序章:十二月三十一日 大晦日
《一年が十一ヶ月しかない君たちへ》
『ちゃんと、話をしようか』
寝ている私の近くで神崎さんの声が聞こえた。隣の部屋だろうか。
私の体は"あの光"を浴びた為か、酷く重く怠く、まだ言うことを聞かない。
回らない頭で耳を傾けた。
「境内にやってくるのは、早くても高校を卒業した年。そして、大学を卒業した年齢で入る人が多い。現に、その年齢になったら一人暮らしを始めている、"一般人"はそうして生きている。
なのに"お世話係"という者が必要だと、本当に思いますか?」
この言葉に、やはり私がまだ知らない何かがあったんだなと思わざるを得なかった。
今までここで暮らしていて、気になる事がいくつあっただろう…。
・・・ーーー
12月31日 ー22時35分ー
「掃除終わりました!!睦月さん!どうぞ!!」
ヘトヘトになりながら両手に掃除道具を持った私は、今の今まで掃除をしていた部屋の前で白い斎服を着た男性《一月の担当者である睦月さん》に声をかけた。
「結ちゃん、ありがとう」
彼は私と歳が同じ23歳。アイドル顔負けのめちゃくちゃ美しい顔立ち・・・つまりイケメンである。
「すみません、睦月さんは初回なのに、私がバタバタしてしまって本当に申し訳ないです!」
「12月31日なんて忙しいのに色々やってもらって本当に感謝してるよ。なんだかんだ色々やりながらも僕の事もちゃんと構ってくれて。毎月の業務から正月準備まで本当に大変だったよね。特に僕が”今日から入る”から、正月料理食べられないって少し前に言ったの覚えてくれてて今日全部作ってくれて。満足して部屋に入れるよ」
「そんな、よかったです。初めてですから、少しでもその前にリラックスしてもらえたらって思って・・・」
「じゃぁ、一ヶ月後にね。特に何もない・・・らしいけど、よろしくお願いします」
「はい!家の換気、掃除はお任せ下さい!あ!冷蔵庫の中見て賞味期限危ない未開封物は、みんなの食事に回させて頂きます!」
今から初めてこの部屋に入る彼は、部屋に入った後の作法をあらかじめ教わってはいるものの、一人で入るとなるとやはり緊張するのだろう。顔は笑って見せているが、若干硬い。目も完全に笑えてはいない。扉を掴む手に、必要以上の力が入っているのが見てすぐにわかった。例え、この部屋に入った後、一ヶ月間”何もしない”としても、初めてのことだ。不安が付き纏っても仕方ない。作法と言っても、入室後大してすることもなく、その後一ヶ月の間の事は誰しもが”ハッキリとは覚えていない”のだから。
「うん、よろしくね」
そういって、彼はとある部屋に入った。観音扉がゆっくりと閉まる。
彼が扉を閉め切ったら《交代》が完了である。
(やっと・・・!一段落ついた・・・!!)
私はホッと胸を撫で下ろし、彼、睦月さんが入った部屋に向かって一礼し、手を合わせて言葉をかける。
「神代の一ヶ月に感謝・お礼申し上げます」
幼い頃からの刷り込みというか、”当たり前”とは奇妙なもので、私は、自分の家族が関わっている仕事が特殊なものだと幼いながらに理解はしていた。そして、それが凄いことと実感が沸いた時も、特にその”特殊”を知っている自分が凄いとか偉いんだとか、今で言うマウントを取るような事も、世の中を知った風に感じる事も特になかった。
私の生まれた家は、代々女性が継いでいる仕事がある。《神の代行》と呼ばれる方達【神代】の【お世話係】である。
ちょっと突然ですが、私の話をしても良いでしょうか。
私は【宮守 結】といいます。
昨年3月に大学を卒業して、その家業みたいなものを継ぎました。
お世話係というだけあって、基本は家事です。洗濯、掃除、炊事・・・後は何か生活に関わることで頼まれれば大抵やります。神代のみなさんの生活費も、私が上長から受け取って手渡ししてます。
東京都ですが、自然溢れる広大な土地とこの私たちがいる敷地。ご近所さんは近所ではなく結構遠いです。
ゴミ出しも、離れた遠くのお隣さんの近くまで持っていきます。慌ててゴミを出そうものなら猛ダッシュしないと本当に間に合いません。それもごみの量が多いのでリヤカーや台車を使います。
さて、《神の代行》のお話をします。
神の代行とは、文字通り、神様の代わりを行なっているのです。《神の代わり》なので《神代》です。
それは、神宮家に生まれてくる男性で、選ばれたモノは強制的になります。
この惑星に、この国に加護をくださっている神様。大昔は、空高い天や宇宙に存在していると思われていた。厄災から守って下さる神様の力ですが、大昔はその加護の力が天から上手く惑星に伝わり切らなかった。その為、神の力を確実に惑星に届ける為の通り道を作ることにした。
そう、それが神代なのである。
神様の加護は、《神代》という目印、繋がり、道、パイプを経てこの惑星に辿り着くように、力の流れをコントロールする為に考えられたものです。
神代は全部で十二名。月ごとに交代で行います。神代の皆さんは、自分の名前の月が担当の月なのです。
私、宮守結は、近くにアパートを寮として貸与されてはいるものの、敷地内の母家で割と寝泊まりしております。
その母家から長い廊下で繋がるのが今私が掃除をしてきて出てきたお部屋で、神代が一ヶ月間儀式として務めを果たす間である”本殿”と呼ばれる部屋です。
そして、母家を囲うように建てられた十二の家があります。”離れ”と呼び、各神代の自宅です。
さっきの彼、【神宮 睦月】さんは、今日からが初めての神代の務めです。昨年までは、”別の”【神宮 睦月】さんが二十年間の間も神代を務めてました。
隙間風が入る、ガラス戸の長い廊下を足速に歩くと、母家から漏れ出した光が見えてきた。
「ただいまです〜!睦月さん、本殿に入られました!」
「おかえりなさい・・・」
「おかえり〜結ちゃんよくがんばったね!」
「えへへ、ありがとうございます」
母家の居間では、独身の神代たちが集まってここで年越しをするようだ。
居間の真ん中には、大きな座卓があり、その少し離れた場所にこたつがある。そのこたつに今は三人入っている。
今、最初に声をかけてくれた物静かそうな男性が【水無月】さん。六月担当の33歳である。
次に軽く声をかけてきた長髪の男性が【長月】さん。九月担当の42歳。彼は本当にノリが軽い。
「お疲れさま、頑張ったね。睦月は大丈夫そうだった?」
この人は【弥生】さん。三月担当の31歳。丸いメガネがチャーミングな方。人柄もメガネと同じくらい丸みを帯びていてとても優しい。
「やっぱり部屋に入る前は表情ちょっと硬かったですね〜」
「そっか。まぁ初めては仕方ないかな。俺もそうだったし。でも、始まっちゃえば特に何もないからね」
「みなさんそう言うので、入った後の事はあまり心配してません」
「そうだね、そろそろ始まるだろうから、俺たちは年越しを楽しもうか」
「そうですね!折角なのでお酒も飲みましょうよ!」
大学を今年の三月に卒業して、四月に正式にお世話係として就職したので、今までどのようにみんなが年越しをしていたのかは知らない。この母家での初めての年越しが始まる。
「お!結ちゃん良いねぇ〜!呑める口?」
長月さんがウキウキと聞いてくる。
「普通ですよ!1、2杯くらい軽く飲みたいです!今日だってみなさんは休んで良いって言ってくれたから本当は朝からゴロゴロダラダラしたかったけど・・まぁ、結局私がやるって決めて引き受けてここに来ちゃったんですけどね」
「今・・・神在月と皐月と如月がスーパーに買い物に行ってる・・・お酒とか、お菓子とか沢山買うって。多分もうすぐ帰って来ると思う」
「大の男が三人も行くほど買うんですか?」
「俺、一升瓶とか頼んじゃったからね♪」
「長月さん自分も荷物持ちに行きなさいよ」
「ただいまー!」
母家の玄関から大きな声がした。買い物組が帰ってきたのである。
私は、こたつから出て玄関に出迎えに行く。
「お帰りなさい!」
「おう!ただいま!睦月大丈夫だったか?まぁ、何もないしもう始まってるだろうけど」
片手で重そうな袋を肩にかけて持つ彼は【神在月】さん。33歳で親分的存在。
「ちょっと緊張してましたよ」
「そっか、あいつも結と同じ時期に来たから一緒に年越ししたかったけど、《睦月》だからな。仕方ねぇか」
「でも、今日の夜すでに年越しみたいにみんなで楽しくご飯食べてたじゃないですか!何ならお餅も食べましたし」
「いやぁ、まぁそうだけど、あれは神代の妻子も含めたお祭りっていうか、まぁ賑やかで楽しいって思ったんだったらそれでも良いんだけど、こう酒飲んでゆっくりもしてみたかったなってな」
夕飯は、離れから家族持ちの神代もみんな集まって母家で食事をしたのである。普段は離れである各自宅で食事をとるが、今日は大晦日だし、年越しそばを夕飯に大人数で賑わいながら食べたけど、多分神在月さんが睦月さんと過ごしたかった大晦日は違う形だったんだろうな。
「大人の時間ってヤツですか?」
「そうそう、平たく言えばそんな感じよ」
ニカっと屈託の無い顔で神在月さんは笑った。
「あーん!結ちゃん俺も帰ってきたんだよー!寒かったー!」
「あ、皐月さん如月さんもおかえりなさい」
「雑っっ!!」
「・・・」
皐月さんは長月さんのように軽い。軽いし若い。たまに、本当は高校生じゃないのかと思うくらいに軽い。年齢は26歳だ。そして、如月さんは寡黙・・・に見えるが唯の寡黙ではない。とんでもなく言葉足らずのぶっきらぼうであり、自覚もあるらしいのだがもう治す気はさらさらないらしい。
「おい、好きなの取ってあと片付けとけ」
如月さんが私に大きなスーパーの袋を渡した。なんだこれ、重い。大量のアイスじゃないか。
「如月さんは今食べますか?どれ食べます?」
「俺は食わない」
「え?」
じゃぁなんでこんなに買ったのよ。
「あのねぇ?如月がこれ全部結ちゃんに日頃のお礼って事で買ったんだよ〜!結ちゃんいつもいろんな種類のアイス食べてるからどういうのが好きかわからないから、明らかに不味そうなもの以外全部1個ずつ買ってきたの!だから好きなの好きなだけ食べてね!で、好みじゃないのあったら俺に頂戴!!」
「うるせぇ余計な事言わなくて良いんだよ」
「如月が結ちゃんへのお礼にって言わなかったら毛ほども伝わらないじゃん!ただいつもみたいに神在月がみんなに優しさで買ってきた一部だってまとめられちゃうかもしれないじゃん!」
「ウルセェな」
そう言って如月さんは先に居間へと向かっていった。
「もう!本当損だよ!根は多分優しいのにあれじゃ伝わらないし!」
皐月さんがプリプリと可愛く怒りながら言う。怒り方は可愛いが、この人身長180cm超えてるんだよね。なんか、一風変わったアンバランスな可愛さを感じる。
「如月からすると、結が好きなアイスを食ってくれれば良いだけなんだよ。感謝されなくてもな」
「なんで理解できんの?」
12月31日 ー23時30分ー
「結ちゃ〜ん!おじさん熱燗が飲みたいんだけどあっためてくれるかな〜?」
飲み会が始まり、既に夕飯時にお酒を飲んでいた長月さんが最初に酔い始めた。乾杯はみんなビールだったが、日本酒が飲みたくなったらしい。そしてビールが冷たかったのか、今度は熱燗を所望してきた。
「良いですけど、ちょっと待ってくださいね〜。時間かかりますよ」
「そこは『いいとも〜!』でしょーに!!」
言って、こたつから出ようとした私は、隣に座っていた弥生さんに止められた。
「いいよ、座ってて」
「え、でも」
そのまま弥生さんが台所へと向かった。
続けて皐月さんがこたつから出た。
「結ちゃん!俺伊達巻食べたい!盛り付けで残った分冷蔵庫から出して食べてもいい?」
「あ、はいどうぞ・・・」
弥生と皐月が二人で台所で作業をし始めた。
「・・・なんか、気をつかわせてしまってるような気がするのですが・・・」
本来、家事やこうやって要望に応えるのは私の仕事だ。
「もう時間外だ。それに、結は今月、特にここ数日は本当に頑張った。俺らには出来ないことだからな。年明けもまたすぐに働いてもらうんだ。こういう時は存分に甘えておけ。そもそも、酔っぱらいのおっさんの相手は業務には含まれてねぇかんな」
神在月が焼酎のお湯割を飲みながら言った。
私の《お世話係》とは、曖昧なものではなく、きちんとした業務内容と就業規則がある。
労働時間は1日8時間と決まっており、越えた分はちゃんと残業扱いだ。休憩時間もあり、業務内容もある程度は決まっている。本当に会社員なのである。
しかし、こうやって住み込みみたいな形をとっていると、公私混同してしまう時がある。今のような時間がそうである。神在月さんは、今みたいな状況を無礼講だって言いたいんだろうな。
長月さんが隣に座っている神在月さんに縋りながら言う。
「俺は仕事ととして頼んでるんじゃなくて〜!ただただ結ちゃんに甘えたいだけなの〜!」
「おい酔っぱらい、熱燗やらないぞ」
1月1日 ー0時0分ー
大晦日の歌の特番や、グルメドラマ、お笑い番組などをみんなで見ながら新しい年を迎えた。
「皆さん!」
去年は、初めての年で至らないことが沢山あった。この仕事についたのは四月からだったから、三月までは”初めて”が続くけど、二年目として、もう少し余裕を持って良い仕事をしよう!と決意した私はお酒を飲んでいて気が大きくなったのです。皆さんに声高らかに宣言をしました。いきなりの声にコタツを囲んでいた皆んなが驚いた顔をして私をみている。なんか面白い。
「今年は、もっともっと皆さんの力に、お役に立てますように考えて!考えて!考えて!行動して、頑張ります!!何卒よろしくお願い申し上げます!!」