ギルドマスター、交渉
冒険者ギルドの階段を上って2階に行き、奥の扉を開けると、そこには忙しそうに書類業務を行っている壮年の男性がいた。
「ギルドマスター、先程連絡した冒険者希望の方をお連れしました」
「うむ、入れ」
入れ、と言われてずんずん入っていくのがカエデ。
その後ろを「お邪魔しま~す・・・」とか細い声でついていくのがぼく。
まぁぼくの事は見えないんだろうからいいけれど。
その壮年の男性がこの街のギルドマスターなのだろう、短髪に切り揃えられた頭と筋肉質な身体、厳つい顔。
いかにも冒険者上がりの実力派といったところだ。
マスターさんはカエデに視線を向けると手を止めて、ふむ、と喉を鳴らした。
「・・・本当に滅茶苦茶強いじゃねぇか。何なんだお前?」
鑑定のスキルを持っているのか、マスターさんはカエデをまじまじと見るとそんな風に聞いてくる。
何だと聞かれてカエデは腕を組んで不敵に笑って答える。
「最強だが?」
ちょちょちょちょちょ!
なんでそんな偉そうなの!ギルド職員にはへこへこしてたのに!
しかしカエデの不遜な態度が気に障った様子もなく、ギルドマスターは吹き出して笑った。
「ぶっはははは!なるほど最強か恐れ入ったよ!俺はギルドマスターのサンソン。で、なんで冒険者に?」
「北の国へ行くのに金が要るからな。ちょっとばかし稼いで行こうと思ってよ」
「北の国・・・デュランか。あそこもそんなに平和ってわけじゃないが、どうしてだ?」
「なぁに巡礼の旅の途中さ。そこが終点ってわけでもない」
うまく誤魔化しながら、はぐらかして様子を見るカエデ。
まだこのギルドマスター、サンソンさんが信用に値するか値踏みしているといったところかな。
それはサンソンさんも理解しているのだろう、初対面から全てを看破できるとは思ってはいないと思う。
「ふむ・・・おい、少し話が長くなるから席を外してくれ」
サンソンさんは職員さんに声をかけて部屋から出ていかせると、両手を組んでカエデをじっと見つめた。
ひ、人払いってやつか。
「3日前、山の向こうにあるトカチ村、その付近の古の洞窟から煙が上がるのが見えた。報告によればレッサードラゴンが暴れ回って洞窟を半壊させたという。だが飛行道具を持ったSランク冒険者が捜索したところ、ドラゴンなど影も形も無かったという」
も、もう手入れが入ったんだ、早いなぁ。
さすがSランク、仕事も早いんだね、見たかったなぁ。
「だがレッサードラゴンとは思えない威力のブレスが吐かれた痕と、レッサードラゴンの遺骨があったそうだ。そしてそこの洞窟で死んだとされているFランク冒険者のギルドカードをお前さんが持って現れた。これは偶然か?」
「へえ?」
カエデは話を聞いて楽しげに笑った。
こ、これはもう、誤魔化せない流れなんじゃ・・・?
けれどカエデはパンパンと手を叩いて頷いた後、サンソンさんへ逆に聞いた。
「Sランクのギルドカードをくれねえか?」
「なに?」
「それを貰えたら全部話してやるよ」
「ほう・・・」
こ、交換条件を突きつけた!
そんなにSランクのクエスト行きたいの、ねぇ!?
ぼくは行きたくないんだけど!?
アワアワと慌てているとギルドマスターは人差し指を立てて言う。
「ソロでSランクに到達できた人間はそういない。第一、俺だけの権限でお前さんにSランクの称号を与えることは出来ねぇ。ギルド上層部の承認が必要だからな」
「なんだ、面倒なんだな」
「ただし、だ。Cランクなら俺の権限で付与してやることは出来る。そこからSランクまで上げられるかはお前さん次第だ」
し、Cランク・・・!
それならBランクまでのクエストを受けられる。
十分じゃないかなぁ、ねぇ、カエデ。
「Aランクにしろ。ダラダラしてるのは性に合わねえんだ」
ちょっとカエデーっ!!ギルドマスターになんて口をーっ!
「Cランクだ。これ以上は負からん」
「いや、Aだね。あんたの目にはまだ余裕がある」
「・・・・・・」
あわ、あわわわわわ。
こ、交渉という名の戦いが繰り広げられているっ!
ぼくは手を噛みながらその様子を見守るが、しばらくするとサンソンさんは溜め息を吐き、
「Bランク。これで手を打たないか」
「ま、妥当な落としどころだな」
と、ギルドマスターが折れる形で決着がついた。
よ、よかった、こんな緊張感が続いたらぼく、ちびっちゃうよ。
「ただし、そこまでの高ランクを得たいのなら実力を見せてもらおうか。いまAランクで受注が滞っているクエストがある。これを受けてクリア出来たらBランクのギルドカードを準備しよう」
ただでは折れないサンソンさん、立ち上がるとカエデへ一枚の依頼書を突きつけた。
カエデの後ろからそれを覗き込むと、そのクエストの内容はこうだ。
【ブレイドホーネットの巣の駆除】
ぶ、ブレイドホーネットって、どんなの??
「ブレイドホーネットは猛毒の刃を尾に持つ大型の蜂で、一匹一匹が1メートルあるCクラスの魔物だ。それが大量に襲ってくるため、難易度は実質Bクラス以上。今回の依頼はおそらく女王蜂(Cクラス)とその親衛隊であるナイトセイバーホーネット(Aクラス)がいると推測される。ゆえにクエストの難易度はAだが・・・限りなくSに近い」
ぎゃああああああっ!!
な、なんてクエスト紹介してくれるんですかちょっとぉ!
そんなのいくらカエデが強いって言ったって、無理でしょ!
「ちなみにそこは金持ちの伯爵の持ち庭であるため、巣以外に被害を出してはならん。また、緊急性の高いクエストゆえ準備期間も無い」
つまり、ドラゴンブレスで焼き尽くすのはダメってこと?
だ、駄目だよそのクエストは。無理無理無理だよ。詰んでるよ。
諦めようカエデ、それでCクラスから始めよう。
そう言っているのにカエデときたら、
「あー、蜂かー。まぁいいや、あいつらの蜜とローヤルゼリーはイケるからな」
そこ!?そこなの!?
きみの中の判断基準そこなの!?
「よし、なら早速明日にでも頼むぞ。もしソロでこれをこなせるのなら俺もお前さんを認めよう。当日は俺もついていくから、よろしく頼むぞ」
「あいよ」
あいよーじゃないよーっ!
ぼ、ぼくは行かないからねっ!?絶対に嫌だからね!?
実体化なんて絶対しないからね!?
ギルドマスターの部屋を出たカエデに散々言うぼくだけど、カエデは呆れたように、
「何だよ、たかが蜂の駆除だぜ?数が多いならそれだけやりがいもあるじゃねぇか」
「やりがいってレベルじゃないでしょっ!?毒とかどうするのさ!普通は複数パーティでプリーストが毒を癒しつつ戦うんだよ!?」
「んー、別にそこは問題じゃねえな。問題は・・・」
カエデは真剣な面持ちで階段を下りながら思案する。
な、なに?毒以外に気をつけなきゃいけないことがあるの?
そう聞くとカエデは至極まじめな顔で着ているジャケットを掴み、
「このカッコいいレザージャケットを着れないってことだ。破れたら困る」
「どーーーでもいいーーーーーっっ!!!」
ぼくの叫びが冒険者ギルド中に響くも、それを聞きつけてくれる人はどこにもおらず。
カエデとそう遠くへ離れることの出来ないぼくは結局ついていかざるを得ず。
宿屋で横になったぼくは、明日にならないようにとベッドの上でカムイ様へお祈りを捧げるのであった。
カムイ様「無茶言わないでください」