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ドラゴンインストーラー  作者: 魚妻恭志郎
3/12

ようこそトカチ村

結局、とんでもないスピードで飛行したぼくらは30分くらいで村についた。

それと同時に、ぼくの実体化は30分くらいが限度ということも分かった。

村のちょっと外れた山森の中に着地して、翼を背中の中に収納するカエデ。

ぼくはぼくで、実体化を解いてひょろひょろと情けなく地面へと降り立った。

そ、空を飛ぶってこんなに大変なんだな。

振り落されないようにするのも怖いし、実体化続けるのも疲れるし、酔って気持ち悪い。

山の斜面で四つん這いになって嘔吐いていると、カエデはやれやれと首を振って、


「おうおう、情けねえな。このくらいでゲーゲー言ってんなよ」

「このくらいって・・・あんな速さで空飛んだことないんだから、仕方無いじゃないか」

「そうか?まあ人間ってそういうもんか。基本的に地面で生きてるもんな」


ぼくは幽霊でも気持ち悪くなったり吐いたりするんだな、と自分で自分を他人事のように思っていると、カエデはちょっと得意げに笑って、


「これからも何度も飛んで慣れるしかねえな。いちいち歩いてたらいつになっても身体取り戻せねえだろ?」

「じょ、冗談じゃないよ~!あんな経験ばかりしてたらぼく死んじゃうよ~!」

「もう死んでるじゃねえか」

「死んだ上にまた死んじゃうの!」


まったくもう。

ぼくはしばらく休憩すると、カエデを先導して山を下り始めた。

物珍しいものを見るかのように当たりを見回しながらついてくるカエデを見て、ふと思ったことがあったので歩きながら聞いてみる。


「そういえば、きみたちドラゴンは普段どこに住んでるの?」

「普通の竜種はこの世界中にいるが、おれたちみたいな円帝七竜神の眷属は竜神界っつー空の彼方上にある宇宙ってとこに住んでる」

「うちゅう・・・」

「そう、竜神界は七階層に別れていて円帝七竜神一柱が一階層を担当している。そこで地上を見守ったり、場合によっちゃ手出しして生態系のバランスをコントロールしているわけだ」

「そこではみんな、ドラゴンの姿をしているの?」

「それは竜によるな。ドラゴンだったり人だったり他の種族だったり。そいつらは人とかと融合してその姿を得たやつだったり、修行で人の形に変化出来るようになったりまちまちだ。おれなんかはそういった事には疎かったからな、人の姿を得られたのは面倒な修行をしないで済んだってところだ。戻ろうと思えば元の姿に戻れるしな」


ほれ、と片手だけバハムートの手に変化させるカエデ。

ぼくの身体でそんな事されるとちょっと複雑だけど、そうか、だからカエデはいきなりぼくの身体に入ったのに落ち着いていたんだ。

融合って言ってたもんね。もうぼくの身体はぼくだけじゃなくてカエデの物でもあるんだ。

ぼくだけ身体の外にいるのは納得いかないけど。

ん?


「ぼく以外にもドラゴンと融合した人がいるの?」

「結構いるぞ。最近はとんとそんな話は聞かなくなったけどな。直近で400年前くらいか?円帝七竜神にアルトリウスって神がいるんだが、そこの眷属のクラッカーってエクスマンディアがおれの親友でな。あいつがエルフと融合して魔王クラスのデーモンを討伐したことがあったな」

「え、エクスマンディア?」

「通称エレメントドラゴンともいう。全元素を操る魔術を極めたドラゴンだ」

「す、すごい!いまそのクラッカーさんはどうしてるの?」

「完全にエルフと人格融合したら竜神界に戻って寝てるよ。竜種はヒマになると大体寝てるからな」

「人間界で過ごそうとは思わなかったんだ・・・」

「いや、しばらく過ごしてたけど200年くらいで飽きたらしい」


す、スケールが大きい話だなぁ。

でも考えてみれば、本当はカエデとぼくの人格が完全に混ざっちゃう可能性もあったのか。

そうなるとカエデが言ってた通り、ぼくの意識なんて溶けてなくなっちゃってカエデの中の一滴になっちゃってたんだろうなぁ。

それを考えると、今の状態は消えなかっただけマシなんだろうか。


などという話をしていると村の入り口まで辿り着いたぼくたち。

門番のおじさんに挨拶をするけどぼくには気付かない。

でもカエデを見るや驚いた顔で、


「おや、ルチアーノじゃないか。アイン達は一緒じゃないのかね?」


そっか、空を飛んできたからアイン達より先に村に着いちゃったんだ。

だとするとぼくから村のみんなにドラゴンが出たって説明しなきゃだなぁ。

でも、おじさんからはぼくが見えないしぼくの声も聞こえないだろうし。

カエデに代わりに説明してもらう必要があるか。

ぼくはカエデに耳打ちする。


「カエデ、おじさんに上手く説明できる?」

「ああ?面倒だな、無視すりゃいいだろ」

「良くないよ!みんなぼくの知り合いなんだから無視なんてダメだからね!」

「んんん、仕方ねえなあ」


カエデはぼりぼりと頭をかくと、おじさんに向き合って言う。


「アインって誰だ?」


ちょおおおおおっ!

確かにぼくから説明しなかったけど、そこからぁ!?


「はは、そんな事を言っているとまたいじめられるぞ。ゴブリン討伐に行ったんじゃないのか?」

「ゴブリン?そんなモンよりデカいドラゴンが出たぜ。ま、おれ様がぶっ潰したけどな」

「ドラゴンだって?ははは、今日のルチアーノは冗談が上手だな。そんなのが出たらおまえもこの村も一巻の終わりだよ」


カエデの言葉を聞いてもまるで信じずにあくびをする門番のおじさん。

だ、駄目だ~、カエデの言い方も悪いし、証拠を持って帰ったわけじゃないし、これじゃ誰も信じてくれないよ~。


「おい、ルー。このおっさんブッ飛ばしていいか?」

「ダメダメダメ!と、とりあえずぼくの家まで行こう!」

「ちっ、命拾いしたなおっさん」


物騒なことをつぶやくカエデ。やめてよね、本当に!

ぼくはカエデを引っ張るように(触れないけど)してぼくの家へと先導する。


この村はクレイヴァール公国の辺境にあるトカチ村。

住民は少ないしそんなに豊かでもない、けど古の洞窟という初級者向けのダンジョンがあるから結構人はやってくる。

ある、というかあった、だけど・・・。

とにかく、そんなんだから冒険者ギルドと宿屋、武器防具屋はわりと儲けている。

ぼくはそんな宿屋の物置に仮住まいしている。

小さい頃にお父さんもお母さんも魔物にやられて死んじゃって、それから宿屋の主人に雇ってもらって働きつつ住居を提供してもらっていたんだ。

だからぼくの家はここ、宿屋の端っこ。


「おい、こんなオンボロに住んでんのか、ルー?」

「そうだよ。ちょっとボロだけど、雨風がしのげるだけいいよね」


なんだか眉をひそめているカエデ。

衣食住が安定してるってだけでぼくは十分だと思うよ。

カエデが扉を開けて中を見ると、古の洞窟に行く前とあまり変わらない。


「ロウソクの燭台、埃っぽい布団、ゴミと掃除道具・・・」

「うん、ゴミ捨てはぼくの仕事だからね、ちょっとゴミは溜まったかな」


枕の傍に重ねられた、生臭い匂いのする麻袋。

これを片付けないと匂いがひどくて眠れないんだ。

あ、そうか、今のぼくじゃ触れないから片付けられないや。


「カエデ、悪いけどこのゴミを外の焼却炉までもっていってくれるかな?」

「あ?焼却炉があるのになんでここに溜めてるんだよ?」

「うーん、やっぱりここの方が近いからじゃないかなぁ」


ぼくがそう言うと、カエデは眉間に皺を寄せてこぶしを握りしめた。

あれ・・・なんだか、怒ってる?

何か言おうと口を開きかけたその時。


「なんだい、ようやく帰ってきたのかいルチアーノ!」


倉庫のドアの前で立っているカエデに気付いた宿屋のおかみさんが、鬼の形相で後ろに立っていた。

そしてカエデの頭を箒で叩くと、怒鳴りつける。


「まったく、何が冒険者だい!アンタごときの生きる価値なんてうちの宿の雑用くらいなのにさ、無駄なことに時間費やしてないでさっさと掃除しなさいよ!」

「ご、ごめんなさい、おばさんっ」


おばさんはいつもこうやってぼくを叩いてくる。

それもこれもぼくがドジだから仕方ないんだけど、反射的に謝ってしまってから気付く。

あ、そうか、おばさんにはぼくが見えてないんだ。

ということは、叩かれたのは、カエデ・・・で・・・。


「なにしやがるクソババアがッ!!!」

「ほげっ!?」


短く吠えると裏拳一発。

鼻血を撒き散らせながら吹っ飛んで柵を破って頭から落ちるおばさん。

な、なにやってるのおおおおっ!?

カエデはピクピクとしながら気を失ったおばさんへ次々とゴミを放り投げて、ぼくを睨んだ。


「おいこらルー。おまえ、この村の連中からいじめられてんじゃねえのか?」

「そ、そんなことはないよ。みんな、いい人だし・・・」

「だったらおれに説明してみろ、普段どんな扱いされてるかとか、全部だ!」」

「う、うん・・・」


ぼくはおばさんが大丈夫か心配だったけど、カエデが「この程度のクズ、おれが殺す価値もねえ」との事で、とりあえずは生きているみたいだ。

それよりもカエデの怒りの勢いに圧されてぼくは倉庫の中に入ると、布団の上で胡坐をかいたカエデと向き合って話をした。


ぼくの両親がもういないこと。

この宿屋の主人やおばさんに、何度も怒られたりしながら宿の手伝いをしている事。

ゴミの臭いがすると石を投げられていたこと。

アインはそんなぼくを助けてくれる代わりに、ぼくの給料の半分を持っていってる事。

そしてアイン達に冒険者に誘われて、最近は宿の仕事がおろそかになっていた事。

冒険者での仕事は荷物持ちで、他にも色々な雑用をこなしていた事・・・。


話している途中から我慢ならないといった感じだったカエデは、話し終わったぼくに怒鳴りつけてきた。


「てめえ、自分がいじめられてるって自覚がねえのか!宿屋のジジババも、冒険者に誘ってきたバカ共も、文句ひとつ言わねえてめえを散々利用してるだけだろうが!!」

「そ、そんなことないよ。だってぼくは、生きてられるだけで幸せで・・・」

「生きてるだけで幸せな奴なんていねえよ!死んだ方がマシな奴だったらいるがな!二度とそんなふざけた事言ってみろ、魂までおれのブレスで焼き尽くすぞ!!」


カエデは真剣な表情でぼくに詰め寄ってくる。

そ、そうなんだろうか。

ぼくは・・・彼らに、いじめられていたのだろうか。

たしかに、もっと優しくしてほしいと思うことはあった。

なんども叩かれて骨折したことも、アインにお金を払えなくて殴られたことも。

あれがすべて・・・ぼくに対してのいじめだった?

ぼくは―――。


「ぼくは・・・必要ない人間だったのかなぁ・・・」


ぼろぼろと涙がこぼれる。

いじめられるような、酷いことをされるような、そんな不要な人間だったのか。

せっかく、お父さんとお母さんが生んでくれたのに。

要らないからこうしていじめられていたのだろうか。


「価値なんて自分で決めるモンじゃねえ。これまではルー、おまえの価値を分かっていない奴ばかりだったってこった」

「カエデ・・・?」

「ルー、おまえはおれが身体を奪っちまったからっておれやカムイに怒らなかったな。誰かに暴力を振られても、笑っていられたな。それは優しさであり、強さだ。おれが認めてやる、必要としてやる。おまえは凄い奴だよ、ルー。おまえの身体はおれが取り戻す」


カエデがぼくの肩に手を置く。

触れられているわけじゃないのに、その手からは熱い熱を感じる。

嬉しかった。

そんなこと言われたこと無かったから。

初めて優しくしてもらえたから。


「これからはおれがおまえの味方だ。おれを信じろ、おまえを信じてる。おれたちは、友達(ダチ)だ」

「ともだち・・・」


差し伸べられた手を、ぼくは実体化させた手で掴んだ。

これが、握手。

生前一度もしたこと無かったその行為は、ぼくの胸をとても熱くさせた。

ぼくは、一人じゃないんだ。


いつの間にか涙は止まっていた。

うれし涙は、我慢した。

ぼくは、ぼくの身体に入ったドラゴンがカエデで、良かったと思った。


カエデはポケットをまさぐってぼくの冒険者ギルドカードを取り出すとそれを眺め、


「Fランクか。おれたちの旅はこっからってことだな」


ニッと笑ったカエデは、尻の埃を払って立ち上がると外へ出た。


「まずは先立つものが必要だよな」


そう言って、宿屋の建物を見上げた。

一体何をするつもりなのかは分からないけど。

ぼくは、この破天荒なドラゴンについていくと決めた。


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