ヤツが来る
蜂の駆除を完了して宿屋に戻ったぼくたち。
現在、ギルドマスターは伯爵様へクエストの完了を報告に。
それと併行してブレイドホーネットなどの死骸を回収業者へ収拾を指示。
カエデはローヤルゼリーを食べつくしたものの蜂蜜は半分くらい残してしまったのが不服らしい。
蜂からしたらとんでもない侵略者だとは思うけど、こうして骨の髄までしゃぶりつくすような態度はむしろ清々しいのかもしれない。
卵も幼虫も全部潰しちゃって、復讐の芽も摘んでるしね。
かわいそうだったけど、仕方のない事だったんだよね。
なんて言えるのも、カエデが勝ったからなんだろうなぁ、としみじみ。
で、夜。
そのカエデは身体を洗った後にベッドに寝転んで、上機嫌にしている。
「さぁて、蜂どもの素材はいくらで売れるのかね?」
「カエデって、守銭奴?そんなにお金ほしいの?」
結構お金に執着しているみたいだったから聞いてみると、転じて不服そうな顔でぼくを指差してくるカエデ。
「おいおい、馬鹿言うなよ。おれが欲しいのは金そのものじゃなくて、リザルトだ」
「リザルト?」
「そう、素材がどのくらい綺麗に残ったか、いかに必要部分だけ残して倒したか。それの分かりやすい指標が金だ。あの蜂にしてもグチャグチャの死骸と綺麗な死骸、どっちが金になると思う?」
「そ、そりゃあ綺麗な方だよね」
「そうだろ?金が多くもらえるってことは、綺麗に相手を倒したって証明になるのさ。つまり、おれ自身が無駄な力を使わず、無駄な狙いをせず、華麗に、正確に戦ったって事になる。ただ戦って勝てばいいなんてのはナンセンスだぜ。その領域は相手が互角以上の相手にこそ適用されるべきだ」
「ふ、ふーん・・・」
どうやらバトルジャンキーにも美学というものがあるらしい。
つまり格下相手の狩りはいかに儲かるかっていうのがカエデの中で大切な要素なんだ。
「だが完全に金に興味が無いって訳じゃない。あれは生きていくうえで必要な要素だ。金を神聖視するつもりはねえが、それを軽視する奴は生きることを軽視する奴になる」
「うん・・・それは、わかるよ」
ぼくは机に座って(足がないから座ってるつもり)、カエデの言うことに頷いた。
お金はやっぱり、あればあるほど嬉しいし、生活が豊かになるものだ。
極端な話、ぼくにお金があればいじめにあわずに済んだし、あの宿屋のおじさんやおばさんに仕事を乞う必要も無かった。
お金は全てじゃない、けれどとても大切なものだ。
それを奪われたり失ったりするのはやっぱり辛いし、だからってお金のために誰かを犠牲にもできない。
あの蜂を駆除しておいて何言ってるんだって言われるかもしれないけど、そういうことなんだ。
「ま、何にしてもサンソンのおっさん待ちだな。解体・買取が完了したら連絡するとか言ってたから、それまで何してようかね」
「それなんだけど、ちょっと考えてることがあって・・・」
「お?なんだよルー?」
「ぼくも、強くなれないかな?」
「うん??」
カエデは上半身だけ起き上がってぼくの方を見る。
さっきの蜂の駆除を見て思った。
ぼくはアイン達とパーティを組んでいた時と何も変わっていないと。
見て、敵の強さに驚いて、怖がって隠れてるだけ。
それで問題は無いのかもしれない。むしろ、変にでしゃばるとカエデの邪魔になるのかもしれない。
でも、それでも。
「ぼくも、ぼくに出来ることを探したい」
いまのぼくは幽霊のままだけど、だからこそ出来ることもある。
頑張って修行すれば、もしかしたら一日中実体化することも出来るかもしれない。
魔力さえあれば、透明なまま魔法を放ってカエデの援護が出来るかもしれない。
そんな事を考えていると、考えが止まらない。
強くなりたくて、仕方が無いんだ!
カエデはそんなぼくにフッと笑うと、腕を組んで頷いてくれた。
「いいんじゃねえか?どんなモチベーションにしろ、鍛えるってのは悪い事じゃねえ。ただ、どういう方向で強くなりたいのかって理想はあるのか?」
「う、うん。魔法で戦えるようにならないかなって」
「魔法かー・・・」
「うん、それなら実体化しなくても戦えるし、ぼくに合ってるかなって」
なんたって、格闘はカエデが無敵の強さを誇ってるからね。
ぼくはぼくで、違う方向でアシスト出来ればと思うんだよね。
「おれが教えてやれりゃいいんだが、魔法は専門外だぜ。クラッカーかイズミがいりゃ、教えてやれるんだろうけどよ」
「また出た、クラッカーさんとイズミさん。その人たちは呼べないの?」
「あー、違う円帝七竜神の眷属だからな。クラッカーはアルトリウス、イズミはアジ・ダハーカの眷属だ。そいつらの領域まで入れれば呼べないこともないんだが・・・」
そこまで言うとカエデは顔を抑えて首を振る。
「イズミもクラッカーも、おれが今下界にいるって知ったら向こうから押しかけて来そうな気がするんだよ。面白いもの見たさにな」
「な、仲いいんだよね?親友って言ってたし」
「悪友ともいうな。特にイズミはやたらおれに突っかかってくるしよ」
胡坐をかいて立て肘に顎をのせるカエデ。
あれ、イズミさんの話は初めてするな。
「ちなみにイズミさんって、男?女?」
「女だよ。クラッカーは男」
あ、あー、あー。
そうか、なんだかちょっと気になってたんだ。
ギルドの女性職員にはなんだか気を遣ってたけど、サンソンさんには威圧的というか、普段通りの対応だったことが。
「もしかしてカエデ、女の人が苦手なの?」
「んぐっ・・・」
苦虫を噛み潰したような表情で目を細めるカエデ。
ああ、やっぱりそうなんだ。
「カエデはイズミさんの事が好「全っ然そんなことありませんがア!?」」
おお、被せるように。
そうなんだ、バハムートでも恋とかするんだぁ、へえぇ。
ぼくが納得してうんうん頷いていると、カエデはバツの悪そうにぼくを睨み、
「・・・もしイズミが来た時にンな話したらブッ飛ばすぞ」
「う、うん。そりゃプライバシーは守るよ」
「ありがとよ・・・」
そう言うと、カエデはボスンと枕へ頭を乗せて横になった。
なんだろう、一気に親近感が湧いたというかカエデに一歩近づけたというか。
ドラゴンも本質は人間とあまり変わらないんだなぁとしみじみ。
・・・あ。
そういえば魔法をどう習うかがうやむやになってた。
(我が眷属、ルチアーノよ。聞こえますか?)
あれ!?
な、なんだか頭の中に声が聞こえる!?
これって・・・カムイ様!?
(そう、私はカムイ。ルチアーノ、よく聞くのです)
「は、はいっ」
すごい、神託だっ!
なんだろう、次の旅の目的地の話とかかなっ?
(魔法を学びたいとおっしゃっていましたね?今からあなたの魔法適性をお伝えします。適性のない魔法はいくら修行しても会得出来ませんので、心してお聞きなさい)
「は、はいっ」
か、カムイ様、ぼくとカエデの会話聞いてたのか。
もしかして話しかけられるの待ってた?
(こ、コホン。待ってませんよ?それより、あなたの適性は・・・星、ですね)
待ってたんだ・・・って、え?星?
星って、なに?星魔法?
(ものすごいレア適性ですよ、ルチアーノ!天竜である私との相性も良いです!これはもはや私の眷属になったのは運命ですねっ!)
「は、はぁ」
そ、そんな事いわれてもピンとこないよ。
星魔法っていったい何なんですか?
(星魔法は天体の流れを読んで占いをしたり、星々の助けを借りて力を行使する魔法です。かなり難易度は高いですが、身につければ強力な力となるでしょう)
「そ、そんな魔法があるんですね!どうやって学べばいいんでしょうか!」
(うーん、私の眷属を指南役として送りたいのはやまやまなんですが、既にそこにカエデがいますからねぇ・・・あまり私から下界へ眷属を送るのはよろしくないんですよ)
「そ、そうなんですか?」
(そうなんです。下界のパワーバランスが崩れちゃいますから)
な、なんだかよく分からないけど難しいんだなぁ。
じゃあどうやって星魔法を覚えよう?
(先程の会話を聞いていましたが、イズミでは無理ですね。彼女は闇魔法や呪術の使い手ですから。でも、クラッカーなら可能でしょう。フルエレメントマスターは伊達じゃありませんからね)
「フルエレメントマスター!?全属性網羅ってことですか!?」
(ええ、彼は本当に特殊なドラゴンなんですよ。なんといっても・・・あら?あらら?)
「ど、どうかしたんですか?」
急にカムイ様が変な反応をしだしたので心配していると、カエデもまたガバッと起きて窓から外を見た。
ふ、ふたりともどうしたんだろう?
「・・・来る」
「え?」
(ああ・・・起きちゃったみたいですね)
「起きちゃった?誰がです?」
不思議に思いながら聞いてみると、カエデは頭をぼりぼりとかき、カムイ様は困ったような声を出した。
「クラッカーが来る」
「え」
(どうやらカエデが下界に行ったことが知られたみたいですね)
「ええっ!?」
クラッカーさん、話にはよく出ていたからなんとなく知ってるけど、来る?
確か400年前にエルフと融合してデーモンを退治したとか何とか。
そんな人が、カエデをからかいたいがために、やって来るってこと?
「そ、それって大丈夫なんですか?パワーバランスがどうって・・・」
(ああ、そこは大丈夫です。クラッカーはアルトリウスの眷属ですから。円帝七竜神一柱の同じ眷属がたくさん下界へいくのはまずいってことです)
「で、でもクラッカーさんって強いんですよね?それこそカエデと同じくらい」
「馬鹿言え、おれの方が強い」
張り合うカエデ。いや今はそんな場合じゃないから。
もしクラッカーさんがカエデとケンカなんてしたら・・・うぅっ。
それこそこの大陸が吹っ飛んじゃうんじゃないの?
(そうですねぇ・・・カエデ、くれぐれも上位竜同士の争いはご法度ですよ?)
「そりゃクラッカー次第だろ。あいつがやるならおれもやるぞ」
(駄目ですってば!ああもう、こうなるとイズミが下界にいくのも時間の問題かしら。アルトリウスとアジ・ダハーカにも話をしておかなきゃ)
「えっ、ちょっと、カムイ様っ!?」
・・・しーん。
は、話の途中なのにどっか行っちゃったよ!
カエデがポンコツドラゴン呼ばわりしてるの、なんだか理解しちゃうなぁ。
「気配的に明日にはこっち着きそうだな。やれやれ、あいつと会うのは200年ぶりか?」
「ど、ドラゴンの時間感覚ってすごいね・・・」
「人間じゃ100年以内でだいたい死ぬからな。ま、来るってんなら準備が必要か」
カエデはベッドから降りると、手持ちのお金を数えて頷いて部屋から出ていこうとした。
「ど、どこか行くの?」
「おう、おまえも来いよ。明日は楽しくなるぜえ?」
「どういうこと・・・?」
「決まってんだろ」
カエデはぼくを振り返るとニヤッと笑ってこう言った。
「200年ぶりの酒盛りだ」
・・・・・・・・・。
ああ、酒盛り。
そういえばトカチ村でもエール飲んでたよね。
つまり・・・。
「お、お酒買ってくるの!?今から!?もう夜中だよ!?」
「関係ねえよ、明日には着いちまうんだから。どうせ素材の買取なんて明日じゃ終わんねえんだから、ガッツリ昼から飲めるくらい買っておかねえとな!」
「ぼ、ぼくの身体一応17歳だからお酒飲めるけど・・・いいのかなぁ、そんなに飲んで」
「いいに決まってんだろ。カムイやアジ・ダハーカはもちろん、いい子ちゃんのアルトリウスだって飲んでんだから。ドラゴンには酒、これは常識だぜ」
・・・なんだか、お酒を飲みすぎて討伐されたドラゴンの昔話を思い出したんだけど。
仕方なしにカエデについていくぼく。
結局、あれもこれもと大量買いしてぼくのアイテムボックスを酒だらけにしたカエデは、なんやかんや言っても久々の親友の来訪にウキウキしているように見えた。
ルチアーノ「でもカムイ様には普通に接してるよね?」
カエデ「あれは女として見れねえ」
カムイ「カエデ、ちょっとお話が」