題は長く続いた。二週間くらい話した。話したというか、最初は俺が何を言いたいのか、言っているのかわからなかった皐月は酷く嫌悪感を表していた。しかし、自分が理解できていないという状況が気に食わなかったらしい。
俺も表現や会話が得意ではない。むしろ不得意で今まで生きてきて何度誤解を生んだ事か。しかし、それが俺だ。正直ちゃんと伝わらなくてもあまり気にしない。目的を果たせれば良いと考えてる。
結果、理解しないと納得しない皐月が、表現力のない俺の話しを理解するために長い時間かけて話しをさせられた。
「お前は、結局その子に自分がずっと大事にしていたものをあげたんだろ?」
「だって、女の子だし、泣いてたし、かわいそうだからあげたほうがいいのかなって」
「それがおかしいんだよ」
「どこがおかしいのさ!だってその女の子はすごく喜んで”皐月くんありがとう〜!”って泣き止んだんだよ?!」
「すぐ泣き止むのもおかしいだろう。お前がくれるだろうって確信があったんだろう。子供の癖に可愛くない奴だな」
「顔かわいい子だったよ!それに小学校の時の話しだよ?!」
「顔の話じゃない、性格とかモノの考え方の話だ。親はどう思って育ててるのか、その一面があることを知っているのか、知っていて放っておいてるのか知らないが、俺は流石にその生き方はずるいと思う」
「なんでよ!女の子が喜ぶことをするのが男じゃないの?!」
「そういう事を言い聞かせてる親もいるし、そういう風潮なのもわかるが、お前にはその考えと生き方が合っているのか、本心でそうしたいのか考えろって言ってんだ。根本的にその考えがお前を辛くさせてるんじゃないのか?誰が言い出したんだよ、女には絶対に優しくしろって。そう言うのは”困っている時”だけで良いと俺は思ってる。自分の好きな女にだけ優しくしておけば良いだろう」
「お、女の子はみんな好きだよ」
「嘘つけ、”全員を好き”なんて事あり得るか。せめて一人くらい嫌いな女だって居ただろう」
「なんだよ一人だけ嫌いであと全員好きって」
「”嫌い”がないと”好き”は成立しないからだ。誰一人として苦手や嫌いもないなら、まず”好き”がなんなのかわからない。比較対象がないと”好き”も”嫌い”もわからない。本当に全員が好きだというなら、それは”好き”じゃなくて”女という生き物に対して何も思わない”人間だ。ほとんどの小学校の同級生の女子を好きだというなら、好きじゃないやつ、苦手な奴が絶対にひとりはいたはずだ。それが、大いに嫌いとか、生理的に受け付けないってほどじゃなく、本当に僅かな気持ちのズレみたいな”嫌悪”や”苦手”かもしれない。
その自分の気持ちに気づけないと、お前は一生自分自身の本音をわからないまま、自己を知らない間に傷つけ続けて生きることになる」
「何それいきなり、哲学的な話しみたいな怖い事言って」
【人は自分が理解できないものを、”怖い”とか”気持ち悪い”とか”嫌う”所があるんだ】
また、この言葉を思い出す場面に遭遇した。
他人の事だ。普段なら放っておく。しかし、どうにも笑っている顔の下で濁っている感情があると思ってしまった俺は引くに引けなかった。皐月や、他人からしたら大きなお世話で、いい迷惑なのだろうなと思いながらも、どうしても俺の感じてることを伝えたくなった。それでこいつが楽に生きれるならと。
俺の、俺がしたいだけの身勝手だってわかってた。ただ、今までこんなに他人と話した事はない。今回は、明確な理由はないが、”俺がそうしたいと、話したいと思った”という、気持ちに従ったまでだ。普段他人に対してここまで行動しない俺が”そうしたい”と珍しく思った。自分自身が珍しく思った事を”やらない”という選択肢が無かった。後悔をしないように皐月にずっと説明をした。多分、今回、今、話をしなかったら一生この話しをする機会は訪れないだろう。たとえ一緒の場所に住んで、一緒の食事をして、一緒の場所で働いていても。
「ーーーでも」
少し間が空いて、その間に皐月が当時の事を思い出したのだろう。
「別に、何かあったら自分の持ってるものを女の子にあげたりしてて、それが当たり前だったからそんなに気にはしてないと思ったけど。何人かは居たかも、ちょっと”君にはなぁ・・・”って考える子」
「そうか」
「小学校の給食のデザート。あ、毎回デザートがあるわけじゃないけどさ。デザートがある時は、女の子にいつもあげてた。俺、小さい頃甘いものに執着してなかったし。大体、家に帰ればいつもおやつでケーキとかクッキーあったし」
「で?」
「俺があまりにもデザート食べないで女の子にあげてるからさ、ある時、俺のデザートは順番で、クラスの女の子たちが貰うって流れになって」
「それがクラス内で当たり前だと感じる環境だったのなら仕方ないが、俺からしたらあり得ないけどな」
「正直俺もその提案をされた時には何かがゾッとした。表現できないけど、それでいいの?って何がなのかわからないけど」
「ただ、女子からしたら”毎回、食べないで残されるもの”を勿体無いと思い、欲しい女子が多いから、”順番にもらう”っていう事が、利害の一致とでも思ったんだろうな」
「そうかもしれない。結局さ、一年間あればデザートの数ってそれなりにあるわけで、クラスの女子に行き渡るわけよ」
「で?」
「同じクラスの中には本当に何人かだけど。正直、渡した時に快く思えなかった子がいた」
「渡した時に何も言わなかったか、態度が悪かったか?」
「ううん、笑って、ありがとう!ってすごく嬉しそうに言ってた。でも、全然可愛く思えなかったなぁ。男子に人気の子だったんだけど。今思えばね。・・・ちゃんとゆっくり考えればこうやって、なんか思う事ってあったんだね」
「まぁ、子供の頃でその場で考えろっていうのは無理な話だ」
「如月は考えてきたんじゃないの?」
「考えるんじゃない、直感だ。なにか瞬間的に思ったのなら、別にその相手が”悪い”訳でない、ただ自分が”納得してない”んだ。それを瞬間的にわかるだけでもいい。覚えておいて、次に生かすんだ。”何か”思った事を絶対に認識しておいた方がいい。それが何かわからなくてもやもやしていたとしても、自分は”何か快く思えなかった”その記憶だけでいい。気のせいだって本当に気にしないヤツもいるが、”気にしない”ことと、自分は少しでも何かを感じたことを”無視”するのは別ものだと思う」
「それって、”考えるな、感じろ!!”的な?!」
「多分な」
それから、皐月は自分の人生を振り返るように、中学生、高校生、大学生の時の自分にあった体験話しを止めどなく話してきた。しかし、大体が女の話しだった。女に優しすぎる典型的な奴だと再認識した。
「高校の時にさ、俺何回も同じ子にデートに誘われたんだけどね?乗り気じゃなくても、何回も断り続けてたから可哀想だなって思っちゃって一回OKしたのよ?!そしたらさー、デートプランは考えてきてね?とか、カフェの料金も突然”ご馳走様!”って言われちゃってさぁー。俺がバイトしてれば別に奢ってあげてもよかったんだけど、俺その時まだバイトしてなくて、親からもらったお金だったからさ、なんかあれ?って思ってねー」
「親がお前のために渡した金だからな」
「たとえばね?!デートだからって親が”じゃぁ、相手の女の子と一緒に何か食べておいで”ってくれたお金なら別になんとも思わなかったと思う。姉ちゃんとか兄貴はそうやって小遣いくれた事もあるし。でも、そうじゃない俺への小遣いで、いや、俺がもらったんだから多分親はなんも言わないだろうけどさ」
「だから”そこ”だって言ってんだろうが。”親は何も言わないと思うけど”ってお前は自分の親をある程度理解していてそれはいい事だと思う。でも、”親が何も言わない”事と、そのお金を”お前がその子の為に使いたく無かった”は別物だ。自分の気持ちと意志を汲み取る訓練をした方がいいかも知れねぇな」
「それ!それ!確かに!うちの親って、中学の部活の帰りの為にお金よくくれたのね?!”部員全員でたまには何か食べておいで”って!だからさ、俺が友達とか女の子と一緒にお金使うことは別に前からあったし、それはそれれで楽しかったし、みんな部活の後とか本当に腹減ってからね!嬉しかった!純粋に!でも、高校の時にデートしたその子はさ、そもそもデートも乗り気じゃ無かったし。俺と一緒に出かけた他の子から聞いたんだと思う。全部奢ってくれるよーとかね。確かに気前よく奢ってた子も居た。超可愛かったし。その子にはお金出したくないなって思った事なかったな、本当に今更だけど」
「お前は、”自分がどうしたいか”が完全に抜けている。お前の人生なのに。他人に優しくすることが何よりの幸せみたいな事言ってたが、本当に心の底からそう思ってるやつなら、今までのようなあの顔はしない。お前の親が悪いわけでもなく、学校や同級生や友達が悪いわけじゃない。たまたまお前が見聞きしてきた言葉や環境が、そう思わせていたのかもしれない。でも、お前はもう自分で自分の事を決められる。給料も貰えて自分で生きていける。人の顔色を窺って優しくするんじゃなくて、自分が優しくしたいと思った人に優しくすればいい」
「でも、人を選ぶってなんか嫌なヤツじゃない?」
「会ったやつ全員を幸せにしたいとでも思ってんのかお前は」
「俺といる時には楽しかったり幸せな気分になってくれたら嬉しい」
「大層な思想だな、お前がそうしたいんだったら人に優しくし続ければいい。だが、それと自分の感情を無視することは別物だ。お前が自分をぞんざいに扱えば扱うほど、周囲もお前の事を同じように扱うぞ。お前みたいな奴が自分の周りにいると想像してみろ。人が喜ぶからと、物も感情も手放している奴と本当の友達になれると思うか?」
「・・・思わない。思えないかも。」
「思い通りに行かなくたっていい、言ったことが通らなくても、我慢して何も言い返さなくてもいい。ただ、自分が思ってる事をちゃんと自分自身ではわかっておけ。もっと自分を大事にしろ」
「なんか、その顔に”自分を大事にしろ”って言葉似合わないのにね。自分より他人のことを優先しろって言いそうな顔なのに」
「ぶっ飛ばすぞ」
一月三十一日
他のみんなは気づいていないかもしれないが、今でも皐月の様子が少しだけおかしい。ソワソワとしている。
普段の生活の時は特に変わらないが、皐月が境内にきて、長い話をして、こいつがよく話すようになって俺の事をからかい初めてから、初めて俺が本堂に入った一ヶ月。二月末に出てきたら長月に皐月の事を言われた。
特に誰にも詳細は聞いていないが、あまりにも酷い様なら誰かが言ってくるだろうと思っていた。結果誰も言ってこない。世話係も何も言ってこない。しかし、皆二月末はそれとなくいつもと顔つきが違った。そして俺の顔を見るとホッとした様な顔をする。本当に皐月は何をしていたんだ。
前の世話係の茉里は多分そういった事に関与しない性格だ。あいつは結と違って、世話係の時に行っていたのは人間関係や福利厚生の境内のイベントでなく、離れの修繕だ。築年数が途轍もない建物ばかりで、茉里が在籍していた三年かけて全ての離れを綺麗に整えた。それを全て多くない予算内でやってのけるからあの女は化け物だ。
一方結は、人との関係に関心はあれど深入りはしない性格だ。また、境内のイベントも、他の神代や神代の家族が関わるものには、良い距離感を大事にして計画をしている。だから、今年は結に頼んでみた。
「・・・皐月の事、頼んだぞ」
驚いた様子で、時間がないのになんだかんだ聞かれ騒がれたが途中で話しを切り本殿の中へ入った。
そのまま、儀式を行う空間の前まで真っ直ぐ向かい、二礼二拍手一礼をする。その後に目の前の空間に入り座る。
「我は、《如月》の神代。ひと月を捧げに参りました」




