二章:如月の君へ 四話
二月二十日
さて、そろそろ給料日、神代金の支給に向けて準備をする日が今月もやってまいりました。
先日のバレンタインはとても好評をいただきました。朝の10時開始と言う事もあり、朝ごはんを食べずに遅い起床で皆さんお茶会に参加してくださいました。
なので朝食兼昼食でサンドイッチスタートの方がちらほら。そして、食後にチョコレートのお菓子とコーヒー、紅茶でまったり。そんな時間が15時まで続きました。
天気も良く、日向はとてもぽかぽかとしてました。庭にテーブルを出して、みんなで楽しんでもらえてよかったです。大人向けのアルコールを使った生チョコや、お子様が楽しむためのチョコフォンデュも用意。いちごやバナナをチョコに潜らせて、お好みでカラースプレーをかけて完成です。
奥様方の体が冷えないよう、膝掛けやヒーターも用意して、温かい飲み物も切らさぬようにしました。
奥様同士の交流も出来て、ご主人である神代たちには本当に感謝されました。
家が同じ敷地内だけど、やっぱり他人だし仲が良いのを保つ距離ってすごく難しいらしい。
こうやって多くない頻度でイベントがあるのがちょうど良いみたい。子供たちも、その親たちにも良い交流会となっている模様。
もちろん、霜月さんには”来月はひな祭りだよね!”と先に言われました。はい、もちろんでございます。
ひな祭りは、ちらし寿司に菱餅、蛤の酒蒸し・・・は子供には向かないからお吸い物にして、白酒、甘酒
桜餅、金平糖・・・あれ?また甘いものだらけだ。あぁ、だから霜月さん一家は楽しみなのか。女の子いないけど。そもそも、神代のお子さんはほとんどが男の子である。なので、ひな祭りは正直奥様方への労いになる。
「だったらメニュー、もうちょっと大人向けでも良いかな・・・」
おっと、頭がもう三月に向かってしまっているが、まずは二月の支給金から始めなくては。
と、いう事で、先月同様にお金の仕分けから開始します。
そして、年度末が近づいてきているので、有給休暇の使用日数も確認します。
先日長月さんや皐月さん、水無月さんも自主的に取得していましたが、有給をちゃんと使用するように管理するのも私のお仕事です。家庭のある神代の方たちは、夏休みや春休みなどのお子さんの予定に合わせてしっかりと使ってくれる。
一方、独身の神代は、決まった日数は使ってくれるけど、それ以上ははなかなか使ってくれない。決まっている日数を使ってくれれば、法的には問題はなくなるが、個人の生活の満足度はそれで良いのか。と心配になります。睦月さんは私と一緒で昨年の四月から”入社”扱いなのでそもそもその辺はそこまで気にしなくても、持っている有給休暇の日数が少ない。
ただ、本当に休まないのは如月さんと神在月さんである。如月さんは先日熱を出した時に有給処理をさせてもらったからあと三日程であるが、神在月さんは今年度はまだ一日も使っていない。
何度か声をかけたけど、休まない。
一般企業のように、仕事が立て込んでていつ休みを取ればいいか予定が立てられない。なんて事は全くないので、正直”あ、明日休もう”でも問題ないのだ。
「仕方ない、今日もう一回神在月さんにアタックしてみるか」
アタックで思い出した。
皐月さんの件だが、他の神代が母家にいない時、ちょくちょく皐月さんがやってきてはアタックというかタックルをするように私のそばにいる。しかし、理由はまだ話されていない。とりあえず、今のところ特に害もないからそのままにしております。ちゃんと記録も取っております。一応、念の為。
今日で二月も二十日。あと五日で給料日、九日で月末の為、神代が交代。
三月や弥生さんかぁ。私も推しが一ヶ月も見れないのか。仕方ないな。
そんな事を思いながら手は、卓に封筒を並べる。
四月は入学式のシーズンである。ここで、入園、入学をする神代のお子さんがいる。と、いう事は来月には卒園、卒業式があるわけです。
「うーん・・・でも、卒業式や卒園式は家族でやりたいだろうなぁ。手伝えることがあれば、でいっか」
この先のイベントや行事、予定を考えながらも手を動かしてお金を仕分けていく。
早く事務仕事を終わらせて、また食事の仕込みを始め
なければ。実は明日は私も有給を取っており、久々に友達とランチに行くのです!なので、昼食の作りおきまですることが目標です。でも、何にしようかなと実はまだ明日のメニューは決めておりません。
うーん、寒いから作りおきしても大体の食べ物は大丈夫だけど、温め直す必要があるものだと手を煩わせちゃうからな。常温で、かつちょっと冷えても、時間が経っても美味しいもの。なんだろう。
「結、ちょっといいか?」
「あれ、神在月さん」
部屋の外から呼ばれて居間に向かった。
「悪い、そっちに居たのか」
「あ、全然大丈夫です。どうしました?」
「今週のどこかで、本社に行くんだけど、結も一緒に来てくれないか?」
「本社ですか?はい、いいですよ」
私たちはこんなにゆったりと生きておりますが、働いているわけであり、”会社員”なのです。そして、その会社本体は市街地と言いますか、都心方面にあるのです。
「予定は午前中ですか?」
「まだ決めてない。結の都合が良い時間で良いよ。昼前が大変なら昼メシの後でも構わない」
「じゃぁお昼ごはんの後が良いです」
「そしたら夕飯はなんか買って帰ってこよう」
「え、買うとちょっと・・・」
「流石に自炊では無理なものにすれば良いだろう。”設備的に作るのが不可能”とか”市販で材料が購入ができないもの”なら出来合いを買ったって良いだろ?たまにはそういった変わりモノが食卓に上がってもみんな喜ぶだろう。結も楽だし。」
「そうですね。そっか・・・その手?その言い訳があった・・!」
「どうした?」
「いえ!なんでも!ありがとうございます!」
「あ?ああ・・」
「あ、あと神在月さん!有給休暇使ってくださいね!」
「あぁ、わかった」
よし、明日のお昼はお寿司の出前にしてしまえ!!
二月二十一日
給料日前の忙しい時期だけど、なんとか事務作業のやりくりをして今日は久々に友達と会うことができそうです!私は朝ごはんの片付けをして、お昼ごはんのお寿司や副菜の手配をして出てきました!
有給とはいえ、今日の休みは代わりのお世話がかりが見つからなかったので、夕方には帰って在庫の記録は私が行います。でも、夕飯もシチューを仕込んできたから、もう夜はろくにすることがない。ランチが楽しみだ。
「結〜!こっち!」
「あずちゃん!」
待ち合わせの場所から大きく手を振った友達の《あず咲》ちゃん。彼女は高校と大学が一緒だった。他にも何人か中のいい友達がいるのですが、今日はあずちゃんと二人きりです。社会人一年目なんてなかなか自由に休みが取れないらしい。取っちゃいけないわけじゃないけど、”取りづらい雰囲気”な会社の風潮や部署だったり、文句を言う上司や同僚・・・だそうです。かくいう私も一緒に住んでいるわけでも、一緒に働いているわけでもないけど、苦手な人と関わりがあるからなぁ。
毎日顔を合わせないだけ私は本当に恵まれてるんだな。嫌味を言う上司が隣の席とかだったらもう最悪この上ないもんね。
「あぁ〜!昼から飲むお酒は最高よね〜!!」
ビニールシートで囲われているので、二月の寒空の下でも気持ちよくテラスで食事ができる。
太陽の光が入ってきて、店内の観葉植物を照らしている。外にいるのに寒くないっていいなぁ。あと料理もすごく美味しい。
あずちゃんとやってきたのは、都心の大通りから一本入った素敵な飲食店。ログハウスみたいな作りですごく落ち着く。そんな雰囲気の良い場所で乾杯のスパークリングワインを一気飲みした模様。
「相変わらず凄い飲みっぷりだね」
大学時代、男女の飲み会や合コンで、彼女より呑めた人を見たことがない。
「飲まないとやってられないわ。今日の休みだって本当にやっと取れたのよ!!普段の土日だってなんだかんだ連絡は来るんだから!何が週休二日よ!全く気が休まらないわ!」
「でも、辞める気はないんでしょ?そんなに大変なのに」
「普通の経理とか、総務的な仕事がしたいだけなら他の会社に転職活動してる。でも、今の会社じゃないとやりたいことが始めづらいのよ。残念な事に。私がやりたいのは業界とか業種の垣根を超えた事だから。色んな業種を経営してる今の会社じゃないと実験したりするの難しくて」
「そっか、一つのことをしてる会社に就職したとすると、他の会社に打診して契約結んで試してもらうようになるのか。プレゼンとか、契約とか、わざわざ通うのも大変だよね」
「そう、途中で担当者変えられたりとかしても面倒だし。だったら今の仕事やりながら、希望の部署に行けるようにちょっと踏ん張りながら、今もやりたいことの計画はずっと立て続けてるのよ」
「立派だなー、じゃあ今日は本当に飲むしかないね」
「わかってんな相棒よ」
母家で見るお酒とグラス、盃とは違い、炭酸のスパークリングワインと、その泡が立ち上る光景が綺麗に映るフルートグラスはとても新鮮に私の目に映る。焼酎や日本酒だってもちろん美味しい。食事が洋食よりも和食系が多いからお酒とも合うし。でも、たまにはこういったキラキラと輝くお酒もいいかも。美味しいし、なんかテンションが上がる。
「はぁ〜コンビニのお弁当と惣菜とカップスープの毎日だったから本当美味しいわ」
「え?!そうなの?」
「自炊は出来ないし、試みる時間と心の余裕がないからね」
ベビーリーフとほうれん草のサラダを食べながらあずちゃんが言った。とてもシンプルなサラダだが、ドレッシングがシェフの手作りらしく、とても美味しい。
「結もこういうの作ったりするの?」
「うん、洋風のおしゃれなものは作らないけど、和風のドレッシングとかなら作るかな」
「まずはドレッシング作りから始めるかな〜、それなら失敗しても食材廃棄とかのダメージに比べれば・・・」
「あ!ドレッシング作りからっていうのいいかも!そうすれば、調味料の配合とか組み合わせが分かれば他の料理の味付けに応用できるし!」
「え、私ナイスアイディアだった?ちょっと、結のドレッシングのレシピ教えてよ!」
「いいよ〜」
私のしてることが人の役に立つなんて、なんて嬉しいのだろう。自分を切り売りしてるとか、人の為こそが自分の幸せ・・・なんていい人ぶるつもりはない。
ただ、人がそれだけ喜んだり、感心したりするほどのことを私はしてるんだ!という自己満足だったり自己肯定感を高める材料である。
自分から押し売りをするわけでなく、人から求められた時には存分に発揮する。
「へー、毎日12人の食事をね。信じられないわ」
「慣れちゃうとね〜、でも他の仕事と被って準備遅れちゃったりする時もあるし」
「え、今日とか会社の人のお昼ごはんどうしたの?」
「今日はなんと!お寿司の出前をとりました!」
「やるじゃん!」
「天ぷらとかも一緒に頼んじゃった」
「豪勢〜!でも、なんか前に言ってなかった?出来合いとか出前取らないって」
「あーうん、そうなんだけど、昨日さ、家の設備的に作れないものとか、市販で買えない材料を使ってるものならいいんじゃないかって言ってくれる人がいてさ」
「寿司も作ろうと思えばだろうけど、ちょっと違うよね」
「そうそうあれはさ、私が思うにだから、その人からしたら違うのかもしれないけど”職人が作った事に価値がある”ような気がするからさ。確かにスーパーにもいいお寿司売ってるけど、スーパーのがいけないんじゃなくて、”職人が作ったから”に付加価値があるような」
「なるほどね〜それは良いわ、比較するのが良いわけじゃないけど、職人が握ったお寿司の方が特別感と満足感が段違いだわ」
「ね!?ね!?そうでしょ!?」
「でもまぁしかし、料理だけ作ってるわけじゃない、事務とか経理的な仕事もしてる結に向かって《年越し蕎麦手作りしろ》って言ってきた従業員の奥さんは本当に酷いわぁ。年末どんだけ働かせるんだって話だわ」
「まぁ、”蕎麦の手作り自体”は良いんだけどね。別に前日に打ったって良いんだけど・・・まぁ、当日作って食べさせろな話になったよね。作ってるところをみたいってすごく子供にも駄々こねられたって言うか」
「はー、でもどこにでもそう言う人っているからさ〜、いかに距離を置くか、または関係を断ち切るかが大事だね〜。その家族が職場の寮にいないだけまだマシだよね」
あずちゃんには、私の職場環境をより会社っぽく説明してます。もちろん神代の存在や儀式の件を話すのは禁忌事項であるため、他の言葉に言い換えている。母家とか離れとかは、その名称で話しをしても良いんだけど、私も一応、ちゃんとした会社員なわけであって、人に説明をするときには相手にもわかりやすい言葉を使っている・・つもりです。なので、神代の事は従業員。離れの事は寮と呼んでいる。
「でも従業員が全員男性でしょ〜?既婚者もいるって聞いたけど、でも、そんなのハーレムじゃーん、楽しそうだよね〜」
「あまりその辺は気にしたことなかったかな。従業員の人たちは家族みたいなものだからね」
「良い人いないの?」
「一緒に住んでる従業員の中にはいないし、ほとんど同じ場所にいるから出会いもないしなー」
「まじかー!仕事もできて家事もできるのにもったいなーい!」
「あぁ、でも、会社に納品しにきたりする業者の人で格好いい人いるよ」
「あーそれいいよね!わかる!クライアントとかでイケメンが来社すると本当テンション上がるわ!」
隣の席にも私たちと同じような年代の女性たちがランチをしていた。こちらは仕事のお昼時間っぽい。その人たちも私たちと似たような会話をしているのが時折聞こえてきた。自分が特殊な会社にいるからOL感が全くないし、OLっぽい事できないんだなーなんて思っていたけど、同じ事できているじゃん!と感じて嬉しくなった。
「ただいま帰りました」
あずちゃんとの楽しいランチをして、買い物もして帰ってきました。
この時間は、神代の皆さんはそれぞれの持ち場を片付けたり掃除している時間である。つまり、母家には誰も
「結ちゃ〜ん!おかえりぃ〜!」
「結ちゃんやっと帰ってきた!!」
居た。長月さんと皐月さんだ。私は急いで居間に向かった。なんとそこにはお酒を物凄く楽しんでいる長月さんと皐月さん、そして床で寝ている睦月さんがいた。
「結ちゃ〜ん!お寿司美味しかったよ〜ありがとう〜!天ぷらまで付いちゃってさ〜!」
上機嫌で皐月さんが言った。
「そしたらさ、もう、飲むしかないじゃん?お寿司だよ?天ぷらだよ?飲んじゃうじゃん?」
続けて長月さんが謎に妖艶な雰囲気で言う。
「それぞれの工房は?」
「寿司見た瞬間に戻ってすぐに片付けてきた」
キリッとした顔で言う。
「で、睦月さんが寝ている理由は?」
「飲ませたら寝ちゃった」
語尾にハートマークが付きそうな可愛いらしさを醸し出したかったような声で皐月さんが言う。
「だって!お寿司だよ?!天ぷらだよ?!もうお祭りじゃん!!」
「皐月さんのお祭りの定義がわかりませんが、嬉しかったって事でいいですか?」
「はい!とっても嬉しかったです!!」
「事後申告だけど、今日は、半日休にしてもらおう!って思って飲んじゃいました」
お寿司も天ぷらも食べ終わって、自分達で持ち込んだであろうおつまみを食べながら長月さんが言った。
まぁ、仕方ないか。この御三方は半日休として、身支度を整えたら工房に在庫のカウントをしに行こう。
「結ちゃんは今日なに飲んだの?」
お酒好きな長月さんは私が何を飲んだのか気になるらしい。
「スパークリングワインを」
「何…杯?」
「二人で一本ですよ」
「昼にしては思ったより飲んでるね」




