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結局明日はやってきた。
カムイ様は祈りに応えてくれなかったみたいだ。
ぼくとカエデは冒険者ギルドが準備した馬車に乗って郊外の伯爵の家へ。
いやぁ・・・馬車なんて初めて乗っちゃった。
見たことはあったけどこれまで全く縁が無かったんだよねぇ。
がたごとと揺れながら先導して引っ張ってるお馬さんが可愛いの。
というか、幽霊のぼくでも馬車に乗れるんだねぇ。
馬車に揺られること3時間。
ようやく辿り着いたのは伯爵家の入口。
入口・・・というか滅茶苦茶大きな門があって、家が山と見紛うような丘の上にあって、そこへ繋がる道は広大な森の中。
お、お金持ちはすごい土地を持ってるんだなぁ。
馬車を降りたぼくはカエデとギルドマスターであるサンソンさんの後ろについていき、森の中の一本道をひた歩いていく。
歩く事一時間―――。
は、伯爵家って、どれだけ広いのさ。
カエデもサンソンさんもけっこう速足で、ぼくもそれについてくのに必死なのに、いつになったら着くんだろう。
などと思っていると、空に響くブウウウンという重低音。
ビクッとして見上げると、一匹の青と白の縞模様の大きな蜂が、森の木々の間を横切っていった。
あ、あれがブレイドホーネット?
「いたな」
「巣はこの近くだ。伯爵家の問題であるだけあって緊急性が高いクエストなのだが、攻略可能なパーティが見つからず今に至るのだ。このままでは伯爵様の命にもかかわるし、ギルドのメンツも丸潰れというわけだな」
「伯爵とかはどうでもいいぜ。挨拶とかしなきゃダメか?」
「そういう細かいところは俺がやってもいいが、いいのか?伯爵にコネを作るチャンスだぞ?」
「そういうのいらねえよ。それよりさっさと済ませようぜ」
カエデはつまらなさそうに手を振ると、巣の気配を感じ取って道を外れて歩いていく。
それについていくぼくと、ギルドマスター。
森はかなり複雑になっていて、たまにこうして魔物が迷い込んで巣を作ることもあるそうだ。
その中でも今回のブレイドホーネットは特別厄介で、このままではまた巣が増えてしまう可能性も危惧していたところだったそうだ。
森の中を探索する事一時間。
見かけるブレイドホーネットの数が増えてきたあたりで、カエデもサンソンさんも口数が減っていく。
やがて開けた空間に出ると、ひときわ大きな木に、まるで要塞のように大きな巣が・・・す、巣が・・・!
巣が、でかああああああいっっ!!
「あんなに育っているとはな・・・!」
横に10メートル、縦に15メートルはありそうな巨大な巣は、木からぶら下がるというよりは、地面から生えて木に寄りかかっているかのよう。
あ、あんな常識外れに大きな蜂の巣、見たこと無い!
大きさだけならレッサードラゴン・・・ううん、バハムートより大きいんじゃないかな!?
空いた口がふさがらない思いはこれで何度目だろうか。
「これは撤退すべきか。流石にこの規模はソロでは無理だ」
サンソンさんが身を引きかけるのを見て、うんうんと頷くぼく。
賛成賛成、大賛成ですっ!
こんなの攻略とかそう言ったレベルじゃないです!
って言っているのに。
「んじゃ、行ってくるわ。蜂に刺されねえように気を付けてろよ」
「お、おい!?」
「か、カエデ~っ!!」
革のジャケットをサンソンさんに渡すと、ゆったりと歩いて巣へ近づいていくカエデ!
もーーーアホーーー!
流石に無理だってば~~~!!
カエデの接近に、見張りの蜂や見回りでこちらを察していた蜂が戻ってくる。
それぞれがバチッ、バチッと威嚇音を出すも、カエデは表情一つ変えずに巣へと歩み、蜂たちは尾の針ならぬ刃で突き刺さんと臨戦態勢に入る。
やがてカエデは巣の真下まで到着すると、思い切りその巣を・・・蹴りあげた!
ゴズンッ!
森をも揺らすその一撃が戦いのゴング。
怒ったブレイドホーネットの群れは何十、もしかしたら百単位でカエデへと襲い掛かる!
ブレイドホーネットはスズメバチとミツバチ両方の特性を併せ持つ。
攻撃性はスズメバチ、集団での行動はミツバチといった風に。
カエデという不純物を突き刺しながら毒を流し込み、集団で取り囲むことで熱を送り込んで蒸し焼きにする。
その熱は毒を活性化させる効果もあり―――全てが理にかなった戦い方となっている。
ああ、終わった。
ぼくもサンソンさんもそう思った。
だけど。
百以上という蜂に覆いかぶされたカエデの全身が瞬間的に煌めき、その光はまるで鎧のように纏われているではないか。
「ふんッ!!」
気合一閃、カエデは放出された全身のオーラを刃のように伸ばすと、それで絡みついていた蜂たちを次々と突き刺していく!
あ・・・す、スキル、錬気!
全身のオーラを膨れ上がらせて、物質化も出来るっていう、あれか!
あれでオーラを物質化して蜂の刃を防いで、更にカウンターの一撃にもしたんだ!
ボトボトと崩れ落ちていく蜂のタワー、それでもまだまだブレイドホーネットは残ってる。
「ブレスを使わないからって調子に乗るなよ?オラあ!!」
今度は飛行するブレイドホーネットに照準を合わせると、手刀を振るカエデ。
その指先から刃状のオーラが飛び、飛んでいる蜂を切り裂いていく。
同じように手刀を二、三発振ることで蜂は真っ二つになって落ちる。
その様子を見て、カエデから距離を取ろうとする蜂たち・・・だが。
「オラオラあ!なに逃げてんだ、うるあッ!!」
挑発するように再度巣を蹴り飛ばすカエデ。
巣の破壊、それだけはさせまいと次々飛んでくる蜂、それをどんどんオーラで落としていく!
ぼくもサンソンさんもそれを眺めて目を点にしていた。
む、無茶苦茶だ。
かたや侵略者、たった一人なのに圧倒的、そして凌辱的攻勢。
かたや守護者、究極的多勢に関わらず、悲劇的劣勢。
「邪魔だオラあ!はあっはっはっはあ!!」
積み上がった蜂の死体を蹴り飛ばして足場を確保して、まるで栗のイガを何メートルも伸ばしたような形のオーラを放出してブレイドホーネットを惨殺していくカエデ。
蜂の体液にまみれながら彼は、笑っていた。
まるで悪魔のように!
「ど、どっちが悪者なのか分からない・・・」
ぼくがぼそりと呟いたあたりで、何百といたはずのブレイドホーネットはほとんどが死骸と化し、広場は足の踏み場もないくらいに丸まった蜂が積み重なっていた。
「オラ、おっさん!後でこの死体全部回収すんだから業者呼んどけよ!ブレイドホーネットの尾刃は毒ナイフになるんだからよ!いい商売になるぜ!」
しかもサンソンさんへ素材の回収まで言いつける始末。
うん、もう、めちゃくちゃだよカエデ。
あれだけブンブン飛んでたブレイドホーネットは、いまや一匹も空を飛んでおらず。
後は巣に残った女王蜂と親衛隊を駆除すれば任務完了だ。
「出てこいや、オラあ!!」
今度はドラゴンの脚のオーラを纏って巣を蹴りあげるカエデ。
するとバキバキと音をあげて、真ん中の下から上まで割れていく蜂の巣。
その中には確かに女王蜂のような存在が、幼虫を守るように抱きしめながらこちらを見ていた。
うぅっ、な、なんだかやりづらい!
―――なんて思っている場合ではなく。
巣が割れると同時に飛び出してくる五つの影!
形はブレイドホーネットに似ているけど、両手にレイピアのような剣を持って、頭に格子兜のような装飾がついている蜂が!
あ、あれがナイトセイバーホーネット!Aランクの魔物か!
「よーしよし、そうでなくちゃなあ!かかってきやがれ!!」
それらが連携して飛行してカエデへ襲い掛かってくるも、全くひるむ様子の見えないバトルジャンキー。
四方と上から同時に攻撃してくる親衛隊、対してカエデは地面を思い切り叩き―――。
―――地面の中から、カエデを中心に天へ伸びるオーラが間欠泉のように放出された!
放出されたオーラは横から来た四匹のナイトセイバーホーネットを跳ね飛ばし、頭上の一匹は直撃を食らって消滅していった。
もはや言葉も出ないぼくとサンソンさん。
「しまったな、一匹消しちまった。ナイトセイバーホーネットもいい金になるのに」
それそんなにこだわるところ?
と、ツッコミを入れているうちに残りの親衛隊たちの首を刎ねて息の根を止めていく。
最後の一匹、どうにかボロボロの体で飛行してカエデへレイピアを向ける。
それを指二本で止め、残った片手で腹を貫く。
二つになって絶命したナイトセイバーホーネットを見て、ようやく戦闘終了したカエデは、女王蜂を見もしないで手刀を一閃し、オーラの刃で幼虫ごと切り裂いた。
む、むごい・・・。
「おい、終わったぜ」
呆然と見ていたぼくとサンソンさんへ声をかけてくるカエデ。
ぼくらはあたりを見回しながら広場へと出ていく。
山のようなブレイドホーネットとナイトセイバーホーネットの死骸。
真っ二つの巣。
苦しむ間もなく絶命した女王蜂。
なんだかもう、大惨事に見えなくもない。
「こ、言葉もないな、これほどまでとは・・・」
その惨状を改めてみて、頬をひくつかせるサンソンさん。
カエデは戦い終わるとテンションを元に戻しつつ、ぼくから受け取ったタオルで顔を拭き、
「まだ巣に幼虫やら卵がうじゃうじゃいるから油断すんなよ。燃やしちまうのが駄目だってんでそのままにしてあるが、早く処理しねえとすぐ産まれちまうぞ」
「う、うむ、なら卵や幼虫の駆除も頼む。蜜やローヤルゼリーは好きにしてくれ」
「よっし、分かったぜ!」
そして巣へ向かうとオーラでどんどん幼虫やら卵やらを潰していくカエデは、駆除が完了したらローヤルゼリーが溜まっている穴へ素手を突っ込んで、そのドロリとした液体を口にした。
「ん~栄養満点!こいつは精力がつくぜ!」
いやいや、ドン引きだよ。
さすがにこの状況で美味しく食べられないよ、それ。
「これは・・・解体屋と買い取り屋が大回転するぞぉ・・・」
そして冒険者のサガか、落ちているブレイドホーネットの死骸を見て値踏みするサンソンさん。
ぼくはといえば、バクバクと手で蜂蜜を舐めるカエデと金勘定をするサンソンさんを交互に見て、大きな大きなため息を吐いたのでした。