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ショートショート5月〜4回目

恐ろしい隣人

作者: たかさば

 春、隣の部屋に住人が引っ越してきた。


 挨拶は…ない。

 一昔前は引っ越しの挨拶でミニタオルを配る人がぼちぼちいたが、最近はとんと見ない。

 随分人間関係が希薄になったものだ。何かあった時…有事の際に慌てる事にならなければいいのだがと、いらぬ心配をしてしまう。


 正直なところ…おかしなやつが越してきていないか、気になっている。

 この世には、他人を思いやることのできない愚かな人間が少なくないのだ。

 近隣住民で協力し合おうとしないマイペースな奴、騒音を撒き散らして平気な顔をしている奴、ゴミを出すマナーの守れないやつ、存在が不気味な奴などなど。


 俺の部屋は五階だから、エレベーターホールで鉢合わせる事もあるはずだ。

 不愛想にあいさつをするくらいならいいが、くさい香水の匂いを撒き散らしたり、しつけのなっていないペットを連れていたり、騒がしく電話をしたり、不潔だったり、でかすぎる図体だったり、気分が悪くなるような不細工だったら面倒な事になる。

 ……それとなく、隣人がどんなやつなのか探らねばなるまい。


 俺は独自に…調査をすることにした。


 自転車置き場に、新しい自転車は置いてないか?

 駐車場に、新しい車は置いてないか?


 ……見覚えのない自転車も、車もある。


 子供用自転車が二台、スポーツタイプ自転車が一台、ママチャリが二台増えたが…人物像の特定にはつながらない。

 ボルボとアルト、ハイエースがいなくなって、プリウスとスイフト、パジェロミニが増えたが…人物像の特定にはつながらない。


 このマンションは30戸あるので…どこのどいつが置いたかまではわからない。どこのどいつが退去して、どこにどいつが入居したのか…今のところ不明だからだ。


 2LDKのマンションには家族も単身者も住んでいて、二階の三部屋は企業の独身寮になっている。


 どの部屋かはわからないが、下の階にデイサービスに通っている老人が何人かいる。

 どの部屋かはわからないが、うるさいチワワを飼っている中年女性がいる。

 どの部屋かはわからないが、保育園に通う子供がいる家族がいる。

 どの部屋かはわからないが、小学校に通う子供がいる家族がいる。

 どの部屋かはわからないが、近所の進学校に通う高校生がいる。

 四階の端の部屋は、生協が毎日届いている。

 俺の下の部屋の住人は夜8時から11時までゲーム実況をしている。

 三階のどこかの部屋には、ヤクルトが毎週届けられている。

 おそらく二階の端の部屋は介護されている老人がいる、使用済みのオムツの匂いがするから。

 一階の真ん中の住人はダウニーを使っている。

 一階の右端の住人は庭にキャンプ用品を置いているからアウトドア派だ。

 一階の左端から二軒はいつもきっちりカーテンが閉まっているから神経質に違いない。

 五階には、たまに孫が訪ねて来る老夫婦が暮らしている。

 五階には、一人暮らしの歯科衛生士の女性が住んでいる。

 五階には、中年太りの範疇を越えたおっさんが住んでいる。

 五階には、眉毛のない奥さんが住んでいる。


 五階の左端、俺の部屋の隣には、素性の知れないやつが住んでいる…らしい。


 ドア横の窓のカーテンの色は…緑。

 男か、女か、若いのか、年寄りなのか…見当がつかない。

 朝と夕方に子どもの出入りがないので、おそらく…家族入居ではない。

 話す声が全く聞こえないので、おそらく一人暮らしをしていると思われる。


 ベランダからたばこのにおいがしないので、おそらく非喫煙者だろう。

 ベランダから洗濯物の匂いがしないので、おそらく洗濯乾燥機を持っているのだろう。

 ベランダから生活臭が漂ってこないので、おそらく窓を開けないタイプ…いや、隣は角部屋だ、隣接していない窓を開けているに違いない。


 マンションの外から窓を確認してみると…緑色の遮光タイプではないカーテンが閉まっている。

 リビングの電気の色は白色LEDっぽく、常夜灯はつけない主義らしい。

 朝も、昼も、夜も、カーテンが閉まっているので、中を窺い知ることはできそうにない。


 朝、掃除洗濯に忙しそうな時間帯に耳を澄ませてみるが、何一つ物音がしない。

 昼、カップ麺用のお湯を沸かしながらキッチンで耳を澄ませてみるが、何一つ物音がしない。

 夜、バラエティ番組の時間帯に耳を澄ませてみるが、何一つ物音がしない。

 そもそも、ドアの開く音すら聞いたことがない。


 ……本当に人が住んでいるのか、疑いたいところだが。


 夜は電気がついているし、郵便受けに入れられた新聞屋のお試し配達は…その日のうちに取り込まれているのだ。なんとなく、生活している奴がいる、ほのかなオーラだけは壁越しに伝わってくるのだ。


 ……俺が会社に行っている間に、出かけているのだろうか?


 俺は朝七時半に出勤、夜七時半に帰宅、休日は不定で、たまに午後出勤や夜中退社になることもある。平日休日を問わず、まんべんなくいろんな時間帯にマンション通路を歩くというのに、一度も隣人と顔を合わせたことがないのは……いくらなんでも、おかしくないか?


 さりげなく車の掃除をするふりをしながら、ゴミ出しに来る住人をチェックする。

 どの階に住んでいるのか知っている住人以外の後をつけるも、隣人ではない。

 すでに出されていたゴミをチェックするも、隣人のものだという決め手に欠ける。


 もしかしたら……ゴミ屋敷の住人なのかもしれない。


 ゴミを出さないという事は……溜め込んでいる?

 いや…もしかしたら集荷日以外にゴミを出しているのかもしれない。

 コンビニで生ごみを捨てるような常識しらずの可能性もある。


 ……問題が起きてからでは、遅すぎる。


 会社から自宅に向かう薄暗い道を歩いていた時、隣の家に電気がついているのを確認した俺は…強硬手段に出ることにした。


 幸い、今日は良く晴れているし、風もない。ここしばらく使う事のなかった、ドローンの出番だ。カメラ付きの、13980円で買った代物は…怪しい隣人の正体を暴くのに一役買ってくれるに違いない。


 音をたてないようにそっとベランダに向かい、ドローンのスイッチを入れて操縦する。

 充電が切れる前に、カーテンが少しでも開けばいいのだが……。



 …シャッ、がっ…からから……、ざざっ!!!



 休み休み観察を続けることおよそ一時間。となりのベランダから音がしたので、ようやく犯人の顔を拝める時が来たと思ったその瞬間。



 ……バリッ、ガカカッ!



 ?!


 突如、ドローンのカメラの画像を受信しているスマホの画像が乱れっ!!!


 クソっ、コントローラーが…きかない、というか本体が無くなった!!!


 ちょ、何これ?!

 まさか…ドローンを…盗まれた?!


 ふざけんな!!

 俺の13980円!!!


「すいませーん!!!今そっちにドローンが飛んでったと思うんですけど!!」


 ベランダ越しに、声をかけてみる。

 確かにいる、家の中にいるはずなのに返事をしてくれない!


「ちょっと!!いるんでしょ?!ドローン返して欲しいんですけど!!」


 となりのベランダとの間にある蹴破り戸をノックしながら、声をかける。

 ……返事は、ない。


 ドン、ドンドンドン!!

 ダン、だんだんだん!!


「おい!!俺のもん勝手に盗んでいくなよ!!いるんだろ?!出てきやがれ!!!」


『非常の際は、ここを破って隣戸へ避難してください』の文字を、ガンガン殴りながら威嚇するも、全く反応がない。

 ……今こそが、非常時なんじゃないのか?!


 ごっ、ガッ、ボクッ!!!

 だっ!!がっ!!がシュッ!!!


 クソっ、地味になかなか…破壊できない!!

 こうなったら…足で蹴破るか!!!


 ガッ、ガッ、バキャッ!!!


 仕切りを破壊し、隣の部屋のベランダに乗り込み…怪しい住人の姿を確認しようと顔をあげると。


 シャッ!!

 カララララ!!!

 だんっ!!!


 隣人の住む部屋のカーテンとサッシが開き!!!


「あんたね、何してるのか、わかってんの?!」


 警察が…二人?

 こいつらが、住人なのか?!


「・・・ええ、これが・・・たぶん、動画を撮って・・・、映像あります」

「ドローンの落下事故・・・隣と下の階は、ハイ・・・、何回も苦情・・・」


「…えー、こちら○○マンション501号室、ええ、沢渡さんが…」



 カーテンの陰でよく見えないが、複数人数が話している声と、時折ザザーと無線のような音が聞こえ……。



「ちょっと話聞かせてもらうからね!!」





 俺は、罠に、……はめられて。



 長年住み慣れた部屋を、後にする事になり。



 隣人の恐ろしさというものを…嫌というほど味わったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テーマを上手く使えているなと思いました。主人公の狂気がとても伝わってきます。
[良い点] 他人に無関心なのはよくありませんが、関心がありすぎるのも…。 タイトル通り、恐ろしい隣人でしたね。
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