第1話 結婚話がきたっ!
わたしが「前世の記憶を」取りもどしたのは、「この世界」で生後1014日目のことでした。
夕食のスープに入っていた苦い豆をスプーンにのせ、
(どうしよう? たべたくないな……)
と考えていたというか、感じていたというか、そんな瞬間です。
わたしの前世が「日本という国」で「地方公務員」という職業につき、年齢=独りみ暦が29年目のときに、なんというか、えっと……純潔の乙女のままで死んでしまった人間であったことを思い出したのです。
あっ……大丈夫ですよ?
29歳で男性経験がないというのは、わたしが生きていた頃(2020年代)の日本ではめずしいわけではなかったですし、同僚にも24歳で彼氏がいない子もいました。
普通です、普通。
……あっ、お見合い。
そう、お見合いしたこともあったんです。
それにあたし、乙女ゲーでは結構無双してたんですよ?
ほら、普通ですよね?
ま、まぁ。
前世のことですからね!
どうでもいいです。
前世が29歳独身であったことを思い出したとはいえ、「この世界」での「わたし」になんの関係もありません。
今のはわたしは、「ココネ・スフラン・メックール男爵令嬢」で、生後2500日を迎えたばかりの少女……ともいえないような幼女です。
下級貴族のひとり娘として、多少の苦労はありますが、平均以上の暮らしができている生活になんの不満もありません。
むしろ、前世より幸せですよ。
で・す・がっ!
ちょっと、問題が発生しまして……。
◇
「けっこん……ですか?」
リビングで両親とむかい合うわたし。
そこには、にこやかに微笑むお母さまと、むすっとしたお顔のお父さま。
「わたくし、まだ子どもですけど?」
この世界では、女性は生後2000日で結婚ができる「半成人」とみなされます。
2000日って……まだ幼女ですよ?
前世の世界では、まだ小学生ですらありません。
そんな年齢です。
そうはいっても生後2000日で結婚するなんて、王族の政略結婚や高位貴族の身内固めなどがほとんどです。
この世界で学んだわたしの知識では、そうなっています。
ですが、なんにでもでしょうけど例外はありまして、生後2500日をむかえたばかりのわたしに結婚の話がくるのも、とりたてて不自然なことではありません。
わたし一応、貴族令嬢のすみっこに位置していますから。
不自然なことではない。
それは、まぁ……理解しましょう。
といってもですね?
「わたくし、まだけっこんしたくありません」
それはそうです。
結婚ですよ? 結婚。
結婚すれば家を出て、旦那さま(考えるだけでもちょい恥ずかしい)につくす生活になるわけですよね?
この世界のわたしには、まだ早いです。
前世でいうならわたし、小学生になったばかりの幼女ですから。
「あなたは見目も良いし、頭もよろしい。今すぐ人妻となってもしっかりやっていけます」
わたしの主張は完全無視で、やさしく微笑むお母さま。
なにいってるんですか? この人。
そんなわけないでしょ?
お母さまとお父さまが、わたしの生後2500日の記念日をお祝いしてくれたのは、つい数日前ですよね?
棚の高い位置のお皿が背伸びしても取れないような子どもに、人妻がつとまるわけないでしょ!?
とはいえこの世界での……というか今のわたしは、自分でも自慢に思っちゃうほどの美幼女です。
大きな瞳に長いまつげ、桜色の唇に白い肌、髪はクセのない直毛でまっすぐサラサラ。
前世の日本でこの外見だったら、芸能界にスカウトされていたでしょう。そのくらいの美貌です。
はっきりいってこの世界でも、今のわたし……ココネ・メックールほど愛らしいおんなの子はみたことがありません。
なのでロリコンというか幼女趣味というか、そういう人たちが求婚してくることもありえます。
ゾッとしますね!
わたしだってかわいいおとこの子は好きですし、前世ではそういう趣味の小説やゲームをたしなんだこともありましたけど、ロリコンは許せません。
いえ、今のわたしは、そのロリにすらなれてない年頃だというのに。
「お父さまっ!」
むすっとしたお顔。
反対しているっぽい感じのお父さまに助けを求めてみます。
わたしを溺愛しているお父さまなら、結婚に反対のはずです。
でもお父さまは、
「仕方ない。これ以上の縁談は、この先望めない」
苦虫を噛み潰したようなお顔でいいました。
……ん?
これ以上の縁談は望めない?
もしかして……良縁なの?
わたしがお母さまに視線を向けると、それだけでお母さまにはわたしの疑問が察知できたのでしょう、一度うなずいて、
「ほら、あなたこの前、アレク王子のパーティーにおよばれしたでしょう?」
およばれしたのはお父さまですが、お母さまとわたしもご一緒させていただきました。
そして、大変美味しいお料理をいただきました。
……って。
「まさか、アレク王子なのですか!?」
相手が王子なら正室なわけないし、側室……でもない。
男爵令嬢という下っぱ貴族なわたしの身分では、正室でも側室でも「王子と結婚」は考えられません。
わたしの驚きに、
「違います」
冷静に答えるお母さま。
ふー……よかった。
アレク王子は美形ですけど、性格があまりよろしくないという噂です。
先日のパーティーでおみかけしましたが、確かにちょっと「イジワル系王子」の雰囲気でした。
アレク王子はわたしの好みではないというか、わたしは優しい貴公子な雰囲気な人が好きで、乙女ゲーではそういうキャラを率先して攻略していました。
とりあえず安心したわたしですが、続くお母さまの言葉に、
「アレク王子のご友人であられる、ヘッセンシャール新公爵です」
ふわぁ? と、間抜け顔をさらしました。
「す、すみせん、お母さま?」
「あなたの驚きはわかります」
そうですか。わかってくれてありがとうございます。
「わが家は、公爵家から縁談のお話がくるほどのお家柄なのでしょうか?」
そんな話聞いたことないんだけど!?
驚きすぎて前世の大人なわたしが出てしまい、ひらがな表記じゃなくて会話文が漢字表記になってます。
「違いますよ? ただの男爵家ですから」
そうです。お父さまは王都の東側に広がる森林地帯を開拓している、「開拓村」のうちのひとつの管理を任された下級貴族です。
わたしたち家族が住んでいるのも、王都から馬車で2時間ほどの距離にある、お父さまが管理をまかされている開拓村です。
そういえば、この前のわたしがお料理を食べにいったアレク王子主催のパーティーも、新しく公爵家を継いだご友人を祝うためのものだったはずです。
そう。わたしの「旦那さま候補」だとつげられたばかりの、ヘッセンシャール新公爵をです。
「あの……どうして、わたくしなのですか?」
ロリコンなの?
というか、今のわたしってロリですらないよね?
ペドっ娘っていうんだっけ?
ですけど王子のパーティーで見かけたあのかたは、「そのような人」には思えませんでしたが……。
ヘッセンシャール新公爵。
彼は、「ルルセンタの王太子」という乙女ゲーに出てきた攻略対象のひとりに似ている美形の貴公子で、とても優しそうな人に見えました。
年齢は20歳そこそこでしょうか?
10代には思えませんが、25歳になっているとも思えません。
20歳から22歳の間、そう見えました。
わたしとしては、
(すんごいイケメンがいるなー)
くらいに思いながら眺めていましたよ?
目の保養です。
でも、それだけでした。
パーティーには彼以上に魅力的なお料理とスイーツがありましたので、わたしとしてはそちらに力を注ぎたかったのです。
なので新公爵とはお話したわけでもないですし、挨拶すらしていないはずです。
お父さまの身分的にもですけれど、新公爵が言葉をかける必要があるほど、わたくは重要人物ではありません。
わたしの「どうしてわたくなの?」という質問に、お母さまは、
「さぁ? どうしてでしょう?」
本当に不思議そうな顔をする。
いや……わたしも同じ不思議を感じてるから、それをしりたいんですけど。
「まぁ、あなたはしっかりした子ですから、そこを見初められたのではないですか?」
そんなわけないでしょっ!
話してもいないのに、どこをどう見初めるのよっ!
「それに母親の私がいうのもなんですけど、あなたはとてもかわいらしい姿をしていますしね。見た目だけなら、公爵夫人の器ですよ?」
見た目だけ良くても、人妻はつとまらないでしょ?
それに公爵家なんですけど……。
なぜ開拓村を管理している男爵家のひとり娘が、国政の中心にいるような公爵の妻ができると思うんですか?
わたし、そのような高度な教育は受けてませんけど?
それに今のわたしは、身長は同年代の平均よりも低いくらいですし、体型だって……幼児体型です。
だって実際、まだ幼女ですからね。
なのでこのような身なりで、「わたくし、公爵夫人ですのよ?」とはできません。
ムリです。
それに、その……旦那さまの夜の要求に応えられる身体じゃ……まだ、ありません……し。
美男美女の両親から生まれて容姿端麗。それにわたしには「前世の記憶」もありますので、「普通のおんなの子」ではないでしょう。
気をつけてはいますが、つい大人びた行動や言動をとってしまうことがありますし。
とはいえ、はぁー……。
結婚、です……か?
それも、王子のご友人の新公爵と?
(めんどくさいことになったなー)
正直なところ、それがわたしの本音でした。