カムイ様の言い訳
半壊した洞窟の中へ陽の光が差し込んでいる。
アイン達はちゃんと逃げられたんだろうか、そんな事を思いながらあたりを見回す。
幾多のゴブリンや冒険者の死骸があたりに散らばっていて、レッサードラゴンがここでいかに好き勝手していたのかがわかる。
ぼく―――ルチアーノは、相変わらず幽霊のように浮遊している。
どうしてこうなってしまったのかは分からない。
けれど事実として、死ぬほどに傷ついたぼくの身体は再生され、覇竜バハムートと融合して超絶なパワーを有している。
ところがそのぼくの身体を操っているのはぼくではなくて、融合した覇竜の人格で。
ぼくの肉体・・・を使っているカエデというバハムートは、他にモンスターの気配がないことを確認すると、中空に向けてカムイ様を大声で呼んだ。
「おーい!聞こえてんだろカムイのババア!こいつはどうなってんだ、説明しろ!」
でも、さっきからカムイのババアって、そんなに老けてないのに。
そもそも女の人をそんな風に呼ぶのは失礼じゃないのかなぁ。
などと思っていると、天井の隙間からまばゆい光が一粒ぼくらの目の前に舞い降り、それはやがて人間大の大きさになっていき、その中から先程見た女神のようなひと―――確か、円帝七竜神のカムイ様が姿を現した。
「・・・カエデ?ババアは止めなさいと何度言ったら分かるのです?」
「ババアはババアだろ。円帝七竜神は一体何千年生きてると思ってんだ」
「う、うぬっ、それを言ったらあなただって千年以上は生きてるではないですか!カエデのジジイ!ジージーイー!!」
「な、なんだとコラ!」
まるで子供のようなケンカを始めるふたり。
え、えぇ・・・なんだか、カムイ様のイメージが壊れるんだけど・・・。
「コ、コホン。カエデのことはさておき・・・ルチアーノ、復活に不備があったことは謝罪します。申し訳ありません」
「は、はぁ・・・」
ハッと我に返ったカムイ様は咳ばらいを一つ、ぼくへ謝ってきた。
やっぱり不備あったんだ。
そりゃそうだよね、でなきゃぼくが幽霊状態になるはずないもの。
「本来、今回のケースはバハムートたるカエデの力の一端をルチアーノに分け与えるというものでした。しかし、あろうことかルチアーノとカエデの融合係数が非常に高く、一部分の力の譲渡のはずが全能力の融合という形となってしまったのです」
「どうせ融合魔法の詠唱を間違えたとかだろ?前にも同じことやらかしてたじゃねえか」
「シーッ!カエデ、しーっ!!」
え、えええっ!?
どっちにしてもカムイ様の手違いでこんなことになっちゃったってこと?
胡乱な目でカムイ様を見ていると、彼女は慌てたように手を振って、
「ふ、普段はこんなこと滅多にないんですよっ?今回はたまたま、そう、たまたまですっ」
「たまたまじゃねえだろ。おまえ円帝七竜神になる前からしくじりまくりの―――」
「カーエーデー!!もうお願いだから黙っててー!」
「事実だろこのババアっ!そもそもおれに断りもなく融合素材にしやがって!」
「寝ているあなたの力の一部分の譲渡のつもりだったんですっ!それなら寝てたって関係ないでしょうっ!?」
「あ、あのっ、ケンカは良くないです、ケンカはっ」
ついに取っ組み合いの掴み合いになってきたふたりをどうにか宥めるぼく。
魂だけの状態だからすり抜けてしまうけど、どうにかふたりを引き離させた。
はぁ、疲れた。
「そ、それで、ぼくは元の身体に戻れるんでしょうか・・・」
いまだカエデくんと睨み合いを続けるカムイ様におずおずと聞いてみる。
すると、カムイ様は申し訳なさそうに指をつんつんとして、
「それがですねぇ・・・そのぉ・・・何と言いますかぁ・・・」
「いや無理だってはっきり言えよ。おれとこいつじゃ魂の密度と強度が違いすぎる。この体に入る隙間なんてねえよ」
「えっ、つまりそれはどういう・・・?」
「つまりな、もうこの体はこのおれ、カエデ様が完全に独占しちまっているってことだ。おまえがおれを追い出そうにも魂の強度が足りないから弾かれるし、融合するにしても魂の密度が薄すぎておまえの人格が消えちまうのさ。酒に換算するとおれが樽に入った99%の超濃度アルコールで、おまえは一滴の水。混ざったところでそりゃアルコールだろ」
う、うぁ。
要するにぼくは、ずっとこのままってこと・・・?
「し、心配しないでルチアーノ!カエデが出ていくか新しい体を調達すれば、また蘇ることは可能ですよ!」
「ほ、本当ですかカムイ様!?」
「いや出ていけねえよ。おまえが言ったんだぜ、融合係数が高いって。おれはもうこの体と原子レベルでくっついちまってるから出られねえ。おそらく神でもひっぺがすのは不可能だろうよ」
「ああっ、そうでしたっ!」
頭を抱えるカムイ様。
で、でも、もう一つの解決方法なら?
「新しい体を調達、ってやつか?それなら今すぐにでも出来るぜ。新鮮な死体か魂を失った人間、ホムンクルスなんてのもあるな。それに入り込めばいい」
「えっと・・・」
「極端な話、そこでおっ死んでるゴブリンでもいいってこった」
「ご、ゴブリンはちょっと・・・」
「あと言っとくが、入られる側にある程度の融合適正がないと激痛で死ぬぜ。自分以外の入れ物に入るわけだから人格変わっちまう可能性もある。こっちは化学反応に近いな」
「じゃあ結局・・・」
「そのままってわけだ」
「うわーん!」
そ、そんなぁ。
これでも覚悟して竜神の使徒になるって決めたのに。
ぼく、一生こんな背後霊みたいな存在なの?
そもそも一生って終わってるようなものだし、いつまでこんな状態なの??
「すごいすごい、私の出る幕ないくらいの解説でしたねカエデ!随分勉強したんですねぇ」
「肝心な時に頭使えねえとイズミとクラッカーがうるせえんだよ」
「あなた、ずっとあのふたりに頭が上がらないですねぇ」
「けっ」
ぼくが落ち込んで地縛霊みたいになっていると、カエデくんとカムイ様は内輪ネタで盛り上がっていた。
うう、こっちはそんな場合じゃないのに。
「こ、これからぼくはどうすれば・・・」
「そうですねぇ、ただ、今もルチアーノの身体と魂は精神の線で繋がっていますから、魂も身体もだいたい1キロ以上離れることは出来ないんですよね」
「ということは、ぼくはぼくの身体の背後霊になりなさいってことですか?」
「カエデの背後霊ともいえますねぇ」
うっうっ、あんまりだぁ。
ぼくはがっくりと(足はないけど)四つん這いになって、さめざめと泣き出した。
アイン、マロン、コルダ。
また生きて君たちに会えると思ったけど、無理みたいだ。
すくなくともぼくの決断で君たちが助かっていたのなら、こんなんになった甲斐はあったかなって思うよ。
「まあ落ち込むなよ相棒。もしかしたら新しい体を得られる可能性だってあるだろ?おれと一緒に旅してそれを探そうじゃねえか!」
ブンブン、とぼくの肩を叩くように手を透過させるカエデくん。
ううっ、本当にそんなのあるのかなぁ。
「カムイは円帝七竜神なりたてのアホだから知識が足りねえんだよ。他の円帝七竜神ならいい方法を知ってるかもしれないぜ?」
「しれっとアホとか言わないでください。・・・でもそうですね、他の神と接触できれば・・・あるいは」
「可能性があるんですねっ?よ、よぉし!」
がばっ、と顔を上げる。
そうだ、こんな時こそ前向きにならなくちゃ。
ぼくはプカリと浮くと両拳を握って気合を入れた。
よぉし、ぼくはやるぞ。
「カムイ様、ぼくやります!頑張って身体を手に入れます!」
「その意気です!私も及ばずながら力を貸しましょう!」
「おれは戦えればそれでいいぜ」
カムイ様はまるで楽譜を開くかのように手を横に振ると、何らかの数値が宙に浮かぶ。
それをしばし眺めて、カムイ様は頷いた。
「ルチアーノは鑑定とアイテムボックスのスキルを持っているのですね。それに霊と化している事でスピードと気配遮断があるから、偵察において右に出るものはいませんね」
「か、カムイ様も鑑定のスキルをお持ちなのですか?」
「一応私も円帝七竜神に籍を置くものですから、大抵のスキルは有しております。カエデは今更見るまでもありませんが、身体の形と大きさが人間になったことで多少のステータスダウンがあるものの、誤差程度ですね」
「この世界の奴ら相手じゃ丁度いいハンデだろ」
すごい、ぼくなんて名前とちょっとした注釈くらいしか鑑定出来ないのに、カムイ様には細かなステータスやスキルまで見えているみたいだ。
いいなぁ、ぼくもレベルが上がれば色々見れるんだろうか。
「では今後の方針ですが、ここは大陸の南端・クレイヴァール公国。私が管轄している地方です。他の地方や他の大陸は別の円帝七竜神が管轄しておりますので、巡礼して行きましょう。まずは北のデュラン王国が良いでしょう」
「し、神託ですね!」
一気に竜神の使徒になった意識が強まる。
このまま勇者になっちゃったりして、えへへ。
「よし、ルチアーノ!呼びにくいな、行こうぜルー!とりあえずおまえの村で準備して北へ旅立とうぜ!」
ぼくの身体でハッスルしているカエデくん。
いいんだけど、ルーって略しすぎじゃないかなぁ。
・・・でも。
「うん、行こうか。カエデくん」
「何だよ、呼び捨てでいいぜルー。おれたちゃこれから一心同体なんだからな!」
「う、うん。よろしくね、カエデ」
一緒にいてくれる、心強い仲間がいるのはすごく、嬉しいな。
「私は竜神界から見守っています。何かあればすぐ呼ぶのですよ」
「はい、ありがとうございます、カムイ様!」
光の粒へと化して天へ昇っていくカムイ様へ手を振って別れるぼくら。
それが見えなくなるとぼくはカエデの前に出て、先導して歩いていく。
半壊した洞窟はもう出入り口も潰れていて、アイン達が逃げた瓦礫を登るしかないだろう。
でも、ぼくはもともと浮いているし、カエデもバハムートの体力があるから苦にもならず登り切った。
そして見覚えのある、ここまで来るのに使った山道に出ると、ぼくはカエデへ手招きをした。
「こっちだよ、カエデ!ぼくの村までは歩いて1日くらいかかるけど、たぶん今からなら夜明けくらいには到着できるよ!」
「んん?面倒くせえなあ、飛んでいこうぜ」
「え、飛ぶって・・・ええ!?」
言うなりカエデは、力むように背中を膨らませると、服を破って巨大な両翼のドラゴンの翼を勢いよく生やしたではないか!
ち、ちょっとぉ!!ぼくの身体ぁ!!
「よし、飛ぶぜ!」
「いやいやいや!ぼくまだそんなに上手く浮遊出来ないし!ドラゴンの速度なんておいつけないよぅ!」
「大丈夫だって!ほれ、おれに捕まれよ。実体化くらい出来んだろ?」
「無茶だよ~」
いいつつ、自分の掌に力を込めると不思議なことにぼんやりと手の色が濃く浮かび上がってくる。
こ、これが実体化?
でも、かなり疲れるような・・・。
「よし、出来たな!じゃあ行くぜッ!!」
「ま、待って!待ってってば!う、うわあああああああっ!!!」
とんでもない疲労感に包まれつつ短い間の実体化を覚えたぼくの手を取ったカエデは、両の翼をはためかせて勢いよく上空へと飛び上がり、村のある方向へと爆速で飛ぶのだった。
こ、こんなスピードで手を引かれるの、無理いいいいいいいいいっ!!!