二章:如月の君へ 六話
二月二十九日
「うーん、いやね?昨日の夜には、ちゃんと結ちゃんに言おう!って決心ついたの。本当だよ?」
ダダダダダダダダダーーーーー
私は現在、もう間も無く儀式を終えて本殿から出てくる如月さんが通るこの廊下を雑巾掛けしております。
「でもね、それ夜中だったわけ。でさ、”ちゃんと結ちゃんに言おう!”って決めたらスッキリして寝れたの。しかもぐっすり」
ダダダダダダダダダーーーーー
廊下と母家の境目に上から下まで謎の金属が取り付けられている。いつも思うけど何これ、掃除しずらいんですけど。
「でさ、ぐっすり寝られたらさ!朝起きたらふと思ったの!”こんなにスッキリしてるし、別に結ちゃんに言わなくても良いんじゃない?”って!そう思っちゃったの!」
ダダダダダダダダダーーーーー
ちょっと錆びてるし面倒だな。あとで埃とり用の歯ブラシと錆を削るためにヤスリ掛けするかな。
「でも!言おうと決心したからこそスッキリしたんだよね?!でも、スッキリしたならもう良いんじゃない?とかなんか自分の心が意味不明の行方不明になっちゃって?!」
「皐月さん、意味不明でも行方不明でも良いですけど、そろそろ如月さんの意識が戻りますよ?」
「そうなんだよ〜!!いや別に如月がいないところで話せば良いっちゃ良いんだけど、如月がいるなら俺の情緒あと11ヶ月安泰じゃん?じゃあ言わなくて良いだろ?!でもまた次の時に同じ事繰り返す訳でしょ!?えー!如月もうちょっと入っててくれないかなぁでもやっぱりもう時間になったら出てきて〜」
だめだ、この人。
今日は朝から皐月さんがずっとうーんと唸っている。
どうやら、私に”如月さんがいないと不安”の理由だか経緯を説明したいんだかしたくないんだかをずっと悩んでいるらしい。一度昨夜には一度言う決心がついた模様。しかし、夜が明けたら”言わなくてもいいか”と思ってしまって、自分の心がよくわからないらしい。
「言うにしてもさぁ、説明が難しくって〜」
「じゃぁ無理して言わなくて大丈夫ですよ。気持ちの問題も大事ですけど、表現にも悩んでるんでしたら、皐月さんが伝えたいことが違う方向で私に伝わっても不本意になると思いますので」
「んなっ?!結ちゃん急に冷たくない?!」
「じゃぁ、皐月さんがすごく真剣に、”如月さんがいないと魂の半分が無い感じがする”という寂しい思いをしてたとしましょう。そこで”如月さんがいないと寂しい”と私に言う。私が”皐月さんは如月さんに恋心を抱いている”と私が受け取ったらどうします?」
「何いってんの?!俺女の子が好きだから!女の子しか対象じゃないから!!」
「私からしたら対象の範囲は個人の自由なのでどちらでも構いません。でも、今みたいに、皐月さんからしたらそう捉えられてしまうのは不本意なんですよね?」
「そうだよ!俺は女の子が大好きなんだからね!?」
「その言い方も誤解を生みますから気をつけてくださいね」
「どんな誤解?!」
「女性なら誰でもいいみたいに取れますよ」
「違うけど、遠くもないような、いや、女の子は好きだけどさ!誰でも良い訳じゃなくて、好みもあるし、やっぱりちょっと性格も気になるじゃん!物静かな子よりは明るい子が好みだし、なんなら明るいだけじゃなくてちょっと気が強い一面があっても良いかなとか最近」
「皐月さんの好みの深追いはちょっと置いておいてですね」
「そうやって淡々と話す結ちゃんの一面も凄く好き!」
「すみません、やっぱり掃除の邪魔なんで居間に行ってください」
「辛辣!!」
廊下にしゃがみ込んで小さくなって皐月さんがまだ言おうか辞めようか、どう説明しようかを考えている。この人多分気づいていない。恐らく短くはないだろうその話をするにはもう時間が足りていない事を。
私が廊下の掃除を始める前に、本殿で使う掃除道具の手入れや、新しい紙垂の準備をしている朝方から近くでずっと考えながらウロウロとしていた。朝からです。そう、なのにもう昼前です。昼ごはんの準備をしている時でさえずっと後ろにおりました。本日は休日ということもあり、相当暇なようです。
廊下を雑巾掛けしている私と、母家と廊下の境目にいる皐月さんに声が掛かった。
「皐月?そこにいるの?」
弥生さんである。母家からこちらに歩いて来て姿が見えた。
「まだいる、全然いる、これからもまだ居る!」
「朝からずっと結ちゃんに付き纏ってるけど、まだ付き纏うの?」
「つきまとうとか!俺は、結ちゃんに話す事があってだな!」
「”話してる”じゃなくて、”話すこと”?朝からずっと一緒にいるけどまだ話しを切り出してないって事?長くない?」
「簡単な話じゃないのさ!」
「それって今日一日かかる?」
「いや、如月が出てきたら・・・とりあえずは話さなくなるかもっているか話さなくても大丈夫になるっていうか・・・」
皐月さんが尻すぼみで言う。なかなか説明が難しいらしい。
「如月?・・・あぁ!あーはい。わかった。なんでも良いけど、俺も後で結ちゃんに話しがあるからさ。俺にも話す時間頂戴よ。って、皐月の許可じゃなくて結ちゃんに聞くべきだよね」
弥生さんは、途中から私の方を見て伺いを立てた。確かに、私の時間です。
「私は大丈夫ですよ。と言っても本殿の掃除が終わればですけど。夕飯の支度前には終わりますから。あ!夕食の前には斎服をお渡ししに行きますね」
「うん、ありがとう。また声かけるね」
そこで話が終わりそうだったのだが、皐月さんが弥生さんにすかさず言った。
「ねぇ弥生!さっきの何?!如月っていたら”あーはい。わかった”って何がわかったの?!」
「いや、”わかった”はちょっと違ったかな。うーんまぁ、良いじゃん。如月が居る居ないが大事なんだろ?いないと寂しそうだもんね」
「いや!いやじゃないそうなんだけど、そうだけどちょっと違くて・・!それを結ちゃんに説明しようとして、ずっと考えてたんだけど・・・って、なんで?!」
「何が”なんで”?」
「俺・・・もしかして今まで如月がいない時、おかしかった?態度違った?」
「うん、おかしかったよ。みんな気づいてて言わなかったけど」
「嘘・・・何それ・・・」
「あ、でも今年は割と大丈夫そうだったよね。良かったよ。あーだから、みんなって言っても睦月は知らないかな。まぁ、結ちゃんも睦月と一緒だから知らないよね。どうしたの?なんか心境の変化とかあったの?」
「いや、皐月さん十分変でしたよ」
飼い主に捨てられた子犬のように、次の飼い主を探してますと言わんばかりに、時折私のところに来ては時折寂しそうに、辛そうに、またはなんかよくわからないけど物凄く考え込んでたり、怠そうにしていた皐月さん。他の神代がいない時だったから、知る事もなかったでしょう。
「まぁ、どっちみち俺が今聞くことじゃないね。とにかく、俺は後で結ちゃんの時間を少し貰えれば良いから」
「はい、ではまた後で」
私の近くで放心状態の皐月さん。そして弥生さんは自宅の離れへと戻られました。
「結ちゃん・・・みんな俺のことおかしいって思ってたんだって」
涙目で私に言ってきた。
「でも、みんな何も言わないで、聞かないで一緒にいてくれたじゃないですか。優しいですね」
「なんか・・・・めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、俺だけ昼ごはん別で食べていい?」
「作ってあるので好きな時に持っていってください」
「そこは”だめです!みんなで食べましょう!”って言うところでしょ?!」
「個人の意志を尊重いたしますので」
「おい」
今まで聞こえなかった声が聞こえてきた。
しまった!正午になってる!慌てて後ろを振り返ったら、そこには29日振りの如月さんがいた。一ヶ月経っても、微塵も変化がない。入った時のままです。
「皐月、こんな所で何やってんだよ。あぁ、寂しすぎて待ってたのか」
「なっ!俺は別に!結ちゃんと楽しく休日を過ごしてただけだし?!」
「結は今日が月末だから休日出勤だろ。仕事中だ。邪魔するな。ほら、居間行くぞ」
「一ヶ月振りに出てきたと思ったら・・!もう!仕方ないなぁ!」
良いながらも、皐月さんの顔は、月末にして、今月で一番良い笑顔をしている。
私の横を通り過ぎて、皐月さんを引っ張って居間に向かう。
「結、掃除頼む」
「あ、はい!」
「あと・・・」
振り返った如月さんが、皐月さんの首元を引っ張って私に向けた。
「ありがとな」
「へ・・・?あぁ・・はい」
なんだろう、面倒を見たことだろうか。私は如月さんの当番月が始めてなので、皐月さんが今までどんなものだったのかは知らない。さっき弥生さんが言ったみたいに、今までよりかは今年は元気だったようだから昨年まではそれなりに目に付く何かがあったのだろう。今年はそれが見受けられなかったと本殿から出てきたばかりの如月さんでもそれを感じたのだろうか。そのお礼だったのだろうか。えっ?!如月さんがお礼?!あ!お礼と言えば忘れてた!
「お疲れ様でございます。神代のひと月を有難く頂戴致しました!!」
とりあえず、本殿の掃除の前に一旦お昼ご飯を食べます。ご飯を運ぶために、私も母屋へと戻った。
「結ちゃん、この後時間どうかな?」
本殿の掃除が終わり、一休みを取った後に弥生さんがやってきた。こういうところ!本当にこの人の素敵なところは!”掃除が終わったから時間があるだろう”じゃなくて、休憩を邪魔しないで、休んだ後に来てくれるところ!!
この後は夕飯の仕込みです。多分、お話しがてらお手伝いに来てくれたんです!と勝手に期待。
「でも、この後はもう夕飯の仕込みでしょ?一緒にやりながら話そうか」
ほら、期待通りです!でも、私がそれを期待していることを見抜いて言ってくれているのだろう。嬉しいなぁ。時間が無いのは確かなので素直に受け取ります。
「はい!ありがとうございます!」
今日の夕飯は和食です。里芋煮、焼き鯖、だし巻き卵、鶏肉と大根の煮物、小松菜と油揚げのお味噌汁、漬物です。弥生さんにはお味噌汁の具材切りと、里芋の皮剥きをお願いしました。私は大量に鶏肉を切ります。
「結ちゃんは、俺がいないの初めてだもんね」
「はい!凄く寂しいです!」
「ありがとう。そんな結ちゃんにこんなこと言うのはとても心苦しいんだけど・・・」
「えっ・・・なんですか、怖いんですけど」
「卯月一家のストッパーがいなくなるので、ちょっと奥さんの暴走が心配でね」
暴走とは。
全身の筋肉が硬直した気がした。今までのは暴走ではないのか。暴走とはこれ以上なのか。
「茉里ちゃんの時はさ、本当にキッパリと”ダメなものはダメ!”って言う人だったし、卯月の奥さんなんか全く相手にしてない感じだったから、割と静かだったんだよ」
「ちょっと待ってください、割と静かって・・そもそも何を・・・?」
「俺がいると、言い方は柔らかいけど、一応はちゃんと静止をするから、そこまで境内に来ないでしょ?」
「まぁ、たまに意味もなく連続して来る時もありますけど」
「茉里ちゃんの前のお世話係の時はね、もうそれは凄い回数境内に来るし、嫌味や煽りと・・・嫌がらせが酷くてね」
「え、なんですかそれ。信じられないんですけど」
「特に、何年か前には、”卯月が本殿で仕事をしている様子を見せろ。夫が何をしているか説明も見学もさせないなんておかしい”って怒鳴り込んできてね」
私は絶句した。
神代のご家族、奥様もお子さんも、工房での仕事までは説明をしても問題はないと決まっている。
しかし、”当番月の本殿で何をしているか”は言ってはいけない決まりです。まぁ、何もしていないんですけど。
そもそも、神代は今までお見合い結婚が圧倒的に多く、それも、神社の生まれの方の女性とのお見合いだ。昔は若いうちにさっさと取り決めた許嫁だったらしい。女性側は、神代について予め説明をされていた。その説明も、月に一度、”本殿に籠る”や”その間は誰とも顔を合わせない””本殿に近づいてはならない”などであり、詳細は伏せられている。
神代本人たちでさえ、”一ヶ月間、自分自身の時間が止まっている”事は認識できても、理由やなぜ止まっていたのか、止められているのかなどは不明である。人に説明すらできないし、「そういうものだ」と大体の人が思っているらしい。
また、それを、”神代”の存在を全く持って知らなかった人からしたら、その事象は”怖い””気味が悪い””気持ち悪い”と思われるだろう。何度も言いますが、だって説明がつかないんですから。
最近では、時代の流れに沿うように変わり、恋愛結婚も増えてきた。
現在の神代で言うと、《葉月》さんと《霜月》さんが恋愛結婚である。葉月さんは、高校生の時に付き合っていた方とそのまま結婚をしている。もちろん、神社の生まれでもない、一般の方。あぁ、”私達から見ての”一般の方という言い方をしてます。
卯月さんの奥様も、神社関係の出身ではないので、いわゆる”一般の方”です。ちょっと聞いた話ですが、政治家さんだかなんだかのお家の娘で、卯月さんとは付き合いが長かったわけでもなく。そもそも恋愛結婚なのかなんなのか、ある日突然”結婚する”と今の奥様を連れて母家や本社に紹介したそうです。
「ほら、本殿での様子って、結ちゃんだって入らないし、そもそも月中は出入厳禁でしょ?それなのに見せろって言ってきてさ。卯月が入ってる時だったから俺が止めたんだけど」
「その時弥生さんいなかったらと思うと恐ろしさで震えるんですけど」
「皐月と水無月はその光景を見てびっくりして震えてたよ」
そう言って弥生さんは笑った。いえ、笑い事じゃないですって。
「でね、”じゃあ夫のは見れなくても良いから弥生の時にみるから”って言ってさ」
「ちょっと、”じゃあ”って何ですか。根本的に大分ズレているのですが」
「そうなんだよねー。きっと、卯月はなぜか奥さんを止めないから、念の為にその翌年は本殿の廊下と母家のつながりの扉に厳重に鍵を掛けたんだ」
「あの金具って!鍵の取り付けの為だったんですか?!」
「そうそう」
「結婚する時に、誓約書書かなかったんですか?」
決して本殿に近寄らないと、妻になる者は誓約書を書かされる。
「書いたよ、書いたけど見たいんだって」
「罰則があるのに」
「変だよね。茉里ちゃんの時はさ、茉里ちゃんがここに来た時に卯月の奥さんと早々に派手に言い合いになってね。というか、一方的に叫んでたのは卯月の奥さんで、茉里ちゃんは本当に淡々と全てを否定してたよ」
弥生さんは里芋の皮を剥き終わって、次は小松菜を切り始めた。私は、その里芋を受けとって、軽く洗い水を張った鍋に入れて火をかけた。
「そんなこともあって、茉里ちゃんがお世話係だった時はほとんど来なかったかな」
茉里ちゃんは置いておいて、その前のお世話係の人が気の毒だったな。その方が誰だったのか、親戚だろうけど私は知らない。
「だから今回、俺が入る時は神在月と一緒に本殿まで来てもらって、鍵をかけてくれないかな」
「承知しました!むしろそうしていただけると助かります、全てが!」
「その方がいいよね。結ちゃんが母家にいない時に勝手に入ってくる可能性だってあるからさ」
「もうそれ、空き巣じゃないですか・・・あ、でも私も頑張りますが、鍵よこしなさいとか言われたら」
「そう、だから、鍵を閉めた時点で、鍵は神在月が一ヶ月持ってる。それならいいでしょ?」
「もう、頭が上がりません」
「違うよ、逆。愚弟一家が酷くご迷惑をお掛けしてすみません」
「弥生さんは悪くないのに・・・っ!」
「わお!卵焼きだー!」
「わお!お酒がある!」
好物の卵焼きに皐月さんが、お酒に長月さんが喜ぶ。
「卵焼きは夕飯のあまりですみませんけど」
「全然!嬉しい〜!」
今は22時。あと少ししたら弥生さんが本殿に入ります。
「二月は日数が少なかったしあっという間だった」
水無月さんが、お酒は飲まずにおつまみだけをポリポリと食べながら言う。
「それでも、閏年だったから、いつもより一日多かったんだけどな」
神在月さんが熱燗を睦月さんに注がれながら言った。
「もう三月かぁ。すぐに暖かくなるんだろうな・・・あ。ひな祭りの料理の材料買いに行かなくちゃ」
しまった、メモをしておかなくちゃ。寿司酢、海鮮、あられ・・・はもう出来上がってるの買えば良いか。
「三月と言えば!?」
皐月さんが元気に言った。
「卒業式」
「チューリップ」
「桜開花宣言」
「確定申告」
睦月さん、水無月さん、長月さん、私の順番で言った。
「確定申告ねぇ〜!俺ら関係ないけど!」
「皐月さんは関係ないですけど、神代でも確定申告が必要な方いらっしゃいますよ。年末調整してない方いますから」
「副業ってコト?」
「そうです。副業というか、給与以外の収入がある方です」
「誰それ?!」
「俺だよ、俺。毎年確定申告」
皐月さんの問いに長月さんが答えた。
「俺、難しいことわかんないや。ここだけの給与なら、年末調整っていうのを結ちゃんがやってくれるんでしょ?」
「詳しくは、私を経由して本社の方が更に手続きをやって下さってます」
「わかんなーい!」
「あ、弥生、結、そろそろ行くか?」
神在月さんが声をかけてくれた。もう本殿に行く時間か。早かったな。あれ?そういえば弥生さんあまり喋らなかったな。
斎服でみんなとコタツでお酒を飲んでいた弥生さんが立ち上がって、神代達に言った。
「一ヶ月、多分迷惑をかけると思う。一応、神在月に任せてあるけど、みんなもよろしくお願いします」
直角にお辞儀をした。”何を”とは言っていないが、もうみんなわかっているらしい。
「大丈夫!大体は神在月が何とかしちゃうんだから!あと怒ったら怖い長月もいるし!如月もいるし!それに」
皐月さんが人の名前を出して他力本願を一人で唱え続け始めた。そんな時、如月さんが言った。
「大丈夫だ。卯月だって別に敵な訳じゃない。俺たちが”未だ理解できてない”だけだ」
弥生さんが驚いた顔をした。
「だから、自分の身内を腫れ物だとか、嫌われものみたいに思わなくていい。弥生(お前)も卯月も、俺からしたら一緒だ。悪い事をしている訳じゃない」
「ありがとう」
「ただ、卯月の嫁さんは別だけどな」
「あははははは!」
弥生さんが盛大に笑った。
弥生さんと、神在月さんと私の三人で本殿の前まできた。先を歩くのは弥生さんである。そして、扉に手をかけたまま話しかけてきた。
「如月ってさ」
「あぁ」
「はい」
「かっこいいよね」
「如月はものの感じ方とか捉え方が、他の人間と違う。同じ特殊環境の俺たちよりも更に先を行く考えだよな」
きっと、先の言葉に救われたのは、弥生さんだけじゃないはずだ。同じ神代なのに、お世話する人間なのに、一緒に暮らしてなくて、ちょっと疑問に思うことがある。同じ神代に、お世話の対象なのに、不信感を抱いてしまいそうになる自分に罪悪感を抱いてしまう。罪悪感を抱く事は結局のところ、己れの心を乱してしまうのだ。しかし、如月さんの言葉は、端からその考えを覆すものだった。
相手に対しての不信感や嫌悪感、苛立ちは【まだ相手を理解できていない】という事だと。そう思えば、”まだ知る途中だ”となんかそんなに思い詰めなくて大丈夫なような気がしてきた。
「なんか、私もすごくスッキリしました」
「な、本当に。弥生に向けた言葉だったのかもしれないけど、俺たちまでスッキリしたな」
「はい」
「ね。格好いいよね」
弥生さんがこちらを見て柔らかく笑った。とても嬉しそうな顔だった。
「あ!でも、鍵はちゃんとかけてね!」
「”奥様は別”だからな。結のためにも」
「面目ないです」
「気にすんな」
「じゃあ、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
弥生さんが扉を閉めた。そして、本殿の扉にも神在月さんが施錠をする。
ーーーガチャンーーー
大層な鍵だ。大きいし、重いそうだ。
「よし、行くか」
神在月さんは振り返り、母家への廊下を歩いていく。母家側からも鍵をあと三つ掛けるのだ。神在月さんが戻り、私だけが本殿の扉を向いている。さて、いつものです。
「神代の一ヶ月に感謝、お礼申し上げます」




