EX 〈直感のスキル〉
オレが21歳の若さで「五公爵家」の一角であるヘッセンシャール公爵家を継いだのは、直系がオレしかいなかったからだ。
父上が不慮の事故で亡くなられ、いずれはと覚悟はしていたが予定より早く公爵を継ぐことになったオレは、正直なところ、
「面倒くさいことになったな」
と感じていた。
オレはまだ若く、父上から学ばないといけないことも多かった。
少なくともあと5年は、父上の下で仕事を学ぶ必要があったと思っている。
といっても、もう遅いが。
オレがへッセンシャール公爵となった瞬間から、
(これはゴミなのか?)
と感じてしまうほど大量の縁談書類が、オレの机に積まれるようになった。
この国では公爵が未婚なのは、大きな問題になる。
主に後継者の関係で。
この国を動かしているのは、「六王家」と呼ばれる存在だ。
「六王家」は文字通り王の役割を担う王家と、それを補佐する5つの公爵家からなっている。
かつてこの国があった土地は、いくつかの小さな国の集まりだった。
協力し合いながら大国の支配から逃れようとする、弱いものたちの土地だった。
今から300年ほど前、この土地は大国からの支配の危機に陥っていた。
このままだと、この土地は暮らす人ともども大国に飲みこまれてしまう。
そんな時だった。
小国のうちのひとつから、反撃の灯火となる6つ火種が湧き上がる。
6つの火種。「チコルの六兄弟」と呼ばれた3男3女からなるその兄弟は、末妹を中心として小国の集まりを強固な連合としてまとめあげ、大国の脅威を払拭したばかりか大国の土地の1割を奪い取った。
こうして大国の脅威を跳ね返し、協力しあった小国連合の人々は、「チコルの六兄弟」を旗印として新たな国を建国した。
それが、この国の成り立ちだ。
いうまでもなく「六王家」は、「六兄弟」の子孫たちである。
王家の始祖となったのは、末妹の「トリス」。
彼女は18歳にして、この国の初代女王となった。
初代王は〈予知のスキル〉を持っていたとされるが、〈予知のスキル〉は彼女だけの特別なスキルだといわれ、それ以降存在は確認されていない。
世界中の誰であろうと、この国の初代王以外、「〈予知のスキル〉を持った者は存在したことがないとされている。
今では〈予知のスキル〉の存在は六兄弟のハッタリで、実際初代王はそのような「予知能力」を持っていなかったという者もいる。
ちなみにオレも、そう思っている。
オレが持つ〈直感のスキル〉は珍しいスキルだ。
そういうなら。そもそも〈スキル〉を持つ人間自体が珍しいが、その中でも〈直感のスキル〉は希少だ。
そしてその希少性から、〈直感のスキル〉がどのような能力なのか、正確には知られていない。
だからオレは思うんだ。
初代王もオレと同じ、「スキル:直感」の保持者だったのではないかと。
建国の記録書を読む限り、初代王は「ピンポイントで有能な人物を仲間にしていくことで、事態を好転させて」いった。
それは自分にとって、「有益な人物」だけを選ぶことができたということだ。
〈直感のスキル〉
オレは自分が持つ〈直感のスキル〉の効果を、他人には詳しく説明しないようにしている。
その名称から「直感に従って行動をすると良い選択ができるスキル」と思われているみたいだが、それは違う。
勝手に勘違いしてくれるのはありがたいから、訂正はしていないが。
〈直感のスキル〉を簡単に説明すると、
「スキル保持者にとっての敵味方を、直感的に区別する能力」
といえるだろう。
そして〈直感のスキル〉には、目の前の人物が「精神的にはどのような存在」なのかを、「視覚化」させてもくれる能力もある。
要するにオレは〈スキル〉を発動させると、目の前の人物が
「自分にとって敵なのか味方なのかが直感的にわかり、その人物がどのような精神の持ち主なのかがある程度視認できる」
ようになる。
自分にとって誰が敵で、誰が味方か。
そしてそれらの人物が、どのような「精神」を持っているのかがわかる。
これが、〈直感のスキル〉の能力だ。
この能力を使えば、初代王がやったような「ピンポイントで有能な人物を仲間にする」ことの難易度は、格段に下がるはずだ。
自分に友好的な人物がわかり、その人がどれほどの人材になりうるのかもある程度測ることができるのだから。
これまでオレは、要所要所で自分のスキルを使ってきた。
一番役にたったと思うのは、王子のアレクが「バカなフリをしている猛獣」だということを見抜けたことだろう。
アレクは幼い頃から、「敵には容赦しない本性」を隠していた。
その性質を表に出すほど、愚かではなかったからだ。
アレクは敵でも味方でもない。
そのときオレの〈スキル〉は、彼をそう判別した。
だけどオレ自身は、彼と敵対すべきではないと判断した。
大きなくくりでいえば、オレとアレクは親戚だし、年齢も近い。
意識して敵とならない限り、オレたちが敵対することはないだろうが、それでも派閥争いというものがないわけじゃない。
アレクの人となりを把握したオレは、それ以降他人からも「アレク王子の派閥」だと思われるように行動してきたし、今の所それが間違っているとも感じていない。
アレクが開いてくれた、オレの「公爵就任パーティー」。
さすがに王子主催というだけあって、ムダに豪華なものだった。
アレクは美食家だから料理には特に金をかけてくれたようで、それを喜んでいるものは少なくないように思える。
特に、あの女の子だ。
身なり的に判断できたのは、彼女が下級貴族だということ。
見た目はとても愛らしく、少女というよりはまだ幼女だ。
と、ここで、珍しいことが起こった。
その女の子に対して、「スキル:直感」が自動的に発動したのだ。
〈直感のスキル〉はオレの意思で発動させるタイプ(いつでも発動させられるわけじゃない)で、勝手に発動することは少ない。
自覚している限り、スキルが自動発動したのはこれが三回目だ。
一回目は我が国の第一王女、アルモナ様。
二回目はデガル帝国のコバシカワ外相。
そしてこれが三回目。
〈スキル〉の効果で、彼女がオレにとって「重要な味方となる人物」であることを感じる。
そして同時に〈スキル〉が見せてくる彼女の「精神の姿」は、黒い髪の異国風の女性だった。
年齢はどう見てもオレより上で、20代後半ほど。
精神の姿が「まともな人間」なのは珍しい。普通は異形として見えるし、さらに彼女は「実際の見た目よりも精神の姿の方が成熟して」いる。
これは、本当に珍しい。
こんな人物は、アルモナ王女以来かもしれない。
〈スキル〉発動時、オレにはスキルの対象者が「二重に見えて」いる。
誰もが視覚しているその人の形と、オレにだけ見えている「オレにとってどういう人物たりうるか」という姿だ。
おしとやかな美女が人型の醜い蟲のような姿に見えたり、他人から詐欺師のようなやつと聞かされていた人物が、知識の光で瞳を輝かせる賢狼のように見えたりする。
ただこれは、「オレにとってどういう相手なのか」というイメージで、それが「どのような効果をオレに与えてくるのか」まではわからない。
だけどオレが不快だと感じたイメージを持つ者は、オレにとって悪い影響を運んでくるし、好ましいと感じたイメージを持った人は、良い影響を運んで来てくれる。
これは今までに、外れたことがない。
今、オレのスキルが見せてくる彼女の精神の姿は、とても好ましく思えるものだ。
そしてこの女の子は、オレの強力な味方となってくれる人物だ。
〈直感のスキル〉がそう囁いてくる。
時間が止まったような感覚。
オレは彼女から目が離せなくなっていた。
本来の彼女とスキルごしの彼女は、姿形こそ違うものの、同じ表情と同じような動きで料理をパクついている。
それはもう、見事なほど料理だけに集中している。
見ていて清々(すがすが)しいほどだった。
オレ以外の誰かが、美味しい料理に夢中になっている彼女を気にしてる様子はない。
大人たちは会話と情報取集に励み、取り立てて「無価値」としか思えない下級貴族の女の子に意識を向けていない。
でも、オレにはわかった。
この子は、普通じゃない。
ただの女の子じゃない。
〈スキル〉の強い発動を感じる。
〈直感〉がオレに、
〈この人はお前に必要な存在だ〉
と、強く囁いてくる。
まだ、誰も気がついていない。
この子の……この人の特別さに。
でも、いずれ誰かが気づくだろう。
これほど「異質な存在」が頭角を現してくるのは、時間の問題だ。
急がないといけない。
この人を、誰かに奪われる前に。
まだ幼いのはわかる。
でもそれは、見た目だけだ。
この人の精神は成熟している。
もしかしたら、オレよりも大人の考えができる人だ。
黒髪の女性。彼女の精神の姿。
美人かといわれれば、そうだとはいえない。
ごく平均的な見た目だし、スタイルもそこまで良くない。
だけど、それでもオレは、嬉しそうに料理を食べる黒髪の女性から目が離せなかった。
黒髪の人が「現実の存在」なら、オレは迷うことなく声をかけただろう。
だけど違う。
黒髪の人は、この女の子が「オレにとってどのような存在なのか」を現した「精神的なイメージ」でしかない。
今ここで、オレが下級貴族の娘に声をかけるのは目立つ。
むしろ彼女に、よくない影響があるように思う。
それに、なにを話すんだ?
まずは、知らないといけない。
彼女は何者だ?
あっ……母親らしい人が来て、女の子から皿を取り上げた。
「食べすぎです」
といわれているのが、遠くからだがわかった。
かわいそうだな。
女の子とその後ろの黒髪の人が、とってもしょんぼりしてしまった。
だけどのその「正直さ」に、思わずオレは笑ってしまった。
と、
「どうだ、楽しんでるか? フレイク」
パーティーの主催者が声をかけてきた。
「あぁ、とても楽しいよ。ありがとう、アレク」
そうだ、とてもありがたい。
大きな収穫があった。
あの人の存在を知れただけでも、オレにとっては大きな出来事だ。
きっとこれは、オレの人生の転機となる出会いだ。
見た感じで女の子は、生後2000日は過ぎている。
だったら「半成人」だ。結婚を申しこむことができる。
オレは結婚することが期待されている新公爵で、あの子は幼いながらもとても美しい容姿をしている。
将来、絶世の美女に育つのは間違いないだろう。
幼女趣味といわれてもいい。
むしろ自分からいってやろうか、「理想の幼女を見つけたから結婚を申しこむ」のだと。
そうすれば、余計な「アピール」は減ってくれるだろうか。
とはいえ、まずは知らないと何も始まらない。
彼女が誰で、なぜあのような「異質な精神」を持っているのか。
誰かに呼ばれて母親がいなくなると、「ふたりの彼女」はデザートが置かれたテーブルへと移動してそこに盛られたものに手を伸ばして口に運び、可愛い顔に「美味しいっ!」とわかりやすく書き始めた。
子どもらしいといえば、子どもらしい。
スキルの発動が止む。
黒髪の人が見えなくなっていく。
女の子がデザートを貪っている。
母親らしき女性が、怖い顔をして女の子に近づいていった。
女の子は気がついていない。
にっこりしながら小さなケーキを頬張って、もきゅもきゅ口を動かしたあと、
「おいしーっ!」
そう声をあげたのが、かすかにだけど聞こえてきた。